色災ユートピア
17.学園祭準備
四人の花火遊びが終わり、時刻は夜中。
S.0が風呂からあがって、赦無と白理の部屋に戻ってくるころには、枉徒も赦無も白理も力尽きて眠っていた。
「おいおい…風邪引くぞまったく…。」
と、言いつつ笑うS.0は、三人をベッドまで運び、布団をかける。
仲良く三人眠る姿は、見ていてかなり癒される。
(って、これじゃあお母さんじゃないか…!)
今、気付いた。
遅すぎるが、今気付いた。
恥ずかしさを紛らわすように、S.0も近くにあったソファーの上に横になる。
そして、目を閉じて、少しでも休憩できるように眠り始めた。
朝、六時。
S.0は気持ち良さそうに眠っている。
そして、そんな様子を見ている人物が、三人。
「気持ちよく寝てますねぇー…。」
「ゼロって童顔だね…それに女の子っぽい……。」
「赦無さん…自分で言って落ち込まないで下さいよぅ…。」
白理、赦無、枉徒はS.0を囲んで、物珍しいものを見るかのように、コソコソと話している。
もっとも、赦無は自分で地雷を踏みぬいたようだが。
「もう少し寝かせておきます…?」
「そうだね…、起こすのも可哀想だし…。」
「朝食前に起こしに来たら大丈夫でしょう…。私たちはゼロの分のお弁当でも作りに行きましょうか…。」
「そうですね…そうしましょう…!」
枉徒は大いに賛同し、眠ったままのS.0に布団をかけて、二人と一緒に厨房に向かった。
「さて…何を作ろうか。」
「いざ作るとなると悩みますね。ゼロの好物が分かりませんし。」
「何でも美味しく食べてくれそうですよね。」
「そこなんだよなぁ。」
「オムライスはどうでしょうか。」
「それなら、簡単な野菜炒めも付けましょう!」
「あとはフルーツだね。よし、それじゃあ取り掛かろう。」
「「おぉ~!」」
三人は調理にとりかかった。
白理は野菜を刻み、赦無はオムライスを作り、枉徒は切ってもらった野菜を炒める。
厨房は次第に食欲をそそる匂いで満たされる。
それから時間が経ち、四人分の弁当を作り終える頃には、ちょうどいい時間になっていた。
「おはよー!!カンカン!!!朝だよ!!!すごい朝!!!お外明るい!!太陽さんが顔を出してるの!!!カンカンカン!!!!起きてー!!カンカン!!!」
「うわああああああ!?」
予想外の白理の起こし方に、S.0は慌てて飛び起きた。
「あ、おはようございます。」
「あぁおはようございます!(?)もう少し普通に起こせなかったのか!?心臓止まると思ったぞ!?っていうかカンカン口で言うやつ初めて見たよ!」
「いつにも増してゼロのツッコミがキレッキレだね。」
「けしかけたのお前か!」
「うん、面白そうだったからつい。寝顔可愛かったよ。」
「やめろ!可愛いとか言うな!」
悪びれた様子もなく、いや、むしろなんかちょっとドヤ顔をしている誇らしそうな赦無。
朝から異様に疲労を感じるのは、きっとこの双子の所為だ。
「はぁ…はぁ…朝から疲れた…。」
「一日はまだ始まったばかりですよ、ゼロ。」
「ゼロお兄ちゃんさん、今日は学園祭の準備があるんですって。一緒に行きませんか?」
そして、なんだかんだで枉徒の中では、お兄ちゃんさん、というのが最もしっくりくるようで。
S.0は呆れてため息を吐いた。
「学園祭の準備ねぇ…面白そうだな、行ってみるか。」
「ならば思う存分ゼロにも手伝ってもらうことにしましょうか。」
「人員用かよ!いいけどさ!」
「ほら、そろそろ歯磨きないと遅刻しちゃうよ。」
四人は仲良く並んで歯磨きをする。
並べば並ぶほど、本当に兄弟のようだ。
通りすがりも仲がいいなぁ、と微笑ましそうに見ていた。
いざ学園にやって来た四人。
ちらほらと生徒がおり、S.0を見ては物珍しげな視線を向けている。
S.0はそんな視線を気にすることなく…むしろ学園内の構造に興味を示しつつ、三人について行く。
大人しくついてくる姿は、領域内では考えられない。
姿にしては子どもっぽく、目を輝かせている。
「つきましたよ、ゼロ。 」
「へぇ、ここが。お前たちは学園祭で何をやる予定なんだ?」
「喫茶店と劇…ですって。いやぁ、最近人気者になりつつありまして。」
「何があったんだよ…。」
