カミナリ神社の巫女物語

ふじゆう

そのいち。

ワタクシは巫女である。名前はまだない。
正確に言うと、名前はもうない。とある失敗をしてしまい、神様を怒らせてしまった挙句、名前を取り上げられ、現世落ちという結果だ。甚だ不本意ではあるのだが、神に仕える身としては、甘んじて受け入れるしかない。なので、『巫女』というのは、仕事の名称であり、ワタクシの名称でもあるのだ。簡単に言うと、降格である。巫女と一口に言っても、位があり、神様に付き従う名持ちの巫女と、神様見習いに付き従う名無しの巫女がある。ワタクシは、後者であり、元前者だ。
 今更、後悔しても仕方がないし、兎にも角にも、一からリスタートして、返り咲くほかないのが現状だ。
 ワタクシが現世落ちを食らった・・・与えて頂いた職場は、なかなかの劣悪な環境で、この人事には悪意を感じざるを得ない。いくら愚痴っても環境が変わる訳ではないので、自分が成長する為の環境を与えて頂いたと無理やりにでも前向きに考えることにしよう。とは言っても、たまに、ポロポロポロポロと、愚痴を零すであろうから、ご容赦願いたい。
 さて、ワタクシが、飛ばされた場所なのだが、日本という国の山間部の更に奥。ひっそりと佇む寂れた神社だ。知る人ぞ知ると言ったところだ。しかしながら、この神社侮るなかれ。『どんな願いでも叶う』と言う触れ込みだ。だからこそであろうが、最後の最後の砦と言った具合で、崖っぷちに立たされた人間が、神様に縋りつくのだ。当然ではあるが、皆が皆どんな願いでも叶っている訳ではない。神様のご厚意に触れた一部の人間の願いが叶っているのだ。人間界にある宝くじを連想してもらえると、分かりやすいだろう。
 先ほど、神様のご厚意と言ったが、正確には神様見習い、ワタクシ達は未神(みかみ)と呼んでいるが、その未神のご厚意だ。人間側から見るとそうなる。こちら側から見ると、未神の修行の一環に過ぎないのだが。ちなみに、未神とは、未熟な神様や未来の神様という意味である。
 この神社も人間界の名称とこちらの名称は、違うのだ。ワタクシ達は、『カミナリ神社』と呼んでいる。読んで字の如く、神に成る神社だ。見習いの神様もどきが、人間の願いを叶え『信仰』を増やすことによって、晴れて神様へと昇格するシステムなのだ。
 と、前置きはこれくらいにして、ワタクシの職場がなぜ劣悪だと言うと、このカミナリ神社で修行中の三座の未神の存在だ。補足として、ワタクシ達は、神様は柱、未神は座、人間を人と数える。神様が一柱二柱、未神が一座二座、人間が一人二人ということだ。人間界の数え方とは、多少相違があるだろうけれど、まあそういうことだ。
 この三座の未神が、ワタクシの頭痛の種であり、最重要課題なのだ。だからこそ、ワタクシがここに飛ばされたと言っても過言ではない。神様の嫌がらせであろう。あのクソジジイ・・・失礼、口が滑った。

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