キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきて人類滅亡の大ピンチ! 前代未聞、いまだかつてない物語があなたの人生すら変えてしまう ~ヴィーナシアンの花嫁~

月城友麻

10.死者は辛いよ

 俺は一介のエンジニア、100億円なんて縁のない人生を生きてきた。でも、昨日クリスに会って全てが変わった。神様が味方に居る限り何も恐れる事はないのだ。100億円なんて当たり前の事にしか感じない。きっと昔、フランスでジャンヌダルクと一緒に戦った兵士も同じ気持ちだったのだろう。全身に力が漲っている。


 修一郎がはしゃいで言った、
「じゃぁ、乾杯しようよ、乾杯! 折角なんで昨日のワインがいいな、ある? パパにも飲ませたいし」


 確かにあのワインは乾杯に合う。


「クリス、どうかな?」
「…。わたしの時はまだ来ていません」 
 そう言ってニヤッと笑った。


「マスター、ワイングラス5つとガス抜きの水を1本ください。それとワイン1本持ち込みいいですか?」


 グラスを拭いていたバーテンダーがこちらを向いて軽く会釈する。
「かしこまりました」


 ワイングラスが並べられ、俺はミネラルウォーターの蓋を開ける。
 そしてクリスに目配せをすると、頷いてくれた。


 注いでみると……それはルビー色のワインになっていた。


 親父さんは驚いて


「あれ? それ今頼んだ水……だよね?」


「細かい事は良いじゃないですか、乾杯しましょう!」


 そう言ってグラスを勧め、強引に――――


「両社の繁栄を祈念してカンパーイ!」
 「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」


 親父さんはキツネにつままれたような顔で一口飲んだ。


 しばらく口に含むと、大きく目を見開き、
「お、おぉぉぉ……」
 感嘆の声を漏らした。


「な、なんだこれは……。鳥肌が立ったよ」


「イスラエルのワインです。お口に合いましたか?」
「最高じゃないか。いや、こんなの初めてだよ! マスター! マスターも一口飲んでみて!」


 バーテンダーがグラスを拭く手を休めてワイングラスを手にやってくる。


「マスター、ちょっとこいつは凄いよ!」
「それではお言葉に甘えて、、」


 そう言って一口含んだ――――


 バーテンダーは大きく目を見開いたと思ったら上を向いて目を瞑り、直立不動で動かなくなった。
 あれ? 何かまずかったかな。


 やがて、マスターの頬を涙が一筋伝った。


 親父さんは、
「マスター、座って座って」
 そう言って涙をこぼすバーテンダーを隣に座らせた。


「分かるよ、弘子さんの事だろ、彼女、ワインが好きだったからなぁ……」
 バーテンダーは下を向いて嗚咽しながら泣き出してしまった。


 親父さんはバーテンダーの背中をさすりながら言った。
「いや、マスターの奥さんがね、先日急に亡くなってしまったんだ。一緒にこの店を切り盛りしていた素敵な人だったんだが……」


 バーテンダーは一通り泣くとハンカチで涙をぬぐった。


「お見苦しい所をお見せしてしまってすみません。弘子はワインが好きで、二人で凄いワインを探す遊びをやっていたんです。こんな凄いワイン、弘子に飲ませたら……凄い……喜んだ……だろうな……」
 肩を揺らすバーテンダー……息が詰まる時間が流れる。


 すると、ハンカチで顔を覆うバーテンダーにクリスが優しい声で語りかける。
「…。マスター、弘子さんの魂からあなたに伝えたい事があるそうです。聞いてみますか?」


 いきなりの提案にバーテンダーが仰天して食いついてくる。
「え? ど、どういう事ですか? そんな事できるんですか?」


 クリスはにっこりとほほ笑みながらゆっくりと頷いた。


「…。美奈ちゃん、ちょっと来て、弘子さんの言葉を伝えてあげてくれるかな?」


 美奈ちゃんはいきなり呼ばれてビクッとしていたが、
「え? 私でできる事なら……」


 クリスは美奈ちゃんをマスターの前に座らせて手を握った。


 美奈ちゃんが徐々にうなだれてきて……
 そして急に背筋をピンと張った。


 美奈ちゃんは大きく目を見開くとバーテンダーをじーっと見つめ、口を開いた。
「たっちゃん、久しぶり……。私よ…… わかる?」


 バーテンダーは驚いてしばらく動かなくなった。
 話しているのは美奈ちゃんだが、明らかに語調が違う、イタコみたいなものかな?