「ヘレティクスの襲撃事件、あの一件でディープ・ネロの存在が一般的に広まっちゃってさ。偉い人の食事会とかにも呼ばれるんだけど、はっきり言って興味無いし。」
「お前たちらしいな。」
「喫茶店では、ゼロの好きな甘いものもたくさん出ますよ。」
「ほーう?」
「ゼロお兄ちゃんさんは甘いものが大好きですね〜。」
雑談を交わしながら、必要なものを用意する。
ふと、S.0には気になったことが。
「他のやつらはどうした?」
「劇で使う衣類の用意などに追われていますよ。」
「あと、看板も作ってもらってるんです。私たちはダンボール工作ですよ。」
「へぇ、何を作るんだ?」
「それなんだよね…。ダンボールで何を作ったらいいと思う?」
「普通に木とか草とか…あと、喫茶店ならそれを下げられる板みたいに切り取っておいたらいいんじゃないか?」
「なるほど。」
「先に言っとくけど…その才能をいかんなく発揮して捨てにくいものを作るなよ…。」
「そう?」
「いや、そっちにしか目がいかなくなるから…。」
「なるほど、確かに。分かった、じゃあ適度に手を抜いて作るよ。」
「おう、是非そうしてくれ。」
S.0は呆れて肩を竦めた。
それから数時間、教室であれやこれやと組み立てていると、教室の外が若干騒がしいことに気が付いた。
「なぁ、外が騒がしいんだが…。」
「ほら、私たち人気者ですから。」
「有名人を見に来てる…って感じか?」
「そうだと思いますよ、誰も話しかける勇気がないので遠巻きに見てるだけでしょうけど。」
「なんで話しかけに来ないんだ?」
「俺たちの中で唯一まともなのが、枉徒だけだから。」
「…あー。そうだな、方やジェノサイダー、方や鬼才児だもんな…。」
不本意ながら納得してしまったS.0は、苦笑いを浮かべた。
その通り、と赦無は頷く。
「そもそも俺は、あまり人との会話が得意じゃない。だから、話しかけられる前に逃げる。」
「俺たちといる時はこんなに流暢に喋ってるんだけどなぁ。」
「枉徒は妹みたいなものだし、ゼロは頼れるお兄さんみたいなものだもん。」
「えへへ…照れちゃいますね。」
枉徒は照れくさそうに笑った。
S.0も、そう言われると嬉しかったりする。
「あ、そういえば知ってますか?学園祭で、アイドルが来るみたいな話ですよ。」
「アイドル…ってなんですか?」
「歌って踊れる、なんかすごい人。」
「説明が適当だな?間違ってないが。」
「それに、今はすごく人気なんですって。」
「あれ、でもどうしてそんなにすごい方が、学園に?」
枉徒にとっては些細な疑問だった。
確かに、そんなにすごい人物ならばもっと別の場所で活躍していることだろう。
何故わざわざ、この学園に来るのか。
その問いに対し、二人は目を背けた。
「…さてはお前たち、何かやらかしたな?」
「やっ…やってない、やってないよ…大きなことは、何も…。」
そう言うが、赦無の目は泳いでいる。
思い当たる節がありすぎるのだろうか。
はたまた別の理由だろうか。
分かり易すぎる。
「嘘つけ、思いっきり目が泳いでるぞ。」
「ほ、本当に何もしてないって…。」
「会いたくないだけです。」
「一体何があったんですか…?」
「………妹。」
赦無の表情は見たことないほど、苦しそうだ。
よほど言いづらいことなのだろう。
「妹?」
「そう…双子じゃないけど、そっくりな姉妹なんだ。昔、たまたまその二人を助けたことがあった。」
「それ以降ずーっと付きまとわれてるんですよ。で、その妹の方が問題でして。」
「…見に来ないと、叱られる。」
「そうだな、お前は白理の元気な姿を見ていたいだろうし、白理は虐殺したいだろうしで興味ないもんな。」
「そうなんだよ…だから困るんだ。別にアイドルならアイドルでいいんだけど、個人に執着されると、ファンの目の敵にされるというか…。白が、逆にファンを奪うというか…。」
「お兄ちゃんって大変だろ。」
「うん…、でも白が元気だから、俺は幸せ。」
「白理のことになると立ち直りが早いな。」
「でも、どうして見に行かないと叱られるのでしょうか?」
「そりゃあ、好きなやつに見てもらいたいってのは人間として当然の感情だ。まだ小さい時だろう?その姉妹には、この二人が王子様か何かに見えたんじゃないか?」
