藍原さんはヤンデレ彼氏を奪いたい

たたた、たん。

前編


 


 桔梗さんが大好きな大嶺君。大嶺君は桔梗さんを奪われたくなくて、束縛して、大事に大事に壊れ物を扱うかのように触り、桔梗さんの願いは何でもほぼ……叶えてきた。

  大嶺君は、桔梗さんを心から愛している。大嶺君はそれを隠していないし、桔梗さん以外には素っ気ない。彼曰く、桔梗は俺の全てだそうで。

  大嶺君と桔梗さんは小さい頃からの幼なじみ。整頓な顔立ちにがっしりとした体つきで格好いい大嶺君と、儚いお人形のように美しい桔梗さんはいつも一緒で、大嶺君は桔梗さんに大事な恩があるらしい。だから、他人に厳しい大嶺君は桔梗さんにだけは、わたあめのように甘いんだ。


  きっかけは、その甘さを私にも向けて欲しいと言う事だった。


  大嶺君は桔梗さんを大事に大事に扱い、執着している。私には、愛が分からなかった。だから、これこそが愛なのだと思った。あそこまで、人に執着しのめり込み、自分と相手の境など見ないふりで、べっとりと相手に同化しようとする。

  そう、この狂気こそが愛なのだ。

  私は、愛を悟ってから、急激に大嶺君を好きになった。あれほどの狂気を抱える彼に愛されたのなら、私はきっと、幸せな愛に溺れて、この平凡な日常から生還出来る。私だってあそこまで愛されて、愛してみたい。自分の命が燃え盛るように相手に依存して執着して、それ以上に執着されたい。大事にしたい。大事にされたい。

  だからこそ、私は桔梗さんが赦せない。桔梗さんは、大嶺君の愛を当然のように受け取り、簡単にごみ箱に捨てる。その愛が、その執着が、どれ程尊いものなのか分かりもせずに。

  大嶺君がいるにも関わらず浮気を繰り返す桔梗さんが赦せない。
  大嶺君を冷たくあしらう桔梗さんが赦せない。
  大嶺君をウザイと罵る桔梗さんが赦せない。


 だから、私は桔梗さんから大嶺君を奪うことにした。




「大嶺君、大嶺君、無視しないで。今日は、カツカレーなんだ。美味しいよね。時々、食べたくなるっていうか。カツという美味しい食べ物にカレーと美味しいもの掛け合わせたら絶対美味しいに決まってるし。でも、カツカレーのカレーって大体じゃがいも入ってないよね。私、カレーのじゃがいも好きだからそれがいつも残念なんだよね」


  2限終わりの昼休憩、彼を手に入れると決めてから必ず話しかけに行っている。出来れば朝も夕も張り付きたいが、彼は私をうるさがって逃げるから、せめて食堂では絶対に話しかけられるようにいつも彼を待ち構えていた。

  と言っても、彼は滅多に私に返事を返さない。私が一方的に話して、彼は無視を決め込む。彼は私を桔梗さん以外のその他ひとりカテゴリーとしか見ていないのだ。そして、彼はその他の人間に一切興味がない。

  その事に対して、私は好印象を持っていた。それは、反対に私が彼の唯一のカテゴリーになれば、彼は他の誰にも興味を示さなくなると言う事だ。

  それこそが愛。彼の無視は悲しいけれど、私はその度に彼の愛に感動して何としても彼を手にいれようと思っていた。


「そう言えば桔梗さんが……」


  彼が反応するのは桔梗さんと言うワードが出たときだけ。この時ばかりは、彼は食べる手を止め、睨み付けるように顔を向ける。


  「桔梗がどうした」

  「いや、桔梗さんさっき見かけたよと言おうと思って……」

  「どこにいた?」

  「えっと……校門の所」


  他の男と一緒に腕を組んでいた、という事実を伝えるべきか悩む。正直、桔梗さんはビッチだから多分彼も浮気相手だろうと察せられたからだ。

  ただ、今さら彼の浮気を伝えたところで桔梗さんの好感度は下がらないだろうし、でも、私の好感度は彼の悪口めいた事を言ったら下がるだろう。私は、浮気を繰り返す桔梗さんに頭がきていたので、彼に伝えたかったがぐっと口を結ぶ。

