学園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが
第二十話 東京の銭湯は四百七十円……ですわっ!
バイトが休みであるこの日、俺は志賀郷と一緒に銭湯へ向かっていた。二人で行くのは二回目だな。
前回は芳子さんに志賀郷との関係を誤解された挙句、風呂場で志賀郷がおばちゃん軍団の猛攻を受けるという散々な結果だったが、今回は大丈夫だろうか……。
あれから志賀郷は一人で行ったこともあるらしく、その時は問題無かったらしいが、俺と一緒に行くと芳子さんが騒ぐからな……。できるだけ刺激を与えないように慎重に対応しよう。
◆
「いらっしゃ……ってあらあらまあお二人さん揃って来たのね」
銭湯に着くなり、芳子さんが上機嫌で俺達を出迎えた。一方、俺は芳子さんに反比例して不機嫌になった。さっさと風呂に入って面倒事にならないようにしないと。
「こんにちは。入湯料はここに置いておきますので。では風呂入ってきます」
芳子さんが座るカウンターに小銭を並べて、そそくさと脱衣所に向かおうとする。しかし直前で「お待ちなさい」と呼び止められてしまった。
「涼ちゃん、今日はせっかく可愛いお嬢さんがいるんだし、もう少しお話していきましょうよ」
「結構です。それに、話なら風呂上がりでも構わないでしょう。では」
「待つのよ涼ちゃん。まだ私は代金を受け取ってないから」
「はい……? お金なら貴方の目の前に置いてありますけど」
「そうね。でもこの四百七十円は私が認めない限り、入湯料として成立しないのよ」
うわめっちゃ面倒くさいなこの人。難癖つけるクレーマーかよ。
「そうですか。……では何を話しますか? 先に言っておきますけど、志賀郷とはただのクラスメイトですからね」
俺が先回りして忠告すると芳子さんは見るからに嫌そうな顔をした。やっぱり志賀郷との仲をイジるつもりだったんじゃないか。
呆れた溜め息を一つ零してから、今度こそ脱衣所に逃げ込んでやろうと隙を伺う。すると出入口の引き戸がガラガラと開いた。
「芳子ちゃんお疲れ〜」
「……あら木場さん! 今日は随分早いのね」
またしても邪魔者か……と思われたが、やって来たのは常連客の木場さんだった。ガタイの良いおじさんでトラックドライバーの仕事をしているらしい。今日も白地のTシャツ一枚に薄手のタオルを肩に掛けている普段通りのファッションで見た目は如何にも、といった感じだ。
よし、この流れは俺にとって好都合である。さりげなく徐々にフェードアウトしてやろう――と意気込んでみたのだが、現実はそう甘くない。俺と顔見知りの木場さんが俺の真横に佇む金髪美少女を見て放っておく訳がないのだ。
「ああ、今日は道路が空いてて仕事が早く終わってな……って涼平! なんだその女の子は。お前の彼女か!?」
ほら食いついた。しかも直球でとんでもないことを聞いてくれてやがる。志賀郷が俺の彼女な訳がないだろ。
「違いますよ! こいつは俺と同じクラスの志賀郷という奴でただの同級生ですから」
「は、はい、その通りですわ……!」
志賀郷も小声であったが、俺の後に続いて反論する。しかし顔は何故かほんのりと赤く染まっているように見えた。照れている……訳じゃないよな。かと言って怒っている感じでもないしよく分からない。
「志賀郷……? 志賀郷ってまさか……」
一方、木場さんの態度もよく分からなかった。顎に手を当ててなにやら思案している様子だ。
「君……もしかしてお住まいは渋谷の神山町だったりするかい?」
「ええ……。つい先日まではそこに住んでましたけれど……」
「やっぱり! じゃあ君は志賀郷さんの娘さんだね。いやあこんな可愛らしくなって……」
木場さんは腕を組みながらうんうんと深く頷いていた。志賀郷を知っているのだろうか……。というか志賀郷って渋谷に住んでいたんだな。すげぇ。
「あ、あの……失礼ながらお聞きしますけど……。以前に私とお会いしたことがありましたでしょうか……?」
「おお、気を遣わせて悪いね。会ったと言っても君がまだ赤ん坊の頃だったから覚えてなくて当然だよ。実は君のお父さんと昔、仕事で取り引きしていた事があってね……」
