テクノロジカル・ハザード ~くびきから解き放たれたトランスヒューマンは神か獣か~

和多野光

第10話「グリアセルト魔術学院」

 すげ〜……ここが『グリアセルト魔術学院』かぁ。超マンモス校じゃん。
 デカい!
広い!
そんな印象しか思い浮かばない程、巨大な建造物がだだっ広い敷地に所狭しと建ち並んでいる。
「当学院に何か御用でしょうか?」
 建物を見上げながらキョロキョロしていたら、正門の所にいたお姉さんに声をかけられてしまった。
 おのぼりさん、と思われてしまったのだろうか。若干の警戒心はあるが、どちらかというと田舎者に対する憐れみを感じる。
「あ、えっと……旅の者なのですが、此方へ伺えば本場の魔法をご覧になれると聞いたもので」
「ええ、確かに当学院ならば最先端の魔法をご覧にはなれるでしょうが……失礼ですが、どなた様からのご紹介でしょうか?」
 素直に答えてはみたものの「そりゃ見れますけど、関係者以外は立ち入り禁止ですよ?」とオブラートに返されてしまった。
 そりゃそうか。そもそもこれだけ大きなキャンパスが一般開放されてると思い込んでいた俺が馬鹿だった。じゃなけりゃ、あのエルフさんがお礼に推薦状なんて用意しないよな。
「あの、これ……」
 俺は推薦メッセージが付与されたギルドカードを提示。
「え、このギルドカード……!?それにペンドラゴン様の推薦状!?し、失礼致しました。此方でしたら構いません。案内を付けますので少々お待ち頂けますか?」
 おお、この慌てよう。実は有名人だったのかな、あのエルフさん。流石「顔が効く」と豪語していただけの事はある。感謝、感謝。
「お忙しい様でしたら日を改めますが……?」
「いえいえ、大丈夫です!元エレメンツであるペンドラゴン様のお知り合いをただで帰す訳には行きません。それに本日は他国ガルデニアからのお客様も来院されております。この後には交流戦も予定しておりますので、魔法をご覧になりたいというのであればきっとご満足頂ける筈でしょう」
 おお。なんともまぁ、タイミングのいい時に来れたものだ。
「それは楽しみです」
「是非とも当学院の生徒達の勇姿をご覧になって下さい」
 まるで生徒達が負けるなど微塵も思ってない様な言い草だ。余程優秀な子でもいるのだろうか?ならその他国の子達には悪いけど楽しませてもらおうかな――なんて楽観視していた時期が自分にもありました。
現実逃避気味に体育館の二階席の様な場所から下に目をやると、そこには赤髪で長身ナイスバディな女の子、青髪ツルペタ少女の二人組と黒髪の男女混成チームが対峙している姿が見える。その周りには学院の生徒と思しき子供達が大勢いて、やいのやいの言いながら赤髪と青髪の子達を応援していた。
「くそ、俺達は勇者だぞ!たかが魔法使いに何で手も足も出ねえ!?」
「バカ!戻れ、直也ナオヤ!不用意に近づくとまた……」
「……『Request the elements』風よ、我が敵を阻め」
「「うわぁぁぁぁぁ?!」」
「ちょ……三重ミエ君、四角ヨスミ君!?きゃぁぁぁぁぁあ!」
「ちょっとぉぉぉぉ!?ナオヤに正則マサノリアヤまで飛ばされちゃったらアタシ一人なんですけどぉぉぉ!」
 うん……あの四人、絶対日本人だよな。高校生位か?
