この世界で魔法が生まれた日

東雲一

「夢」

 僕には、小さな時から未だに持ち続けていた夢があった。僕の真上に広がる青空を、飛んでみたい。


 もちろん、飛行機とかで青空を滑空する事はできるようになったかもしれない。だけど、僕は魔法で無限に広がる空を自由に滑空し、自分の住んでいる町を見たり、まだ見ぬ世界をこの目で見てみたいのだ。


 そんな夢を、もう高校生になった今でも抱いているのは、おかしいだろうか。大人たちにそんなことをいうと、早く大人になれだとか、現実を見ろだとか言ってくるのかな。


 世界は、僕を否定する。僕にとって、自由に夢を描くことすらできない、こんな世界はあまりにも退屈に感じられた。


 世界が閉塞的で窮屈なものではなく、もっと、自由に夢を描けるファンタジーのような世界だったら、どんなにか、救われただろうか。


 そんなことを、学校の登下校中に、考えている最中、今日のような奇妙な出来事に直面している。


 辺りが薄暗いなか、スマホの画面だけが、輝きを放っていた。そして、スマホ画面に一文が表示された。


 インストール完了しました。


 どうやら、ついにインストールが完了してしまったようだ。このアプリを使用すれば、ほんとに魔法が使えて、青空を滑空する夢だって叶えられるかもしれない。


 現に、目の前に妖精が現れて、会話している。小説のなかだけの話だと思っていたことが現実に起こっているのだ。


 妖精のいうように、魔法が、こんな僕でも使えるんなら、それほど胸が踊ることはないだろう。


 MRSを開きますか?
 →はい/いいえ


 スマホから振動し、画面に今度は、アプリを開くかどうかの通知が出る。


 どうする。まだ、アプリをインストールしただけだ。


 アプリに関しては、腑に落ちないところがあった。


 なぜ、妖精が僕の目の前に現れたのか。
 なぜMRSをインストールさせようとしているのか。


 他にも色々なことが明瞭になっていないのだ。


「なあ、何で僕にこんなアプリを使用させようとしているんだよ」


 僕は、妖精に問いかけた。妖精の反応次第で、アプリを開くか決めよう。


「僕も知らないよ。MRS自体が君を選んだんだ。それはつまり、君には、選ばれるほどの素質があったということだね」


 MRSが僕を選んだ。
 MRSというのは、意思を持った存在なのか。ただ単に魔法が使える便利なアプリということではないわけだ。


「MRSってそもそもなんなんだよ」


 妖精は、首を横に振った。


「MRSの正体については、話すことは禁じられているんだ。魔法を使用できるアプリとだけは言っておくよ」


 アプリについての情報をあまり深く聞いて欲しくなさそうだ。怪しい。うまい話には、何かしら裏があるものだ。疑ってかかった方がいい。


「なんだよ、それ。怪しいアプリだな」


「もちろん、MRSをどうするのかは君自身の自由だ。今からアンインストールしてもいいよ。だけど、アンインストールすれば、それは権限に対する拒絶を意味するから、二度とMRSをインストールすることはできないし、僕も君のもとに姿を現すことはしない。よくよく考えた方がいいんじゃないかな」


「そうなのか......」


 詳細がはっきりしないアプリなのだから、アンインストールした方が得策なのかもしれない。


 とはいえ、MRSは、良くも悪くも、僕の人生を大きく変えてしまう魔力を持っている。きっと、退屈に満ちた世界に、ファンタジー小説のような刺激を与えてくれる。そんな予感がした。


 僕は、迷っていた。
 正直、魔法を使ってみたい、刺激のある人生を送りたい。たった一度の限られた人生なんだ。そんな人生を歩んだっていいだろ。


 でも、それは僕にとってのやりたいことだ。僕のやるべきこととは切り離して考えるべきなのではないのか。現実を見なければいけないんじゃないのか。


 僕は、たまらず手に力が入り、スマホの画面を消してしまった。


「あれ?」


 周りを見渡すと、先ほどまで、目の前にいた妖精が姿を消していた。時間が止まったように、静止した街の景色は、再び、動き出して、通学路を歩く生徒の声や、自動車の行き交う音が、耳に入ってきた。

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