キリストにAI開発してもらったら、月が地球に落ちてきて人類滅亡の大ピンチ! 前代未聞、いまだかつてない物語があなたの人生すら変えてしまう ~ヴィーナシアンの花嫁~
6.AIの超えられない壁
夜は銀座でフレンチ。フレンチなんて久しぶりだ。
現地集合という事でクリスとレストランに向かった。
ドレスコード用にクリスには俺のジャケットとネクタイを着てもらう。
少しサイズがキツめだが、さすが聖人、何着てもよく似合う。
親戚連中は子供の都合で来られないので、結局美奈ちゃんと我々の3人である。
銀座のフレンチはやはり雰囲気が違う。石をあしらった門構えに小さな店名のプレートが一つ、知らなければレストランだとは気づけない。
店に入るとウェイティングルームに通され―――
すでに美奈ちゃんが座っていた。
美奈ちゃんは落ち着いたオレンジのVネックフレアワンピースを着てにこやかにクリスに話しかける。
「クリス、昨日はありがとう、おかげで今日はとっても気分がいいの」
「…。それは何より」
「クリスと会ってから私の人生上向きって感じ!」
クリスはにっこりとほほ笑む。
「俺と会ってからもね!」
俺は少し拗ねてそう言って笑った。
「アペリティフはいかがいたしましょうか?」メートル(店員)に声をかけられる。
ちょっと暑かったので爽やかなのがいい。
「シャンパンのカクテルがいいな」
俺がそう答えると
「ではミモザなどはいかがでしょう?」
「あ、いいね、じゃ、それで」
「私もそれがいいな!」
「…。では同じ物を」
「かしこまりました」
程なくシャンパングラスが運ばれてきた。
皆がグラスを手に持ったのを確認して、俺が音頭を取る。
「この素敵な出会いにカンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
鼻に抜けるオレンジの爽やかな香りが心地よい。
美奈ちゃんは
「美味し~い!」
と言って目を大きく見開いてにこやかに笑う。
綺麗な娘は見てるだけで幸せにさせてくれる。
耳元でキラキラ光るピンクのハートのピアスに見とれていると、メートルが注文を取りに来た。
「本日のメニューがこちらです、幾つかお選びください」
「お、来た来た。美奈ちゃん何がいい? フォアグラのパイ包みとかあるよ!」
「フォアグラ? 美味しいの?」
「メッチャ美味いよ~。他には真鯛のソテーとか牛のフィレステーキとか……」
「じゃ、フォアグラで!」
美奈ちゃんはフォアグラにチャレンジするらしい。
「…。私は真鯛で……」
「じゃぁ俺はステーキにするか!」
メートルに注文し、ついでにワインも選んでもらう。
メニューばらけさせたのは失敗だったかな?
ほどなくして、ダイニングルームに案内してもらう。
落ち着いたインテリア、控えめなダウンライト、今晩の食事は最高な体験になりそうだ。
太陽興産のシュウ君には感謝しないとならない。
テーブルに案内してもらって椅子を引いてもらい、座らせてもらう。
自分で気軽に座った方が絶対いいのになと思う。
この辺り自分は庶民だなと感じる。
前菜が出てワインを注いでもらう。
「今日は誠の考えを聞かせてくれるんだろ?」
クリスが早速突っ込んでくる。
思ったより俺の考えに興味を持ってくれているようだ。俺も覚悟を決めないとならない。
「もちろん、全部話すよ」
美奈ちゃんも乗り出してきて笑顔で言った。
「あ、昨日の続きね? 少子化対策」
「そうそう。ただ、厳密には少子化対策ではないんだ。子供の数が減るのは人類が選んだ道なので、それは避けられない」