それから木場さんは自身の昔話を始めた。今でこそトラックドライバーを務める木場さんだが、昔は一流の商社マンだったらしい。これも俺は初耳で驚きを隠せなかった。
「という訳なんだが……。それにしても志賀郷さんのお嬢さんがこんなボロっちい銭湯に涼平と一緒に来るなんて……一体どういう事なんだ?」
疑問を浮かべる木場さんだがそれも当然か。大富豪の娘が庶民派の銭湯に来るなんて普通は有り得ないもんな。
「ボロっちい」という単語に反応した芳子さんが木場さんを睨む中、俺は一先ず返事をしようと口を開く。しかし真横で志賀郷が俺の服の裾をつまんで小刻みに引っ張っていた。どうやらお嬢様のお呼び出しのようだ。
「……どうした?」
「あの方に私の現状をお話してもよろしいでしょうか……。私の父と知り合いみたいですし、迂闊に話すと面倒になるかもしれないので……」
志賀郷は周りに聞こえないように俺の耳元で小さく囁いた。必然的に近くなる距離にドキドキしてしまう……じゃなくて! 確かに志賀郷が貧乏生活を送る実情を話すのは躊躇ってしまうよな。しかも志賀郷家の裕福さを知る木場さんに打ち明けるのなら尚更だ。決して木場さんは悪い人ではないが、それでも不安になるだろう。
「どうしましょう、狭山くん……」
志賀郷は若干頬を赤らめながら上目遣いでこちらを見つめてくる。なにこの可愛さ……。もはや不可抗力じゃないか。
「……っ! お、俺に任せてくれ」
もはや選択肢は一つしか残されてなかった。志賀郷の可憐さに屈服した俺は、木場さんが抱く疑問をやんわりと解決することにした。
「木場さん、話すと長くなるので、とりあえず風呂に行きましょう。背中流しますよ」
「おお、それはありがたいね。じゃあ早速風呂に行こうか」
上機嫌な木場さんと共に脱衣所に向かう。しかしまたしても芳子さんに呼び止められてしまった。今度はなんだよ。
「木場さん。四百七十円払ってください」
「おっと悪い悪い。でもそんな怒らんといてや、芳子ちゃん」
先程の「ボロ銭湯」発言で気を悪くしたのか、芳子さんの機嫌は絶不調のようだ。
前回は芳子さんに志賀郷との関係を誤解された挙句、風呂場で志賀郷がおばちゃん軍団の猛攻を受けるという散々な結果だったが、今回は大丈夫だろうか……。
あれから志賀郷は一人で行ったこともあるらしく、その時は問題無かったらしいが、俺と一緒に行くと芳子さんが騒ぐからな……。できるだけ刺激を与えないように慎重に対応しよう。
◆
「いらっしゃ……ってあらあらまあお二人さん揃って来たのね」
銭湯に着くなり、芳子さんが上機嫌で俺達を出迎えた。一方、俺は芳子さんに反比例して不機嫌になった。さっさと風呂に入って面倒事にならないようにしないと。
「こんにちは。入湯料はここに置いておきますので。では風呂入ってきます」
芳子さんが座るカウンターに小銭を並べて、そそくさと脱衣所に向かおうとする。しかし直前で「お待ちなさい」と呼び止められてしまった。
「涼ちゃん、今日はせっかく可愛いお嬢さんがいるんだし、もう少しお話していきましょうよ」
「結構です。それに、話なら風呂上がりでも構わないでしょう。では」
「待つのよ涼ちゃん。まだ私は代金を受け取ってないから」
「はい……? お金なら貴方の目の前に置いてありますけど」
「そうね。でもこの四百七十円は私が認めない限り、入湯料として成立しないのよ」
うわめっちゃ面倒くさいなこの人。難癖つけるクレーマーかよ。
「そうですか。……では何を話しますか? 先に言っておきますけど、志賀郷とはただのクラスメイトですからね」
俺が先回りして忠告すると芳子さんは見るからに嫌そうな顔をした。やっぱり志賀郷との仲をイジるつもりだったんじゃないか。
呆れた溜め息を一つ零してから、今度こそ脱衣所に逃げ込んでやろうと隙を伺う。すると出入口の引き戸がガラガラと開いた。
「芳子ちゃんお疲れ〜」
「……あら木場さん! 今日は随分早いのね」