「私はただ、ヘレティクスがいたから殺しただけなんですけどね。」
「枉徒、これが無自覚ってやつだ。覚えておくといい。」
「はい!」
「心外です、ゼロ。」
ちょっと拗ねたように、口先を尖らせる白理。
「というか、無自覚というならゼロもですよ。」
「そうそう、ゼロは無自覚だよね。」
「えー?どこがだよ。」
「一言で言うと、お母さんです。」
「誰がお母さんだ!お兄ちゃんだって!」
「ゼロお兄ちゃんさん、その張合いは分かりません!」
「だって、俺たちに布団かけたりとか。お皿下げて洗ってくれたりとか。」
「何言ってるんだ、それくらい当然だろう。」
S.0は首を傾げる。
全人類がS.0のように、その気遣いを当たり前と言えたなら、どれほどいい世界だろうか。
「ゼロはそういう所がかっこいいんですよ。でも、やってることは完全にお母さんか、育メンパパです。」
「いくめ…?」
育メンパパ、という言葉の概念がないのか、S.0の意識は全てその言葉に持っていかれたようだ。
「家事なんかに参加してくれる優しいお父さんのことですよね。ゼロお兄ちゃんさんにはぴったりです。あれ、でもお兄ちゃんだから…育メンブラザー?」
「なんとなく語呂の悪さを感じる…。というか、飯が出てくるんだから、それくらいはやるぞ?死ぬほど疲れてるわけじゃないし、嫌いなわけでもないからな。」
「そっか、全人類がゼロみたいな人になったらいいのに。」
「それはちょっと…気持ち悪いな…。」
「自分で言っちゃうんですね、ゼロ。」
「いや、だって自分と同じような人間がたくさんいたら気持ち悪くないか?同族嫌悪でもないけど、なんか気持ち悪い。」
「分からなくもない。」
赦無は頷く。
そうして雑談しつつ作業を続けていると、気付けば時刻は昼近くになった。
ちょうどいい、と立ち上がり、切り終わったダンボールをまとめて、赦無は立ち上がる。
「ダンボールは色付けするけど…、とりあえず先に弁当を食べよう。ゼロの分も作ってきたんだ。」
「お、マジか。それは楽しみだ。」
「それじゃあ、食堂に行きましょう!私も協力したんですよ!」
「ほう、上手く出来てたらいいな。」
S.0は枉徒の頭を撫でて、三人と一緒に食堂へ向かった。
道中、おそらくファンであろう生徒たちに視線を向けられていたが、好奇の目だったので嫌な気はしなかった。
「おぉ、美味いな!絶妙な甘みが最高だ!野菜炒めも、塩コショウがいい塩梅だな!」
S.0、絶賛。
それを聞いた三人は、嬉しそうに笑った。
「野菜炒めは白理さんと私が作ったんですよ!」
「マジか、いつの間にか料理上手になって…お兄ちゃんはとても嬉しいぞ~。」
「えへへ、ありがとうございます!」
「ちなみに、オムライスは俺が作ったんだ。白は細かいことが苦手だから、野菜を切ってもらったよ。」
「どうりで綺麗に切られてるわけだ。刃物を持たせたら一番だな。」
「もっと褒めてもいいんですよ?」
「よしよし、お前たちもすごいぞ。本当に美味い。ありがとな、三人とも。」
また作ってくれよ、とS.0は笑う。
作ったかいがあるなぁ、と喜ぶ三人の元に、ふと人影が。
「おーい!」
手を振ってこちらに来る少年。
どこかで見たことがあるなあ、と思考を張り巡らせるが、残念ながら他人に興味を持たない白理の脳内検索にはヒットしなかった。
「どちらさまですか?」
「ひでぇ!オレだよオレ!テツ!お前思いっきり蹴っただろ!」
「………………あぁ!」
思い出すまでに、約三秒。
よほど記憶に残っていなかったのだろうか。
「で、どうしたんです?」
「襲撃事件からずっと会えてなかったからさ、改めて礼を言おうと思って。」
「礼は不要です。私は私の成すべきこと、したいことをしたまでですので。」
「いや、それでも言わせてくれ。本当にありがとう。」
テツは深々と頭を下げた。
人から感謝されることに慣れていない双子は、意外そうな顔をした。
それを見て、おい、とS.0がツッコむ。
「なんでそんな驚くんだよ。」
「いや…だってヘレティクスを殺して感謝してくれるのなんて、ゼロくらいだし…。」
「ましてや目の前で見てましたからね。」
「そりゃあドン引きだろうよ…。まぁでも、お礼を言えるのはいいことだからな。お前たちも素直に受け取っておけ。」
