(魔)王立士官学院の日常

中川大存

第五話:「魔力測定をしよう」

 
 しばらく、親睦を深める会話が続いた。コフトロ教官が大儀そうに立ち上がったのは、たっぷり一時間近くも過ぎてからだった。
 やけにのんびりしている、とセリナは思ったが──第四分団は一瞬で班分けが決まった分、時間が浮いているのだと思い出した。


「注目──これより身体測定を行う。第一班から第六班、整列して付いてこい」


 大きなあくびをして、未だ眠気の残滓が張り付いた顔でコフトロ教官は身を翻した。


 


 第四分団は雨天練兵場に到着した。
 そこには数十人の教官と医師らしき連中がいた。
 身長、体重、視力聴力──十数項目に分かれた検査を、指示された通り順番にこなしていく。
 最後は、魔力測定だった。


「はい、それではこの筒に腕を入れて──魔力を放出するよう念じてくださいね」


 
「えーと……セリナ・アンノックさんね」
「はい」
「推定魔力総量、二九○○。 魔適性、二等級。なかなか優秀ね」
「そうなんですか?」


 周囲にいた生徒たちが思わず声を漏らす。どうやら人族でこの数値は珍しいらしい。
 微かな嬉しさを感じながら、セリナは机を離れる。順に、他のメンバーの計測が始まった。


 メル──推定魔力総量、二七○○。魔適性二等級。
 レゾ──推定魔力総量、二三○○。魔適性三等級。
 キース──推定魔力総量、六七〇〇。魔適性一等級。


「すごい!」
「種族値種族値」キースはセリナにひらひらと手を振った。「夢魔としてはフツーなの。その分身体能力ひっくいから」


 最後にドーンが机に着く──計測器を覗いた医師が、わずかに表情を曇らせた。


「推定魔力総量、二○○。魔適性、七等級」


 周囲がどよめく。セリナの時とは違って非好意的な響きだった。
 よくはわからないが──今までの流れからして、魔族としては常識外なほど悪い、ということなのだろう。


「あー……まあ気にすんなよ。魔法を使わない兵科もあるしさ」


 キースの言葉に、ドーンは軽く頷く。対して興味もないという表情だった。


「あらあら、聞き間違いではありませんわよね──七等級ですって? どうしてそんな劣等生がこの場にいるのかしら」


 群衆の中から、高飛車な調子の声が上がる。
 同じ第四分団にいたエルフの少女だった。整った顔と身長の低さが相まって、まるで人形の様だ。美しい金髪を効果そうな髪飾りでまとめている。


「ああ──確か宰相閣下のコネで入学したのでしたっけ? そうですわよね──そんなお粗末な魔適性で入学試験を通るはずがありませんもの。あなたは将校になれる器じゃないですわよ、最前線で軍の盾になって死ぬ一般兵が分相応というものですわ」


 かっと、セリナは頬が熱くなるのを感じた。
 湯が沸騰するように怒りが煮えたぎった──眼前の少女と、それに対して何も言わない周囲に。


「ちょっと、あなた──」
「セリナちゃん」


 声を潜めてメルがセリナの腕を引く。


「駄目だよ、関わっちゃ──あの人はレイテ・ティレルマーニアさん。魔王領の最高級官僚を代々輩出している名家の一人娘で、王都じゃ知らない人がいない有名人なんだよ?」
「どうだっていいよ、そんなこと」


 セリナはレイテというらしいエルフ娘に向き直った。


「あなた。誰だか知らないけど、言っていいことと悪いことがあるんじゃないの? ひとの気持ち考えなよ」
「あら──あなた、よほどの田舎からはるばるいらっしゃったのね」


 誰だか知らないけど、の部分が気に障ったらしく、レイテの声に険が混ざる。


「それとも、お馬鹿さんかしら? 私を誰だと」
「誰だって関係ない、って言ってるの。それがわからないなんて、馬鹿なのはどっち?」


 レイテの顔が歪む。
 おそらく、名家で生まれ育った彼女はここまではっきりと罵倒されたことがなかったのだろう──瞬間的に、白皙の顔が憤怒に染め上げられた。


「人族風情に侮辱されるとは、我慢なりませんわね。今の愚行を後悔させてあげますわ、必ず」
「生まれ育ちや種族なんて関係ない。何をしたか、でしょ?」
「綺麗ごとを──」
「もういい。やめろ、レイテ」


 レイテの背後に立っていた男が、静かにレイテの肩に手を置いた。
 亜麻色の髪に灰色の肌──頭頂部から天に向かって伸びる二本の角。竜人だった。


「何ですの!?」
「彼女が正しい。無思慮な発言をしたのは君の方だ」
「止めるなんて許しませんわよ、セーヴェ──あなたに言ったでしょう、私は誰にも負けるわけにはいかないのだと」
「それは了解している。しかし、無駄な喧嘩を吹っ掛けることは君の決意にふさわしいものではない。そしてもう一つ」セーヴェと呼ばれた竜人はドラゴン族特有の考え深げな瞳でレイテをじっと見据える。「俺の行動について、君に許しを請う必要はない。私人としては俺は君の従者ではなく対等な間柄だし、生徒としては俺が班長で君は班員だ」
「……わかってますわよ!」


 憤懣やるかたないといった表情で、しかし存外素直にレイテは矛を収める。セリナは騒ぎを収めてくれたセーヴェに小さく頭を下げた。


「ありがとう」
「礼は必要ない。むしろ、失礼な発言があったことに班長として謝罪する。俺はセーヴェ・ラウンズ・ロイド。同じ分団として、よろしく頼む」
「こちらこそ」
「ところで、君はいいことを言っていたな──生まれ育ちや種族ではなく、何をしたかが重要だと。その言葉に偽りはないな?」
「え? うん」
「この後は体力測定だ。俺の班と君の班──測定の結果で、ひと勝負しよう」
「え?」
「君の価値観──何ができるか、という観点から公正に決着をつけるということで今回の騒ぎの幕引きとしてはどうか、ということだ」


 セーヴェの言葉に、レイテがぱっと顔を輝かせる。
 一方的に罵られて終わった形のレイテとしてはもってこいの提案だった。


「え……なんでそんなことを」
「そうだよ必要ねえだろそっちが折れて終わりでいいだろやっぱお前も怒ってんじゃねえか絶対そうだ公平ぶりやがって嫌味な奴だぜ」


 ぶつぶつとレゾが言う。
 セーヴェが一瞥すると、レゾはするりとキースの陰に隠れた。


「……少々強引ではあるかもしれないが、俺もレイテに多少の気配りをしなければならない身なのでな」
「?」
「セーヴェさんも重臣の家柄で──レイテさんとは幼い頃から許嫁なんだよ。有名人だよ」


 こそこそとメルが補足する。
 そういうことか、とセリナは納得する。
 同時に、ややこしいことになった、とも思った。



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