テクノロジカル・ハザード ~くびきから解き放たれたトランスヒューマンは神か獣か~

和多野光

第9話「すれ違う運命」

「『Request the elements』火よ、その姿を表せ」
 イングランス王国郊外、サバービアグラナリー。
 緑広がる大穀倉地帯の一角で、一人の少女が魔法を発動させた。
「おお、すげぇ!本当に指先から火が出てる!」
 お願いしたのは此方だが、人が本当に魔法を使うという光景に俺は感動して思わず声を出してしまった。
 目の前の少女は何を当然の事を言ってるんだろう?という顔をしている。その表情から察するに、この程度は彼女達にとって当たり前の事なのだろう。さすが魔女の国と呼ばれているだけはある。正に異世界。面白い法則が作用している。
「お兄ちゃんは外国から来たの?」
「うん、そうなんだ。魔法ってやつを一目見てみたくてね。遠い所から旅してきたんだ」
「変なの。こんなの普通なのに」
「あっはっは。そっか、普通か。そうだよね。うん。ありがとう。魔法を見せてくれて。はい、これ。約束の外国のお菓子だよ」
「わぁ、おっきくて綺麗な箱!この中にお菓子が入ってるの!?」
「勿論。ほら」
「凄い!何これ!」
 ふっふっふ、驚いてる。驚いてる。これは、あの有名和菓子屋さんの商品を参考にした透明な羊羹の詰め合わせさ。まるで空を切り取って閉じ込めたかの様な錯覚にとらわれるだろう?俺も最初、向こうで見た時は驚いたよ。まるで食べる宝石だ、ってね。
 え?なんでそんなものが此処(異世界)にあるのかって?
 勿論、自作したからに決まっているじゃないか。
 俺もまさかこんな物まで再現出来るとは思っていなかったが、予想に反してこのサイバーボディが有能だったんだ。
材料はエルカトル連邦で揃えて貰った。
 地球と違ってマジで目が飛び出る程の材料費だったが、あの巨大人工ダイヤモンドを売ったお陰で資金はあったので遠慮なく注文した。俺の今の金銭感覚はマジでユーチューバー。
 いや、セキュリティの為に周囲へ散布したナノマシンで360°撮影もしてるし、歩くストリートビューマンと言っても過言ではない。
 異世界に来てまでユーチューバーて。とツッコまれるかも知れないが、こうでもしないとマジで辛いんだよホント。
 我々(現代人)は知らず識らずの内にどれ程エンタメに依存していたのかということを、まさか異世界で思い知らされるとは思いもしなかった。
 知識にはアクセス出来るのに、動画サイトにはアクセス出来ないという絶望をお分かり頂けるだろうか?
厳密に言えばこの知識が何処からダウンロードされているのかは分からないのだが、例えるならばG✕✕gle検索は出来て、 Y✕uTubeは駄目ってどういう事だオラァ!な訳ですよ。
だから自作自演と言われようが、俺は撮っているのです。誰に見せる訳でもなく、自分自身の視聴欲を満たす為に。
「これはね、羊羹って言うんだ」
「ヨーカン?」
「そう、羊羹。甘くて美味しいお菓子だよ。まだ他にもあるから一つ食べてみる?」
「いいの?!」
「いいよ〜。はい、どうぞ」
 俺はお皿に一切れの羊羹をのせて菓子楊枝を刺したものを掌に転送させた。
 それを更に一口大に切ってあ~んしてあげる。※異世界だから事案ではない……はず。
「美味しい!?」
 持っていた菓子楊枝が奪われ、瞬く間に一切れの羊羹が少女の口の中に消えていった。
 何とも嬉しい光景である。作り手冥利に尽きるとはこの事か。
 与えられる事に慣れてない子供は純粋だなぁ。可愛らしい、可愛らしい。(※頭を)ナデナデ。
「やれやれ……あんまり勝手にうちのガキ共に変なもんを与えないで欲しいんだがね」
「あ、おばーちゃん!」
 お婆ちゃん?この綺麗な女性が?
ああ、エルフだとそういう事もあるのか。
「あの、すいません。つい……」
「ふん。まぁ、いいさ。お陰で面白いもんが見れたからね。旅人かい?」
「えぇ、まぁ、そんな所です。ちょっと小金が入ったんで、本場の魔法を見にこの国へ」
「くっくっく、それだけ珍しいスキル持ちが魔法を見にこの国へ来たって言うのかい?変わってるね、あんた」
 ん?スキル??何の事だ???もしかして、さっきの転送の事を言ってる????
って事は、この世界には『そういうの(スキル)』もあるのか。凄えな異世界。マジ異世界だなホント。
「心配しなくても言やしないよ。そこの不良娘を攫いに来た悪党ってんなら、問答無用で首から上を消してやろうかと思ってたがどうやら違うようだしね」
「あ、ははは……誤解が解けて幸いです」
 やだ、ちょっとこのエルフ怖いんですけど。