「はぁい。」
白理は仕方なさげに頷いた。
S.0を初めて見るテツは、思わず言葉を漏らす。
「アヤカ先輩に似ている…。」
「そーいえば、テツくんは隊長さんのことが好きでしたね。」
「待て待て、それじゃあ俺が女子ってことになるじゃんか。」
「あれ、違うんですか?」
「男ですぅー!心は立派な男の子ですぅー!」
「…俺っ娘?」
「違う!」
「お兄ちゃんと言うくらいだから男の子なんじゃ?」
「ありがとう枉徒!お兄ちゃんのフォローしてくれて!」
「そのなりで男子なのか…。」
「お前も意外そうな顔をするんじゃない!」
「そもそも男子でポニーテールはなかなか見ないからね。」
「お前だって似たようなものだろ!」
赦無の追撃に、S.0はツッコミで反撃する。
まぁでも、笑っているということは仲が良いのだろう。
「ってか、いつの間に新しい人材が増えたんだ?」
「あぁ、ゼロは違いますよ。わけあって、こちらの世界の観光をしているんです。安心してください、センチネルは味方ですから。」
「S.0だ。いつもはアウトサイダーの領域にいるんだが、赦無に誘われてな。仕事終わりの観光ってやつだ。」
「んん…?じゃあ、ヘレティクスと同じ…?」
「俺だけはちょっと違うけど、そういうものだ。」
「センチネルはヘレティクスとは違う、独自の思考回路を持ち、人間に対して友好的なんです。ゼロはそのセンチネルの筆頭で、かくいう私たちも領域の脱出を手伝ってもらいました。」
「そ、そんなすごいやつがここでのんびりしてていいのかよ!?」
「デスクワーク以外なら優秀だからな、うちの部下。報告書は解読するのにかなり時間がかかるけど。」
ほんわかする空間。
ふと、ひらりとS.0の前にいくつか手紙が落ちる。
「おや?手紙ですね。」
「コドクと…部下からだな。」
先にS.10の手紙を開けて、中身を読む。
徐々にS.0の顔が険しくなる。
「なんて書いてあったんですか?」
枉徒は心配そうに尋ねる。
「白理、赦無、枉徒、仕事だ。コドクが殺し損ねたヘレティクスがこっちに向かっている。数は四千、殺しきれるか?」
「よ…四千!?そんなの無茶だ!オレたちでも数十体が限界なのに…!」
「随分取り逃がしましたね、何かあったんです?」
「コドクはコドクで倍の数を相手してるとさ。あっちは大丈夫だろう、コドクがいるし。」
「私もそっちに行きたかったです。」
「ごめんなー、焼き払われるからこっちで我慢してくれなー。」
「悠長にしゃべってる場合かよ!?嫌だ!アヤカ先輩に告白しないで死ぬなんて絶対に嫌だあ!」
「テツさんもわりと平気そうです…?」
「ゼロ、学園にいる人間を避難させたい。時間はある?」
「あまり時間はないが、転移を使えば全員連れていけるだろう。だが、場所の確保が問題だな…。」
「防護シェルターはいっぱいいっぱいですもんね…。」
「…仕方ない、赦無、お前確か"あれ"使えるよな?」
「使えるけど、心底疲れる。」
「よし、じゃあお前は急いで地下に防護シェルターを創れ。枉徒、お前は赦無と一緒に避難の案内だ。テツ…っていったか、お前もだ。白理、時間稼ぎの虐殺に出かけるぞ。」
「はーい!」
嬉々として白理は立ち上がる。
二枚目の手紙を開けると、敵の進攻場所が書かれた地図が入っていた。
仕事が早い、と地図を持って、窓から外に飛び出す。
白理も続けて、外に飛び出していった。
「テツ、枉徒、急いで残ってる生徒と教師を集めてくるんだ。場所は一階非常口、そこに防護シェルターまでの道を創る。」
「ど、どうやって!?」
「人間みたいにちまちま建てるわけがないだろう。ほら、早く行け。」
「行きましょうテツさん!」
「お、おう!!分かった!!!」
枉徒、テツは急いで校内にいる人間を集めるために、飛び出していった。
赦無も急いで一階に向かい、防護シェルターを"創造"し始めた。
S.0が風呂からあがって、赦無と白理の部屋に戻ってくるころには、枉徒も赦無も白理も力尽きて眠っていた。
「おいおい…風邪引くぞまったく…。」
と、言いつつ笑うS.0は、三人をベッドまで運び、布団をかける。
仲良く三人眠る姿は、見ていてかなり癒される。
(って、これじゃあお母さんじゃないか…!)
