(魔)王立士官学院の日常

中川大存

第四話:「級友に挨拶をしよう」

 
「えーっと……なんか、私が班長ってことになっちゃったみたいだから、とりあえず仕切らせてもらうね。偶然ではあるけどこれも何かの縁だし──その、一年間一緒に頑張ろう」


 セリナはたった今決まった役職を律儀に守るべく、横並びの四人に話しかけた。
 どうしてもぎこちなくなる。それは四人の班員も同じだった。
 二番目の席──セリナの隣に座るメルは、曖昧に頷く。
 三番目の席──ローブを目深に被った小柄な生徒は、聞こえている証のつもりか肩をわずかに揺すった。
 四番目の席──紫色の長髪をなだらかにウエーブさせた優男系のチャラい生徒が、「はーい」と片手をひらつかせる。
 五番目の席──印象の薄い顔立ちをした青年は、微動だにしない。


「……えーと、じゃあまず自己紹介。私はセリナ・アンノック──ガノー地方のミューラントっていう町から来ました。種族は」
「人族だけど正規国民、だよね?」


 チャラい男が言葉を挟んだ。響きに刺々しさはなく、むしろ朗らかだった。セリナは素直に頷く。


「うん、さっきの聞いてたんだね──えっと、得意なのは幻惑魔法。魔法部隊を希望して入学しました。よろしくね」
「趣味はー?」


 チャラい男がにこにこしながら聞いてくる。
 ほとんどこの男と会話しているようだった。メルは相槌は打たないもののいちいち頷いてくれるが、他の二人はただ黙ってこちらを見ているだけだった。
 多分、緊張しているんだろう──と好意的に受け取ることにして、セリナは答える。


「趣味……なんだろう。読書と、あと体を動かすことかな」
「へぇ~」


 チャラい男はなぜだか、何を食べているわけでもないのに口をくちゃくちゃと動かした。
 その行動の意味は分からなかったが、昨年亡くなった祖母を思い出してセリナは少し和んだ。


「そんなところ……だね。はい、じゃあ次メルよろしく」


 セリナに促され、メルがゆっくりと四人を見渡す。


「メルサンディア・ムツティーク・ル・レナーズトスタインです。種族はドライアド──王都出身で、趣味は……お花を育てることです。私も魔法部隊志望です……あの、よろしくお願いします」
「俺もメルちゃんって呼んでいーい?」
「あ、はい」
「んー、よろしくねー」チャラい男はそこで再び口をもごもごとさせた。「いやぁ、君あっまいねえ」
「え……?」
「蜂蜜菓子みたいだよ。いや、ドライアドだけに甘葛の汁みたい、とか言った方がシャレてっかな?」
「え? え?」
「どういうこと?」


 意味不明ゆえに若干怯えの入っているメルを庇うように、セリナは身を乗り出した。


「あーごめん。俺、夢魔だからさー。ヒトの思念を食うわけ」チャラい男は邪気のない顔でさらりと言う。「名前はキース・バーンカルフ。ウァランカル地方出身! 志望は情報部隊! よろしくゥ!」
「夢魔!?」


 相当珍しい種族だった。
 田舎出身のセリナが贔屓目に見ても、僻地としか呼びようのない地方にわずかに存在する夢魔族──半ば空想上の存在のような認識だった。
 王都でもそうそう見るものではないらしく、メルも驚いた顔をしている。


「本では読んだことあるけど……思念を食べるって、ほんとに?」
「おうよ。つっても、心を読んだりとかそういうことはないから安心してよ──なんつーか、一種のエネルギーっつーか、漠然と味が感じられるだけだから。その具合からある程度の感情状態を読むくらいのことはできるけど、まあ顔色窺うのと大差ないもんだね」


 口を動かしていたのはそういう意味か、とセリナは納得した。
 この男は、私とメルの自己紹介をおやつ代わりにしていたのだ。


「私の思念の味は?」
「セリナちゃんも甘いよ。でもちょっと酸っぱくて爽やか? 果物っぽい感じかな」
「そうなんだ。普通の食べ物は食べないの?」
「いや、食うけど。思念ばっか食ってると寿命が短くなるらしいんだよねー」


 物珍しさにもっと質問しようとしたが、そこでセリナは別の音に気付いた。
 小声の呟きが、途切れなく続いている。それはメルとキースの間に座る生徒のローブの奥から発されていた。


