貴族に転生、異世界で幸福を掴み取る

高崎 立花

魔力の流れ

 日が顔を出し始めた頃にはたくさんの子供が集まっていた。
  黙々と本を読む人も多少いるが、ほとんどは復習せずに他の子供たちと駄弁っていた。
  セラス国立貴族学園の受験日、ネイロスとグレーシャのように朝早くから来ていた子供たちは、受験のための最後の確認を行っている。
  それ以外の子供たちが来たのは集合十分前というギリギリの時間だった。ネイロスはそんな彼らを見ながらため息をついた。
  
「なんかみんな全然勉強してないね」
「そうだね、みんな自信があるんだと思うよ」

 頬を緩めてグレーシャに言った。ネイロスは辺りを見渡して深くため息を吐く。自分の心配をするべきなのは承知している。しかし、周囲の人間のあまりにも緩すぎる空気に、この国は大丈夫なのだろうかと心配する。
  ここに来ている人間の九割は貴族。つまり、平民たちを引っ張る存在。将来は自身の所有する領土を管理する立場に置かれるのだ。そんな人間がこの場で無駄話をしていることに少し、いら立ちを覚える。
  ネイロスは幸せな時間を送りたい。そのために勉強し特訓もしてきた。毎日自分よりも努力している人間は必ずいると、自分より優れた人間の数の方が多いと言い聞かせ、サボらないように。
  自分が幸せであるには、自分の関わる人も幸せでなくてはいけない。ネイロスはこの世界で生活するうえでそんなことを学んだ。だからこそ、いい加減な人間のせいで多くの人が不幸になると考えるだけで苛立った。
  
「自信があっても、結果を出せなきゃ意味がない。グレーシャはここにいる人たちを見てどう思う? 」
「どう思う? う~ん……もっと頑張ればもっといい点数もらえるかもしれないのに、もったいないなって思う? 」
 
  グレーシャは首をかしげながら、不思議そうにネイロスの顔を見上げて答えた。子供らしい単純な考え、ネイロスはうん、うんと頷きながら満足そうな顔をした。
  それからこぶしを握り、グレーシャに告げた。
  
「油断大敵だ! 手は抜かず本気でやろうね」
「うんっ!! 」

 グレーシャは元気な声で返事し、頷いた。
  昔ながらの漢の絆の表現のように、お互いの拳を合わせる。グレーシャは女の子だ。
  
  合わせていた拳を離すと同時のタイミングで、大きな扉が開いた。
  この学園の広さは日本の某有名テーマパークより少し狭いくらいの広さもある。貴族ですら初見は目を見開くほどだ。入り口である階段を上がってすぐ左に校舎がある。扉は大きく、教会を想起させる。
  
  両開きの扉が開ききると、そこにはトロイアならではの金色の髪に、美しく輝くグリーンアイが特徴的な眉目秀麗の男性が立っていた。少し鋭い目つきにネイロス以外の子供たちは委縮してしまっている。ネイロスだけは少し肩を震わせていた。
  
「どうしたの? 」

 ネイロスの様子が気になったグレーシャは、小声でネイロスの耳元に囁く。それによって失っていた我を取り戻したネイロスは、幸せになった耳を大切に手で覆いながら、何でもないよ、と答えた。
  ネイロスは、心の中でせこいと呟きながらも、金髪イケメンの魔力を感じ取っていた。
  
(今まで見てきた中でもこんなに濃くて、魔力量の多い魔力は初めて見た気がする。人間なのか疑うレベルだよ)

 目を細めて男をじっくりと見つめるが無駄だと判断し、復習に戻る。
  
「私はグリード・バルレ、この学園の魔法担当教師だ。筆記試験の会場はここだ。中に入り準備をしておくように」

 グリードと名乗ったイケメンはそれだけ言うと、扉の奥へ消えてしまった。理解するのに時間がかかったのか、ほとんどの生徒はその場で立ち尽くしていた。中には「あぁ、愛しのグリード様ぁっ! 」と鼻息を荒げて上の空になっている女の子の姿も多数あった。 ネイロスは心の中で「いや、あなたたちまだ子供でしょうが」と軽くツッコミを入れる。 立ち尽くす子供たちの先頭を行くのはネイロスとグレーシャであった。
  


 筆記試験を終えた子供たちは休憩時間を利用して、学園のグラウンドを使用していた。筆記試験の次は、模擬試験のため子供たちはそれに向けての練習を行っていた。
  グレーシャもグラウンドで練習しようとしていたのだがネイロスが引き留めた。

「本当に私たちも練習しないで大丈夫なの? 」
「あぁ、大丈夫、むしろやらない方がいいよ」
「なんで~? 」
 
  グレーシャは小さな頭を傾けた。
  
「模擬試験は一対一で行われ、そして相手はランダムで決められる。つまり、この中でグレーシャの技を見ていたやつが敵になればどう考えても不利になる。それに模擬試験のために、魔力は残しておくべきだよ 」
「う~ん、よくわからないけど。やらない方がいいってことはわかった」
「僕たちは今日の試験まで頑張った。今までに学んできたことを出し切るだけでいいと思うよ」
「そうだよね、ネイロスのお父さんとお母さんにいろんなこと教えてもらえたし、私も頑張るよ!! 」
「そういえば、グレーシャは筆記試験どうだったの? 」
「うん! 全部解けたよ!! ネイロスは? 」
「僕も同じ、満点の自信はあるよ、グレーシャもできたようで良かったよ」