またしても邪魔者か……と思われたが、やって来たのは常連客の木場さんだった。ガタイの良いおじさんでトラックドライバーの仕事をしているらしい。今日も白地のTシャツ一枚に薄手のタオルを肩に掛けている普段通りのファッションで見た目は如何にも、といった感じだ。
よし、この流れは俺にとって好都合である。さりげなく徐々にフェードアウトしてやろう――と意気込んでみたのだが、現実はそう甘くない。俺と顔見知りの木場さんが俺の真横に佇む金髪美少女を見て放っておく訳がないのだ。
「ああ、今日は道路が空いてて仕事が早く終わってな……って涼平! なんだその女の子は。お前の彼女か!?」
ほら食いついた。しかも直球でとんでもないことを聞いてくれてやがる。志賀郷が俺の彼女な訳がないだろ。
「違いますよ! こいつは俺と同じクラスの志賀郷という奴でただの同級生ですから」
「は、はい、その通りですわ……!」
志賀郷も小声であったが、俺の後に続いて反論する。しかし顔は何故かほんのりと赤く染まっているように見えた。照れている……訳じゃないよな。かと言って怒っている感じでもないしよく分からない。
「志賀郷……? 志賀郷ってまさか……」
一方、木場さんの態度もよく分からなかった。顎に手を当ててなにやら思案している様子だ。
「君……もしかしてお住まいは渋谷の神山町だったりするかい?」
「ええ……。つい先日まではそこに住んでましたけれど……」
「やっぱり! じゃあ君は志賀郷さんの娘さんだね。いやあこんな可愛らしくなって……」
木場さんは腕を組みながらうんうんと深く頷いていた。志賀郷を知っているのだろうか……。というか志賀郷って渋谷に住んでいたんだな。すげぇ。
「あ、あの……失礼ながらお聞きしますけど……。以前に私とお会いしたことがありましたでしょうか……?」
「おお、気を遣わせて悪いね。会ったと言っても君がまだ赤ん坊の頃だったから覚えてなくて当然だよ。実は君のお父さんと昔、仕事で取り引きしていた事があってね……」
それから木場さんは自身の昔話を始めた。今でこそトラックドライバーを務める木場さんだが、昔は一流の商社マンだったらしい。これも俺は初耳で驚きを隠せなかった。
「という訳なんだが……。それにしても志賀郷さんのお嬢さんがこんなボロっちい銭湯に涼平と一緒に来るなんて……一体どういう事なんだ?」
疑問を浮かべる木場さんだがそれも当然か。大富豪の娘が庶民派の銭湯に来るなんて普通は有り得ないもんな。
「ボロっちい」という単語に反応した芳子さんが木場さんを睨む中、俺は一先ず返事をしようと口を開く。しかし真横で志賀郷が俺の服の裾をつまんで小刻みに引っ張っていた。どうやらお嬢様のお呼び出しのようだ。
「……どうした?」
「あの方に私の現状をお話してもよろしいでしょうか……。私の父と知り合いみたいですし、迂闊に話すと面倒になるかもしれないので……」
志賀郷は周りに聞こえないように俺の耳元で小さく囁いた。必然的に近くなる距離にドキドキしてしまう……じゃなくて! 確かに志賀郷が貧乏生活を送る実情を話すのは躊躇ってしまうよな。しかも志賀郷家の裕福さを知る木場さんに打ち明けるのなら尚更だ。決して木場さんは悪い人ではないが、それでも不安になるだろう。
「どうしましょう、狭山くん……」
志賀郷は若干頬を赤らめながら上目遣いでこちらを見つめてくる。なにこの可愛さ……。もはや不可抗力じゃないか。
「……っ! お、俺に任せてくれ」
もはや選択肢は一つしか残されてなかった。志賀郷の可憐さに屈服した俺は、木場さんが抱く疑問をやんわりと解決することにした。
「木場さん、話すと長くなるので、とりあえず風呂に行きましょう。背中流しますよ」
「おお、それはありがたいね。じゃあ早速風呂に行こうか」
上機嫌な木場さんと共に脱衣所に向かう。しかしまたしても芳子さんに呼び止められてしまった。今度はなんだよ。
「木場さん。四百七十円払ってください」
「おっと悪い悪い。でもそんな怒らんといてや、芳子ちゃん」
先程の「ボロ銭湯」発言で気を悪くしたのか、芳子さんの機嫌は絶不調のようだ。
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