 男二人が風の魔法で吹き飛ばされて、その巻き添えを食らった女の子が一人。んで残った一人は踏ん張ってはいるものの、あまりの風速に動けなくなっている。
「これは酷いな〜」
余りにも一方的過ぎる。
 有効な手段が無いなら、さっさと降参でもすれば良いだろうに。
「全くだ」
 ん?誰だ、このシュッとした女性は。
「が、学院長!?」
 案内で俺に付いていてくれている子が物凄く驚いている。え、この人が学院長?これまた随分と若い。30代位に見えるぞ。こっち(異世界)じゃ見た目で年齢の判断がつきにくいから困るな。失礼ながら、男装の麗人って言葉がよく似合いそうな人だ。
「たかがあの程度の風魔法で済んでしまうとはな。このままでは我が学院の生徒の糧にもならん。ガルデニアも厄介な者達を送り込んで来たものだ」
 そんな学院長様は突然やって来て隣に座ったかと思ったら、酷評を述べ始めた。
なるほど。あいつ等はガルデニアって国から来てるのか。
「確かに。あれでは何の『交流』にもならないでしょうね。ああまで一方的にされても諦めていない事から察するに何か奥の手でもあるんでしょうが、あの青髪の子も未だ本気ではなさそうですし赤髪の子に至っては魔法どころか動いてすらいない。果たして、これ程の差を埋められる何かが彼等にあるのか甚だ疑問です」
「ふっ、中々どうして魔法を見学しに来ただけの者にしては見る目がある。私はフィア・プラーラ。此処の学院長だ」
「ご丁寧にどうも。私はジュウゴ。旅人です。この度は授業の見学を許可して頂きありがとうございます」
「なに、マリンの紹介であれば構わないさ。本来であれば授業を見世物にする気は無いのだが、丁度ガルデニアから勇者なる若者達が来院して来ていてね。第三者からの意見を聞きたかった所なのだ」
「そう仰って頂けると助かります。ところで、勇者とは?あまり聞き覚えがありませんが……」
「何でも、ガルデニアに齎された『神の使い』だそうだ。魔法やスキルと言った括りに囚われないユニークな力を持った者達らしい。奇しくも君の言った『奥の手』だが、あるとすれそれだろう」
 へー。神の使い、ねえ……って事はチート持ってんのか、あいつ等。
 なら出し惜しみせずにさっさと使ったらいいのに。
「大層な肩書きですね。プロパガンダもいいところだ」
「プロパガンダか。ふふっ、君は実に良い例えをする。であるならば彼等は勇者という名を宣伝・周知する為の駒という事になるが、それにしては実力がお粗末過ぎるとは思わないかね?」
 確かに。
わざわざ他国と交流させる位の奴等だ。その実力がこの程度では、言っておいてなんだがプロパガンダにすらなれないだろう。つまりは余程その『奥のチート』とやらが凶悪なのかも知れない。と、推察する。
「クソが!こうなったら手加減はなしだ!『バインドブレイク』!」
 お?
「む?」
「……『Request the elements』風よ、我が敵を――」
「遅え!」
「……、!ぐ……?!……ぁ!?」
そうこう話していたら、三重直也と言われてた奴が突然何かを唱え戦況が変化した。
 ふむ。身体強化でもしたのか先程までとはスピードが段違いだ。まさか相手が詠唱する前に接近してサッカーボールキックとは。幾ら相手が魔女とはいえ、女の子に対して容赦なさ過ぎだろあいつ。
「シルフィ!」
跳ねる様にして転がって行った青髪の子を見て、赤髪の子がはじめて杖を抜いた。
「どうだ!所詮魔法使いなんて魔法唱える前にやっちまえばどうってことねぇんだよ!」
言葉では目の前の赤髪の子に言ってる様に聞こえるが、顔がオーディエンスに向けられている。煽るねぇ。周りにいる生徒達の発する言葉にもはっきりと野次が混ざり込んできた。
「このクソ野郎が……『Request the elements』サラマンダーアロー!」
 火矢の弾幕か。あれ程の近距離では正面から見たら壁にしか見えないだろう。
同級生(シルフィと呼ばれていた女の子)が倒れてうずくまっているのを見て、赤髪の子が初めて殺傷性のある魔法を発動させた。
対するあの男は笑みを崩さずに静観している。
先程、さんざん魔法を詠唱させる前に云々言ってたのに今回は唱えさせるのか。チート使って『俺強ぇぇハイ』になっているのかは知らんが、早々に気い抜きすぎだろJK(常考)。
 念の為、此方は此方でうずくまっている子の容態をモニタリングしておくか。あの速度のサッカーボールキックだ。内臓を痛めている可能性もある。迅速な処置を頼むぞ、ナノコマ(体内から散布するナノマシンの事を俺は大好きな某機動隊の自立思考型多脚戦車に因んでネーミングしている)。
「((((アイアイサー!))))」
「来い、『うつけ丸』!」
 ん?てっきり距離をとるもんだと考えていたが、あいつ日本刀を召喚しやがった。
 さっきの(身体強化)が奥の手じゃなかったのか。
「おらぁぁぁぁぁ!」
 横薙ぎ一閃。
 それだけで眼前に降り注ぐ火矢が刀に吸い込まれる様にして消えていった。
 凄いな。そんなモノがあるのならさっさと使えば良かったじゃないか、という感想は置いといて正にチート刀と呼べる代物だ。言いにくいからチー刀と呼ぼう。
「サラマンダーウィップ!」
「ぐっ……!?」
 だが、あの子もあの子で負けていない。あれ程の火矢を目眩ましにして瞬時に距離をとり、炎の鞭で相手を捕らえたぞ。激昂した様に見えて意外と冷静だ。