 綺麗な煙管を咥えた美人さんかと思ったら、中身極道なんですけど。なんで異世界の女性ってこんなんばっかりなん?
首から上を『消す』って何よ?『消す』って。
あ、そうか。魔女の国って事は国民皆兵国って事でもあるのか。国民が全員、魔法使い(武装民)って恐ろしいな。
「代わりと言っちゃあなんだが、このババアにも一つその菓子を恵んじゃあくれないかい?」
「は、はい。構いませんよ」
 ジャパニーズ空気を読む。
 相手の気分を害さず。又、己の気持ちを鑑み。場の流れを察し。行動する。これ即ち流水の如し(他人の子供に勝手にお菓子をあげて、ナデナデまでしてしまった俺に拒否権などない!)。
「お口に合うかは分かりませんが、どうぞ御賞味下さい」
 俺は素早く先程と同じ様に自家製の羊羹とお皿一式を掌に転送した。流石に『あ~ん』はしない。
「……もしかしてさっきの箱にはコレと同じ様なもんが入ってるのかい?」
「そうですが……」
 あ、もしかして見た目がお気に召しませんでしたでしょうか?
 そういえば、お世話になったギルド職員さんに差し入れした時も食べるのを躊躇ってたな。
やはり大人ともなると、これ程までに美しい食べ物を食べ物と認識し難いのだろうか?
「貴方は一体何がしたいんですか!」って怒ってたけど、最終的には花より団子で他の職員さんと奪い合ってたから一口でも食べて貰えたら受け入れて貰えると思うのだが……
「この一切れで一体幾らになる事やら……」
 それは聞かない方がよろしいかと。
 答えてもいいですが、素直に受け取れなくなりますよ?
 材料費もそうですが、エルカトルでは本当に『食べる宝石』として一部の方々がとんでもない高値をつけておられますので。
「……確かに美味い。ヨーカン、だったっけね?聞き慣れない菓子の名だが、何処から仕入れたんだい?」
「エルカトルで最近出回り始めた『食べる宝石』菓子ですよ。販売値は……知らない方が美味しく食べられると思います」
「あそこ(エルカトル)か……確かにそりゃあ値段は聞かない方が花って奴だね。そんなもんを惜しげもなく無償で施すあんたもあんただが」
「あははは……そこはまぁ小金持ちの道楽だと思って見逃して下さい。なんなら珍しい種類のシャグ(タバコ葉)も出すので」 
「はっはっは、小金持ちになったばかりにしちゃあ随分世渡りが上手いじゃないか若いの。あんた、そう言やあ本場の魔法を見に来たって言っていたね?なら一度、この国の首都にある『グリアセルト魔術学院』へ寄ってみるといい。あそこならもっと面白いもんが見れるだろうさ」
おお、現地住民の方オススメの場所ですか。それはそれは、貴重な情報をどうもありがとうございます。
「ギルドカードは持ってるかい?」
「ええ、まあ」
 先日、作ったばかりですが。
「貸しな。あたしの推薦メッセージを付与してやろう。これでも学院には顔が利くからね」
凄い、そんな事まで出来るのかこのカードは。異世界なので当たり前の物だと思っていたが、そういえば完全にオーパーツだよなコレ。生体認証型スマートカード。誰がどういう原理で作って、何がどうやって管理しているのだろう。
「ありがとうございます。え〜っと……」
 そういえば名前を聞いていなかった。
「マリン・ペンドラゴンだ」
「ジュウゴ・イカリです」
「あたし、シャロン!」
 シャロンちゃんか。うん、元気だなぁ。姪っ子の小さい時を思い出すよ。
「色々とありがとうございます」
「何、美味い菓子と珍しいシャグの礼だ。こっちもまさかセントラルの発行したギルドカードが出てくるとは思わなかったよ」
 え?発行場所って何か関係あるのか?
「じゃあな若いの。良い旅を」
「ばいば~い!」
「ありがとうございます。うん、ばいば~い」
 何故か此方が見送る形になってしまったが、二人の去って行った方向を拡大して見ると大勢の子供が集まっていた。
 一瞬、子沢山過ぎるだろ!と思ったが、マリン・ペンドラゴンと名乗ったあのエルフの女性の服装を思い出して合点がいった。
 あまりに堂に入っていたのでそれとは気づかなかったが、彼女はシスターなのだ。
 つまり、あの子達は教会か孤児院に預けられた身寄りのない子供達という可能性がある。
 ……お菓子、もっとあげれば良かったかな。と少し後悔。
 学院に行ったら彼女の所属している場所を聞いて寄付でもして帰ろう。
 そう思いながら、俺はイングランスの首都へと続く畦道を進んで行った。



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