色災ユートピア

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27.復讐

小太りの人間とともに、港へとやって来た三人。
赦無と白理は隠れつつ、小太りの人間と分裂し姿を変えた咎喰を監視する。
若干夜が明けつつある。

「つ、連れて来たぞ!」

小太りの人間がそう告げると、どこかから黒い服の男が二人、現れた。

「ご苦労。」

虫の音一つ聞こえない静寂。
二人は姿を変えた咎喰の腕を掴み、船に乗せる。
船の奥からは、また別のアルフ族が現れ、咎喰を連れて行ってしまった。
咎喰が中に入ったのを確認すると、二人に男は銃を取り出し、小太りの人間に向けた。

「つ…連れてきてやっただろ!?」

「生憎だが、計画を知っている貴様を生かして帰すなとの命令だ。」

「ふざけるな!薄汚い強盗のくせに───」

「死ね。」

パンッ、と乾いた発砲音。
銃弾は、小太りの人間の足元に放たれた。

「そこまでです。」

いつの間に出てきたのか、シオンに化けた咎喰が、間一髪のところで銃を降ろさせたことで、銃弾は被弾せずに床に穴を開けた。
男たちは驚き、隣にいた相棒と思わしき男は咄嗟に銃を向ける。

「そんな物騒なものを私に向けるんですか?ボディーガードさん。」

「あの小娘ではない…!?き…貴様、何者だ!?」

「おや、バレてしまいましたか。」

すうっと、咎喰の姿が元に戻る。
口元は、何かを企むように歪んでいる。

「どうも初めまして、私は咎喰 狂異と申します。もう一人いたのは私の分身です、彼女たちはここに来ていませんよ。」

「だ、騙したのか!?」

「はい、私が脅して騙させました。」

悪びれる様子もなく、咎喰は笑ったまま告げた。
その態度が、男たちを逆上させる。

「貴様───」

「その豆鉄砲で私の頭を撃ち抜く気ですか?数年前、幼い女の子を撃ち抜いたみたいに。」

「「なっ!!?」」

犯人は未だ捕まっていない。
警察も探すのを諦め、赦無も目撃していない。
肝心の白理はそもそも、興味すら失っている。
そう、白理を除いて誰も知りえないはずなのだ。
少なくとも、赦無や男たちは、そう思っていた。

「逃げられると思いました?当たり前に死ねると、そう思っていたんですか?逃がしませんよ。誰一人、ここから生きて帰すわけないでしょう。お前は女の子を殺し損ねましたが、それは女の子に生きる意思があったから。お前には殺す意思があったのだから、ここで殺されなければ不平等です。そうでしょう?」

「この、死ね!!!!」

相棒と思しき男が発砲する。
咎喰は近くにいた男の襟元を悠々と掴みあげ、肉盾にした。

「ぎゃああああっ!!?テメェ、どこ撃ってやがる!!!」

「ち、ちが」

「弟くん、妹ちゃん、出番ですよ。は殺さないと。」

「何を訳の分からないことを……───?」

痛みが消える。
撃ち抜かれた箇所を見れば、傷は消えていた。

「ひっ…な、何だ…俺の体に何が起きてるんだ…!?おい、助けてくれ…!一体何をしたんだ!」

?お前たち二人は私に触れました。その時に既に、肉体の変質は始まっているんですよ。そして、ヘレティクスになったお前たちは、今ここで殺されなければいけないんです。お分かりですね?」

「ひいいいっ!!!!嫌だ!!!!死にたくない!!!!」

「ま、待て!置いていかないでくれ!!!!」

男が一人、走り出した。
だが、男の背後で赦無が発砲する。
銃弾は男の足を撃ち抜き、骨を砕いた。

「逃がさないよ。俺の妹に手を出したこと、絶対に許さない。」

「どうもご機嫌よう、あの時殺し損ねた少女です。」

「な…何だと……!?化け物か……!?」

「はい、あなたたちが私を殺しかけてくれたおかげで、私は死なずに済んだのです。感謝していますよ。怪物になったおかげで、私はお兄様とずっと一緒にいられるのですから。」

