キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきて人類滅亡の大ピンチ! 前代未聞、いまだかつてない物語があなたの人生すら変えてしまう ~ヴィーナシアンの花嫁~

月城友麻

23.君に死は似合わない

 すっかり寒くなった銀座の街をバーまで歩いた。

「いらっしゃいませ」
 バーテンダーが微笑んで迎えてくれる。
 
 お腹もいっぱいなのでいつも通りラフロイグのロックを頼む。

 程なくして遠藤がやってきた。

 親父さんは、
「遠藤さん、こっちこっち」
 と、席に座らせた。

「こちらはうちが出資してるAIベンチャーの皆さん。彼が社長の神崎君だ」
「神崎です、よろしくお願いします」
「あー、はい、遠藤です。よろしくです。で、今日はどういったご用件で?」
 遠藤は何やら警戒しているようだ。

 俺は単刀直入に切り込む。
「遠藤さんがやられているスキームですが、これは出資法1条で禁止されています。罰則は3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金,またはその両方です」
「うーん、法解釈の話をここでしても仕方ないですね。私は出資法には抵触してないと考えていますので」
 この辺は理論武装しているようだ。

「田中さんと、そのご紹介先の出資金をそのまま返してくれればこちらとしても事は荒立てたくないと考えています」
「いやいや、解約するなら違約金を貰いますよ」
 どう転んでも損はしない、悪党はその辺バッチリだな。

「こんな見え見えのポンジスキーム、調査したら言ってた事と違う事、色々と出てくるんじゃないですか?」
「いや、我々は公明正大にやるべき事をやってますよ。ビットコイン取引でちゃんと利益も出してますし」
「どこの取引所で誰のアカウントでですか? 調べたらすぐに分かりますよ」
「うるさいな~、勝手に調べたらいいんじゃないですか?」
 遠藤はそう言って席を立とうとする。

 親父さんは、遠藤を制止し、

「遠藤さん、酷いじゃないか公明正大と言いながら逃げるのか?」
「我々は契約書通り進めるだけです」
 埒が明かない。予想通りこうやって逃げ切るのだろう。

 クリスが口を開く
「…。遠藤さん、悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。人を騙す事は自分の人生を穢す事です。公明正大に胸を張れる生き方にシフトしませんか?」
「お説教なんて聞きたくないね」
 クリスは目をそらす遠藤をじっと見つめると、こう言った。

「…。悠真くんがあなたと話したいと言ってます。話しますか?」

 遠藤の目の色が変わった。

「ゆ、悠真だって? 何言ってんだ、悠真はもう死んでる。ふざけた事言うのは止めろ!」
 遠藤は急に激昂して机をたたいた。

「…。じゃぁ、本人に来てもらいましょう。美奈ちゃん、悪いですがお願いできますか?」
 美奈ちゃんは険悪な雰囲気になるべく近づきたくなかったが……

「え? またやるの……? 分かったわ」
 そう言うと席を移ってクリスと手を重ねた。

 美奈ちゃんは目を瞑り、しばらく首をぐるぐると回していたが、遠藤を見てにっこり笑った。

「パパ! 僕だよ、ゆうくん! ひさしぶり!」
 明らかに子供の声に変わった。

「ゆうくん!? いや、ちょっとこれ、どういう事なの?」

「…。悠真くんが話したいことがあるというので聞いてあげてください」
「パパ、ごめんね。沖の方には行くなって言われてたのに、僕いう事聞かなくて……」
「えっ?」

 遠藤は何が起こったのか分からずに唖然としている。
 沖の方と言うと水難事故で亡くなったという事か?
 
「パパ、あのね、すごい大きなお魚がね、ピョンって飛んだんだよ。だからそこまで行きたかったんだ」
「魚?」
 遠藤はまだ理解が追いつかないようだ。
 
「そしたら、足がつかなくてね、バタバタしてたら水飲んじゃった」
 遠藤は唖然として固まっていたが、やがて悠真くんの事を信じたようだった。

「……。そうだったのか……。いや、あれはパパが悪かった。浮かれてビールなんか飲んでゆうくんの事……ちゃんと見て……なかった……」
 そう言って遠藤はうなだれて涙を拭いた。

「パパは全然悪くないよ。ごめんねって伝えたかったんだ。ほんとだよ」
「ゆうくん……」
 そう言うと遠藤は肩を揺らして泣いた。

「でね、パパにお願いがあるんだ」
 号泣してる人に容赦ないな、この子は。
 
「え? お願い? いいよ、何でも聞いてあげるよ」
 涙を拭きながら遠藤は顔を上げる。
 
「ママと仲直りしてほしいんだ」

 遠藤はちょっと俺達を見ながら
「いや、ここでちょっとママの事は……」
「ママが皆にいじめられてるんだ」
「え? どういう事!?」
 遠藤はちょっと声が大きくなる。