今、気付いた。
遅すぎるが、今気付いた。
恥ずかしさを紛らわすように、S.0も近くにあったソファーの上に横になる。
そして、目を閉じて、少しでも休憩できるように眠り始めた。
朝、六時。
S.0は気持ち良さそうに眠っている。
そして、そんな様子を見ている人物が、三人。
「気持ちよく寝てますねぇー…。」
「ゼロって童顔だね…それに女の子っぽい……。」
「赦無さん…自分で言って落ち込まないで下さいよぅ…。」
白理、赦無、枉徒はS.0を囲んで、物珍しいものを見るかのように、コソコソと話している。
もっとも、赦無は自分で地雷を踏みぬいたようだが。
「もう少し寝かせておきます…?」
「そうだね…、起こすのも可哀想だし…。」
「朝食前に起こしに来たら大丈夫でしょう…。私たちはゼロの分のお弁当でも作りに行きましょうか…。」
「そうですね…そうしましょう…!」
枉徒は大いに賛同し、眠ったままのS.0に布団をかけて、二人と一緒に厨房に向かった。
「さて…何を作ろうか。」
「いざ作るとなると悩みますね。ゼロの好物が分かりませんし。」
「何でも美味しく食べてくれそうですよね。」
「そこなんだよなぁ。」
「オムライスはどうでしょうか。」
「それなら、簡単な野菜炒めも付けましょう!」
「あとはフルーツだね。よし、それじゃあ取り掛かろう。」
「「おぉ~!」」
三人は調理にとりかかった。
白理は野菜を刻み、赦無はオムライスを作り、枉徒は切ってもらった野菜を炒める。
厨房は次第に食欲をそそる匂いで満たされる。
それから時間が経ち、四人分の弁当を作り終える頃には、ちょうどいい時間になっていた。
「おはよー!!カンカン!!!朝だよ!!!すごい朝!!!お外明るい!!太陽さんが顔を出してるの!!!カンカンカン!!!!起きてー!!カンカン!!!」
「うわああああああ!?」
予想外の白理の起こし方に、S.0は慌てて飛び起きた。
「あ、おはようございます。」
「あぁおはようございます!(?)もう少し普通に起こせなかったのか!?心臓止まると思ったぞ!?っていうかカンカン口で言うやつ初めて見たよ!」
「いつにも増してゼロのツッコミがキレッキレだね。」
「けしかけたのお前か!」
「うん、面白そうだったからつい。寝顔可愛かったよ。」
「やめろ!可愛いとか言うな!」
悪びれた様子もなく、いや、むしろなんかちょっとドヤ顔をしている誇らしそうな赦無。
朝から異様に疲労を感じるのは、きっとこの双子の所為だ。
「はぁ…はぁ…朝から疲れた…。」
「一日はまだ始まったばかりですよ、ゼロ。」
「ゼロお兄ちゃんさん、今日は学園祭の準備があるんですって。一緒に行きませんか?」
そして、なんだかんだで枉徒の中では、お兄ちゃんさん、というのが最もしっくりくるようで。
S.0は呆れてため息を吐いた。
「学園祭の準備ねぇ…面白そうだな、行ってみるか。」
「ならば思う存分ゼロにも手伝ってもらうことにしましょうか。」
「人員用かよ!いいけどさ!」
「ほら、そろそろ歯磨きないと遅刻しちゃうよ。」
四人は仲良く並んで歯磨きをする。
並べば並ぶほど、本当に兄弟のようだ。
通りすがりも仲がいいなぁ、と微笑ましそうに見ていた。
いざ学園にやって来た四人。
ちらほらと生徒がおり、S.0を見ては物珍しげな視線を向けている。
S.0はそんな視線を気にすることなく…むしろ学園内の構造に興味を示しつつ、三人について行く。
大人しくついてくる姿は、領域内では考えられない。
姿にしては子どもっぽく、目を輝かせている。
「つきましたよ、ゼロ。 」
「へぇ、ここが。お前たちは学園祭で何をやる予定なんだ?」
「喫茶店と劇…ですって。いやぁ、最近人気者になりつつありまして。」
「何があったんだよ…。」
「ヘレティクスの襲撃事件、あの一件でディープ・ネロの存在が一般的に広まっちゃってさ。偉い人の食事会とかにも呼ばれるんだけど、はっきり言って興味無いし。」
「お前たちらしいな。」
「喫茶店では、ゼロの好きな甘いものもたくさん出ますよ。」
「ほーう?」
