貴族に転生、異世界で幸福を掴み取る

高崎 立花

無駄なことが無駄じゃなくなる時

 木刀同士が擦れ合う音が観戦者たちの心を奪った。それは、長い時間、剣と共にいくつもの修羅場を超えてきた騎士長も例外ではなかった。
  美しい太刀筋は観戦者の心を魅了し、甲高い音が耳を癒す、その試合自体がもはや芸術であった。
  
  幼い少年同士の試合は、既に五分の時が経っていた。観戦者には短く感じられるその時間も、当事者からすればかなり長く感じられた。
  五分の間、身体を動かし続け木刀を振り回していた化け物たちの試合に漸く、勝敗が見え始めた。
  
(ロア君の動きがだんだん鈍くなってきた。筋力は僕よりも断然上だけど、体力は同じくらいかな? 魔力を纏うことによって身体の負担を減らしたのは正解だった)

 魔力が最大値の十であるネイロスは魔力を少しずつ放出し、体に纏わせることで体力の消耗を少しでも節約しようとした。それに対し、魔力を上手く扱えないロアは、純粋な肺活量、筋力で五分間もネイロスとやり合っていたため、体力の消耗が激しかったのだった。
  
「はぁ……はぁ……私、頑張ったんだけど、無理かも……はぁ」

 かなり息を切らしている。剣を構える姿勢が辛くなってきたロアは、猫背になった。先程までは幼さがまるでなく、美少年剣士のようだったロアも、今は幼い少女のようだった。 少女のような綺麗な顔立ちをしている少年は汗を流して、目が虚ろになっている。
  
「ロア君、大丈夫?」

 ネイロスは剣を構えるのをやめ、自然体になって心配な目で見つめた。すると、ロアはクスッと笑い、口を開けた。
  
「対戦相手を、敵を心配するのはダメって、パ……お父様が言ってたよ」

 ロアはそう言うと、剣を構え、フラフラしながらネイロスの方へゆっくりと寄っていく。 そして、力のこもってない声で「やあっ」と言って、木刀をネイロスに当てる。しかし、力の入ってない攻撃が、魔力で身体を守っているネイロスに通用するわけもなく、ペちっと音を立てた。
  
「ダメだ……」

 ロアはそう言うと一気に脱力しその場に、膝から崩れ落ちた。
  
  再びカウントが始まる。
  
  満身創痍な顔で、その場に突っ伏しているロアの顔をネイロスはまじまじと見つめる。
  
(いいな……諦めないことは)

 カウントが終了し、グリードの声が響く。
  
「勝者、ネイロス・ニーベルン。職員の方はロア・チェイス君を医療室へ運んでください」「僕はどうすればいいでしょうか?」
「あぁ、ネイロス君は、試験が終わったから解散でいい」

 グリードはネイロスの身長に合わせてしゃがんで答えた。
  
「分かりました」
「それか、見たい試合があるなら観客席で観戦しててもいい」
「では、残って観戦します」
「……あぁ」

 グリードはそう言うと、立ち上がり会場に座っている子供に終わったものは解散するか、観戦するということを伝えると、第二回戦目のカードを発表し始めた。
  
「ディン・アルゴンとイテウド・ハイラト」

 呼ばれた少年二人は返事をし、おどおどと階段を降りていく。一方、ネイロスは観戦するために、階段を登る。
  
「――ッツ!?」

 男二人とすれ違った刹那、ネイロス頭の中に激痛が走った。
  
  声にならない痛み。しかし、すぐに痛みは引いて、自身の身体に異状は見つからなかったために気のせいということにした。
  
  ネイロスは振り返って男二人を凝視した。しかし、魔力を使用した痕跡は残っておらず、特別に何かされたという訳でもないようだった。
  ネイロスは席に着くと、先程すれ違った少年たちの観戦を始めた。
  
「やっぱり、さっきのロア君が強かっただけか……」

 ネイロスは誰にも聞こえないようにボソッと言う。第二回戦の戦いはネイロス達の戦いと比べると月とスッポンだった。魔力が使えず、大した身体能力もないため、泥試合となっていた。お互いに必死に剣を振り回しているだけの。それ以降も同じような試合が続き、ネイロスはウトウトしていた。そして……。
  
「第二十四回戦、グレーシャ・クレイとアイラ・パルラ」
「いよいよか」

 ネイロスは閉じかけの瞼を、魔力を使って無理やりこじ開けた。
  
  グレーシャは緊張するというよりかは、むしろ楽しそうな表情で階段を降りていった。 相手の少女は少し不安そうな顔をしていた。
  
「お互いがんばろーね!」
「え、あ、う、うん」

 ニッコリと対戦相手の少女の肩をポンと優しく叩くグレーシャに、少女は目をパチクリと開き、間抜けな声で返事した。
  
「両者、準備はいいか?」

 グリードが雰囲気を壊すように言った。
  
「はい!大丈夫です!」
「大丈夫……です」

 緊迫した空気が漂う中、そんなの関係ねぇとばかりに笑顔で返事するグレーシャとその緊張のなさが面白かったのかクスリと笑顔を浮かべている少女の姿があった。
  
「試合開始」

 機械よりも機械している声が言った。
  
  グレーシャは合図と共に、右手に魔力を込めて少女に向けて放った。
  
「魔力弾か……グレーシャも頑張ってたんだ」

 二人で鍛錬している時は魔力撃も魔力弾も使えなかったグレーシャが魔力弾を使えるようになっていることに少しネイロスは動揺した。
  
「このままじゃ、守られる側だよ」

 苦笑いして、試合を見ながらそんなことを言う。
  
  放たれた魔力弾が直撃した少女は抵抗することなく吹っ飛んでいく。魔力弾により倒れた少女は自分を起こすことで精一杯だった。グレーシャは木刀を引き抜き、四つん這い状態になってる少女に斬りかかった。誰もがグレーシャの勝利だと確信した。
  
  しかし、グレーシャが斬り掛かる瞬間だった。
  
  少女は突然、目にも止まらない速さで立ち上がり、木刀を瞬時に引き抜いてグレーシャの攻撃を弾いた。更には、隙が出来たグレーシャの横っ腹に追撃を加えてグレーシャを先程の自分のように吹き飛ばした。
  少女もとい、アイラ・パルラは勝ちを確信した。

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