この世界で魔法が生まれた日
「勇者」
隣の男に話しかけられた。全く意図したことではなかったが、この流れにのってMRSに関する、なんだかの情報を得られるかもしれない。
「あ、あの。すみません。如意ヶ嶽行きのバスってこのバスで合ってましたか」
もちろん、如意ヶ嶽行きのバスであることは知っていた。隣の男性から、色々、情報を入手するためにあえて尋ねてみた。
正直、人と会話するのは、得意ではない。むしろ、苦手の方だ。だけど、このままじゃいけないと思うから。
「ああ、合ってる。お前も、如意ヶ嶽に行くのか」
「ええ、なんか、山を登りたくなってしまって」
山を登りたいというのは、あながち間違いではなかった。山頂に至るまでは、大変だけど、それを乗り越えた末、山頂から街の景色を一望するのは、割と好きだ。
「そうか。俺も好きだぜ。山登り」
「変なことを聞くかもしませんが、昨日、如意ヶ嶽にかわったこと起きませんでしたか」
踏み込んだ質問をしてみた。この質問は、かなりリスクがある質問だ。もし、如意ヶ嶽がなくなったことを覚えているのがMRS所持者だけなら、自分がMRS所持者と暗に言っているようなものだ。
「いや、何もかわったことはなかったな」
「そうですか......」
男は、案外、即答した。もしかして、昨日の出来事について知らないのだろうか。
そんなことを考えていたら、男は周りに聞こえないような小さな声で囁いた。
「実は知っている。だが、ここではまずい。バスを降りてから話そう」
「......」
突然のことで、僕は思わず黙る。男は、続けて話しかけてきた。
「あれだけの出来事が起きたんだ。気になるのが人間の性というやつだ」
なんとなくだが、男のいいたいことが分かった。
「それって、つまり......」
「俺たち以外にも、いるだろうな。パラドクサーが。バスの中にもいる可能性はある。さらにそれが奴の仲間だと厄介だ」
パラドクサーとはなんだろう。脈絡からすると、MRS所持者を意味する言葉に思える。
それに、奴って誰のことだ。
今すぐ聞きたいが、あまりバスのなかで話しをすべきでない内容だ。バスを降りてから、ゆっくり話をしよう。
「お前、小説が好きなのか」
男は、僕が片手に持っている本を見て言った。うまいこと、話を変えてくれた。
「好きです。特に、ファンタジーの本が」
「ファンタジー小説か。ファンタジーといっても、色々あるからな。読んでいる本はどういう奴だ」
「僕が読んでいるのは、典型的な物語です。勇者が、魔王と戦うような、そんなお話......」
男は、一瞬だが、勇者という言葉に少し反応したように見えた。どうして、反応したのかは分からない。もしかしたら、気のせいかもしれない。
「ファンタジーが好きと言うわりには、読んでいる時、妙に悲しそうだったぞ。ほんとに好きなのか」
僕は、本に目を落とした。
「好きだからこそ、現実とのギャップに苦しむんです。現実は、あまりにかけ離れています。勇者もいなければ、僕はこの世界の主人公にもなれない。そんな現実を思い知らされて、心の中にまるで穴がぽっかり空いたような気持ちになるんです」
「なんだ。そんなことか」
「なんだってなんですか!?こっちは真剣なんですよ」
「お前が思う勇者と俺が思う勇者とは違うのかもしれないな。お前は、剣が使えて、魔法が使えるような奴を言ってるんだろ。だけど、そんな奴、俺の周りにも、いっぱいいたぞ」
「いや、一体、どういう状況ですか、それ!」
「俺が思う勇者とは、文字通り、勇気を持った奴のことだ。勇気は、ファンタジーの世界でも、この世界にだって一人一人が持っている。現実だろうが、ファンタジーの世界だろうが、関係ない。だから、誰でも勇者になれる可能性があるんだぜ」
勇者とは何か、思い返してみれば、考えたことすらなかった。漠然と、勇者という遠い何かを見つめていただけだった。男の話を聞いて、やっと、漠然としたものになんとなく輪郭ができたような気がした。
「僕はこの世界で、主人公になれないのではない。誰でも、主人公になれるんですね」
