キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきて人類滅亡の大ピンチ! 前代未聞、いまだかつてない物語があなたの人生すら変えてしまう ~ヴィーナシアンの花嫁~

月城友麻

15.蠢く初代シアン

 オフィスに行くとコリンが俺を呼んでいる。仮想現実システムと初代のロボット版シアンができたらしい。
 画面を見ると3DCGの草原にバボちゃんみたいなキャラクターが転がっている。ボールに目と口が付いて足と手が生えた、出来損ないみたいな奴だ。お世辞にもかわいいとは言えない。
 

「え~! かわい~!」
 美奈ちゃんはキラキラした笑顔で言い放つ。

 ……女の子の感性は良く分からん。
 
 計画ではこの仮想現実空間内のロボット版シアンを使って、AIに簡単な世界のルールを学習させる。

 コリンは自慢げに俺に言う
「I've already connected simple machine learning. Look.(すでに簡単なAIは入れました。見てて! )」
 
 そう言ってキーボードを操作するとバボちゃんは手足をバタバタさせてズリズリ動き始めた。

「This guy's moving!(こいつ動くぞ!)」
 俺は思わず叫んでしまった。

 3DCGではあるが、ヌメヌメと生き物のように動く様はやはりちょっと気持ち悪い。
 
 美奈ちゃんは
「これは何やってるの?」

 と、聞くので、
「いろんな行動を学習させてるみたいだね。きっと立ち上がりたいんだろう。でも立ち上がるって実はすごい複雑な制御が要るんだよ。立ち上がる事一つとってもAIには試練なんだ」

「ふぅん、立つだけなのに?」
 美奈ちゃんにはあまり理解されなかった。
 
 しばらく見てると、ズリズリやっていたAIが何かの拍子で一瞬立ち上がった。
「あ、立った……あ、ダメかぁ……。頑張れ~!」
 美奈ちゃんは画面をじーっと見ながら応援している。いい娘だ。

 AIは徐々にコツを掴んで。立ち上がる動作にトライし始めるようになった。
 腕を振り回してその反動の瞬間に足に力を入れると……立てそうなんだがやはり絶妙なタイミングが必要で、それは何度もやってみるしかない。
 
 品川のIDCにある数億円相当のAIチップ群が高熱発しながら今、必死にAIの壁を超えようとしている。

 実にロマンじゃないか。



           ◇



 翌朝出社するとマーカスが笑顔で声をかけて来た。

「Hi Makoto. Take a look! (これ見て!)」

 画面では草原の中をバボちゃんの様なロボット、初代シアンが走り回っている。
 一晩で立ち上がるどころか走れるようになってる!
 とんでもない進歩である。

「WOW!」
 俺が大げさに喜んで見せると。

「チガウネ! モット ミテネ!」
 と、画面を指さす。

 シアンは急に走るのをやめ、忍び足になった。どういう事なのか見ていると……どうやら獲物を見つけたようだ。

 遠くにリンゴに足が生えたような動物が歩き回っている。

 獲物との距離を縮めるとシアンは一回止まった。そしてリンゴの動きを観察している。
 後ろで見ていた美奈ちゃんは怪訝そうに言う。
「あれ?止まっちゃった……」
 
 何をしてるのだろうと思って見ていると、次の瞬間全力疾走してリンゴに飛びついた。リンゴは直前で逃げようとしたが間に合わない、シアンはリンゴを両手でつかみ、リンゴはパンと弾けた。

「わぁ!やった~!」
 美奈ちゃんが声を上げる。

「シアン Apple タベタネ」
 マーカスが笑顔で言う。

 なるほど、潰すと食べた事にしてるのか。

「シアンニハ ナニモ オシエテナイネ」
「え?この動作は全部シアンが勝手に自動で学習したの?」
「そう、シアン カシコイ」
「Incredible!!!(すげ~!)」

 いや、これは画期的な成果じゃないか?

 昨日、立てもしなかった原生生物が、今では知的なハンターになっている。なんだこの急速な進化は!