「ゼロお兄ちゃんさんは甘いものが大好きですね〜。」
雑談を交わしながら、必要なものを用意する。
ふと、S.0には気になったことが。
「他のやつらはどうした?」
「劇で使う衣類の用意などに追われていますよ。」
「あと、看板も作ってもらってるんです。私たちはダンボール工作ですよ。」
「へぇ、何を作るんだ?」
「それなんだよね…。ダンボールで何を作ったらいいと思う?」
「普通に木とか草とか…あと、喫茶店ならそれを下げられる板みたいに切り取っておいたらいいんじゃないか?」
「なるほど。」
「先に言っとくけど…その才能をいかんなく発揮して捨てにくいものを作るなよ…。」
「そう?」
「いや、そっちにしか目がいかなくなるから…。」
「なるほど、確かに。分かった、じゃあ適度に手を抜いて作るよ。」
「おう、是非そうしてくれ。」
S.0は呆れて肩を竦めた。
それから数時間、教室であれやこれやと組み立てていると、教室の外が若干騒がしいことに気が付いた。
「なぁ、外が騒がしいんだが…。」
「ほら、私たち人気者ですから。」
「有名人を見に来てる…って感じか?」
「そうだと思いますよ、誰も話しかける勇気がないので遠巻きに見てるだけでしょうけど。」
「なんで話しかけに来ないんだ?」
「俺たちの中で唯一まともなのが、枉徒だけだから。」
「…あー。そうだな、方やジェノサイダー、方や鬼才児だもんな…。」
不本意ながら納得してしまったS.0は、苦笑いを浮かべた。
その通り、と赦無は頷く。
「そもそも俺は、あまり人との会話が得意じゃない。だから、話しかけられる前に逃げる。」
「俺たちといる時はこんなに流暢に喋ってるんだけどなぁ。」
「枉徒は妹みたいなものだし、ゼロは頼れるお兄さんみたいなものだもん。」
「えへへ…照れちゃいますね。」
枉徒は照れくさそうに笑った。
S.0も、そう言われると嬉しかったりする。
「あ、そういえば知ってますか?学園祭で、アイドルが来るみたいな話ですよ。」
「アイドル…ってなんですか?」
「歌って踊れる、なんかすごい人。」
「説明が適当だな?間違ってないが。」
「それに、今はすごく人気なんですって。」
「あれ、でもどうしてそんなにすごい方が、学園に?」
枉徒にとっては些細な疑問だった。
確かに、そんなにすごい人物ならばもっと別の場所で活躍していることだろう。
何故わざわざ、この学園に来るのか。
その問いに対し、二人は目を背けた。
「…さてはお前たち、何かやらかしたな?」
「やっ…やってない、やってないよ…大きなことは、何も…。」
そう言うが、赦無の目は泳いでいる。
思い当たる節がありすぎるのだろうか。
はたまた別の理由だろうか。
分かり易すぎる。
「嘘つけ、思いっきり目が泳いでるぞ。」
「ほ、本当に何もしてないって…。」
「会いたくないだけです。」
「一体何があったんですか…?」
「………妹。」
赦無の表情は見たことないほど、苦しそうだ。
よほど言いづらいことなのだろう。
「妹?」
「そう…双子じゃないけど、そっくりな姉妹なんだ。昔、たまたまその二人を助けたことがあった。」
「それ以降ずーっと付きまとわれてるんですよ。で、その妹の方が問題でして。」
「…見に来ないと、叱られる。」
「そうだな、お前は白理の元気な姿を見ていたいだろうし、白理は虐殺したいだろうしで興味ないもんな。」
「そうなんだよ…だから困るんだ。別にアイドルならアイドルでいいんだけど、個人に執着されると、ファンの目の敵にされるというか…。白が、逆にファンを奪うというか…。」
「お兄ちゃんって大変だろ。」
「うん…、でも白が元気だから、俺は幸せ。」
「白理のことになると立ち直りが早いな。」
「でも、どうして見に行かないと叱られるのでしょうか?」
「そりゃあ、好きなやつに見てもらいたいってのは人間として当然の感情だ。まだ小さい時だろう?その姉妹には、この二人が王子様か何かに見えたんじゃないか?」
「私はただ、ヘレティクスがいたから殺しただけなんですけどね。」
「枉徒、これが無自覚ってやつだ。覚えておくといい。」
