貴族に転生、異世界で幸福を掴み取る

高崎 立花

プロローグ

 炎が舞い、煙が巨大な城を覆う。 
  紅く光る月が大地を照らしている、それは、まるで死んでいった神々の血のようだった。
  
「なかなか数が減りませんね、隊長」

 魔法が飛び交い、敵が向かってくる中、眼鏡をクイッと上げた人間の男がそう言った。
  
「神域に住むほぼ全ての神を相手にしてるからなッ――! 」

 隊長と呼ばれた男は忙しそうに、何十と攻め込んでくる敵を切り刻みながら、眼鏡の人間に返事した。
  
「神域の神々を相手に、こんなに戦えるうちらはやっぱ最強やね」

 関西弁で、隊長と呼ばれた男に話しかけたのは、蝙蝠のような翼が生え、禍々しい螺旋状の角を持った女性だった。
  
「ダエーワ、俺たちは神たちが処理しきれない害獣を消すために生まれた鬼神兵だ! 神を相手にここまで攻めれるのは当たり前だ」
「隊長、このままでは埒があきませんわ、あたくしたちが下のゴミどもを掃除しておくので隊長は王の元へ 」

 着物を着た女性が余裕そうな表情でゆったりと、隊長と呼ばれる男にそう言った。
  
「分かった、みんな死なずに気を付けてくれ」
「俺様の心配はしなくていい、それよりも自分の心配をするんだな」
「そうですぞ、隊長様はわしらのことを甘く見過ぎですぞ」

 黒い羽根に黒い輪っかを頭の上につけた若い男性と腰を折り曲げた爺さんがそう言った。
  
「・・・ねむい」

 隊長と呼ばれた男が気を引き締めて、敵のボスのところへ行こうとした瞬間、力がない間の抜けた声がその場にいた仲間の緊張をほぐした。
  
「ベル、せめて終わってからにしてくれ」
「ごめん……隊長」
「まぁ、いいけど」

 溜息を吐きながら、しかし頬を緩めて隊長と呼ばれる男は、一言そういってその場から立ち去った。
  
  城からどんどん出てくる敵の群れに悪態を吐きながらもどんどんそれを処理していく六人は、それぞれ憧れの眼差しを隊長に向けた。
  
  隊長が立ち去ってから数分、神によって創られた七人の騎士と数千もの神々の戦争は、七人の騎士の勝利に終わった。
  
*

「気分が悪い」

 ベッドの上で布団にくるまりながら眠そうな声で言った。
  目覚まし時計の短い針が十の数字を指し、騒がしそうに音を出している。
  平日にもかかわらずこんな遅い時間まで寝ていたのはいつものことだった。
  
  七宮 和人しちのみや かずとは、頭を押さえて、先ほどまで見ていた夢を思い出していた。
  
  (細かな内容は思い出せないが、怒りと悲しみがこみあげてくるような、そんな夢だった……奇妙な夢だな)
  
  和人はしょんぼりとした目をこすり視界を取り戻した。
  
「今日は僕にとって特別な日、見る夢も特別、か…… 」

 和人は自分の机に置かれた電源の点いてないモニターを凝視しながら口にした。
  
  和人は不登校だった。
  
  人とコミュニケーションをとることが苦手で内気だった。
  更に、和人に成績で負けたことによりプライドが傷つけられたクラスメイトの一人が和人に対し暴言を浴びせたのだ。
  そこから和人がイジメの対象になるのに二日もかからなかった。
 いじめっ子に対し何も言い返すことができない和人の反応を面白がり、イジメはどんどん酷くなっていった。
  イジメからのがれるように不登校になった和人は、家で人一倍学習し、それが終わると趣味であるネトゲに浸った。
  
  起床してから十一時間が過ぎた。
  
「晩御飯できたよぉ~」

 一度も部屋から出ることなくモニターと睨めっこをしていた和人を呼ぶ声が下から響いた。
  
  下に降りて食事をとり始めた和人はふと、自分の過去を振り返った。
  
 和人には両親がいない。
  小さい頃に交通事故で亡くしたためだ。
  それは、和人が内気な性格である理由の一つでもあった。
  
  愛情をこめて育ててくれた親が死んでいく様は、幼い子にとって刺激的なものだっただろう。
  
  両親を失ってからの一年は、孤児院で過ごした。
  孤児院の生活はかなり過酷なもので、毎日のように従業員からの暴力を受け、食事もろくに取れなかった。
  なぜ問題にならないのかが不思議なほどの虐待を受けていた。
  
