色災ユートピア

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18.暴食

「ひいいいい!マジで死なない!?俺死なない!?」

「僕がいるから大丈夫だって。っていうか君だけは生きてもらわなきゃ困るんだよ。何のために僕がここに来たと思ってるんだい?君の暗殺をなかったことにするためだよ。」

「自分で答えちゃうんですねぇ!!…って、暗殺!!?」

S.10からとんでもない言葉が飛び出し、思わず顔を上げるナナキだったが、周りの惨状を見て再度顔を伏せた。
ついでに吐きそうになった。

「そう、この襲撃に乗じて、君を殺そうとする奴がいる。っていうか、前回はそれで失敗したし。だからこの僕が、直々に君の護衛についたってわけ。」

「そ、それはいいんだけど…なんで俺が生きてなきゃいけないんだ…?」

「人間で頼れるのが君しかいないからだよ。あの双子は怪物だけど、人間の世界で暮らしてる。そして、その世界で暮らせているのは君のおかげなんだよ。」

「俺の…?」

「そうだ。君が二人を受け入れていなかったら、人間たちはこぞって二人を排除しようとしただろうね。で、逆に怒りを買って、人類滅亡エンドまっしぐら。あと、君が死ぬことで、最高責任者は君の兄であるミカゲが請け負うことになる。ディープ・ネロにかなり恥をかかされたみたいだからね。きっと殺すよ。」

「でも…あの二人はそんな弱くないだろ?」

「そう、つまり人類滅亡でゴールインってわけだ。」

「どっちにしろ人類滅亡でゴールインすんのやめてくんない!?」

「だから言ったろう?君が必要なんだって。そしてやっぱり君、実はメンタル強いだろ。」

ひときわ大きな火柱が立ち上がる。
これでいいかな、と抱えていたナナキを地上に降ろす。

「あぁ…地に足がついてるって最高…。」

「これでサラマンドラの国も守れたし、ナナキも生存した。あとは逃した奴らをどうにかしたいけど…まぁ、ゼロと白理が何とかしてくれるでしょ。たった四千だし。」

「たった!?いや、分かるけど!確かにさっきの数見たらたったって言いたくなるけども!」

「白理にだって能力はあるしへーきへーき。さーてと、僕は証拠集めしなきゃいけないからさ、手伝ってね。」

「いやああああああああああああ!!!」

強制連行されたナナキ。
ナナキの苦労はまだまだ続きそうである。




「こっちだ!慌てるな!転んだら危ないぞ!」

「焦らずに入ってください!大丈夫、全員入れますから!」

枉徒とテツが人を集めて戻る頃には、既に防護シェルターは完成していた。
中は思った以上に広く創られていた。
最後に二人は教室を見て回り、足りない生徒がいないか確認する。

「す…すみません…!同級生がいないんですけど…!」

「おれたちの方もだ…!さっきまで一緒だったのに…!」

あちこちからそんな声が上がる。
行方知れずな生徒は、およそ十人弱。
流石に数が多すぎる。

「ど、どうしましょう…教室内には一人もいませんでしたよ…!?」

探しに行くにも時間がない。
どうしようかと歯噛みしていると、向こうから姿を現してくれた。

「あっ、戻ってきた!」

「よかった…どこに行ってたんだよ!」

だが───

「全員動くな!」

それは、最悪の形で、だ。
珍しく赦無が叫び、近付こうとしていた生徒は気圧されて立ち止まる。

「四千のヘレティクスも囮だったか。よく考えたものだよ、よくもまぁ人の目を出し抜いてそこまで数を増やしたものだ。」

「…なっ!!?」

いなくなっていた生徒たちの背後から、ぞろぞろとヘレティクスが侵入してくる。
どれも、人型のヘレティクスだ。
防護シェルターの中は、阿鼻叫喚の地獄に変わる。

「ど、どうしますか…!?」

「俺一人では捌き切るのは難しい。枉徒、君は援護射撃を頼む。緊急事態だ、銃の使用どうのこうのを言ってる場合じゃない。」

「はい!」

枉徒はアサルトライフルを出現させて、構える。

「かかれえええッ!!!!」

一体のヘレティクスの掛け声で、一斉に襲い掛かってくる。
狙いは赦無のようだ。
ハンドガン、ナイフ、拾った武器で応戦するものの、数が多すぎて傷が徐々に増えていく。

最初に赦無を殺し、あとでゆっくりと人間を攫うつもりなのだろうか。
傷付いて血を流す赦無を見て、生徒たちは次第に諦め、絶望していく。
助かるわけがない…そう思って。

