色災ユートピア
3.別れ、進み
走って、走って、やがて脱出口を見つけた。
その先にはアウトサイダーが待ち構えている。
殲はナイフを握り締めて、アウトサイダーへ立ち向かった。
一方的だった。
領域で変質した肉体、アウトサイダーと戦い続けた記憶、アウトサイダーを殺せる武器、力。
負ける理由はなかった。
邪魔をしてくるアウトサイダーを退けているうちに、やがて敵わないと悟ったのか攻撃が止んだ。
殲は歩き出した。
歩き続けて出口を目指す、徐々に光が強まっていく。
そして、ある程度まで進むと浮遊感に襲われた。
「───!」
ふと、誰かの呼ぶ声が聞こえる。
目を覚ますと、そこにはナナキがいた。
「じーぃ?」
「そんな、手足を持って行かれてしまったのかい…可哀想に…痛いだろう…。」
ぎゅうっと抱きしめられる。
よほど心配して探し回ってくれていたのだろう、体は冷えきっていた。
「じーぃ、僕、平気だよ。もう大丈夫だよ。僕、全部分かったから。」
無表情だった殲が笑っていた。
ナナキはそれに驚く。
感情がなかった殲は、笑う必要性を感じなかった。
そうしなくても、ナナキは理解してくれていたからだ。
「僕、お兄ちゃんからいろんなものもらったんだ。でも、お兄ちゃんは疲れちゃったから、眠ったよ。お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒に、ようやく眠れたの。」
「そうか……。」
「じーぃのこと、誰も恨んでないよ。みんなじーぃのこと大好きだよ。みんなじーぃのこと大好きだから、僕はじーぃを守るの。それが、お兄ちゃんとお姉ちゃんと僕の願い。」
その顔はとても嬉しそうだった。
「探してくれてありがと、おうちに帰ろ、じーぃ。」
「あぁ…そうだね、そうだね…。」
こうして、領域から脱出した殲は、またナナキと一緒に幸せに暮らすことにした。
そして、ナナキは赦無と白理について、話してくれた。
「赦無と白理はとても仲のいい双子でね。じいじは二人とすれ違いながらも、助けられてきた。そうしてやがて、恐怖より心配の方が勝ってしまったんだ。あの子たちはとても可哀想な子たちなんだよ。」
「どうして?」
「愛情を理解出来なかったんだ。幼い頃にはもう、二人だけで解決してこなきゃいけなかった。二人だけで解決出来てしまった。だから、初めて出会った時は酷く驚いた。赦無は、大人を利用するものとしてしか見られなかったから。」
「信じられないから、そうだった?」
「そう、そうだよ。」
優しく頭を撫でられる。
殲は擽ったそうに目を瞑った。
「それでも、じいじを頼ってくれた。じいじはね、そんな二人の、頼れるものになれたことが、すごく嬉しかったんだ。本当に幸せだった。けれど…二人は死んでしまった。」
「どうして?」
殲には二人が死んだ記録はない。
まぁ、それが当たり前なのだが。
「人間を守るために、アウトサイダーと戦ったんだ。アウトサイダーは何とか退けたけど…二人は助からなかった。人間は二人を英雄として祀っているけど、…本当は、見捨てられたんだ。」
「幽お兄ちゃんがそうされたみたいに?」
「そう…人間は二度も救いを放棄した。じいじはそんな人間が嫌になって、仕事をやめて、隠れて暮らすことにしたんだ。」
「じーぃがお兄ちゃんとお姉ちゃんのことを、話したくなかったから?」
「そうだよ、じいじは二人が大好きだった。だから、その二人が面白おかしく伝えられるのが耐えられなかったんだ。人間は二人を見捨てたのに、それを今さら祀ったって…愚かだと思うだろう?」
「うん、人間はどうでもいいけど、邪魔したらヘレティクスにして殺す。」
「うーん、感覚が血族の集大成…。というか、そんなこと出来るのかい?」
「僕、ハイブリッドだから出来る。それに、領域に行ってからすごく調子がいい。なんだか元の自分に戻ったみたい。」
「そっかぁ…。」
ナナキは困ったような笑みを浮かべていた。
「僕、お兄ちゃんに言われたの。人類は救いを放棄したから、僕の命は僕が使っていいって。」
「それは…どういう意味だい?」
「僕ね、お兄ちゃんとお姉ちゃんの細胞を掛け合わせて造られた、人工生命なの。僕自身は関係ないのに、血も、細胞も、遺伝子も繋がってる。僕を造った人はね、お兄ちゃんたちを見捨てたくせに、また救いを求めようとしてるんだよ。僕はそのための兵器。」
「………!」
「だから僕は生まれたの。僕は僕が造られた理由を知っていたから、そうするべきだと思ってた。でも、幽お兄ちゃんがそうしなくていいって言ってくれた。感情を知った僕も、今はそれをやりたくないって思う。だって、僕がしたいのは虐殺であって、人間を救うことじゃないもん。」
「…ははは、そうか、そうか。本当に白理に似ているねぇ。」
「虐殺は好きだけど、じーぃと一緒にいるのはもっと大好きだよ?」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。どれ、お礼に美味しいみかんジュースでも作ってあげよう。」
「ほんと?」
「甘いお菓子も持ってくるからね。」
「わぁい!」
みかんを持って厨房に向かう。
果汁を絞りジュースを作る。
そして、その後に棚から金平糖を取り出して、居間へと戻る。
「じーぃ、それなぁに?」