 ネイロスはほっと胸を撫でおろした。
  
 筆記試験では、恩恵についての問題、証明紋の起動方法、この世界の人族、魔族、亜人族、魔物の外的特徴等が問われた。ネイロスは恩恵や証明紋などの問題は簡単に解けていたが、種族の特徴で少してこずったのである。
  
  他種族と会ったことがないという理由ではない。他種族と人族との関係や他種族の特徴などは書物を熟読、母親の教育で頭に叩きこまれている。なら、なぜネイロスがその問題にてこずったのか。それは、差別が嫌いだからだった。
  差別している側は確かに楽しいかもしれないが、されている側はどうだろうか、試験中にそんなことを考えたネイロスは寂しくなったのだった。
  それは以前、ネイロスも同じ立場になったことがあるからだ。
  親を亡くし、孤児院に預けられ、身内からは蔑みの目で見下され、うまく話せないというだけで学校も孤立していた。
  差別は、ネイロスにとって邪魔な概念だった。
  
(この学園に入学することができて、卒業したらトロイアの各地を旅して奴隷制度の廃止を訴え、他種族が仲良く交流する最高の世界を作り上げよう。何年、何十年、何百年かかるかもしれない、それでも僕はこの腐った人間をいや、世界を変えたい)

 ネイロスが新たな目標を立てたと同時に、声が響く。

『貴族の子共、模擬試験を開始する。グラウンドに集合しろよ~』
『ちょっ! クラッド先生真面目にしてくださいよ! 今日は騎士長殿に国王殿がいらっしゃってるんですから!! 」
『あぁ、すまんすまん』

 放送の奥からは眠たそうに欠伸する男性と先ほどの筆記試験の監督のグリードの声が聞こえてきていた。気の抜けそうな放送だったが、子供たちはむしろ、背筋を伸ばしていた。今度ばかりはネイロスでさえ周囲と同じ体勢をとっていた。
  
「ねぇネイロス、騎士ちょう? ってなに? 」

 緊張が走る中一人だけ呑気にしている少女が言った。
  
「騎士長は、簡単に言えばこの国で一番強い人のことだよ」
「ネイロスよりも強いの? 」
「うん? ははっ、なんで僕と騎士長様を比べるのさ」
 
  グレーシャの問いに軽く笑顔を見せるネイロス。ネイロスはグレーシャに能力を見せたことはなかった。だからネイロスは、グレーシャが緊張している自分の気を楽にしてくれたのだと思った。
  
「だってネイロス、すごい強いでしょ? ネイロスの周りに見えるぼわぼわが普通の人とは違うもん」
「グレーシャ、一つ聞いていい? そのぼわぼわってずっと見えてるの? 」
「ううん、なんかね目に力を込めるようにしたら見えるようになるよ」
「そうか、それはすごいことだよ、でもね、そのことは誰にも言ってはいけないよ」
「どうして? 」
「その力を知った悪い大人がグレーシャを攫っちゃうかもしれないから」
「攫う!? それってネイロスと会えなくなるってこと? 」
「そういうことだね」
「わ、わかった、絶対に言わない」

(間違いない……グレーシャには魔力の流れが見えてる)

 魔力の流れが見えることはこの世界ではかなりまずかった。
  
  トロイアで証明紋が発見されたのは、たった百年前の話なのだ。魔力の流れを目視することができる魔水晶の発明で人類は文明を一気に発展させた。証明紋の発動のきっかけを魔水晶がつくることによってトロイアの者たちは証明紋で自分の状態を目視することに成功したのだ。この百年の間、恩恵で魔力を目視する能力を得た者は必ず、自由な人生を送れなかった。
  屋敷にあった歴史書を読み漁ったネイロスはそのことを知っていたのだ。
  
「ところでさっきの質問の答えなんだけど、騎士長様の方が何倍も強いよ」
「そうなんだ、そんな強い人の前で戦うのって少し、緊張するね」
「確かに僕も緊張してる、でも……」
 
  ネイロスは言葉を溜める。顔を俯かせ肩をプルプルと震わせている。少し心配そうグレーシャはネイロスを見て、続きの言葉を待った。
  他の子供たちは我を取り戻し始めて、グラウンドの方へゾロゾロと歩いていく。
  その中でネイロスは一歩も踏み出さず、また、グレーシャも一歩も進まなかった。
  そして、深呼吸したネイロスは顔を上げて、グレーシャの顔を見ながらこう言った。
  
「運がいい」
 
  ネイロスがそう言った途端、グレーシャにはなんだかとても強い風が吹いた気がした。
  その笑顔はグレーシャが今まで見てきた笑顔のどれにも該当しない、笑い方だった。


  

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