テクノロジカル・ハザード ~くびきから解き放たれたトランスヒューマンは神か獣か~

和多野光

第24話「コウカイxトxヤミ」

「ガンド様……アレは……アレは一体何なのですか……」
 暴威さんざめく中、足元で漏れ出る様に発せられたその言葉に我は無言を返す事しか出来なかった。
「(そんな事、分かっていればとうに答えておるわ!)」
腹に抱えた本音を煮え滾らせながら、我はリルラの生み出した竜巻によって生じた礫を無言で弾いてゆく。
まさかヴァースの奴等以外に竜化した我等と対等……いや、殺さぬ様に手心を加えられる程のナニカがいるとはな。
「ブレスと竜巻は彼の者が消し去ってくれている!今のうちだ!負傷した者を連れて早く逃げよ!」
「ガ……ガンド様は!?ガンド様はいかがなさるのですか!」
「長く我等に仕えていたそなた達ならば分かっていよう?我はもう二度と娘を見放したりはせぬ!」
「……!?では……アレは本当にリルラ様、なのですね?」
「……そうだ。我とて信じられぬ事だがな」
「おお……」
「あれが……」
馬鹿者!
「呆けておる場合か!今のリルラは伝承の様な存在ではない!永き眠りと奪われたものへの後悔から、自ら理を手放したのだ。かつて我がそうだった様に、最早見境などついておらん。早くこの場から離れるのだ!」
「わ、我々に出来る事は……」
「場合によっては我もリルラを抑える為に参戦する。先程までの光景を見ていただろう?すまぬがそなた達に出来る事はこの場には無い!」
「分かりました……ガンド様もお気をつけ下さい。早急に他の竜人の方々にも救援の要請を致します」
「頼んだぞ」
「「「「は!」」」」
 よし。これであと数刻もすれば少なくとも我が動ける様にはなるだろう。
 それに他の竜人等も加勢してくれるのであればリルラを物理的に止められる筈だ。
 問題は……
「Gyahhhhh!」
 それまでにどれだけ我等がリルラの攻撃を受け止めきれられるか、だな。
 既に半分程無くなってはいるが、リルラ(竜人)の暴走を山一つで済ませられるのであれば安いものよ。
「Grrr……見え……ない……」
 ぬ!?
「いや……どうして……何で貴方が……」
 まさか、意識が戻っ……!
「リルラ!」
「あ、バカ野郎!未だ……!」
「いやぁぁぁぁあ!」
 ぬぁぁぁぁぁあ!?
「おい!」
 馬鹿な……これは……
「おい!生きてるかアンタ!?」
 ぐ……く……
「……誰にものを申しておる。我とて竜だ。この程度では死なん」
「嘘つけ。直撃だったろ。思いっきり瀕死じゃねぇか。気持ちは分からんでもないが、不用意に近づくなよ……って言うのは野暮か」
 分かっているなら言葉にするでない。
「一時的にだが視界を失くした事によって殺された直後の記憶がフラッシュバックしたのかもな」
『何で貴方が……』か。
「どうやら奴さんは娘さんの近くにいた人物らしいぞ。心当たりはあるか?」
「……当時、我はリルラと仲違いをしていた」
 故に我はリルラが子を身籠っていた事すら知らなんだ。
「……OK。年頃の娘さんを持つ男親は大変だ、って事で把握。そっちの問題は取り敢えず置いておこう。それよりも『アレ』を説明してくれ。あんたの娘さん、竜からまた人型に戻ってるけど?」
「アレは竜化の先にあるとされているモノだ。名を『竜融化』と言う」
「『竜融化』……穏やかな響きじゃあないな。金髪が黒髪になっているのもそのせいか?」
「恐らくな。気をつけよ。アレこそ神をも滅ぼすとされる伝説の戦闘形態だ。下手をすれば……」
「ねぇ……」
「「!?」」
 馬鹿な!?この距離を我等に気付かれず一瞬で!?
「貴方……?」
「……!……っ、!?」
 ジュウゴ!
 何という事だ。あれ程竜化したリルラの攻撃を凌いでいた者が、ただの足蹴り一つで吹き飛ばされてしまうとは。
「それとも……」
「ぐぁぁぁぁぁあ!?」
「貴方……?」
 何という力だ。まるで枯れ木の枝を折るかの様な動作で我の角が毟られてしまった。
「返して……?」
 待て……待て、待て、待て!リルラよ、我から奪ったその角を逆手にして一体何に使うつもりなのだ!?
「ぎぃあああああ!」
「私の赤ちゃん……」
「やめ……!リルラ!我が腹を突いたとてそなたの子は入っておらん!」
「……(ザク)!……(ザク)!」
「ぐああああああ!」
 我は堪らずリルラを掴んだ。少しでも距離をとろうと放るために。
「何だと……?!」
 だが、我が手の中に在るリルラはびくともしなかった。
それこそ、まるで大地に根を貼る世界樹に手を掛けてしまったかの様な錯覚を見てしまう程に。
「赤ちゃん……赤ちゃん……赤ちゃん……赤ちゃん……」
ちぃ、竜融化に至ったとて正気は戻らずか……やむを得ん。不安は残るが、我が竜化を解く!
「リルラ!待て!私だ!ガンドだ!分かるか!?分かるか」
「……!」
私の姿と言葉に「お……父様?」とリルラは初めてその手を止めた。
娘に父と認識される。当たり前の事の様に思えるが、初めて私はその大切さに気づく。
一言「父」と呼ばれ、脳裏を駆け巡るはリルラが生まれ落ちてから現在に至るまでの軌跡。
「ごめん……なさい……お父様……ごめんなさい……」
それが何に対しての謝罪なのか、私には直ぐに分かった。
あの日。リルラが私達の国を飛び出したあの日。私とリルラは酷い口論となった。
強き者のみが生き残ると信じ弱者を見ようともしなかった私と、弱者ばかりを見て強き者の苦労を見ようともしない娘。
甘やかしたつもりはないが、厳しくした覚えもない。思えばあの日こそが娘を初めて厳しく諭した日だったかも知れぬ。
次に会うのがまさか無残にも殺された後とは知る由もないまま、私は娘を見送った。
そう。幾らリルラが若いとはいえ竜人がよもや殺される等、思いもしなかったからだ。
呪氷に覆われながら晒されたリルラを見て、私の理性は弾けた。
正直、そこからの事はよく憶えていない。破壊の限りを尽くし、気を紛らわせる対象が無くなった事で私は喪失感や後悔の念と共に理性を取り戻していった。
「どうして……ねぇ?……お父様……どうして……私の中に赤ちゃんがいないの?」
だから分かってしまった。
「どうして……?どうして……?どうして……?どうして……?」
リルラは未だ完全には正気を取り戻してはいない。自責の念を私にぶつけようと、その手に持った巨大な角を振りかざす。
「ねぇ!どう――」
 迂闊だった。竜化を解いた状態で今のリルラから攻撃を受けてしまっては幾ら私とて無事では済まないだろう。
「し」
 だが、不思議と悔いは無い。
娘を見殺しにしたも同然の私が蘇った娘に殺されるならば本望だ。私は甘んじてその罰を受けよう。
「て」
「馬(真剣白刃取り)!」
「……!」
「っ鹿(からの無刀取り)!」
……!?
「野郎ぉぉぉお(からの足蹴りぃい)!」
「…………!…………!(ドゴォォォン!)」

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