(魔)王立士官学院の日常

中川大存

第三話:「班分けをしよう」

 
「第四分団に配属された諸君、はじめまして──俺は君たちの監督教官、コフトロ・マスランだ。一年間よろしく頼む」


 気だるげな声で、教壇に立った猫獣人の教官が言う。
 それを聞きながら、セリナは教室の面々を観察していた。
 新入生は三百名──それを三十名ずつの分団クラスに分け、それぞれに一名の監督教官たんにんが付く。入学案内に書かれた通りだった。
 どんな学校でも同じだ。生活が楽しいものになるかそうでないかは、第一に級友──第二に教官──第三に制度で決まる。
 第一の条件は、おおむね問題なさそうだった。いきなり問題を起こそうとするようなわかりやすい異分子はおらず、全員が真面目に着席し教官の言葉に耳を傾けている。もちろん、まだ判断には早すぎるが。
 第二の条件──これも、現時点では良さそうだった。軍事学校だからものすごく厳しいゴリゴリの軍人かと思ったら、わりあい優しそう──というか、無気力そうな教官だ。
 第三の条件は、これは今後の生活で判断していくしかない。なにしろこっちはまだこの環境に入って来たばかりなのだから。


 コフトロ教官はでっぷりと太った体を揺らしながら、黒板に本日のスケジュールを書き込んでいる。短い尻尾がふらふらと揺れていた。


「班分け」
「身体測定」
「昼食」
「学院内施設見学」
「寮長挨拶、入寮」


 癖のある字ですべてを書き終わると、コフトロ教官は生徒たちに向き直る。


「見たところ、緊張している者が多いようだ。そりゃそうだろうな──だがまあ、いきなり練兵場を駆け足三十周、などとは言わないから安心しろ。見ての通り、今日一日はもっぱら訓練課程に入るための準備に充てられる。明日から各種の学課が始まるわけだが──まあ、広い意味で言うなら明日以降も準備でしかない。気張らずやることだな」
「先生、よろしいでしょうか」


 生徒の一人が手を挙げた。ついさっきセリナと揉めかけた犬獣人だ。


「何だ?」
「広い意味で、というのはどのような意味を指すのでしょうか?」
「学院の課程全体から見て、という意味だ。王立士官学院は三年制──二年以降は専門兵科に分かれることになるが、一年目は各々の適性を見つつ総合的な基礎を学ぶ期間だ。自分が何になるのか、一年かけて準備するわけだな」
「分かりました」


 頷いた生徒に、コフトロ教官は小さく首をかしげる。


「何か言いたそうだな? 構わんぞ、積極的なのは良いことだ」
「では、申し上げます。私の父は軍人です」生徒は話し始めた。「入学に際し、父から言い渡されました。軍人として栄達を望むなら、まずどの兵科に入るかが最初の分かれ道になると。それを考査される最初の一年間こそ、最も力を入れて臨まなくてはならないと」
「まあ、一面の真実ではある。兵科によって派手や地味はある──少なくともそう考える者は多いからな。捉え方は本人次第だ──途中で息切れしない自信があるなら、好きなだけ力を入れて臨め」


 どうでも良さそうに、コフトロ教官は肯定した。
 生徒は軽く頭を下げる。
 真面目なんだな、とセリアは思った。おそらくあの生徒が引っ掛かったのはコフトロ教官の態度──ほどほどに力を抜け、と言いたげなところなのだろう。彼の中には理想の軍人像があり、コフトロ教官はそれに合致しないのだ。
 しかし、今の時点で決めつけてしまうというのも早計だろう。軍人としても教官としても経験を積んでいるであろう大人の意見がまったく間違っているなどと、ピカピカの新入生に断ぜられるわけがない。


「他に何か質問は? 無ければ進めるぞ──これより班分けを行う。総勢三十名の第四分団をさらに五人ずつの六班に分け、一年間は班を一単位として活動、評価を行う。一名が班長となり、班員をまとめる。仲良くしろとまでは言わんが、まあ問題の起きないようやるように」


 言い終わると、コフトロ教官は椅子に座った。
 教団に頬杖を付き、そのまま沈黙する。
 次の言葉を待っていた生徒たちは困惑した。奇妙に気まずい時間を終わらせるように、生徒の一人がおずおずと口火を切る。


「……あの、先生」
「どうした? いつまでも行儀良くしていても仕方ないだろ。今後一年連帯責任を負うことになる同胞だ、まずは自己紹介でもしておけ」
「え、班分けは……」
「もう終わった。同じ机に座っている者が班だ」


 確かに、教室の机は横長の五人掛けの机だった。全員がにわかにざわめきだす。
 セリナも、隣のメルと顔を見合わせた。


「わー、同じ班だね! 良かった」


 メルが嬉しそうに相好を崩す。セリナにも同じ気持ちはあったが、それ以上に不安だった。
 この教室に入った時、着席は自由と告げられていたのだ。つまり──まったく無作為に班は分けられてしまったことになる。
 廊下を通して、他の教室からどやどやと喧騒が聞こえる。他の分団でも班分けを行っているのだろう──しかし音からすると、向こうは席を立って移動しているようだ。


「あの……班分け方式って、他の分団では」
「班分けは各監督教官にゆだねられている。つまりは、よそはよそ、だ」窓の外をぼんやりと眺めていたコフトロ教官は面倒くさそうにセリナに顔を向け、心ここにあらずといった調子で答える。「ああ言い忘れた、班長もすでに決まっているぞ。机に一番最初に着席した者がそうだ──そこの班では、お前だな」
「え!?」
「言っただろう、一年次は準備期間。海のものとも山のものとも知れんお前達を見定める時間だ──最初の班分けなど、大した意味はない」


 言い終わると、コフトロ教官は再び窓の外の青空を見上げ、忘我の表情に戻る。
 頭から突き出た猫耳が暖かな日差しを喜ぶようにぴこぴこと動いた。


「うへぇ……」


 思わず小さな声が漏れた。
 犬獣人の生徒の思った通りかもしれない、と思う。
 この教官はやる気がない──班分けを至極単純なルールで、自分が動かずとも勝手に決まるようにシステム化し、浮いた時間を自分の休憩に充てている。
 こんな人についていって学生生活大丈夫かな、とふと不安になる。
 無論、今更思ったところで手遅れだった。



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