「そんな驚かないで……。私よ私……ごめんね、たっちゃん残して突然先に逝っちゃって」
「弘ちゃん……なのか? 本当に?」


 彼女はちょっと思案するそぶりをして、そしてちょっといたずらっ子の微笑みをして言った。
「二人だけの秘密、言おうか? 3年前……あなたが浮気した時どういう条件で仲直りしたか……とか……」
「いやいや、そういうの止めて! 信じた、信じたから!」
 バーテンダーの額に冷や汗が浮かぶ。


「私いきなり死んじゃったでしょ? だから大切な事、伝えられなかった……。私ね……本当に幸せだったの。もちろん、仕事はきついしあんまり儲からないし、不満が無かったと言えば嘘になっちゃうけど、それでもあなたと過ごせた10年間、本当に……幸せだったわ……」


 心のこもった言葉に、聞いている俺達もつい涙ぐんでしまう。


「弘ちゃん……」


「だからもう私の事で思い悩まなくていいのよ。もっと伸び伸びとたっちゃんらしく沢山笑って暮らして」
「でも、弘ちゃんがいなくなって、全てが色褪せてしまっていて、何にも心が動かないんだ」


 彼女は少し首を傾げた。ピアスがさっきまでとは違う輝きで光る。
「大丈夫、徐々に慣れるわ。宮原さんの所のさやかちゃん、いるでしょ? あの娘、あなたの事気に入ってるみたいだわ。あの娘ならあなたの事託してもいいかなぁ……」
「そんな事言わないでよ! 弘ちゃん」
「だって仕方ないじゃない! 私はもうこの世に居ないんだから……」
「弘ちゃん……」
 弘子さんとしても断腸の思いではあるだろう。死者は辛いな。
 どこからともなくサンダルウッドやパチュリのような東洋っぽいフローラルな香りが微かに漂ってくる。


 その香りに触発されたように、バーテンダーは一つ大きく息を吸った。
 そして、覚悟を決めた様子でクリスに言った。
「私を弘子の所へ連れて行ってくれませんか?」


 俺達に戦慄が走る。これは自殺したいって事……だろう、大変な事になった……


 クリスはジッとバーテンダーを見つめ、そしてゆっくりと諭すように言った。
「…。それはできません」


 バーテンダーは食いついてくる。
「俺も死ねば弘子の所へ行けるんですよね?」


 クリスは一呼吸おいてバーテンダーをしっかりと見つめて言った。
「…。今死んでも会えません」


「なんでだよ!弘子を呼べるなら俺も弘子の所へ連れて行ってくれよぉ!」
 バーテンダーは涙を流しながら訴える。


 クリスは、
「…。弘子さんがそれを望まれていないので無理なのです」


 バーテンダーは彼女を睨んで言う。
「なんだよ!弘ちゃん、おれは邪魔なのか!?」


 静かに聞いていた彼女は目に涙を貯めながら、
「たっちゃん……。私のために死ぬとか馬鹿な事言わないで」
「なんでだよぉ!おれはこんな暮らしもう嫌なんだよ!」
 バーテンダーは突っ伏してしまった――――


 その様子を愛おしそうに眺めた後、彼女はなだめるように言った。
「ふふふ、困った人ね……。私はね、生き生きと生きるたっちゃんが好きなの……。自殺するようなたっちゃんは……嫌いだわ」
「もう嫌なんだよぉぉ!」


 バーテンダーの魂の叫びが部屋にこだまする。


 彼女は大きく息を整えると言った。
「……。わかったわ……。しょうがない人ね……。たっちゃんが寿命を迎える時、私が迎えに行ってあげる。だからそれまでは精いっぱい生きるのよ。心に正直にのびのびと生きて。ずっと……見てるから」
「弘ちゃん……」


 そして、バーテンダーは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて言った。
「分かったよ…… 絶対待っててくれよ! 俺、それまで精いっぱい生きるから……」
 そう言ってまた嗚咽した。


「そろそろ行かないと……。たっちゃんの事見守ってるね……」
 そう言って美奈ちゃんはがっくりとうなだれた。


「弘ちゃん!!!」
 皆の沈黙の中、緩やかなジャズの旋律が部屋に静かに流れている。


 クリスは美奈ちゃんをゆっくりと引き起こすと、バーテンダーに優しく言った。
「…。弘子さんは素敵な方ですね」


「……そう、私にはもったいない女性でした……」


 クリスはゆっくりとほほ笑んでうなずいた。
「弘子さんの冥福を祈りましょう」


 そう言ってクリスは手を組んで祈り始めた。
 俺も慌てて手を合わせた。


 俺もいつかは死ぬ。こうやって惜しまれるような生き方をしたいものだが……そう生きられるだろうか……。


 弘子さんが元気だったころのお店の様子を想像しながら冥福を祈った。


 目を開けるとバーテンダーはまだ手をぎゅっと組んだまま祈り続けていた。


 修一郎と親父さんはそんなバーテンダーを心配そうに見つめている。
 ビジネスの話をしていたのになぜかイタコ芸になってしまった。


 ゴホン!


 俺は軽く咳払いをして、
「そろそろ、我々は引き上げます。田中社長、来週御社にお伺いして契約を詰めたいので、可能な日程を幾つか修一郎君に伝えてもらえますか?」
「わ、わかった」
「では、失礼します……」
 我々はバーを後にした。


 AIを開発しようとしていたら死者を呼び出されていた。死者の魂とAIは全く対極にある存在だが……今の俺には全く無関係にも思えなくなってきた。何がどう繋がっているのか今はまだ言語化できないんだが……。


 



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