学園一のお嬢様が風呂無しボロアパートに引越してきたんだが

きり抹茶

第十八話 友達と言われて凄く嬉しかった……ですわっ!

 四限目終了のチャイムが鳴り昼休みが始まる。
 俺は財布と携帯を持って席を立ち、いつもの場所へと向かう。
 同時に志賀郷も俺と一定の距離を保ちつつ後ろをついてきた。目的地は同じだが、並んで歩くと周囲にあらぬ誤解を生み出しかねないので敢えて距離を置いている。

 生徒や教師が多くいる中央棟から人気ひとけの少ない特別教室棟へ移動。そして日が差し込まない暗い廊下を進み、何の変哲もない一室に足を踏み入れた。

「うぃーっす、四谷はまた一番乗りか」
「まあね。揚げパンダッシュの後にここに来るから、さーくん達には負けないよ」

 空き教室にはドヤ顔の四谷が一名。彼女も俺と同じ貧乏育ちの人間であり、名だたる家柄が揃う我が学園で影となる存在だ。

 ちなみに揚げパンダッシュとは、昼休みに開店する購買で即完売するほど人気の揚げパンを確保するためにダッシュする行為を指す言葉らしい。名付け親は四谷とのこと。

「四谷さんは昼休みになるとすぐに教室からいなくなっちゃいますよね。購買の揚げパンってそんなに美味しいのですか?」
「もっちろーん、絶品のデリシャスボンバーだよ! 気になるなら一緒に食べる? 一個しかないけど」
「え、よろしいのですか!? 是非いただきたいですわ!」

 こらこら、また志賀郷に食料を与えて……。下手に甘え癖が付いたらどうするんだよ。

「じゃあまず一口ね。あーんっ!」
「んあー……」

 一口サイズにちぎった揚げパンを四谷の手から志賀郷の小ぶりな口へ運ばれる。それはまるで餌付けをしているような光景に見えて――満更でもない顔で頬張る志賀郷が心配に思えてきた。疑うことを知らないというか、素直過ぎるんだよな。

「志賀郷、お前の飯はこっちに置いておくぞ」

 菓子パンが詰まった白いレジ袋を手元の机に置いた。四谷の餌付けに対抗する訳ではないが、せっかく俺が買ってきてあげた昼飯を放置されるのは癪なので、さっさと食べるよう促す。

「ありがとうございます。後ほどいただきますわ」

 口を広げて揚げパンの投入を待つ志賀郷が答える。なんともお嬢様らしからぬ姿だ……。既に見慣れてる俺は呆れるしかないが、四谷はふふ、と声を出しながら笑っていた。

「咲月ちゃん可愛いよお。普段はもっと近寄り難いというか、オーラが私達と違うけど、ここだと凄い友達……って感じだよね!」
「と、友達……?」

 志賀郷の目が大きく見開く。友達、という単語に反応したようだが……。

「うん、友達だよ私と咲月ちゃんは! ……あ、もしかして友達とか気軽に言っちゃマズかった!?」
「え、い、いえ! そんなことはありませんわっ! その……四谷さんに友達と言われて、凄く嬉しかったですの……」

 頬を赤く染めながら志賀郷が答える。常にクラスメイト数人を取り巻くような志賀郷が「友達と言われて嬉しい」なんて考えも持つものなのか。学園の生徒全員が友達みたいなタイプだと思ってたけど……。
 それともまさか――四谷に言われたから嬉しかったのか? ということは……!?

「うひゃー! 咲月ちゃん可愛いぃぃぃ」
「ちょ、四谷さん!?」

 気付けば志賀郷は四谷に抱き締められていた。
 これは両想い――ってさっきから何を想像しているんだ俺は。二人は女の子だぞ。……いや、別に恋愛に性別は関係ないと思うけど…………違う違う。女子同士のスキンシップならこれくらい普通だろ……。

「ん? さーくん顔赤いけど、どしたの?」
「え、そ、そうかな!? 気のせいじゃない?」

 四谷は志賀郷の背中に手を回したまま俺の顔をじっと見つめていた。どうやら良からぬ妄想が表情に出ていたらしい。でも原因は貴方達の所為だよ……とは言えないので適当にはぐらかしておく。

「四谷さん、そろそろ腕を……」
「あ、ごめんねっ!」

 慌てて腕を離す四谷。一方、志賀郷は視線を下に落としながら顔を真っ赤に染め上げていた。これはただ恥ずかしがっているだけ……だよな?


