繰り返す日々

七夕

1

 
 学校に行きたくない。

 陰鬱なこの思いを誰が理解してくれるものでもなく、決して晴れることはない。

 ボクは学校でいじめられていた。

 腕やお腹にある痣は、動く度に鈍い痛みを訴えてくる。

 両親に殴られたと言っても、お前がやり返さないからだとつっぱねられた。

 ボクを助けてくれる人はいない。

 だけど今日と明日さえ乗り切れば少しはマシになる。

 明後日からは夏休みだ。それに終業式の日は半日で学校も終わる。

 これでその後の1ヶ月は何事も無く過ごすことができる。

 セミの声が鳴り響く通学路を、額を流れ落ちる汗を拭って進んでいく。

 遅々として進まないこの足も、いつもと比べると軽くなっている気がする。

 あと2日頑張れば良いだけ。

 それならなんとか堪えられる。



 学校へ行くとボクは空気だ。

 ボクに視線をくれる人はいない。目があっても何も反応を示さないのだから空気と同じだろう。

 かつての友人も今ではボクを空気だと思っている。

 だけどそれを恨んでいるわけじゃない。ボクだってきっと立場が違えば同じことをするから。

 どうせなら全員がボクを見ないふりをしてくれれば良いのに。

 席に座り、昨日うっかり机の中に忘れてしまった教科書とノートを確認する。

 以前は机の中に置きっぱなしにしていた教科書とノートだが、破られてからは持ち帰るようにしていた。

 取り出した教科書とノートに何事も無いことを確認してほっと一息つく。

 それもつかの間。あいつらが教室に入ってきた。

 ボクをいじめている主犯グループ。中島、岡本、須藤、桐谷、藤田の5人。

 こいつらさえいなければボクは楽しく毎日を過ごすことができるのに。

「よう、米井。今日も懲りずに来たんだな。どうした、その痣?」

 にやにやと薄ら笑いを浮かべて岡本が肩を掴む。

 腹立たしいと思っていても愛想笑いを浮かべるしかできない。

 すると他の四人も小突いてはあざ笑うようにして去っていく。

 もっともこんなのは挨拶にすぎない。

 本当に辛いのは放課後だ。

 ボクはいつものように大人しくそのときが訪れないことを祈りながら授業を受けた。

 あと2回リンチに耐えれば良いだけ。それだけを心の支えにして。



「ちょっとこいよ」

 放課後になると、いつものようにあいつらに呼び出された。

 いつもと違うのは、今日は体育倉庫ではなく学校の外に連れだされたこと。

 太陽の強い日差しに目が眩みそうになる。

 5人に囲まれながらボクは繁華街の方まで連れて行かれた。

 着いた先は普通の商店街。

 こんなところで何をするのかと逡巡していると須藤がヘッドロックをかけてボクに囁いた。

「あの婆さんの荷物ひったくってこい」

「え?」

 視線だけ動かして正面を見ると、そこにはATMコーナーから出てきたばかりのお婆さんがいた。

「”え?”じゃねぇよ。あの婆さんから金とってこいって言ってんだよ。できるよなぁ?」

 強く首を締められて息が苦しくなる。

「だ、だけど…そんな…こと……」

「大丈夫、大丈夫。お前ならできるっての」

 他の4人も厭らしい笑みを浮かべて口々にそう続ける。

 背中を嫌な汗が流れ落ちた。

「夏休みなのに遊ぶ金ないんじゃ、なあ?」

「だけどーー」「やれよ」

 ボクの腹を拳で一発殴りつけて低い声で言う。

 抵抗なんてできない。ボクはうめき声をあげて、仕方なく小さく頷いた。



 ヘッドロックから開放されたボクは、お婆さんをつけて歩いていた。

 遠くからあいつらが見張っている視線を感じる。

 心臓の鼓動が聞こえるくらいに緊張し、息が荒くなる。

 お婆さんは少しずつ人気のいない方へ進んでいく。

「行け」

 後ろから覗くあいつらにそう言われた気がした。

 ボクは目をつぶりおもいきり走りだすと、お婆さんの横を全力で駆け抜けていった。



 結論から言うとひったくりは失敗した。

 駆け出すことに夢中で手が出なかったのだ。

 そのままあいつらから逃げるように走り続けた。

 すぐに追いかけてくるだろうと思ったあいつらは、意外にも追って来なかった。

 きっと明日あった時は酷い目に合うだろう。

 いつの間にか日が沈みはじめ、辺りは茜色に染まりだした。

「……明日なんて来なくていいのに」 




 

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