「何回も言ってるけど、私、大嶺君が好きなんだ。恋愛的な意味で。大嶺君の悲しむ姿見たくないし、悩みがあったら聞くよ」
   
  それで、あわよくばなんて事は考えていない。本当の善意だ。

  確かに私は大嶺君が欲しい。恐らく恋している。でも、私は大嶺君の見た目や性格が好きな訳ではなく、彼の執着心と狂気を好ましく思っている。

  彼が私を執着の対象としてくれたとき、私は心から彼を愛するだろう。だが、最悪、桔梗さんから奪えなくても、また彼のように身に狂気を孕んでいる人を探せばいい。

  その裏のない善意が彼に伝わったのだろうか。それとも、本当にまいっていたのか。彼は少し考え込む様子を見せた。


  「悩みはある」

  「うん。何でも言って」

  「……じゃあ、ひとつ」


  私にとって、彼が私に相談してくることは大きな意味があった。だから、出来うる限り、彼のために何でもしたい。

  でも、彼のいう悩みと相談は控え目に言っても最低な内容だった。しかも、準備も必要なことだし、私の授業が終わってから現地集合と言うことになり別れる。

  切羽詰まっていたのなら、自分の授業などサボってでも彼の相談に付き合うが、今現在、彼の案件と私の授業とでは私の授業の方が重要度が高いと判断した。一応、連絡先を教えて貰おうとしたが、彼はまだ私の存在など石ころ程しかないように、無視するから聞き出すことは出来なかった。

  彼を好きになってから、3ヶ月。彼を追い続けて3ヶ月。まずは彼に認識してもらう事を最優先課題としていたから私自身のことは後回しにしていた。私は彼と違って何もかもが平凡で、影が薄く、自己主張しないといつも誰かに忘れられてしまう人間だ。

 彼に魅力を感じてもらう為にも、取り敢えず見た目を改善しようとしていたし、ビッチな桔梗さんが好きなら私もビッチっぽくならなきゃかなと、何もかも未経験な体を逆ナンでもして処女喪失しようしたが、それも終わってない。

 そんな貞操観念が緩い私が言うのも何だが。何なんだが。そう。

  つまり、自分を好きだと言う相手に、彼女のための玩具を実験として試そうと言うのはあまりにもクズ過ぎるんじゃないか。

   私は、今、ラブホテルの前で大嶺君を待っている。

 彼の悩みは、勿論、桔梗さんに関する事だった。彼は、桔梗さんが浮気を繰り返す理由に、エッチのマンネリ化が関係していると考えているのだ。

  だから、玩具を使って桔梗さんを楽しませたい。だけど、いきなりだと上手くいかない可能性がある。だから試してみたい。目の前に何でもしそうな女。よし、こいつで試そう、と。
  クズ過ぎる。
  人としてその思考回路はあまりにクズだなぁ、と思いながら、私も彼とより接点が持てるならいいやとあっさり受けてしまった。

  桔梗さん以外に優しさを1マイクロもあげない点は評価も出来る。私は、彼と付き合ったとき、他の人に優しくなんてしてほしくないから。

  だから、彼は最低な男だが、付き合うと考えたら最高の男だ。

  授業終わりすぐの時間に待ち合わせで、まだ道具を使う為の下準備も出来ていないのだが、幸いやり方も道具も今しがた調べ終わった。彼も非常識なお願いをしているのだし、少し待たせても怒らないだろう。






  はてはて。私は待ち合わせの時間を間違ったのだろうか。待ち合わせの時間をもう二時間は過ぎていて、そろそろここに居座るのも辛くなってきた。

  もう四組くらいラブホテルに入っていくのを見守っていたし、援交目的だろうと二人の男に声をかけられた。やっぱり、無理をしても連絡先を聞いておくべきだったのだ。あと、三十分しても来なかったら帰ろうと決心して少ししてから、よろよろと歩く彼の姿が見えた。服は土で汚れ足取りも弱く、彼はじっと地面を見ていて、近づいて顔を覗きこむと頬が腫れ、口の端が切れている。