「え? それじゃダメじゃん」
「そう、そこで、新たな人類の子孫を作るのさ」
「…。子孫を作る?」
クリスの目が鋭くて怖い。言い方を間違えたら俺も10階から突き落とされるのだろう。
「鉄腕アトムってあるじゃないか、ああいう心優しい人類の後継者を作るんだよ」
「何言ってるの誠さん、あれはアニメなのよ! 現実を見て!」
美奈ちゃんが俺を睨む。
「もちろん、そう簡単にはできないよ。でも囲碁や将棋ではもう人間はAIには勝てないんだ。AIは部分的には人間を凌駕し始めたんだ」
俺はなるべく丁寧に説明する。
「そうだけどぉ、アトムなんて本当に作れるの?」
首をかしげて怪訝な表情の美奈ちゃん。
確かに簡単ではない。でも、ここは強気で押し通すしかない。
「俺は作るよ! 必ず作る!」
そう力強く言い切った。
静かに聞いていたクリスが口を開いた
「AIは死なないから人類が滅んでも構わないという事かな?」
厳しい突っ込みである。言葉を選ばないと。
「構わない訳ではないけど、人類が存続を選ばない以上、誰かにこの人類の文明・文化を引き継いでもらわないとならない。それはAI以外あり得ないと俺は考えているんだ」
クリスは目を瞑ってしばらく動かなくなった。
よく考えたら救世主に人類が滅ぶ事前提な話してるんだよね俺……。
最悪サタン扱いされてしまったらこの世から消されてしまう……って事?
もしかして俺、命の危機なの今?
軽率だったかな……? 胃が痛い、冷や汗が流れる。
美奈ちゃんはそんな俺の不安を全く解さず、前菜の『季節の野菜のゼリー寄せ』をつついて幸せそうな表情をしている。
クリスが口を開いた。
「…。結局はAIの中身次第だな」
白ワインを一口飲んで続けた。
「…。ショボいAIなら人類の後継者になど絶対に認められない。だが、本当にみんなが後継者として認められるような……それこそ鉄腕アトムの様な物であればそれは確かに正しい」
ホッとした。ふぅ~。
「クリス、ありがとう! 俺はみんなを認めさせてみせるよ!」
俺はそう言って白ワインをグッと呷った。まずは第一ラウンド突破!
「…。でも、どうやって作るんだい? いまだかつて誰もできてないのに」
まぁ、当然の突込みである。
第二ラウンドだ――――
「そこでクリスの力を借りたいんだ」
クリスは怪訝そうな顔をしてこちらを見た。
「…。私はAIなんて作れない」
軽く両手を上げて否定する。
「もちろん、作るのは俺だ。でも、作ったAIを育てるのには膨大なデータが必要なんだ。その育成をクリスにお願いしたい」
「…。誠が生んで私が育てるのか?」
「そう、AIを正しく導けるのはクリスだけなんだ。ぜひやって欲しい」
クリスは腕を組んで軽くのけぞって首を揺らす。
しばらく考えたのちに言った。
「…。具体的にはどうすればいいんだ?」
「まずはそもそも何で今のAIがこんなにバカなのか? という事から説明したい。なぜだと思う? 美奈ちゃん」
さっきから前菜に夢中な美奈ちゃんに振ってみる。
「え? 何? いきなり振らないでよぉ……。なぜ馬鹿かって? うーん……コンピューターには魂が入ってないから……かな?」
「うーん、魂か。そもそも魂って何だよ? とは思うけど、当たらずとも遠からずかな、AIには世界観が無いのがダメな原因なんだ」
「世界観? どういう事?」
「例えば、『重力があってリンゴは下に落ちますよ』って事はAIだって理解できる。でも『段差があって人が下に落ちますよ』って事はAIにはピンとこない。例えば段差が30cmなら安全だけど3mだと危険だよね? では1mだったら?」