 ◆


「うーん、そうだね……」

 昼飯を食べ終わった頃、俺は四谷にバイトを休んでいる理由について聞いていた。しかし四谷は顔を歪めてしまい、返事に悩んでいる様子だった。
 もちろん相応の事情があるのだろうし、無理に聞き出そうとは思わない。だが同じ店で働く身としていつから復帰できるのか、くらいは知っておきたいのだ。

「言いたくないなら言わなくても平気だから。ただ、休みがいつまでなのか聞いておきたくて……」
「そうだよね……。理由も言わずに休んだら心配になっちゃうよね……。でも、べ、別に大したことじゃないんだけど恥ずかしいというか……」
「恥ずかしい……?」
「うん……。でもやっぱり言わなきゃ。…………これ、見てくれる?」

 四谷は困ったように小さく笑うと鞄の中をガサゴソと漁り、一枚のプリントを俺と志賀郷に見せてきた。

「これ、先週の小テストなんだけど……」
「……っ!」

 俺は驚きのあまり息を呑んだ。数学の小テストで採点済みなのだが――ほとんどの問題が間違っており、百点満点中十五点という残念な結果が書かれていたのだ。四谷はもっと勉強が出来る奴だと思ってたけど……。

「苦手な所ばっかり出たから、いつもより点数が悪かったんだけど、たまたまこの答案を親に見られちゃってね。そしたら「期末テストまでバイトを休んで勉強しろ」って言われちゃってさ……」
「そうだったのか……」

 確かにここまで低い点数を見せられたら勉強しろと言わざるを得ないだろう。しかも四谷は俺と同じ学費免除の恩恵を受けている身だ。各学期の成績が一定以上に達しないと免除の資格も剥奪されてしまう。もしそうなれば四谷がこの学校に通い続けるのは難しくなるはず。経済的な都合上、成績の低下は退学に繋がるのだ。

「本当にごめんね。私の所為で皆に迷惑をかけちゃって……」
「いや、全然大丈夫! 志賀郷もうちでバイトすることになったし……」
「え、そうなの!?」

 四谷は驚いた顔で俺と志賀郷を見比べていた。まさかあのセレブで気品のある(あった)志賀郷がコンビニでバイトするなんて思わないだろうからな。しかも昨日面接して即採用になったわけだし。

「さ、狭山くん……」
「……? どうした?」

 細々とした声で呼ばれ振り向くと、眉を八の字にして不安の色を浮かべる志賀郷が上目遣いでこちらを見ていた。困っている様子だが……可愛い女の子にそんな見つめられたら俺も困ってしまうぞ。

「私達の学校って成績優秀な貧乏人は学費が免除されるのですよね?」
「言い方に難ありだが……確かにそうだな」
「では……。具体的にどれくらいの成績を収めれば免除の対象になるのでしょうか……」
「うーん。成績は平均より少し上を維持していれば問題ないはずだから気にすることは無いと思うぞ。それよりも所得関係の条件の方が厳しいな」
「平均より、上…………」

 どちらにせよ志賀郷が気に病む問題では無いと思うのだが。お金持ちのお嬢様だし成績は優秀なはず。両親が夜逃げした一連の経緯を学校側に話せば、今すぐにでも学費を免除してくれるだろう。

 しかし志賀郷は俺の言葉を聞いて更に不安になったのか、大きな瞳が段々と潤んでいった。お、おいまさか……。志賀郷は勉強ができn――

「志賀郷……。念の為に聞いておくが、先週の小テスト、お前は何点だった?」
「……っ!」

 志賀郷の背筋がピンっと伸びる。同時に顔も赤らめていって……。
 非常に答えづらそうにして目を逸らしていたが、やがて覚悟を決めたのか志賀郷は小さく息を吐いてからゆっくりと口を開けた。



「…………十点、ですわ」

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