「エクスプ――」
なるほど。あの日本刀の能力を警戒してか、鞭を撓らせてそのまま捉えてる部分を爆破しようとしているな。ただそれは不味くない?死ぬんじゃないか、あいつ。
流石に目の前で公開処刑は辞めてほしいので止めに割って入ろうと立ち上がりかけたが、隣にいた学院長に制されてしまった。
学院の事は学院側で始末をつけるという事だろうか?学院長の目を見たが、どうやら正解の様だ。短く目礼を返し、浮かしかけた腰を降ろす。
「そこまでだ」
 おお、凄え。プラーラさん、此処から一気にあそこまで移動してあの子の鞭を透明な魔法剣みたいなモノで両断しやがった。
 流石、学院長。動作の起こりもなく、無詠唱か。達人みたいな事をする。
「んだババア!邪魔すんじゃ……」
 捉えられていた火の縄が消滅した事と俺強えハイが合わさった事によって、助けられた事にすら気づいていない青年が年上の女性に暴言を吐く。
 その途中でグシャリ、とした水気のある音がここまで聞こえた様な気がした。
「口の聞き方に気をつけろ、小僧。勇者だか何だかは知らないが、他所様の国に来といてまでガルデニアの常識が通じると思うなよ?」
 死ん……ではいないか。まあ今のはあいつが悪い。どんな世界においても女性に対して「ババア」は禁句。うんうん。
「「「……」」」
 他の三人は仲間の潰れた顔を見て、皆一様に沈黙している。
 例えチートを発動させても目の前の女性には敵わないと理解したのだろう。
 その判断は正しいとオジサンは思うぞ。
「メーディア」
「ごめんなさい、学院長……危うく殺しちゃう所だったわ」
「お前とシルフィードの仲が良いのは知っている。激昂した気持ちも分からんでもない。だが、やり過ぎだ。一応、反省はしておく様に」
「は〜い……」
「それと、客人には感謝しておけ」
「客人?」
「あそこにいる見学者さ。どうやったのかは分からないが、シルフィードが無事なのは彼のお陰だ」
 げ、バレてる。
 さては学院長も学院長で、あの子の容態を見てたな。くそ〜、余計なお世話だったか。
「……あの男が?」
「ああ。マリンの紹介で来た客人さ。旅人と聞いているが、話した感じや動きを見るにこんなひよっ子共よりは断然やる。アレには手を出さないように」
 一応全部丸聞こえなのだが、この距離であの音量の会話が聞こえてるとなると色々と勘違いされてしまうと思うので取り敢えず目があったという体で会釈。
「(ペコリ)」
 ちなみに学院長に殴られた男の方は、既に救護班みたいな人達が取り囲んでいるのでノータッチだ。
来歴は気になるが、彼等は同郷というだけで見ず知らずの他人でもある。寧ろ相手が日本人だからこそ接触には最大限の警戒をしておくべきだろう。決して、男だから別にいいかなんては思ってたりはしない。若いうちの苦労は買ってでもしろと言うし、身を持って体験しないと分からないこともある。そう、これは見ず知らずのオジサンからの愛の鞭なのだ。だから、ごめんな。
「ルイズ(案内係)さん。ルイズさん」
「え?あ……はい!何でしょうか?」
「本日は素晴らしいものを見せて頂きました。付き添い、ありがとうございます」
「い、いえ……此方こそお手を煩わせてしまい申し訳ありません。当学院の生徒を代表して感謝致します。シルフィの回復、ありがとうございました」
 あらやだ。この子も気づいていたのか。さすが生徒総代。優秀だな。
「いえいえ、あまりの迫力についつい余計なお節介をやいてしまっただけですよ。気にしないで下さい」
「ですが……」
 あ……そうだった。ここは異世界。タダより怖いものがない世界。対価を求めないと示しがつかないか。これが日本人であれば何の遠慮もなく「ありがとう」だけで済まされる可能性も考えると、異世界の人間の方が随分慎ましく思える。個人的にはどちらも良い点・悪い点があるので良し悪しを決める事は出来ないが、信賞必罰は分かりやすい方がいい。ここは郷に従おう。
「では代わりと言ってはなんですが、もし此方にライブラリー(図書館)があるなら立ち入りの許可を頂けませんか?皆さんがお使いの魔法を少し学んでみたいのです」
「ライブラリーですか。生徒用のモノでしたら許可がおりると思いますが、その……私達が使っている魔法は魔女でなければ使えませんよ?」
そうなのか。それはそれでどんな仕組みなのか気になるな。
「構いません。習得というよりは魔法の歴史や変遷を知りたいだけなので」
 そう伝えると何とも言えない表情をされてしまった。変わった人だ、と顔が言っている。
「分かりました。では、受付にギルドカードを提示して頂ければお通し出来るように学院長にはお伝えしておきます」
「お願いします。では、本日はこの辺で御暇させて頂きますね」
「お見送りさせて頂きます」
「ありがとうございます」
 こうして俺は学院の図書館パスを得る事に成功した。夢の異世界学院生活とまではいかないが、無理矢理学生気分に戻ってまで『俺強え』をしたい訳ではないので良しとしよう。
若い子達に混じるのはそれはそれで楽しいのかもしれないが、あいつ等4人を見て思い出してしまった。
見た目は随分と若返ってしまったが、俺の中身はオッサン。自重しよう。



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