「1m? ちょっと怖い高さだよね」
美奈ちゃんは首をかしげながら答える。
「そう、人間だったらピンとくる。でもAIには分からない。だって体験した事が無いんだもん。1mは若者だったら平気だけど老人だったら危険。さらに若者でも頭から落ちたら死んじゃうし、酔っぱらっててもヤバい。人間は自分で飛び降りたりコケたりして体で重力の意味を覚えてるからピンとくるんだよね」
「そうか、体験しないと分からないんだね」
「高さだけじゃない、料理の味や香り、ジェットコースターのスリルなんて物は体験しないと分からないんだ。この複雑な条件をひっくるめて世界観と呼んでるんだけど、この世界観をどうやってAIに学習させるのか? ここが今のAIの限界の原因になってるんだ」
「ふぅ~ん……」
分かったのか分からなかったのか、曖昧な返事で美奈ちゃんはワインを飲む。
そこにギャルソンが次の皿を持ってきた。
「オマールエビのサラダ、キャビア添えでございます」
大きな真っ白のお皿に彩りよく野菜とエビ、キャビアが乗っている。そして、周りには鮮やかなソースで見事な装飾が施されている。もはや芸術の域と言えるだろう。
「わぁ~美味しそう!」
美奈ちゃんが琥珀色の瞳をキラキラ輝かせながら言う。
可愛い娘は本当に天使だよな。
美奈ちゃんに見とれていると横からクリスが突っ込む。
「誠…。その世界観を学習をさせるのが私の仕事という事か?」
「そ、そうそう、そこをお願いしたい。そして世界観を学習するのに必要なのが……。あまり言いたくないんだけど……生身の体なんだよね。正直な所生身の体でないと世界の理解は難しい」
「…。人体実験に使う人体をこの私に調達しろと?」
クリスの言葉に微かな怒気が混ざる。
言葉を選ばないと……。
「いやいやクリス、これは言うならば献血だよ。人類の子孫に血を与える尊い行為なんだ」
軽く首を振りながらクリスは応える。
「…。物は言いようだな。で、そういう人を見つけたとして何をやってもらうんだ?」
「脳に電極を入れてAIと直接身体と繋がってもらう。そうするとAIは自分の身体の様に協力者の身体を動かせるので、そこで身体と世界を感じてもらう」
「…。それはAIに身体を乗っ取られる事じゃないか!」
クリスは冷たく言い放つ。
美奈ちゃんも拒絶する。
「え~、そんなの絶対ヤダ!」
ですよね~、俺でもやだもんな~。
でも、ここで引いたら計画がお終いだ。
「もちろん、未来永劫乗っ取る訳じゃないよ、一時的に借りるだけ。終わったら元の生活に戻れるんだから……」
頑張ってみたけどクリスは、
「…。私は協力はできないな」
「私も~」
やっぱり。
ここは無理に頑張らない方がいいか……
「そもそも私の身体を貸したら、例えば『服を脱げ』とか指令が来たら脱いじゃうんでしょ?」
美奈ちゃんが痛い所を突っ込む。
「うっ、まぁ……理屈としては……そうだね」
「それでエッチな事させられちゃうんでしょ?」
美奈ちゃんは警戒する風に両腕で胸を隠すしぐさをする。
「いやいや、そんな事しないよ!」
「絶対?」
「エンジニアはそんな事しない!」
「ふーん、そんなに私の身体魅力ないの?」
不満げな美奈ちゃんは身体をよじって首周りの服を少しずらす。
俺は綺麗な鎖骨のラインに目が釘付けになる。
「この身体が自由にできるのよ? 何もしない……の?」
そう言って上目づかいで俺を見る。
いや、ちょっと、美奈ちゃん! ワイン飲みすぎでしょ!