「はい!」
「心外です、ゼロ。」
ちょっと拗ねたように、口先を尖らせる白理。
「というか、無自覚というならゼロもですよ。」
「そうそう、ゼロは無自覚だよね。」
「えー?どこがだよ。」
「一言で言うと、お母さんです。」
「誰がお母さんだ!お兄ちゃんだって!」
「ゼロお兄ちゃんさん、その張合いは分かりません!」
「だって、俺たちに布団かけたりとか。お皿下げて洗ってくれたりとか。」
「何言ってるんだ、それくらい当然だろう。」
S.0は首を傾げる。
全人類がS.0のように、その気遣いを当たり前と言えたなら、どれほどいい世界だろうか。
「ゼロはそういう所がかっこいいんですよ。でも、やってることは完全にお母さんか、育メンパパです。」
「いくめ…?」
育メンパパ、という言葉の概念がないのか、S.0の意識は全てその言葉に持っていかれたようだ。
「家事なんかに参加してくれる優しいお父さんのことですよね。ゼロお兄ちゃんさんにはぴったりです。あれ、でもお兄ちゃんだから…育メンブラザー?」
「なんとなく語呂の悪さを感じる…。というか、飯が出てくるんだから、それくらいはやるぞ?死ぬほど疲れてるわけじゃないし、嫌いなわけでもないからな。」
「そっか、全人類がゼロみたいな人になったらいいのに。」
「それはちょっと…気持ち悪いな…。」
「自分で言っちゃうんですね、ゼロ。」
「いや、だって自分と同じような人間がたくさんいたら気持ち悪くないか?同族嫌悪でもないけど、なんか気持ち悪い。」
「分からなくもない。」
赦無は頷く。
そうして雑談しつつ作業を続けていると、気付けば時刻は昼近くになった。
ちょうどいい、と立ち上がり、切り終わったダンボールをまとめて、赦無は立ち上がる。
「ダンボールは色付けするけど…、とりあえず先に弁当を食べよう。ゼロの分も作ってきたんだ。」
「お、マジか。それは楽しみだ。」
「それじゃあ、食堂に行きましょう!私も協力したんですよ!」
「ほう、上手く出来てたらいいな。」
S.0は枉徒の頭を撫でて、三人と一緒に食堂へ向かった。
道中、おそらくファンであろう生徒たちに視線を向けられていたが、好奇の目だったので嫌な気はしなかった。
「おぉ、美味いな!絶妙な甘みが最高だ!野菜炒めも、塩コショウがいい塩梅だな!」
S.0、絶賛。
それを聞いた三人は、嬉しそうに笑った。
「野菜炒めは白理さんと私が作ったんですよ!」
「マジか、いつの間にか料理上手になって…お兄ちゃんはとても嬉しいぞ~。」
「えへへ、ありがとうございます!」
「ちなみに、オムライスは俺が作ったんだ。白は細かいことが苦手だから、野菜を切ってもらったよ。」
「どうりで綺麗に切られてるわけだ。刃物を持たせたら一番だな。」
「もっと褒めてもいいんですよ?」
「よしよし、お前たちもすごいぞ。本当に美味い。ありがとな、三人とも。」
また作ってくれよ、とS.0は笑う。
作ったかいがあるなぁ、と喜ぶ三人の元に、ふと人影が。
「おーい!」
手を振ってこちらに来る少年。
どこかで見たことがあるなあ、と思考を張り巡らせるが、残念ながら他人に興味を持たない白理の脳内検索にはヒットしなかった。
「どちらさまですか?」
「ひでぇ!オレだよオレ!テツ!お前思いっきり蹴っただろ!」
「………………あぁ!」
思い出すまでに、約三秒。
よほど記憶に残っていなかったのだろうか。
「で、どうしたんです?」
「襲撃事件からずっと会えてなかったからさ、改めて礼を言おうと思って。」
「礼は不要です。私は私の成すべきこと、したいことをしたまでですので。」
「いや、それでも言わせてくれ。本当にありがとう。」
テツは深々と頭を下げた。
人から感謝されることに慣れていない双子は、意外そうな顔をした。
それを見て、おい、とS.0がツッコむ。
「なんでそんな驚くんだよ。」
「いや…だってヘレティクスを殺して感謝してくれるのなんて、ゼロくらいだし…。」
「ましてや目の前で見てましたからね。」
