(魔)王立士官学院の日常

中川大存

第二話:「自己紹介をしてみよう」

 
 セリナ・アンノックは隊列の中で眼球だけを動かして、ゆっくりと周囲を見回していた。
 オーク。エルフ。ゴブリン。フェアリー。ドライアド。どこを見ても、魔族ばかりだった。
 当たり前ではある──ここはあらゆる魔族が混在する魔王領の中枢、王都なのだ。セリナが生まれ育った片田舎の町とは違い、様々な種族が集まっている。頭ではわかっていたが、それでも新鮮だった。セリナにとって、異種族と言えば魔鉱石やその他の物資を売りに来るハーフフットの商人くらいしか生で見たことがなかったのだ。
 恐怖はない。しかし、周囲からの視線が気にはなった。
 それは、友好的というよりはむしろ白眼視に近いものだった。
 気にしないことにして、セリナは壇上に視線を戻す。セリナを含む数百名──王立士官学院の新入生に対峙する形で、鷲頭の厳めしい鳥人が静かに話していた。
 ガルロ・フォトルストメナン! この国の戦史に名を残すであろう名将を見ることができただけで、セリナは十分に舞い上がっていた。


 


 入学式はほどなくして終わった。
 生徒たちは教官の引率のもと、列をなして学院前庭──入学案内には「練兵場」と記されていた──から出ていく。
 列の動きに合わせてゆっくりと歩き始めたセリナの肩を、誰かが叩いた。


「ねえねえ」


 振り返る──セリナと同じくらいの背丈の少女が、にっこりと微笑んでいた。
 ドライアド、なのだろう。薄い緑色の肌と、植物の蔓のような質感を持った長髪。まるで髪飾りの様に、頭にはいくつか山吹色の花が咲いている。
 可愛い娘だな、とセリナは思った。


「あなた、お名前は?」
「セリナ・アンノック──ミューラントから来たの」
「私はメルサンディア。正式にはメルサンディア・ムツティーク・ル・レナーズトスタイン」
「よろしくね」


 覚えられる気がしなかった。ドライアドの名前が長いのは本で読んで知っていた。
 本人もそのあたりのことは了解済みらしく、意を汲んだように助け舟を出してくれた。


「メルって呼んで。ミューラントって、どんな所? ごめんなさい、聞いたことなくて」
「無理もないよ、田舎だからね。ガノー地方の端っこ」
「ガノー地方ってことは、国境近くなのね。王都とは色々違うんでしょうね──もし何かわからないことがあったら訊いてね。私、ここの出身なの」
「ありがと」


 微笑むと、メルも心底嬉しそうに笑い返してきた。
 いい友達になれそうな気がする、と思った。


「おい、ひそひそ喋ってんなよ。さっさと歩けって」


 メルの後ろにいた犬獣人が不満そうな声を上げる。


「あ、ごめん」


 振り返ったセリナに、犬獣人が怪訝そうな目を向けた。


「ん? ていうかお前……人族じゃないのか?」
「仰る通り、人族ですけど」
「おいおい、入学要項に書いてあったぜ? この王立士官学院は、準国民には入学資格がないんだぞ──大方こっそり忍び込んだんだろ。つまみだされる前に帰ったらどうだ?」


 犬獣人は嘲笑と哀れみが混在した表情を浮かべて、虫を追うように手を払った。
 セリナの懸念していた事態だった──この国に住む、準国民と呼ばれる人族たちはありていにいえば下層階級なのだ。彼らは隣国である人族国家との戦争で捕虜となり、魔王領に帰順した者たち──あるいはその子孫であることがその理由だった。単純作業に従事し、居住区域や活動範囲が法によって定められている。そして土地柄にもよるが、多くの魔族は準国民を家畜以上隣人未満というあたりに位置付ける。彼のセリナに対する応対は、魔族が準国民に示す一般的な態度の範疇内におおむね収まっていると言えた。
 無論、だからといってそのまま受け入れはしない。誤解に基づく横柄さに屈する気はなかった。
 返答の代わりに、セリナは自分の顔をつるりと撫でる。


「うわぁっ!」


 途端に、犬獣人が悲鳴を上げる。周りの生徒たちも少なからず驚いたようで、周囲はにわかに騒がしくなった。
 もう一度、さっと顔を撫でる。皆が目を白黒させた。
 彼らには、セリナの顔だけが一瞬で角の突き出たドラゴンに変わったように見えたはずだった。


「なっ……何だよ今の」
「幻惑魔法の初歩。まあ、ここでもいずれ習うんじゃない?」


 にっこりと笑って見せる。未だ警戒心を解かない顔で犬獣人は沈黙した。
 子供っぽいいたずらだったかもしれないな、とセリナは反省した。しかし、ちゃんと試験を受けてここの生徒になったことを証明したかったのだ。


「すごいね、セリナちゃん!」


 メルが感激したように声を上げる。
 さっきまでのざわめきの響きも変わっていた──白眼視が和らいだように感じられたが、今度は別の意味で問題になりかけていた。
 この騒ぎが生徒の移動を阻害しているのは明らかだった──教官たちが渋面を作ってこっちに向かっている。
 いきなり目を付けられるのはまずい。
 セリナは慌てて小走りに進む──数歩進んだところで思い出し、再び犬獣人を振り返った。


「ああ、あともう一つ──私は人族だけど、準国民じゃないから。遠い祖先に魔族との血が混じってる、れっきとした国民だよ」



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