 マーカス達は自慢げに胸を張っている。
 思わずみんなとハイタッチしまくった。

「Yeah!」「Yeah!」「Yeah!」「Yeah!」

 お前ら最高!
 クリスは微笑みながらうなずいている。
 
 深層後継者シアンは驚異的な速度で進化していく――――
 
 

            ◇


 
 その晩、修一郎は一人で銀座のバーを訪れた。

 夕方に偶然聞いてしまった陰口が頭から離れず、家に帰る気分にならなかったのだ。
『あいつはボンボンだからな』
『あいつが上場企業の社長とか、ぜってー無理』
『太陽興産は2代目が潰すって事だよ』
『違いない! ハハハハ!』

 思い出すだけで気分が滅入る――――

「貧乏人は僻んでろ! 俺だってちゃんとできる!」

 そうつぶやきながらドアを開けると……カウンターに女性が一人。珍しい。白いワンピースにチャコールグレーのジャケット、ワインレッドの丸いベレー帽で長い黒髪が綺麗な美人だった。
 こちらを見るので軽く会釈をして、彼女から一つ開けて隣に座りバーテンダーに頼んだ。
「マスター、いつもの!」
「かしこまりました」

 美人がすぐそばに居るだけで陰口の事なんてどうでも良くなってくる。男って単純だよな。 

「マスター、こないだ、良かったね。弘子さんと話しできて」
「本当ですよ、あんな事あるんですかね? でも、弘子に幸せだったって言ってもらえて本当に良かった」
「マスター顔色良くなったじゃん!」
「おかげ様で。はい、モスコミュール」

 彼女が声をかけて来た
「あの~、何かあったんですか?」

 バーテンダーは
「この方のお友達がイタコみたいな事やってくれてね……。死んだ妻と話ができたんです」
「死んだ人と話ですか!?」
「いや、ただの話術に騙されただけかもしれませんよ。でも、おかげで心はすっきりできたので、私は感謝しているんです」

「でも3年前の浮気って……」
 修一郎が突っ込むと、

「あ、いや、その話は止めましょう……」

「ふぅん、何だか面白い方達ですね」
 彼女はそう言って爽やかに笑った。

 バーテンダーは
「この修一郎君は有名大学の学生で、かつAIベンチャーの役員なんですよ。すごいでしょ?」
 客同士をさりげなくマッチングさせるのもバーテンダーの腕だ。

「え?すごぉい!」
 彼女は大きく目を見開いてオーバーにアクションする。

「あはは、マスター嫌だなぁ、大したことないよ」
「そんなすごい人に出会えるなんて今日はツイているわ。私は冴子って言います。この素敵な出会いに乾杯しましょ!」

 彼女は修一郎の隣の席に移ってグラスを差し出してきた。
 フワッとチュベローズの香りが流れ、修一郎は照れながらグラスを合わせた。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 久しぶりに修一郎は褒められてお酒が凄く美味い。グイっと飲み干すと、
「マスター!お替り!」

「おいおい、絶好調だな」

 修一郎は満面の笑みで答えた。
「まあね、僕にも運気が回ってきたかも」

「修一郎さんはどちらの大学ですか?」
「応京です」
「わ~すごい!名門ですね!私は令和大学なんです。応京には憧れちゃいます!」
「憧れなんて……大したことないよ。へへへ」
「やられてるAIベンチャーってどういう会社なんですか?」

 修一郎はグラスを軽く回し、ちょっと考えて言った。
「マーカスって言う世界一のAIエンジニアがいるんだ。彼がまたすごくてね……」
「世界一!?すごぉぉい!!そんな会社の役員だなんて修一郎さんってとてもすごんですね!」
「あはは、冴子さんうまいなぁ。マスター、彼女にもお替り! 今日は僕がおごっちゃうよ!」

 そう、俺はすごいんだ! 俺がいなかったらDeep Childなんてスタートもできなかったのだ! 俺は人類にとって重要な男なのだ!

 すっかり調子に乗った修一郎はこの夜、モスコミュールを8杯も飲んだ。

 その日、修一郎は家に帰ってこなかった――――
 

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