ただ…… 男には抗えない力がある事は認めざるを得ない。
「……。参りました」
俺はそう言ってうなだれて負けを認める。
「だから私は貸せないわ、この身体は愛する人にしか触らせないの」
そう言ってニッコリと勝ち誇る。
俺は言葉を失う。
「誠さんも『愛する人』になれたら……触れるかもね」
そう言ってウィンクする美奈ちゃん。
「俺にもチャンスはあるんだ?」
「誰にだってあるわ。私は愛の秘密を解いた者を愛すの」
「愛の秘密?」
「ふふっ、そんな調子じゃ無理だわ」
美奈ちゃんは人差し指を振りながらニヤッと笑った。
今日も女子大生にダメ出しをされる俺、どこで生き方を間違えたのか……
AIの開発計画も行き詰まり、美奈ちゃんにも呆れられる……
ションボリしながらワインを呷ったが味は良く分からない。
現地集合という事でクリスとレストランに向かった。
ドレスコード用にクリスには俺のジャケットとネクタイを着てもらう。
少しサイズがキツめだが、さすが聖人、何着てもよく似合う。
親戚連中は子供の都合で来られないので、結局美奈ちゃんと我々の3人である。
銀座のフレンチはやはり雰囲気が違う。石をあしらった門構えに小さな店名のプレートが一つ、知らなければレストランだとは気づけない。
店に入るとウェイティングルームに通され―――
すでに美奈ちゃんが座っていた。
美奈ちゃんは落ち着いたオレンジのVネックフレアワンピースを着てにこやかにクリスに話しかける。
「クリス、昨日はありがとう、おかげで今日はとっても気分がいいの」
「…。それは何より」
「クリスと会ってから私の人生上向きって感じ!」
クリスはにっこりとほほ笑む。
「俺と会ってからもね!」
俺は少し拗ねてそう言って笑った。
「アペリティフはいかがいたしましょうか?」メートル(店員)に声をかけられる。
ちょっと暑かったので爽やかなのがいい。
「シャンパンのカクテルがいいな」
俺がそう答えると
「ではミモザなどはいかがでしょう?」
「あ、いいね、じゃ、それで」
「私もそれがいいな!」
「…。では同じ物を」
「かしこまりました」
程なくシャンパングラスが運ばれてきた。
皆がグラスを手に持ったのを確認して、俺が音頭を取る。
「この素敵な出会いにカンパーイ!」
「カンパーイ!」「カンパーイ!」
鼻に抜けるオレンジの爽やかな香りが心地よい。
美奈ちゃんは
「美味し~い!」
と言って目を大きく見開いてにこやかに笑う。
綺麗な娘は見てるだけで幸せにさせてくれる。
耳元でキラキラ光るピンクのハートのピアスに見とれていると、メートルが注文を取りに来た。
「本日のメニューがこちらです、幾つかお選びください」
「お、来た来た。美奈ちゃん何がいい? フォアグラのパイ包みとかあるよ!」
「フォアグラ? 美味しいの?」
「メッチャ美味いよ~。他には真鯛のソテーとか牛のフィレステーキとか……」
「じゃ、フォアグラで!」
美奈ちゃんはフォアグラにチャレンジするらしい。
「…。私は真鯛で……」
「じゃぁ俺はステーキにするか!」
メートルに注文し、ついでにワインも選んでもらう。
メニューばらけさせたのは失敗だったかな?
ほどなくして、ダイニングルームに案内してもらう。
落ち着いたインテリア、控えめなダウンライト、今晩の食事は最高な体験になりそうだ。
太陽興産のシュウ君には感謝しないとならない。
テーブルに案内してもらって椅子を引いてもらい、座らせてもらう。
自分で気軽に座った方が絶対いいのになと思う。
この辺り自分は庶民だなと感じる。
前菜が出てワインを注いでもらう。
「今日は誠の考えを聞かせてくれるんだろ?」
クリスが早速突っ込んでくる。
思ったより俺の考えに興味を持ってくれているようだ。俺も覚悟を決めないとならない。
「もちろん、全部話すよ」
美奈ちゃんも乗り出してきて笑顔で言った。
「あ、昨日の続きね? 少子化対策」
「そうそう。ただ、厳密には少子化対策ではないんだ。子供の数が減るのは人類が選んだ道なので、それは避けられない」
「え? それじゃダメじゃん」
「そう、そこで、新たな人類の子孫を作るのさ」
「…。子孫を作る?」
クリスの目が鋭くて怖い。言い方を間違えたら俺も10階から突き落とされるのだろう。
「鉄腕アトムってあるじゃないか、ああいう心優しい人類の後継者を作るんだよ」
「何言ってるの誠さん、あれはアニメなのよ! 現実を見て!」
美奈ちゃんが俺を睨む。
「もちろん、そう簡単にはできないよ。でも囲碁や将棋ではもう人間はAIには勝てないんだ。AIは部分的には人間を凌駕し始めたんだ」
俺はなるべく丁寧に説明する。
「そうだけどぉ、アトムなんて本当に作れるの?」
首をかしげて怪訝な表情の美奈ちゃん。
確かに簡単ではない。でも、ここは強気で押し通すしかない。
「俺は作るよ! 必ず作る!」
そう力強く言い切った。
静かに聞いていたクリスが口を開いた
「AIは死なないから人類が滅んでも構わないという事かな?」
厳しい突っ込みである。言葉を選ばないと。
「構わない訳ではないけど、人類が存続を選ばない以上、誰かにこの人類の文明・文化を引き継いでもらわないとならない。それはAI以外あり得ないと俺は考えているんだ」
クリスは目を瞑ってしばらく動かなくなった。
よく考えたら救世主に人類が滅ぶ事前提な話してるんだよね俺……。
最悪サタン扱いされてしまったらこの世から消されてしまう……って事?