「あ、あの。すみません。如意ヶ嶽行きのバスってこのバスで合ってましたか」
もちろん、如意ヶ嶽行きのバスであることは知っていた。隣の男性から、色々、情報を入手するためにあえて尋ねてみた。
正直、人と会話するのは、得意ではない。むしろ、苦手の方だ。だけど、このままじゃいけないと思うから。
「ああ、合ってる。お前も、如意ヶ嶽に行くのか」
「ええ、なんか、山を登りたくなってしまって」
山を登りたいというのは、あながち間違いではなかった。山頂に至るまでは、大変だけど、それを乗り越えた末、山頂から街の景色を一望するのは、割と好きだ。
「そうか。俺も好きだぜ。山登り」
「変なことを聞くかもしませんが、昨日、如意ヶ嶽にかわったこと起きませんでしたか」
踏み込んだ質問をしてみた。この質問は、かなりリスクがある質問だ。もし、如意ヶ嶽がなくなったことを覚えているのがMRS所持者だけなら、自分がMRS所持者と暗に言っているようなものだ。
「いや、何もかわったことはなかったな」
「そうですか......」
男は、案外、即答した。もしかして、昨日の出来事について知らないのだろうか。
そんなことを考えていたら、男は周りに聞こえないような小さな声で囁いた。
「実は知っている。だが、ここではまずい。バスを降りてから話そう」
「......」
突然のことで、僕は思わず黙る。男は、続けて話しかけてきた。
「あれだけの出来事が起きたんだ。気になるのが人間の性というやつだ」
なんとなくだが、男のいいたいことが分かった。
「それって、つまり......」
「俺たち以外にも、いるだろうな。パラドクサーが。バスの中にもいる可能性はある。さらにそれが奴の仲間だと厄介だ」
パラドクサーとはなんだろう。脈絡からすると、MRS所持者を意味する言葉に思える。
それに、奴って誰のことだ。
今すぐ聞きたいが、あまりバスのなかで話しをすべきでない内容だ。バスを降りてから、ゆっくり話をしよう。
「お前、小説が好きなのか」
男は、僕が片手に持っている本を見て言った。うまいこと、話を変えてくれた。
「好きです。特に、ファンタジーの本が」
「ファンタジー小説か。ファンタジーといっても、色々あるからな。読んでいる本はどういう奴だ」
「僕が読んでいるのは、典型的な物語です。勇者が、魔王と戦うような、そんなお話......」
男は、一瞬だが、勇者という言葉に少し反応したように見えた。どうして、反応したのかは分からない。もしかしたら、気のせいかもしれない。
「ファンタジーが好きと言うわりには、読んでいる時、妙に悲しそうだったぞ。ほんとに好きなのか」
僕は、本に目を落とした。
「好きだからこそ、現実とのギャップに苦しむんです。現実は、あまりにかけ離れています。勇者もいなければ、僕はこの世界の主人公にもなれない。そんな現実を思い知らされて、心の中にまるで穴がぽっかり空いたような気持ちになるんです」
「なんだ。そんなことか」
「なんだってなんですか!?こっちは真剣なんですよ」
「お前が思う勇者と俺が思う勇者とは違うのかもしれないな。お前は、剣が使えて、魔法が使えるような奴を言ってるんだろ。だけど、そんな奴、俺の周りにも、いっぱいいたぞ」
「いや、一体、どういう状況ですか、それ!」
「俺が思う勇者とは、文字通り、勇気を持った奴のことだ。勇気は、ファンタジーの世界でも、この世界にだって一人一人が持っている。現実だろうが、ファンタジーの世界だろうが、関係ない。だから、誰でも勇者になれる可能性があるんだぜ」
勇者とは何か、思い返してみれば、考えたことすらなかった。漠然と、勇者という遠い何かを見つめていただけだった。男の話を聞いて、やっと、漠然としたものになんとなく輪郭ができたような気がした。
「僕はこの世界で、主人公になれないのではない。誰でも、主人公になれるんですね」
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