貴族に転生、異世界で幸福を掴み取る

高崎 立花

魔力纏い

 冷たい風がネイロスの肌を刺す。雪は積もり、辺りは銀世界になっている。
  
  ネイロスはこの景色を懐かしがった。
  
「受験シーズンか……」
 ネイロスは手で目を覆い空を見上げた。
  空は快晴で雲ひとつなく、いつもの屋敷の外とは雰囲気が違う。
  
「ごめんーっ。待った? 」
 グレーシャが息を切らして聞いてくる。
  
(なんかカップルみたい)
 カップルのようなやり取りにくすりと笑いながら大丈夫とグレーシャに伝えた。
  
「それじゃっ、行こっ! 」
 自分より身長の高いネイロスを見上げながらグレーシャは言った。
  今から試験だと言うのに、グレーシャの天使のような笑顔にネイロスは、緊張が解けて癒された。
  
  ネイロスの屋敷から学園までは徒歩で五時間ほどかかるので、ネイロスとグレーシャは馬車に乗って学園へ向かっていた。
  馬車に揺られ、冷たい風に曝されながら、お互い問題を出し合い復習していた。
  
「寒いねっ! 」
「そうだね、これじゃたどり着く頃には凍ってるかもしれないね」
「ほんとに凍っちゃうの? 嫌だっ! 怖いよぉ」
「嘘だよ、凍らない」
 ネイロスは優しい口調で答えた。
  
(とは言え、この寒さは確かにきつい、結構厚着してきたから大丈夫だと思ってたけど、全然寒い)

 マフラーに手袋、ケルピがネイロスとグレーシャのために編んだ物を身につけてもまだ、冷たい風が肌を刺す。

「おにいさん、何か羽織るものはありませんか?」
 ネイロスはせめてグレーシャに、少しでも暖まってもらおうと、上半身がほとんど裸の馬車の操者に尋ねた。
  
「羽織るものかぁ? 悪いが今はないな、あったら渡してるさ」
 上裸の操者はガハハと大笑いしながら答えた。
  ネイロスは自分に使った方がいいのでは? と思いながら合わせて笑う。
  
「そうだなぁ……。あっ、そうだ! 兄ちゃん、魔力は扱えるかい? 」
 ネイロスが肩を落としていると、操者がいきなり聞いてきた。
  
「魔力ですか? 魔力なら扱えますよ」
 突然の言葉に少しだけ目を見開きながら答えるネイロス。
  
「そうか! なら魔力で体を覆えばいいんだ」
「そんなこと……」
 操者の言ったことに、言葉を詰まらせる。それもそうだ、魔力を扱うといっても、これまで魔力を放出することしかしてこなかったネイロスに魔力で体を覆うなんて高等技術、魔法についての教育を受けていないネイロスが出来るわけがなかった。
  そもそも、ネイロスの年頃では、魔力を扱うことすら出来ないのが普通なのに、操者が当たり前のことのように聞いてきたのが驚きだった。
  
「出来ない、ってか? バカだなぁ出来る出来ないはやってから判断するんだな、そうやって自分の力に限界を決めて、未来を捨てた才能あるものを何人も見てきたんだ」
 その言葉をネイロスは黙って聞いた。しかし、ただ普通に聞いたわけじゃない、上を向いてだった。
  
「そうですよね、分かりました、やってみます」
 決意を固めたかのように再び正面を向いたネイロスは目を閉じ集中し始めた。
  
(魔力を体に覆う。まずは、内側にある魔力を外側に出して、それから魔力が空中分解しないように体全体に上手いこと広げないといけない)

 ネイロスは毎日やっているように右手の人差し指に力を一点集中させて、魔力をゆっくりと解放していく。外側に出ていく魔力の感覚を切らずにどんどんと放出していく。人差し指の先から何かが抜き出されているかのような感じたことの無い感覚を感じながら、体全体に広げていく。
  撫でられるかのような感覚に身を震わせて同じ作業を続けるネイロスを不思議そうな目で見るグレーシャ。
  