「でも、これから俺たちが生きる世界にお前らはいらない。魂が壊れて消えるまで、お前らは殺し損ねたことを後悔して殺されればいい。」

血肉が飛び散る。
断末魔が響く。
誰も助けには来ない。

「く…狂ってる……!」

小太りの人間は逃げ出そうと立ち上がろうとした。
だが、凄惨たる現状を目の当たりにして、逃げることなど出来なかった。

「どこに行くんですか?」

咎喰の声が聞こえた。

「い、嫌だ…死にたくない……!殺さないでくれ…!」

「私はと申したはずですが。」

何を考えているのか分からない、とでも言いたげに、咎喰は首を傾げた。

「ついてきていた元 アルフ族も殺しました。ボディーガードも、今この時を持って、二人に殺されるでしょう。あとはあなたを消せば、目撃者はいなくなり、共犯者だけが残る。」

「ぼ、僕は何もしてない!」

「えぇ、あなたは未遂で終わった。罪とは言い難いでしょう。」

「な、なら…」

「ですがダメです。あの子たちを意識した時点で、あなたは死ななければなりません。私は障害物を破壊しろと、そう命令を受けていますから。そして、私が殺さなくとも、ヘレティクスに変質したあなたは、何にせよ殺されなければならない。」

「嫌だ嫌だ嫌だ死にたくない死にた───」

鈍い音が響き渡る。
小太りの人間の死体は、塵となって消えた。

「…まぁ、私にはあなたを殺す理由があるんですけどね。」

手に付着した血を払い、咎喰は赦無たちの元に戻る。
二人もちょうど終わったようだ。

「ちょうどよく終わったようですね、お疲れ様でしヴッ」

でした、を言い終える前に、赦無と白理が腹部に突っ込んできた。
思わずよろける咎喰。
地味に痛い。

「い、いきなり頭突きとはやりますね。えぇ、私は君たちに何か怒りを買ってしまったのでしょうか。」

二人は答えない。
ただ、ぎゅうっとしがみついている。
それはまるで、親の腹に抱きつく幼子のようだ。

「…あのぅ、無言は辛いのですが……。そして、ぎゅむぎゅむ押されると足が辛い…。」

若干たじたじになる咎喰。
そして、このままだと仕事にならないなぁと思った咎喰は、周りに誰もいないことを確認して、ディープ・ネロの本拠地まで転移した。

「ほら、帰ってきましたよ。二度寝しましょう?ね?疲れてるんですよね?」

「あ、お帰りなさい!」

廊下で出会ったのは枉徒だ、手には温かいココアが二つ、握られている。

「ちょうどいいところに。さっきから抱きついたまま話(離)してくれないんです。」

「んー、お二人は怒ってるってわけじゃなくて、なんか嬉しそうというか、喜んでいるというか。そんな感じですね。」

「えー?」

咎喰は首をかしげている。
懐かれちゃいましたね、と枉徒は笑っていた。

「お二人とも、この後少し用事があるので席を外してもよろしいでしょうか。」

「…ん。」

二人は頷いて、咎喰から離れた。

「あの…ありがと、白を殺そうとした奴らを見つけてくれて。」

「礼には及びませんよ。そもそも、この案件を引き受けたのは君たちですし、彼女たちと君たちが見つけたも同然ですので。」

「でも、あなたが言わなかったら分からなかったし、俺たちは人間を殺すところだった。」

「本当にありがとうございます、咎喰ちゃん。」

「ちゃん付けのおかげで、最後の最後でしまらない。」

四人は笑っていた。
こうして、ひとまずストーカー事件は幕を下ろすこととなった。




一方その頃、潜入を終えたS.0とS.10。
二人は計画通り、シーリスとシオンの父親を名乗る男に買われ、潜入に成功した。

「しっかし、見るからに子供ばかりだったな。こんなに集めて何に使うんだ?」

「さてね、頭のイカれた人間の考えなど僕らには理解出来ないよ。」

現在は子供たちが連れていかれたであろう、地下室前にやって来ていた。
意を決して、S.0は重い鉄の扉を開ける。
その先に広がる光景は、S.0の想像を絶するものだった。

