テクノロジカル・ハザード ~くびきから解き放たれたトランスヒューマンは神か獣か~

和多野光

第29話「Mother ⅱ」

 なんと……此方が押しかける様な形にはなってしまったとはいえ、客人が居るというのに本当に出ていきおったぞあ奴。
「……リルラよ。本当にあれは一体何なんじゃ?」
「あら。やはりお母様でも見えませんでしたか?」
見るも何も、あの者からは何一つ力を感じる事が出来なんだ。此奴ガンドから話を聞いておらねば、ただの民(弱者)と見間違う程に。
見抜けんばつの竜と称された妾がじゃ。
いや……だからこそ、じゃろうな。
「ふん。今更ながらに納得がいったわ。あれ程の者でなければ止める事が出来んかったじゃろうて、今のお主は」
 妾ですら看破出来ん様な強者でなくては、今のこのリルラは止められまい。
我が娘ながら末恐ろしい力を手にしたものよ。
それ程までに今のリルラの力は濃く、重い。
「うむ。流石の我も肝を冷やしたぞ」
 ……正直、間接的ながら対峙した此奴がなぁんで生きとるか分からん位じゃからな。
「仲良くもヤッとる様じゃしの、アレがウェアリアに牙を向かんのなら妾としてもあやつを家族に迎える事に何ら反対はせんぞ?」
「……」
「何!?それは一体どういう事なのだラミルよ!?」
 たわけ。男と女(娘)が同じ階段を裸同然の姿で並んで下って来れば口に出さずとも分かろうが。
 お主がそんなじゃからリルラが国(家)を出て行ったのがまだわからんか!
「ひぃっ!?」
「お母様、落ち着いて下さい。流石に此処ではジュウゴ様の住まいを汚す事になります」
「しかしじゃな……」
「安心して下さい、お母様。私はお父様……いえ、男性の方には女性の機微を幾ら説いても無駄なのだと言う事をジュウゴ様から教わっております。なのでお父様がどれだけ鈍かろうと今は気にしておりません」
 おお、暫く見ぬ間にお主はそこまで大人になったか……
 どうやら妾の予想以上にあの者との出合いはリルラにとって良きものとなっておる様じゃの。
「母としては、今のままそなたが幸せを掴む事を願いたい所じゃが……」
「……」
「やはり出来んか……」
「ええ、お母様……其れは……其処だけは譲れません。私を……私の記憶と共に子まで奪い去った何者かをこの手で殺すまでは、私は止まるつもりはありません」
「そなたの子が……向こうで幸せに過ごしていたとしてもか?」
「……恐ろしくはあります。顔すら知らぬ我が子に、乳すらあげた事のない我が子に、私は親殺しと罵られるのでしょうね。それも、母としてではなく……赤の他人として……」
……。
「ですが、お母様……私の中には残っているのです。顔すら思い出せないその者と過ごした感情が!思いが!記憶だけが無い!こんな!こんな酷い事がこの世にありましょうか?確かに在るのです!私の中には!彼と過ごした蜜月の感情だけが!お父様やお母様にとっては数百年と過去の事かも知れませんが、私からしてみればつい先日の事なのです。それが……それが……この上なくおぞましく、怨めしいのです……」
 ぬぅぅ、何という禍々しい力を出しおるのじゃ……
 竜融化した竜人とはこうも凄まじいものなのか。これでは近づいただけで並の兵は死んでしまうぞ。
「リルラ!」
「!?」
 なんじゃ?!いつの間に現れ寄った此奴!?
 まさか、伝説の転移魔法の使い手でもあるのか?
「(Hug)!」
 ぬ!?いや、まあそこも気になる所じゃが……意外と大胆な奴じゃの。妾達の居る前で娘を力一杯その手に抱くとは。
「ジュウゴ……様……」
 ほぉ、成程のう。そうする事でリルラから溢れ出した力を吸っておる訳か。
「ぬぅぅぅぅ……(血の涙)!」
 馬鹿ガンドは放っておくとして、確かにコレはこの者にしか務まらんな。
 同じ様な事が出来たとて、リルラの力を受け止めきれる者が果たしてこの世に何人おるじゃろうか。
「Grrrr……ニ゛グイ゛……ワ゛ダジ……ア゛イ゛ヅ……」
……妾もガンドの事を言えた立場では無いな。うむ。そうじゃった。妾達からすれば遥か過去の出来事であったとしてもリルラにしてみればつい先日の出来事じゃ。
愛していた者に騙され、子まで奪われた娘の気持ちなぞ慮って尚はかりきれるモノではないと言うのに。
そんな当たり前の事にそなたの涙を見て初めて気付くとは妾も母として失格よ。
どうか許してたもれリルラ。
母が間違っておったわ。
そなたにその様な涙を流させるやつばらめは神が許そうとも妾が許さぬ。必ずや妾達が見つけ出してやろう。そなたの子も。そして、そなたの『愛していた』者もな。
「貴方様よ」
「ん?」
「今どの程度の数を出しておる?」
「決まっているだろう?目一杯だ。皆、リルラの話を聞いて義憤に燃えておるよ」
クッハッハッ。左様か。手の早い事じゃ。じゃが、手緩いわい。
「戻り次第、各竜人及びウェアリア全土に話を広げるぞ。各国への通達も怠るなよ?」
「然しそれでは……」
「確かに。名だけは『晒し者』になるじゃろう。然し、幸いにも竜融化のお蔭でリルラの見た目は人となっておる。実質的な害は無い筈じゃ。寧ろそれで敵を炙り出せるなら安いものよ」
ああ……この様な感情は久しく味おうて無かったわ。
名も顔も知らぬ古からの逃亡者よ。
貴様は今、妾の逆鱗に触れた。
最早、安寧等という言葉は貴様に無いと知るがよい。

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