狂鳴

森近 名森

狂鳴

ある夏の日の昼下がりである。暑さはかばかりは収まり、出掛けるには丁度良い気候ではあった。僕は親に頼まれていた買い物を済まそうと出掛けた。30分ほどで買い物を済まして帰ろうとしたその道中、ふと図書館が目に入った。

  最近は大学の受験勉強で根を詰めていた、なんとなく気晴らしに本でも読もう。

 食材の入った買い物袋を肩に掛け、ドアを開ける。すると、ドアを開けた途端、後ろで道を歩いていた老人が小石につまづき倒れた。僕はすぐさま老人に駆け寄り、大丈夫ですか?と安否を問うた。しかし、老人は何も言わず、僕の腕を握りしめる。老人の割には力が強く、僕はその痛みに耐えきれず、老人を押し倒す。僕は倒した瞬間ごめんなさいと謝った。でも、その老人の目は何か虚としている。すると、その老人は、何かに引き込まれるように目の前の図書館へ入っていった。僕は気にせず、腕の土を払って、買い物袋を拾い直し、再び肩に掛け、図書館へ入った。
 図書館に入ると先ほどいた老人の姿は無い。あるのは20〜30歳ほどに見える西洋の男の姿である。不思議には思うが気にせず、本を探そうとするが、僕は男に呼び止められ、その男と相席するとこになった。男が言うには、ちょっとした小噺を聞いて欲しいとのことである。僕は、少し不機嫌な態度で男の話を聞く。
「これは、ある一国の主の話だ。その王は、欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れるほどの強欲さを誇っていたが、それとは別に死や生に対する関心はあまりにも低かったらしい。それ故に、人々からは人外の王と恐れられていたとか。だが、ある時王は自殺をしてしまった。民には理由はわからないが、国のみんなは王の死を喜び褒め称えた。」
僕は男の話に聞き入ってしまった。
「さて何故王はありとあらゆるものを手に入れたのに自殺をしてしまったのだろうか?」
僕は別に質問もされていないのにそれを考えてしまうだが、1分も経たずに答えを言われてしまう。
「王は確かに沢山のものを手に入れたが、民からの『賞賛』というものは手に入れていない、これが真実だ。」

    何か心に濁りを感じる。

しかしもう男は、これ以上その王の話はしない。僕は、何か狐につままれたような気分ではあったが、男がそのまま続けて話すのでそれを聞いた。
「さて、次の話をしよう。」
そう言われた時、なんとなくだが、喉が渇いた。すると、その男はそれを見破ったのか、何か飲むかい?と飲み物を取り出し、僕に聞いてきた。僕は、それに甘えて、飲み物を受け取った。

    ブラックコーヒー………。

すると、男は、そのコーヒーは美味しいやつだから苦手な人でも飲めるよと言った。僕は、その言葉に騙されたかのようにコーヒーを口に含む。なんと、今まで不味く感じていたコーヒーが美味いのだ。豆のおかげだろうか?……。そんな疑問はさておき、男は、話を続ける。
「これは、話というかちょっとした質問かもしれない。そこは許して欲しい。」
僕は頷く。
「これは、ある実験の話だ。その科学者は、人間の本質は悪にあると考えた。そしてその者は、ふとこういう実験を思いつく。『人間2人を閉じ込め、その人間の片方に自分の命とその他人の命のいずれかの生存の権利を渡したらどっちを犠牲にするのか?』と、これは普通の人間では思いつかないような悪魔の発想だ。だが、科学者は実験を実行に移した。2人を別々の部屋に監禁し、片方の人に選んだ方が犠牲になる装置を与えた。仕組みとしては、その装置には2つのボタンがあり、片方には装置を押す者の名が記されたボタン、もう片方には別の部屋にいる者の名が記されたボタンがある。更に、お互いの部屋の状況が見えるようになっており、少し違うが似たような説明をされている。さあ、ここで質問だ。君ならどうするかい?」
僕は、聞き入っていた話を急に止められ、質問をされたために一瞬止まってしまった。そして答える、ボタンを押さない。と。
男は少し笑った。

心は荒んでいく

「そうだ。確かに時間制限などはないからね。私でもそうするさ。それで続きだ。選択権を持っている者は、君と同じようにボタンを押さなかったんだ。まぁその部屋にいるだけなら別に死ぬわけではないからね。科学者は、ボタンを押せば死ぬとだけ説明しているからね。そこでだ。科学者はここでペナルティを設けた。そう、時間制限をつけたのだ。その時間はなんと6時間、まぁまぁな時間だ。さてまたここで質問だ。君ならどうするんだい?」
僕は今度はなんの躊躇いもなく、他人のボタンを押すことを選んだ。
男は、つまらない表情をしていた。男にとってこの答えはどこか、拍子抜けだったようだ。

心は歪んでいく。

「まぁ、普通ならそうだろうね。……さぁ続けよう、その者は5時間両方が助かる方法を模索していたが、もちろん見つかるはずもない。そうこうしているともうすぐ6時間に達しそうになった。だが、その頃にはその者は迷いが吹っ切れた顔をしていたようだ。時間制限に達すると1秒の誤差もなくお互い死ぬ。ボタンを押せば1秒の誤差もなく片方が助かり片方が死ぬ。なんと、その者は残り数秒でボタンを押した。数秒と言っても3秒未満の残り時間である。あとで科学者はその生き残った者に聞いた。何故、あんなにも時間があったのに残り数秒でボタンを押したのか?と。その答えをあまりにも衝撃的であった。」
男は、嬉々としてこれを話す。
「なんと!あと数秒で押せば、相手に気づかれずに相手を犠牲にすることができるからだと言ったんだと。その理由としては何時間もあれば、殺したと気づかれたのではないかという罪悪感に苛まれるが、あと数秒ならば、押したことには気づかず、時間切れでお互い死んだと思われるのでは?と考えたとか。さぁ、君に最後の質問だ。『君は、どうする?』」
心が何かに侵食されていく。
すると、そこには若い男の姿はない。あるのはこの図書館に入る前の老人の姿だ。
あの男の言葉が頭の中でこだまする。

君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?君はどうする?

 
気づいた頃にはもう家に着いていたようだ。私は自分の部屋の椅子に座っており、足元には買い物袋を転がせていた。だが、そんなことはどうでもいい、私の手には見覚えのない血に染められたナイフが握り締められている。私は、心の内に広がる黒い何かを感じた。私は、その瞬間、笑みをこぼし、そのナイフを自らの手のひらに突き刺して、この言葉を呟く。


「君は、どうする?」




終わり。

コメント

  • ノベルバユーザー603772

    「え?次どうなるの??」という謎やら次の展開が待ち遠しいお話です!
    投稿ありがとうございました。

    0
コメントを書く

「ホラー」の人気作品

書籍化作品