この世界で魔法が生まれた日

東雲一

「退屈な日々に」

 僕は、勇者に憧れた。ファンタジーの小説が好きで、学校の休憩時間に、一人、教室の片隅で読み更けっている。小説の世界は、いい。少しの間だけ、現実から、離れられるから。退屈な日々に刺激を与えてくれるから。


 現実世界は、退屈すぎる。小説の中のように、物事がうまく行くことはなく、奇跡なんて滅多に起きないし、悪いやつらが得をしたりするし、夢は、夢のままで大概終わる。ほんとにつまらない。もし、小説の中の世界が、現実になったらいいのに。ファンタジーの世界の中のように、魔法を使って、空を飛んだり、炎を操ったり、困ってる人を助けたりできたなら、最高に違いない。そんな妄想を常に心のどこかで抱きながら僕は生きている。


「おい、また、本なんて読んでるのかよ」


  また、面倒な奴が話しかけてきた。昼休み中、教室で本を読んでいたのに。僕は、本を両手で閉じると、面倒な奴、通称、タニシの方を見た。相変わらず、バカそうな表情を浮かべている。


「なんてはやめろ。いいだろ。別に、僕なりのストレス解消法なんだよ。読書は」


「変わったやつだな、お前は。他のやつらは、グランドに出て遊びに行ってるぜ」


 タニシが、右手の人さし指で鼻をほじくる。ほら、バカそうだろ?いつも、こうだ。こいつは。ところで、ほじくって出てきたそれどうする気なの?


「僕は、こうしてる方が好きなんだ。それに運動するのは得意じゃないんだ。運動神経のいいやつらの標的にされ、引き立て役になるのはごめんだ」


 タニシは、額に手をやると、また、言ってるよという様子を見せる。


「相変わらず、ひねくれてるな。お前。そんなんだから、俺以外の友達がいないんだぜ」


 タニシが言う通り、若干ひねくれているのかもしれない。そんなことは分かっている。 
 僕は僕なりの考えがある。自分の考えに正直に行動しているだけのことだ。誰かに合わせてだとか、誰かに気に入られるために生きるのはごめんなんだよ。
 だけど、現実という制約が僕から自由を奪っているのを感じる。僕もいつの日か......。
 教室でばか騒ぎする同級生たちの声を聞きながら、教室の窓から見える一面に広がる青空を眺めた。僕の心の中はこの青空とは正反対だ。


「タニシ、お前って僕の友達だっけ?」


 僕の発言を聞いて、信じられないという表情を浮かべたと思うと、突然、落ち込んだ様子を見せる。いちいち、リアクションが過剰なのが鼻につく。


「おい!!友達だろ、俺たち。冗談だと言ってくれよ!!」


「冗談だよ。どんだけ、必死なんだよ」


 今までの落ち込んだ様子とはうってかわって、タニシは今度はとても嬉しそうな顔を浮かべる。情緒の移ろいが甚だしい。


「やはり、そうか。そうだと、思ったんだよ。昔からの仲だからな、俺らは」


 タニシとは、小学生の頃から、なぜか、学校が同じで、クラスもずっと同じだ。高校三年生になるまで、一緒なもんだから、何か未知なる力が働いているのではないかと疑ってしまうほどだ。タニシではなく、美少女なら、もっとロマンチックな学校生活を歩めただろうに。僕自身も、薔薇色の日々に満足し、ひねくれていなかったかもしれない。


「ああ、確かにな。なんか知らないけど一緒だな」


「もしかして、前世は俺らは恋人どうしだったりして」


「なんだそれ。冗談でも、気持ち悪いぞ、それ」


 僕は、ため息をつき、途中で閉じた小説の表紙を見た。いつも、こんな生活の繰り返しだ。決して、悪くはない。だけど、どこかで、この小説のなかの世界のようになってほしいと望んでいた。





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