(魔)王立士官学院の日常

中川大存

第六話:「体力測定をしよう」

 
 体力測定。
 王立士官学院のオリエンテーションの一つであるそれは、ごくシンプルなものだった。
 腕力、握力、跳躍力、瞬発力、持久力の五項目を測定するのみである。
 セーヴェの提案したルールは、これら五項目をそれぞれの班の最高値で競い、三項目以上で上回った側の勝利、というものだった。


「まあ、やるからには勝ちに行こう。私の出しゃばりで変なことに巻き込んじゃって申し訳ないけど、よろしく頼むね」
「うん。自信ないけど……頑張る」


 音頭を取ったセリナを見返して、メルは健気に頷く。


「まー、気負わず行こうや。負けたところで何があるでもなし」
「何ヌルいこと言ってんだキース俺は全力で行くぞああいう外見態度能力の三拍子そろった勝ち組野郎に勝ち誇られるのは何より嫌いだからな足引っ張んなよお前」
「やけに燃えてんな……」


 意外にもやる気のレゾに、キースがあきれ顔で答える。
 ドーンは相変わらず、どこ吹く風と言った調子でそっぽを向いていた。


「ドーン、大丈夫?」
「ああ」思わず声をかけたセリナに、ドーンは平静な声音で応じる。「相手を見てた」
「相手──ああ」


 言われて初めて、気付く。向こうのチームについて、レイテとセーヴェ以外のメンバーを気にしていなかった。
 エルフのレイテ。
 竜人のセーヴェ。
 残りの三人は──オーガ、フェアリー、ゴブリンだ。オーガだけ女性で、あとの二人は男性。


「男女比は変わらねえが、不利だな」
「うん──向こうにはオーガがいるからね。竜人も身体能力は高いし……あの二人を超える結果を出さない限り、負ける」
「普通にやればな。あんたの作戦次第だ」
「なんか……意外と乗り気なんだね?」
「勝ち負けはどうでもいい。だが、あんたはそうじゃねえだろ?」ドーンはちらりとセリナを見て、再び視線を戻す。「班長には従うさ」


 


 一つ目──腕力測定。ボール投げである。
 結果はセーヴェ班の圧勝だった。
 セリナがメルに肩車しても届かない巨躯を持っているオーガ娘には対しようもなかった。


「んー、なんつーか越えられない壁を感じるね。班の最高値ってルール、向こうに圧倒的に有利じゃね?」


 キースがぼやく。その通りだった。
 おそらくセーヴェは提案の段階でそこまで考えていたのだろう──相手の陣容も確認せずに承諾したセリナのミスだった。


「ごめん……負けるかも」
「ああ確かに負けるかもっていうかほぼ十中八九負ける感じだけどここは否定しておいた方がいいよな空気的にそんなことないぞまだわからない勝負は最後までわからない」
「気を遣ってもらってありがたいけど、前半いらないよ……」


 レゾのぎこちなさすぎる慰めもただただ虚しかった。


 


 二つ目──握力測定。握力計を用いる。
 ここで意外なことが起きた。
 レゾが異常な好成績を叩き出したのだ。班内で二位のドーンよりも倍近く高い。


「えーー! レゾ君凄い!」


 メルが目を丸くする。レゾはメルの顔と握力計を交互に見ながら上ずった声を上げた。


「言っただろだから言っただろ勝負は最後まで分からないって」
「ドヤ顔ひでえな」
「うるせえキース別にいいだろおそらく今の瞬間が俺の学生生活唯一の輝ける瞬間なんだよ少しくらい快感に浸らせろっていうかお前にはまだ仕事が残ってるぞちゃんとやれ」
「へいへい、もうやってるよ」
「え?」


 意味深な会話と共に共犯者じみた笑みを交わすキースとレゾに、思わずセリナは聞き返す。


「何かしたの?」
「細工は流々ってなもんですよ班長―。これで負けたらホントに打つ手ないけどさ」


 緩い笑顔のまま、セーヴェ班を見やるキース。折しも、班の大本命であるオーガ娘が測定を終えたところだった。
 しかし──様子がおかしい。
 心なしか、少しふらついている。


「数値は……よし! ギリ勝ったぜ!」


 キースがにやりと笑みを深めた。
 悔し気にレイテがオーガ娘に詰め寄る。


「一体どうしたんですの、ニーザ! 様子がおかしいですわよ!」
「いや……力を入れた瞬間、急に眠気が」


 本当に眠そうに眼をしょぼしょぼとさせながら、ニーザと呼ばれたオーガ娘は大きく首を振った。


「あれ……まさか、キースが?」
「秘密だぜ?」


 こっそりと囁くと、キースは含み笑いをしながら頷く。


「俺は夢魔だ。ちょこーっとあの娘の眠気を刺激して、弛緩させてあげただけだよ──逆にレゾの時には、余計な雑念を残らず食い尽くしたんだ。セリナちゃんとメルちゃんの時は味見程度につまんだだけだけど、本気で完食したら瞬間的に感情を消せるのさ」
「お、おぉ、凄いね……ていうかそれってルール違反じゃ」
「能力の使用に関する取り決めはないじゃん? それに、何をしたか、何ができるかで真価が決まるんだろ──少なくとも勝つために、やれることはやろうかってね。レゾもやる気だし」


 ひそひそ声の会話だが、隠すまでもなくセーヴェ班の全員がこっちを見ていた。
 うーん、夢魔がやったってバレバレなんだよなあ──とセリナは頭を抱える。


「そこのあなた──汚い手を使いましたわね!」


 当然の反応として、レイテが激高している。
 しかし、そこにセーヴェが割って入った。


「気にするな、レイテ。俺の測定がまだ残っている──君達、妨害したければ好きなようにするといい。気付いている通り、元々こちらに有利なルールだ。そのくらいはハンデとして受け入れても問題ない」


 余裕たっぷりに言い放ち、セーヴェは握力計を持つ。
 思慮深げな細い目が、かっと見開かれた。
 握りしめられた握力計は、レゾのそれを遥かに上回る数値を記録した。
 肩を落とすメル。
 わずかに眉を上げるだけのドーン。
 そして、がっくりとうなだれたレゾの呟き。


「……なんだよ俺の時代はもう終わりかよもう少し浸っていたかったよ」
「き、キース……今はやらなかったの? その、眠気……」


 後ろ暗い思いを抱えながらも、妨害に頼ってセリナは尋ねる。
 キースはなぜかすでに気息奄々になっていた。


「あーゴメン。正直、疲れんだよねコレ……夢魔って寝てるところに入り込むのが通常で、無理矢理寝かすのは邪道だからさ……やろうとしたけど、やっぱ一回が限界だったわ」
「え、えぇー……」


 反則技を使って、負ける。
 この上なく無様な醜態をさらしつつ、勝負は二戦二敗──早くも、後のない状況に追い込まれたのだった。



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