  「どうしたの?」

  そんな姿を見ては、待たされた不満など何処かへぶっ飛ぶ。元から、文句を言うつもりはなく、どう見ても大丈夫ではなさそうだから無駄な事は言わない。

  きっと桔梗さんと何かあったのだろう。

  彼は、絶望の顔をしていたから。


  「取り敢えず、ここで待ってて」


  私が話しかけても彼は一向に答えようとせず、私のなすまま。私は、コンビニに急いで走り救急セットを買ってきてから彼とラブホテルに入った。ナニを致すためではない。彼の怪我を手当するために。

  あの、いつも私を面倒くさそうに睨む目は何処かそらへ向き、私が引っ張っても風船のようについてきて、体を殴られていないか見るために私は彼の服を脱がした。彼は私が話しかけても上の空だから実力行使しかなかったのだ。

  「…………」

  彼は私がなすままになっていたが、自分の肌を晒した瞬間少し息を飲む。

  彼の狂気はここに由来しているのかもしれない。彼の背中には大きな傷があったから。冷静に事情を読み取った私は、徐に自分のベルトを手にかけ、はいていたジーパンとパンツを一気におろした。普段からおかしな行動をとってはいるが、流石に彼も私の珍行に驚いたらしく、目を見張ってから怪訝そうな顔をされた。

  私が彼の体に発情でもして盛ったのかと勘違いしているのかもしれない。

  「ほら、これ」

   そんな気は毛頭ない私は、露出した下半身のまま後ろを向き、形をよく褒められる臀部を彼の前に差し出した。

  「私、この年になっても蒙古判とれないんだ」

  「……」

 大嶺君は、何を言っているのか分からないように、ただただ眉間にしわを寄せている。私もこれでは、伝わりにくいと分かっていたから、言葉を付け足した。

  「誰にも言わないでね。その代わり、大嶺君の秘密も守ってあげる」

  「……」

 そこで、漸く彼は私の意図に気付いた。お互いに弱みを見せ合おうというしょうもない考え。でも、彼は分からないらしい。どうして私がそこまでするのか。ここまで尽くしていて、お尻も見ているのに彼は怪訝そうにしているだけ。

「そんな顔しないで。大嶺君の事が大好きな私を舐めないでよ」

「……お前、変わってるな」

にこりともせずに、変なやつ認定をする彼。いや、彼より変わっている人なんて私は見たことがないけど。

「お前じゃなくて、名前で呼んで。藍原千紘。藍原でも千紘でもいいよ。こんなところでなんだけど、私と友達になってよ。私は大嶺君が私の事を好きでなくても好きだよ。大嶺君が私に一生振り向かなくても好きだから。だから友達になろ?私は君と気軽にお喋り出来る仲になりたいんだ」

「意味が分からない」

「つまり、私は今大嶺君とお話しできて嬉しいって事だよ」
   
   我ながら、変だと思う。ラブホテルで今の今までエッチなことをしようとしていた相手に友達なんて。
  でも、何故だかその時はそれが名案に思えたのだ。

「気が向いたらな」

  ポツリとした返事は確かに肯定の意味を持っていて。私は彼が肯定する期待値がほぼゼロと思っていたから、とても嬉しかった事を覚えている。

  だから、私たちはその後、桔梗さんの為の実験などという不健全なことはせずに、ポツポツとお互いの事を話ながら帰った……訳でもなく、いい感じの青春っぽい雰囲気も彼はこれはこれ、それはそれと桔梗さんの為の行動を惜しまなかった。まあ、それはイコール私がいいように扱われる事なんだが、そういった好きな相手以外にはとことん下衆なところが好きなんだから仕方がない。

  ただ、私なら付き合っている相手が、例え自分のためであろうともこんないかがわしい事をされるのは嫌だ。なので、無駄かもしれないが、彼ともし付き合ったときは心のない浮気でも赦さないとしっかりと告げようと決心した。

  因みに、睦言は割愛する。彼は、桔梗さんの名前ばかり呼んで楽しくなかったからである。

  それから私らはやっと、連絡先を交換した。それは、私が彼にアタックをかけて約半年たった頃の事であった。









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