「領域内では好き勝手やっていたみたいだけど、表世界じゃああんたたちの回復も大幅に鈍るのよぉ?」

「ぐぅッ!」

ブシュッと鮮血が飛び散る。
眼球まで刃が届いてしまったようだ。
ぼたぼたと、顔から鮮血がしたたり落ちる。

「赦無さん!!」

「このままいたぶってあげるわぁ!」

赦無の胸倉をつかみあげて、ナイフを突き立てる。
赦無は痛みをこらえ、うめき声を上げる。
今銃弾を放てば、赦無にまで当たってしまう。
攻撃することが出来ない。

「いい加減に…離せ…年増…!!」

「何ですって…!?」

赦無の腕には、二本目のナイフが握られていた。
それは、昔S.0が記念にくれたものだ。
赤黒く光るナイフを、思いっきり顔面に突き立てる。

「ぎゃああああああっ!?」

思わず赦無を放り投げて、ヘレティクスは顔面を抑える。

「赦無さん!」

「大丈夫…まだ戦える…。」

体に刺さったナイフを引き抜き、ゆらゆらと立ち上がる。
ナイフを突き立てられたヘレティクスは、凄まじい形相で赦無を睨み付けた。

「おのれ…おのれおのれおのれ!!殺してやる!!その臓物をぶちまけさせてやる───!!」

赦無は身構える。
だが、不意にヘレティクスがその場で立ち止まったかと思うと、痙攣し始める。

「ぐ…ギ…アガッ…」

ぞわりと身の毛がよだった。
ヘレティクスの体が、縦に裂け始めたのだ。
それも、空間ごと。

「ガアアッッッ!!!!」

ブツン、と真っ二つに裂けた体。
裂けた空間の先には、何処かの部屋が見える。
光が入っていないところを見ると地下室だろうか。

不意に、その空間から、人とは思えない鋭く尖った手が出てきた。
それは空間を裂いて広げ、人が通れるほどの大きさまでなると、その穴から何かが出現する。
…人だ。
まぎれもなく、人の形をしている。
だが、白理とは非にならないほどの敵意と、憎悪と、殺意をまき散らしている。
否…あれはまだ漏れ出ているだけだ。

「な、なん───」

口を開いたヘレティクスの頭が吹き飛び、鮮血をまき散らしながら、ぐちゃりと倒れた。
その瞬間、キィィイイイイ!!!と、耳を塞ぎたくなるような甲高い劈き声が響いた。
聞き覚えがある。
それはアウトサイダーの声だ。

『暴食だ!!暴食が目を覚ました!!』

『逃げろ!!逃げろ!!逃げろ逃げろ!!!!』

ヘレティクスはアウトサイダーの声に従って、逃げようとした。

「…ここで死ね。」

そのエコーがかった言葉と同時に、パンッ、とまるで風船のように、そこにいたヘレティクスの頭が破裂した。

「い、いったい何が…?」

「…弾だ。」

赦無だけは認知出来ていたようだ。
仮面をつけた謎の人物を取り囲むように出現し、それはヘレティクスの頭目がけて放たれて、頭を弾き飛ばしたというのだ。

『幽閉しろ!!幽閉しろ!!』

『死にたくない!!死にたくない!!!』

『逃げろ!!!』

その声を最後に、アウトサイダーの声は聞こえなくなった。
人型のヘレティクスは一体残らず全滅した。

それを確認すると、謎の人物は、赦無が突き立てたナイフを拾い上げる。
そして、こちらに向かって来た。
赦無は怯える枉徒の前に立ちはだかる。

「…お前の、ものだ。」

攻撃するわけでもなく、謎の人物は拾い上げたナイフを赦無に返した。
未だに嫌悪と憎悪を感じるが、それは決して、枉徒や赦無に向けられたものではないことを感じ取る。
謎の人物はそれだけ言い残し、裂けた空間の中に戻っていった。