もしかして俺、命の危機なの今?
軽率だったかな……? 胃が痛い、冷や汗が流れる。
美奈ちゃんはそんな俺の不安を全く解さず、前菜の『季節の野菜のゼリー寄せ』をつついて幸せそうな表情をしている。
クリスが口を開いた。
「…。結局はAIの中身次第だな」
白ワインを一口飲んで続けた。
「…。ショボいAIなら人類の後継者になど絶対に認められない。だが、本当にみんなが後継者として認められるような……それこそ鉄腕アトムの様な物であればそれは確かに正しい」
ホッとした。ふぅ~。
「クリス、ありがとう! 俺はみんなを認めさせてみせるよ!」
俺はそう言って白ワインをグッと呷った。まずは第一ラウンド突破!
「…。でも、どうやって作るんだい? いまだかつて誰もできてないのに」
まぁ、当然の突込みである。
第二ラウンドだ――――
「そこでクリスの力を借りたいんだ」
クリスは怪訝そうな顔をしてこちらを見た。
「…。私はAIなんて作れない」
軽く両手を上げて否定する。
「もちろん、作るのは俺だ。でも、作ったAIを育てるのには膨大なデータが必要なんだ。その育成をクリスにお願いしたい」
「…。誠が生んで私が育てるのか?」
「そう、AIを正しく導けるのはクリスだけなんだ。ぜひやって欲しい」
クリスは腕を組んで軽くのけぞって首を揺らす。
しばらく考えたのちに言った。
「…。具体的にはどうすればいいんだ?」
「まずはそもそも何で今のAIがこんなにバカなのか? という事から説明したい。なぜだと思う? 美奈ちゃん」
さっきから前菜に夢中な美奈ちゃんに振ってみる。
「え? 何? いきなり振らないでよぉ……。なぜ馬鹿かって? うーん……コンピューターには魂が入ってないから……かな?」
「うーん、魂か。そもそも魂って何だよ? とは思うけど、当たらずとも遠からずかな、AIには世界観が無いのがダメな原因なんだ」
「世界観? どういう事?」
「例えば、『重力があってリンゴは下に落ちますよ』って事はAIだって理解できる。でも『段差があって人が下に落ちますよ』って事はAIにはピンとこない。例えば段差が30cmなら安全だけど3mだと危険だよね? では1mだったら?」
「1m? ちょっと怖い高さだよね」
美奈ちゃんは首をかしげながら答える。
「そう、人間だったらピンとくる。でもAIには分からない。だって体験した事が無いんだもん。1mは若者だったら平気だけど老人だったら危険。さらに若者でも頭から落ちたら死んじゃうし、酔っぱらっててもヤバい。人間は自分で飛び降りたりコケたりして体で重力の意味を覚えてるからピンとくるんだよね」
「そうか、体験しないと分からないんだね」
「高さだけじゃない、料理の味や香り、ジェットコースターのスリルなんて物は体験しないと分からないんだ。この複雑な条件をひっくるめて世界観と呼んでるんだけど、この世界観をどうやってAIに学習させるのか? ここが今のAIの限界の原因になってるんだ」
「ふぅ~ん……」
分かったのか分からなかったのか、曖昧な返事で美奈ちゃんはワインを飲む。
そこにギャルソンが次の皿を持ってきた。
「オマールエビのサラダ、キャビア添えでございます」