「……んだよキースの奴先に自己紹介してんじゃねえよそこは流れ考えろよ順番にだろうがよぉどうせ俺はお前と違ってコミュ力ねえけどだから尚更気を遣ってくれなきゃ喋り出せねぇだろうがっていうかさらっと初対面の女の子をあだ名で呼ぶとかなにそれどうやったらできんの俺にも教えてくれよでも俺がやってもどうせ拒否られんだよなぁそうだよなぁどうせ俺なんか」


「あ……あのー」
「あー悪い悪い! 順番飛ばしちまったな。こいつ俺の同郷なんだよ、ほら改めて自己紹介どーぞっ」


 キースに肩を叩かれ、ローブの生徒は硬直する。
 そのまま数十秒の間が空いた。


「…………ん゛ん゛っ……レゾ・シャハルですレイス族ですウァランカル地方出身です空軍士官希望です趣味は散歩ですよろしくお願いします…………」


 句点と読点を排した一本調子の声で呟くと、レゾと名乗った生徒は沈黙した。


「ちょっと内気で気難しい奴だけど、悪い奴じゃないから」


 キースがフォローを入れる。
 どちらかというと苦手なタイプではあったが、レイスが概して他種族と打ち解けづらい傾向にあるのは本で読んで知っていた。何よりこれから一年一緒にやっていく仲間なのだ、と思ってセリナは「よろしく」と微笑みかけた。


「空軍志望なんて凄いねえ! 戦争の花形だよね──頑張って!」


 ミナがにこやかに顔を寄せる。レゾは再び体を凝固させ、俯いた。


「……何だこの子たちすげぇ好感触じゃん気さくに話しかけてくれるし案外嫌われてねぇのかなぁいやそんなわけないどうせ俺なんかダメだこんな可愛い子相手にワンチャン望むとか俺はなんて思い上がってるんだそんな訳ねぇだろそうだ皮肉か皮肉ってやつかお前ごときが空軍なんて高望みしすぎだよ諦めなよって遠回しに言われたのかそうだよなぁどうせ俺なんかなぁでも忠告してくれる分優しいのかなぁチームってやっぱいいよなぁでも絶対俺迷惑かけるし先に謝っとこうかなぁその方がまだしも心証が」
「うわ、変な味。苦味と甘味がごった混ぜだよ」
「……うるせぇキースお前は黙ってろ俺の思念の味の感想をあけすけに言うなマジそういうとこホント嫌だわでもこいつ以外話し相手いねぇしなぁ」


 同郷ゆえか気安く言葉を交わす二人から視線を外し、セリナは最奥の青年を見やる。


「それじゃ、最後はあなたね。自己紹介をどうぞ」
「……何もねえ」
「へ?」
「語るべきことが、何もねえ。記憶がねえんだよ」


 大人しそうな外見にそぐわない乱暴な口調で、青年は言った。


「通名はある。ドーン・カルナザック。でも俺の名前じゃねえ。俺の今の庇護者が便宜上付けた名前だ。種族も故郷も家族もわからねえ……頼れるものが何もねえから、とりあえず身を立てられるようにってことでここに入らされた」
「えぇ……?」


 込み入った事情があるらしい。


「えーと、じゃあとりあえずドーンって呼ばせてもらうね。よろしく」
「ああ……」
「マジで何もわからないのか? 自分の種族も?」
「わからねえ」
「……見たところストーンゴーレムの亜種っぽいけどな見た目は人族だけど体組成は石じゃねぇのかそんな感じする」
「そうみたいだ。でもそれ以上はな」


 目を丸くして、メルがレゾを見やった。


「すごい! レゾ君、なんでわかったの?」
「……いや……こいつ座った時とか体動かして机や椅子に体が当たるたびやたらとごつごつ重い音がしてるしあと肌の色がウチの地方でよく産出される白硝岩によく似てるからそうかと思っただけで別に大したあれじゃ」


 レゾが相変わらず抑揚のない声でぼそぼそと答える。しかし声は誇らしげにやや上ずっていた。
 ストーンゴーレムの類なのか、とセリナは思う。
 見たところ人族かと思っていたから少し親近感を覚えていたのだが、勘違いだったらしい。
 しかしそれは一旦措いて、再び話しかけた。


「でも、記憶がないなんて大変だね」
「まあな。班には極力迷惑掛けねえように努めるから、俺のことはあんま気にしないでくれ」


 セリナの言葉を受け流すと、ドーンはふいっとそっぽを向いた。
 先行き不安な部分もあるが──ともかく、セリナ率いる第四分団第一班はこうして結成されたのだった。



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