「そりゃあドン引きだろうよ…。まぁでも、お礼を言えるのはいいことだからな。お前たちも素直に受け取っておけ。」
「はぁい。」
白理は仕方なさげに頷いた。
S.0を初めて見るテツは、思わず言葉を漏らす。
「アヤカ先輩に似ている…。」
「そーいえば、テツくんは隊長さんのことが好きでしたね。」
「待て待て、それじゃあ俺が女子ってことになるじゃんか。」
「あれ、違うんですか?」
「男ですぅー!心は立派な男の子ですぅー!」
「…俺っ娘?」
「違う!」
「お兄ちゃんと言うくらいだから男の子なんじゃ?」
「ありがとう枉徒!お兄ちゃんのフォローしてくれて!」
「そのなりで男子なのか…。」
「お前も意外そうな顔をするんじゃない!」
「そもそも男子でポニーテールはなかなか見ないからね。」
「お前だって似たようなものだろ!」
赦無の追撃に、S.0はツッコミで反撃する。
まぁでも、笑っているということは仲が良いのだろう。
「ってか、いつの間に新しい人材が増えたんだ?」
「あぁ、ゼロは違いますよ。わけあって、こちらの世界の観光をしているんです。安心してください、センチネルは味方ですから。」
「S.0だ。いつもはアウトサイダーの領域にいるんだが、赦無に誘われてな。仕事終わりの観光ってやつだ。」
「んん…?じゃあ、ヘレティクスと同じ…?」
「俺だけはちょっと違うけど、そういうものだ。」
「センチネルはヘレティクスとは違う、独自の思考回路を持ち、人間に対して友好的なんです。ゼロはそのセンチネルの筆頭で、かくいう私たちも領域の脱出を手伝ってもらいました。」
「そ、そんなすごいやつがここでのんびりしてていいのかよ!?」
「デスクワーク以外なら優秀だからな、うちの部下。報告書は解読するのにかなり時間がかかるけど。」
ほんわかする空間。
ふと、ひらりとS.0の前にいくつか手紙が落ちる。
「おや?手紙ですね。」
「コドクと…部下からだな。」
先にS.10の手紙を開けて、中身を読む。
徐々にS.0の顔が険しくなる。
「なんて書いてあったんですか?」
枉徒は心配そうに尋ねる。
「白理、赦無、枉徒、仕事だ。コドクが殺し損ねたヘレティクスがこっちに向かっている。数は四千、殺しきれるか?」
「よ…四千!?そんなの無茶だ!オレたちでも数十体が限界なのに…!」
「随分取り逃がしましたね、何かあったんです?」
「コドクはコドクで倍の数を相手してるとさ。あっちは大丈夫だろう、コドクがいるし。」
「私もそっちに行きたかったです。」
「ごめんなー、焼き払われるからこっちで我慢してくれなー。」
「悠長にしゃべってる場合かよ!?嫌だ!アヤカ先輩に告白しないで死ぬなんて絶対に嫌だあ!」
「テツさんもわりと平気そうです…?」
「ゼロ、学園にいる人間を避難させたい。時間はある?」
「あまり時間はないが、転移を使えば全員連れていけるだろう。だが、場所の確保が問題だな…。」
「防護シェルターはいっぱいいっぱいですもんね…。」
「…仕方ない、赦無、お前確か"あれ"使えるよな?」
「使えるけど、心底疲れる。」
「よし、じゃあお前は急いで地下に防護シェルターを創れ。枉徒、お前は赦無と一緒に避難の案内だ。テツ…っていったか、お前もだ。白理、時間稼ぎの虐殺に出かけるぞ。」
「はーい!」
嬉々として白理は立ち上がる。
二枚目の手紙を開けると、敵の進攻場所が書かれた地図が入っていた。
仕事が早い、と地図を持って、窓から外に飛び出す。
白理も続けて、外に飛び出していった。
「テツ、枉徒、急いで残ってる生徒と教師を集めてくるんだ。場所は一階非常口、そこに防護シェルターまでの道を創る。」
「ど、どうやって!?」
「人間みたいにちまちま建てるわけがないだろう。ほら、早く行け。」
「行きましょうテツさん!」
「お、おう!!分かった!!!」
枉徒、テツは急いで校内にいる人間を集めるために、飛び出していった。
赦無も急いで一階に向かい、防護シェルターを"創造"し始めた。
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