「…これは、虐待の方が良かった、というべきかな。」

無感情に、S.10は告げる。

チューブに繋がれる子供、鎖につながれる子供、カプセルの中で崩れてしまった子供だったもの。
そう、ここは人体実験の施設だ。

「あの野郎…」

S.0は怒りを静かに噛み殺す。
S.10は近くにいた子供に近寄り、話を聞く。

「ころ…し………なせ…」

虚ろな目で、もはや自分が誰だったのかも忘れ、その言葉だけを延々と呟き続ける。
S.10は手を握ると、頷いて、ナイフで頸動脈を切り裂いた。

「………。」

「そんな顔しないでよ、ゼロ。この子は死にたがってたんだ。いや、この子たちはんだよ。」

「分かってる…けど……」

「ゼロは優しいね。」

息絶えた子供の目をそっと閉ざし、S.10は振り返る。

「でもねゼロ、は、もうどこにもないんだよ。アウトサイダーが生まれたあの時から、そんな幸せな時間は消えちゃったんだよ。」

「………。」

「だったら、ヘレティクスになって人間を恨む前に、アウトサイダーになってしまう前に、望みを叶えて殺してあげるのが優しさってものじゃないかな。人生は産まれてまた、続くんだから。ここで殺してお終いじゃないから。この子たちがに、僕らが少しでも幸せな世界を取り戻さないと。僕も、ゼロも、あの子たちも、みんな笑って暮らせるようにさ。」

「…あぁ、そうだな。」

ごめんな、と呟くS.0の言葉は、誰に向けたものだろうか。
S.0の葛藤を気にかけることもなく、S.10は子供たちを死なせて、その目を閉ざし続けた。

やがて機械音も聞こえなくなり、静寂が満ちる。

「来世は、きっと今より生きやすい世界にしておくから。その時までゆっくりおやすみなさい。」

二人は手を合わせて、亡骸を燃やそうと手を伸ばす。

「おやおや、悪い子たちだ。ここは厳重に鍵をかけていたはずだが。」

振り返ると、そこには翼の生えたアルフ族の男がいた。
優しげな笑みを浮かべているが、邪悪な気配がする。

「お前がシーリスとシオンを誘拐した挙句、勝手に養子にしたやつか?」

「勝手に、とは人聞きが悪い。私は無価値なガキどもに価値を与えてやっているだけだよ。」

「笑わせる、その価値をお前は好き放題に搾取しているだろう。」

「あの二人たちは感謝の印として、費用の払い戻しを私にしてくれているだけだ。」

「あの二人に価値がなくなれば、お前はあの二人をどうするつもりだった?大人にでも売りつけて働かせて、それすら無理になれば人体実験にでも使う気だったか?」

「それの何が悪い、旧人類とて人造人間を生み出しているだろう?それに、私のために生きて死ねるのなら、私に買われたガキどもも本望だろう。私は最も優れたアルフ族の頂点にいる男なのだから。」

S.0は男を睨み付けるが、男は飄々としたまま悪びれる様子もない。
そして、話を黙って聞いていたS.10は、狂ったように笑い始めた。

「は…はっ、あはは!」

「…何がおかしい?」

「いやはや、はたいして興味もなかったから聞き流してたけど、改めて聞くと腹を抱えて笑うしかないな。」

「何だと…?」

「真っ先に滅んだ最弱のくせに、アルフ族が最強(笑)だって?笑うしかないだろ?アウトサイダー一匹殺せなかった貴様らが、口を揃えて最強だと自称するのだから、それはもう腹を抱えて笑うしかない。」

「貴様、何の話をしている?」

「あぁ、所詮は人間だったな。消えた時間のことなど理解出来るはずもない。だが、自白は取れた、もう用済みだ。」

「何───」

ガクン、と体が傾き、地面に叩きつけられた。
起き上がろうと手をつこうとすると、何をどうしても起き上がれない。

「な…何が起こった……?」

赤く、生温かい液体が服を汚す。

「僕は貴様に手足を奪われた。だから貴様も、僕に奪われるべきだ。」

「ひっ………」

「だが、それでは足りない。命を冒涜し弄んだ貴様には、それでは足りないんだ。理解出来るな?貴様はもう、ここで終わりだ。今まで好き勝手させてやった分、貴様という悪魔は消滅することで対価を払うべきだ。殺すだけでは足りない、死ぬだけでは足りない。」

「い、嫌だ…助けてくれ……!!!!」

「消えることが、貴様に与えられた罪の償いだ。償えるだけ感謝しろ、赦しはしないがな。」

何度も、何度も、ナイフを突き立てては殺し、蘇らせ、また殺し、繰り返し殺す。
服が汚れようがお構いなしに、ただただ痛め付ける。

「取り返しのつかないことをしでかしたんだ、お前は。俺も…お前を赦すことは出来ない。」

「い、いや、だたす、たすけ」

「それじゃあな、二度と生まれてくるなよ。」

バンッ、と肉体は血の一滴も残さずに破裂し、消えた。
いつもは笑うS.10も、今回ばかりは頭にきたのだろう。
男が最期に見た顔は、感情のそげ落ちたような無表情だった。

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