「ママ、今一人で暮らしてるでしょ? だから働かないといけないんだって」
「そんなの、ママが勝手に出て行ったんだ。パパは知らないよ」
 遠藤は少し不貞腐れてぶっきらぼうに言った。

「でね、会社で意地悪されてるの」

 遠藤はハッとした表情をして少し考えて言った。
「ママは気配り下手だからな……」
「ママね、パパからの電話をずっと待ってるの」
「え? なんで? ママが自分で出てったんだぞ!」
「ママは今も電話を持って寝てるの」

 それを聞いた遠藤は頭を抱えて呟いた。
「明日香……。何をやってんだお前は……」
 
「……。パパ、仲直りして」
「いや、ママが勝手に出て行ったの! なんでパパが……」
 遠藤は意地を張って言う。

「パパ言ってたよね。『優しくなれ! 優しい人はカッコいいぞ!』って」
 遠藤はハッとした。その言葉を思い出したようだった。

「……。そうだったな。お前に教えられるなんてな……」
 遠藤はしばらく考えていたが、意を決して立ち上がり、

「ちょっと失礼……」
 そう言って店の奥で電話をかけた。

 表情を見る限り上手く話しができてるようだ。

 悠真くんが説明してくれるところによると、悠真くんが亡くなった後、遠藤夫妻は口げんかが絶えなくなり、ある日母親は家を出て行ってしまったという事だった。
 子はかすがい、という事なのだろう。

 海は怖い、一瞬で命を奪う。そして、不幸は連鎖してしまう。
 遠藤は悪質な詐欺師ではあるが、だからと言って不幸を喜べるわけもない。
 何とかいい人生にしていって欲しい。
 
 遠藤はしばらくして席に戻ってきた。
「ゆうくん、もう大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「よかった!」
 そう言って満面の笑みを浮かべた。

「ありがとな!」
 遠藤も笑顔だった。

 よりが戻ったという事だろう。いじめられてる世渡り下手の奥さんが救われて良かった。
 
「もう行かなくちゃ。ぼく、いつもパパのこと見てるからね。ケンカしないでね」
「ちょ、ちょっとまって!」
「バイバイ!」
 そう言うと美奈ちゃんはガックリとうなだれた……。

 そして……

「ふぅ…」
 と、大きく息を吐いた。どうやら悠真くんは帰って行ったようだ。

 遠藤は唖然とした表情をして固まってしまった。

 静かに流れるジャズが場を支配した。
 しばらくして遠藤は姿勢を正し、落ち着いて言った。
 
「こんな茶番は認めない。そもそも私のプライベートと契約の話は何の関係もない」
 頑固に拒否の姿勢をとった。

 まぁ、そりゃそうだよね。詐欺師はそう言い切るしかない。
 
「…。これは遠藤さん、あなたの生き方の問題です」
 クリスは遠藤の目をしっかりと見つめ、ゆっくりと言った。

 遠藤は下を向いた。

「…。悠真君は今もあなたを見ていますよ。子供に胸を張れる生き方しませんか?」

 遠藤はクリスの言葉をかみしめながら、しばらく考えていた……。

「ゆうくん……」

 子供に見られていると言うのは親にとってはきついな……

 遠藤は言った、
「そう……優しく正しく生きる事が大切だって事はその通りだし……良く分かった」

 そう言ってしばらく目を閉じていたが、

「いいでしょう! お金はお返ししましょう」
 そう言って晴れやかに笑った。

 クリスは
「…。それがいいでしょう」
 そう言って微笑んだ。

 遠藤はサバサバとした感じで、親父さんに向き合うと言った、
「田中さん、出資金は明日、返金します」
「そうか、助かるよ」
 親父さんもニッコリと笑った。

 単純にお金を取り返すのではなく、詐欺師を改心させて解決するクリスの手腕はいつもながら見事だ。


 帰り道、銀座を歩きながら美奈ちゃんは
「死者を呼び出せるなら、生き返らせるのもできるんじゃないの?」
 と、クリスに聞く。
 おいおい、直球だな……。

「…。もちろん技術的にはできますが……それをやってしまうと神の摂理に反するのでダメです」
「ふぅん、今、誠が死んじゃっても生き返らせてくれないの?」
 おいおい、殺すなよ……。

 クリスはチラッと俺を見ると、
「…。ごめんなさい」
「あ、いいよいいよ、死んじゃう方が悪いんだから……ちなみに……美奈ちゃんが死んでもダメなんだよね?」
「…。例外はありません」

 それを聞いた美奈ちゃんは
「あー、私はいいわよ、死なないから」
 そう言ってにこやかに笑った。

「いやいや、美奈ちゃんはまだ若いからそんな事言うけど、死なない人なんていないんだぞ」
「うふふ、大丈夫大丈夫!」
 そう言いながら歩道で軽くステップを踏んでクルリと回った。

 指先は優美な弧を描き、指輪の石がキラキラと輝きの軌跡を作る。

 思わず見とれてしまう俺を見てふわっと笑う。

 なるほど、君に死は似合わないな……。

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