  家庭のぬくもりを忘れてしまい、毎日を必死に生きた和人は心がすっぽりと抜けた人形のようだった。
  そんな和人を見ていられなくなり、引き取って、代わりの親となったのが和人の母親の妹であるかおるだった。
  
「ごちそうさま。 今日のご飯とても美味しかったよ薫さん」
「はいよぉ~。あたしの料理はいつでも美味しいからねぇ~」

 薫は満面の笑みで言った。
  
「つまらない人生だった」

 食事を終え、自室に戻った和人はよろめきながら椅子から立ち、カーテンと窓を開けて、部屋の熱気を開放する。
  きれいな満月が和人をスポットライトのように照らしている。
  和人は月の光が差し込んだ真っ暗な部屋で憂鬱な気分で立ち尽くす。
  
「日を重ねるごとに自分が何でこの世界に生まれてきたのか分からなくなる」

 月に照らされてからしばらくして、呟いたと同時に和人はゆっくりと首を窓の方に向け目を瞑る。
  弱い風が扇風機の代わりを務めた。
  鈴虫の奏でる音が流れてくる窓を、和人は閉じた目を急に開けると、部屋の窓を閉め切り、カーテンを閉めて月の光を遮った。
  そして、和人は意識を失った。
  
*

(……ここは、どこなんだろう……)

 意識を取り戻してから数分、違和感を抱きながらも自分の身に何が起こってるのか、理解しようとしていた。
  
(手も足も動かない、それに妙に息苦しい、……一体どうなっ――ッッ!?)

 突然、頭に酷い激痛が走り、苦悶する。
  いきなりの激痛で考える余裕がなくなった和人の耳に声が聞こえてきた。
  少し前まで、音一つ聞こえなかったのが、今度は鼓膜が破れそうなほどの『音』が響いてくる。
 耳にキーンッという金属音と酷い頭痛が和人を不快にさせる。
  
  そんな和人は、苦しみに耐えながらも聞いていた。
 「どうするんだ、息をしていないぞ」「お願いだから泣いてちょうだい」などの男の怒声や女の泣き声を。
 あまりにも騒がしい音に我慢の限界が来た和人は、今までの自分の身に降りかかった災厄を振り払うかのように「黙れ」という言葉を叫ぼうとしたが、その言葉を口に出すことは叶わなかった。
  言葉を話すことが当たり前になっていた和人は、自分が言葉を発せなかったことに対し唖然とする。
  しかし、言葉を発せなかった代わりに『音』を出すことには成功していたのだ。
  息苦しさは解かれて、少しずつ理解し始める。
  
「やった、泣いたぞ!! 無事、生きて産まれてきてくれてる!! 無事……産まれ、て、、私たちの元、へ、来てくれたんだ……」

 すごい喜んでいると思えば、急に泣き出した男、その状況を全く理解できていない和人は、頭に?マークを浮かべた。
  そして、時間がたつにつれて、周りに存在している者たちの会話を聞くにつれて疑念は確信へと変わった。
  
  全身の筋肉のコントロールができないため、瞼を開くことができないせいで視界は真っ暗だ、さらに酷い頭痛が和人を襲う。
  
(僕は今『痛み』を感じている、もしこれがホンモノだったら、全ての状況から考えると……赤ん坊になっていることにならないか?)

 和人は意識を失う前のことを思い返していた。
  
(死にきれなかったのか? ……いや、実際に死んだ。でも、神様は僕が死ぬことを許してくれなかったんだ……)

 和人の心は黒く染まっていく。
  全く知らない声、酷い頭痛、制御できない体、これまでの生きてきたすべての不幸が人格に表れ始めていた。
  
「この子は、いや、ネイロスちゃんは私の大事な息子よ」

 優しい女性の声がそう言った。
  包容力のある透き通るような美しい声は、和人の耳に静かに、そして優しく響いた。
  
「何言ってるんだケルピ、ネイロスを大事に思うのは俺もだ!! 」
 
  野太い声、しかしそれはいつでも守ってくれそうな感じがして、安心ができるような、そんな声だった。
  
  ただの言葉なのに、まるで魔法でもかけられたかのようなその言葉は、和人の心を大きく揺さぶったのだった。
  落ち着きを取り戻した赤ん坊は、ゆっくりと目を閉じ深い眠りについた。
  
「三人は幸せ者だなぁ~」
 
  誰かがそう言った。
  その言葉に対し、赤ん坊を絶対に離さないように、優しく抱いている母親と父親は優しく微笑んだ。

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