「っ……」

血を失いすぎたせいか、赦無は膝をついた。
慌てて枉徒は赦無に駆け寄る。

「赦無さん!大丈夫ですか!?」

「大丈夫…ただの貧血だよ……。しばらくすれば回復する…。あぁ…でも…少し……眠い………。」

「赦無さん…!?赦無さん!起きてください!!」

揺さぶるが、一向に目を開ける気配はない。
するとそこに、おそらく殲滅を終えたであろう血まみれの白理とS.0が戻って来た。

「はーい!ただいま帰りました!」

「助けてください!赦無さんが…赦無さんがぁ……!!」

泣きそうな表情をする枉徒。
ふむ…と頷き、白理は容態を確認する。

「大丈夫ですよ枉徒ちゃん、お兄様は疲れて眠っているだけです。」

「でも、血が…!」

「これくらいで死んだりしませんよ。」

大丈夫、大丈夫となだめるように、白理は枉徒の頭を撫でる。

「枉徒ちゃん、私たちは死なないんです。どれだけ苦しくても、どれだけ痛くても、それを乗り越えて進むんです。だから、大丈夫ですよ。お兄様は死んだりしません。」

「白理さん…」

「落ち着いて、何があったのか聞かせてください。ゼロ、応急手当が出来るようなものはありますか?」

「あぁ、包帯とガーゼならあるぞ。」

「充分です。それがあれば貧血程度で済むでしょう。私はお兄様の手当をするので、枉徒ちゃんからお話を聞いていてくれますか?」

「分かった。」

S.0の用意したガーゼと包帯を受け取り、白理はテキパキと手当を進めていく。
その間に、S.0は枉徒から事情を聞く。

「で、何があったんだ?赦無がこんなになるってことは相当の数がいたんだろうが…。」

「ヘレティクスは赦無さんを殺した後に、人間を攫う予定だったみたいです…。ゼロお兄ちゃんさんたちが相手にしたのは囮で、本命はこちらだったと思います。」

「うちの生徒になりすましたヘレティクスがいたんだ…。そいつらが、ここの場所を突き止めて、逃げられないのをいいことに、暴れ始めた。」

テツが沈んだ顔で、補足の説明に入る。

「オレが…もっと早くに気付けたら…!」

「…いや、俺の判断ミスだ。白理をそっちに送っていたら、赦無も傷を負わずに済んだはずだ。しかし…変わった殺し方だな、スナイパーライフルでもこんなに綺麗に吹き飛ばないぞ。」

「それが…赦無さんが持ってたナイフでヘレティクスを突き刺したら、そのヘレティクスが空間ごと裂けて…そこから出てきた人物に殺されたんです……。」

「ナイフ?そんないわく付きのナイフあったか?」

「赤黒いナイフでした…。その人は、ヘレティクスを殺した後に、そのナイフを赦無さんに返したんです。そして、出てきた場所から帰っていきました…。」

「あいつ、人間とは思えなかった…!こう…憎悪を凝縮したような、亡霊みたいな感じで…、右手が人間のそれじゃなかったんだ…!」

思い出すだけでも、体の芯から震える。
顔面蒼白で話す二人を見れば、よほどのことがあったのだろうと容易に想像できる。

「他に何か特徴は?」

「えっと…顔に仮面のようなものが張り付いていて…、それに、銀髪でした。後ろ髪は二つのおさげになっていて…。」

「…横の髪、片方長かったんじゃないか?」

「あ、そうです…。」

S.0は口元を抑えて、黙り込んだ。
その表情は、何かを訝しんでいるようだ。

「どうかしたのか…?」

「…いや、まさか…コドクだぞ…?」

S.10がこの場にいるはずがない。
そして、証言と本人像では、大きく差があった。
S.0が知っているS.10は、いつもニコニコしていて、不特定多数に憎悪を向けるようなことはしない。

「ありえない……。」

「それに、アウトサイダーが酷く恐れているようでした…。幽閉しろ、死にたくない、とか、言っていましたし…。」

「そうか…、分かった、思い当たる人物がいる。そいつに後で事実確認してみる。」

「あ、それと…」

ふと、枉徒が何かを思い出すように、顔を上げた。

「あの人…どこかで会った気がするんです…。酷く、懐かしいというか…。」

「そうか、分かった。話してくれてありがとな。」

「怖かった…です……赦無さんが、死んじゃうんじゃないかって…思ったら……!」

堪えきれなくなったのか、枉徒の瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
そして、テツも安堵したのか泣き始める。

一人、また一人と、膝から崩れ落ち、自分たちが助かった事実から、抱き締めあって泣き始めた。

「お前たちはよく頑張ったよ。本当に怖かったよな。体が震えただろう。でも、よくやった。」

大変よく出来ました、とS.0は笑って、テツと枉徒の頭を撫でた。

赦無、白理、枉徒、S.0、そして自衛団の働きもあり、生徒や教師は欠けることなく、ヘレティクスの襲撃を乗り切った。
赦無は失血多量のため、本部で回復に専念することとなった。

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