「ふぅ……」
 グレーシャの視線などお構い無しに集中し続けるネイロス。しばらく時間が過ぎ、ようやくその時が来た。ネイロスは閉じていた目を開き言った。
  
「成功した……」
 自分の体を何度も何度も見ながら呟いた。
  
「やるじゃねえかネイロス」
「うん?」

(今この人、ネイロスって言わなかった?知り合いかな……いや、見覚えはない)

「あのぉ、どこかで会いましたか?」
 恐る恐る、ネイロスは尋ねた。
  
「あ、いや、あったことないな! ハハハハッ」
 操者の歯切れが妙に悪いことに怪しむ。ネイロスは、操者に対して、名乗った覚えがないのに、相手がこちらの名前を知っていることに違和感を覚えた。
  
「さっき、ネイロスって言いましたよね?」
「あぁ、言ったよ」
「僕、あなたに名乗った覚えがないんですが、なんで知ってるんですか?」
 馬車の窓から身を乗り出し操者に強気で尋ねた。
  過去のように失敗したくない、そんな思いがネイロスの口調を更に強くさせた。
  
「もし、誘拐とかなら、容赦はしないです。勝てるか分からないですが、一生不自由な生活を遅らせることは出来ます」
 腰に装備した短剣に手をかけて、先程取得した魔力の扱いを利用し、威嚇しながら操者を脅した。しかし、操者はビビる様子なく、むしろ微笑ましそうに笑ってこう答えた。
  
「さっき、兄ちゃんと姉ちゃんの会話を聞いてたんだが、その時に言ってたよ」
 優しく、子供をあやすような口調で返されたネイロスは、少し冷静になり考えた。グレーシャとの会話を遡るが、寒さのせいか所々思い出せなかった。
  
  ネイロスは、いきなり操者さんに喧嘩を売ってしまったかもしれないと考えると段々と恥ずかしくなり、赤面した。
  
「申し訳ございませんっっ!! 僕の早とちりでこのようなことを起こしてしまい、本当に、」
「いいんだよいいんだよ、勝手に人の会話聞いた俺も悪いんだから気にすんなっ!! 」 操者はネイロスに被せ気味で先程までの喋り方に戻った。

「寒いよぉ~」

 ネイロスと操者がお互いに笑っていると後ろからそんな声が聞こえた。
  
「「あっ!!」」
 二人の声は揃っていた。
  
* 

 風をシャットダウンした二人は馬車に揺られながら気持ちよく寝ていた。昨日の勉強、訓練に重ねて早起きをしたためだろう。そんな気持ちよさそうに寝る二人に元気で大きな、アラームに向いている声がかかる。
  
「ほら、兄ちゃん姉ちゃん、起きな!!セラス国立貴族学園だ、着いたぜ」

 目を擦りながら起きたグレーシャが窓の外を覗く。窓の外の景色はとても綺麗だった。雪が積もった階段があり、その上にはグレーシャがこれまでに見た建物で一番大きな建物があった。目をキラキラさせてはしゃぎながらネイロスをバンバンと叩き起こすグレーシャの横顔を見ながら起きるネイロス。
  着いたと悟り、グレーシャ同様、窓の外を見てみると、やっぱり感動したのだった。日本でもこの世界でもこれより大きいサイズの建物は見たこと無かったからだった。
  
「まるでホグ○○○だな」
「ホグ○○○ってなに?」
 ネイロスは、自身の発言に首を傾げるグレーシャに対して、気にしないでいいよと伝えた。
  
「それじゃ、試験がんばってくるんだぞ!!」
「ありがとうございます」
 ネイロスはここまで送ってくれた操者に感謝を告げる。

「ここまで、送ってくれてありがとう」
 グレーシャもネイロスの真似をするように頭を下げて感謝を告げる。
「あぁ、とりあえず終わったらここに戻ってきてくれな」
「はい、試験頑張ってきます」
 手を振りながら馬車から降りて歩いていくネイロスの手を必死に掴んで後ろを振り向いて手を振るグレーシャの姿を見てほっこりとする運転手だった。 

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