「これは金平糖と言ってね、異世界から連れてこられた人間が、作り方を教えて作られたものだよ。美味しいから食べてみてごらん。」
ころん、と口の中に金平糖が転がる。
ガリガリとかじると、甘みが一気に広がった。
「美味しい!」
「それは良かった、いっぱいあるから焦らず食べようね。」
「ん!」
殲は嬉しそうに笑って、金平糖を噛み砕いた。
ナナキもまた、幸せそうな顔をしていた。
それから数年が過ぎた。
ナナキはついに、天命を全うし、眠るように亡くなった。
死ぬ間際、殲はナナキから、赦無たちの写真と、とある部隊を引き継いでいた。
それは、かつて赦無や白理、そして枉徒という少女が所属していた独立部隊だった。
失った手足は具現化することで、人並みの生活を送れるようになり、使い続けるうちにすんなり動くようになった。
「本当に大丈夫?一人でもやっていけるかい?」
「はい、大丈夫です。行ってきます。」
葬式も終え、今日。
今日は表世界にいるヘレティクスを討伐する、討伐隊の試験が行われる日だ。
試験といっても誰でも参加出来るもので、難しいことは何もない。
ただ、戦えるかどうか、冷静な判断が出来るかどうかなどを試される。
そして、合格すれば晴れて、ディープ・ネロの一員となる。
隊員が殲以外いない現状、隊長は殲になるのだが…。
本部まで歩き続けて、数時間。
人が増えるごとに、視線が向けられる。
殲は深くフードをかぶると、足早に会場へと向かった。
会場へ着くと、そこにはたくさんの少年たちが来ていた。
わずかだが、少女もいるようだ。
それぞれ既にグループが出来ているのか、仲良さげに話している。
端の方に寄って待つうちに、会場はどんどん人で溢れてくる。
勇敢なのか無鉄砲なのか。
グループの会話に耳を傾けていると、ふと興味のある会話が聞こえた。
「私たちも頑張ればディープ・ネロの隊員になれるのかなぁ?」
「かっこいいよね〜!」
どうやら、英雄が近くにいる、という感覚があってはしゃいでいるようだ。
理解しかねる感情だと思いつつ待っていると、少しして数人のスーツを着た人間がやって来た。
「未来ある若者たちよ、本日は集まってくれてありがとう。さて、長い話は試験が終わってからにしよう。君たちから見て右の方に部屋がある。中はシュミレーションルームとなっていて、仮想空間を作り出して敵と戦うことが可能だ。」
「皆さんには、このシュミレーションルームに入っていただきます。基礎的な能力の確認を行いますが、皆さんは自由に戦っていただいて結構です。」
「回復薬は十個、予め配っておくようになっているからな。危険だと思ったら使ってくれ。体力はヒットポイント性で、0になればそこで終了だ。だから回復薬を使わずにいると勿体ないぞ。」
「仮想空間内の時間は、こちらより早く流れるようになっているが、現実との差を感じることはないだろう。武器は至る所に置いてあるので、自由に使ってほしい。それでは、今より試験を開始する。」
「では、十列に並び、このカードを受け取ってください。こちらのカードは試験生の証となります。試験を終えるまで、手元に置いておくようにしてください。」
試験生はゾロゾロと列にならんで、カードを受け取ってシュミレーションルームへと向かった。
殲もカードを受け取ろうと手を出す。
不意に、試験官に話しかけられた。
「おや…君、どこかであったことがあるか?」
「……いえ、記憶には、なにも。」
「そうか…うーん、懐かしい気配がしたんだがな。人違いかもしれん、すまなかった。」
殲は一礼し、試験官を横目に、シュミレーションルーム前に並ぶ列に加わった。
続々と試験を終えて、試験生が出てくる。
落ち込んだ表情の試験生もいれば、明るい表情をする試験生もいた。
そしてついに、殲の番が回ってきた。
シュミレーションルームは案外小さい。
ベッドと、近くには頭をすっぽり覆えるような機械があった。
それを装着しベッドに寝て、目を瞑る。
ピピッ、と音がして、すぐに景色が変わった。
(違和感があるけど…まぁ、若干遅れる程度かな。少し体を動かしてから戦闘に入ろう。)
殲は体を慣らすために、準備運動を始めた。
そして、慣れてきたことを確認すると、武器の選別に移る。
(基本的に近付かなきゃ殺せない武器なのか…、お兄ちゃんたちは銃を使ってたのに。)
若干不服に思いながら、殲は置いてある武器全部を持つと、辺りにばら撒き始めた。
そして、各地から武器を集めて、ようやく準備を終える。
(さて、最初の敵は…)
初めに出てきたのは、虫のようなヘレティクスだ。
スピードも早くなく、初心者にも優しいザコ敵である。
殲は手に持っていた剣を、ヘレティクスに投げつけた。
投擲された剣は易々とヘレティクスを貫き、塵に変えた。
時間が経つにつれて、次々と敵が出現する。
だが、的確に一体一体、投擲した武器で屠っている。
そうやって敵を翻弄して殺すのが、スピードに特出した殲の戦い方のようだ。
その戦いは試験の課題がなくなるまで続き、化け物じみた功績を残した殲の入隊は、確定的に明らかだった。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
107
-
-
0
-
-
149
-
-
3
-
-
238
-
-
439
-
-
1
-
-
20
-
-
310
コメント