大きな真っ白のお皿に彩りよく野菜とエビ、キャビアが乗っている。そして、周りには鮮やかなソースで見事な装飾が施されている。もはや芸術の域と言えるだろう。
「わぁ~美味しそう!」
美奈ちゃんが琥珀色の瞳をキラキラ輝かせながら言う。
可愛い娘は本当に天使だよな。
美奈ちゃんに見とれていると横からクリスが突っ込む。
「誠…。その世界観を学習をさせるのが私の仕事という事か?」
「そ、そうそう、そこをお願いしたい。そして世界観を学習するのに必要なのが……。あまり言いたくないんだけど……生身の体なんだよね。正直な所生身の体でないと世界の理解は難しい」
「…。人体実験に使う人体をこの私に調達しろと?」
クリスの言葉に微かな怒気が混ざる。
言葉を選ばないと……。
「いやいやクリス、これは言うならば献血だよ。人類の子孫に血を与える尊い行為なんだ」
軽く首を振りながらクリスは応える。
「…。物は言いようだな。で、そういう人を見つけたとして何をやってもらうんだ?」
「脳に電極を入れてAIと直接身体と繋がってもらう。そうするとAIは自分の身体の様に協力者の身体を動かせるので、そこで身体と世界を感じてもらう」
「…。それはAIに身体を乗っ取られる事じゃないか!」
クリスは冷たく言い放つ。
美奈ちゃんも拒絶する。
「え~、そんなの絶対ヤダ!」
ですよね~、俺でもやだもんな~。
でも、ここで引いたら計画がお終いだ。
「もちろん、未来永劫乗っ取る訳じゃないよ、一時的に借りるだけ。終わったら元の生活に戻れるんだから……」
頑張ってみたけどクリスは、
「…。私は協力はできないな」
「私も~」
やっぱり。
ここは無理に頑張らない方がいいか……
「そもそも私の身体を貸したら、例えば『服を脱げ』とか指令が来たら脱いじゃうんでしょ?」
美奈ちゃんが痛い所を突っ込む。
「うっ、まぁ……理屈としては……そうだね」
「それでエッチな事させられちゃうんでしょ?」
美奈ちゃんは警戒する風に両腕で胸を隠すしぐさをする。
「いやいや、そんな事しないよ!」
「絶対?」
「エンジニアはそんな事しない!」
「ふーん、そんなに私の身体魅力ないの?」
不満げな美奈ちゃんは身体をよじって首周りの服を少しずらす。
俺は綺麗な鎖骨のラインに目が釘付けになる。
「この身体が自由にできるのよ? 何もしない……の?」
そう言って上目づかいで俺を見る。
いや、ちょっと、美奈ちゃん! ワイン飲みすぎでしょ!
ただ…… 男には抗えない力がある事は認めざるを得ない。
「……。参りました」
俺はそう言ってうなだれて負けを認める。
「だから私は貸せないわ、この身体は愛する人にしか触らせないの」
そう言ってニッコリと勝ち誇る。
俺は言葉を失う。
「誠さんも『愛する人』になれたら……触れるかもね」
そう言ってウィンクする美奈ちゃん。
「俺にもチャンスはあるんだ?」
「誰にだってあるわ。私は愛の秘密を解いた者を愛すの」
「愛の秘密?」
「ふふっ、そんな調子じゃ無理だわ」
美奈ちゃんは人差し指を振りながらニヤッと笑った。
今日も女子大生にダメ出しをされる俺、どこで生き方を間違えたのか……
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