色災ユートピア
12.枉徒の初めての学園
ナナキがいなくなって環境が変わってから、数日が経った。
目立った仕事もなくなった赦無と白理は、再び学園に通い始めることになった。
そして、その中には新たに、枉徒も加わっていた。
「うわぁ…とても大きいですね…。」
呆気に取られ、枉徒は目を丸くしてそんなことを呟いた。
枉徒は学園や学校というものを見たことがないらしく、いや、そもそも表世界にあるもの、そのほぼ全てが、枉徒にとっては新しいものばかりだった。
「枉徒ちゃんは私たちと同じクラスですよ。」
「俺たちも最近編入したばかりだから、席も隣になると思う。」
「良かったぁ、分からないことばかりだからありがたいです。」
「それじゃあ行きましょうか。」
「はい!」
白理と赦無は枉徒を連れて教室前まで向かう。
ふと、教室前に人影があった。
自衛団 隊長のアヤカだ。
アヤカはこちらに気が付くと、歩み寄ってきた。
「おはようございます、隊長さん。」
「…おはよう。」
「教室前に立ってどうしたんですか?待ち人でも?」
「あぁ、君たちを待っていたんだ。まずは礼を言わせてほしい。私たちをヘレティクスから助けてくれたこと、深く感謝する。」
アヤカはそう言って、深く頭を下げた。
「当時は元々仲間だったこともあって、君たちの邪魔をしてしまった…。君たちの言う通り、私たちでは人型には勝てない。私たちは君たちに礼も言わないまま、君たちを酷いやつだと認識した。」
「いや、間違ってませんけど。」
「だが、君たちがいなければここは壊滅状態になっていただろう…、君たちには感謝してもしきれないくらいだ…。」
「話を聞いてください隊長さん、お願いします。」
「どうか私たちを許してほしい…。君たちの言うことは間違ってなかった…。」
「隊長さん、おーい。」
「はっ!な、なんだ?」
ようやく我に返ったのか、アヤカは顔を上げた。
「いえ、ですから間違ってないと言いました。」
「えっと…どのあたりが?」
「酷いやつ、のところがです。」
「……。」
「……。」
少しの、無言。
何とも言えない微妙な空気である。
「相手が敵であっても虐殺には変わりありませんし。酷いやつ、冷酷、それは決して間違いではありません。私たちもそう思いますよ。」
「なら…何故…?」
「だって、目の前に敵がいたら普通殺すでしょう?ゲームと同じです。和解なんて出来るわけないじゃないですか。」
「それは…そう、だな…。」
「それに、人間だって力を持つものにすがります。人間は弱いんですよ。いくら核兵器を作ろうと、結局は何かにすがって、救いを求めて。救われなければ嘆く。精神が弱いんです。」
白理は嘲笑うかのように、口元を歪めた。
とても人間とは思えない。
「ですが、それが人間というもの。どれほど愚かだろうと、人間というだけで正しい。そう認識する。最後に残って笑うのは人間ではないですか。だから、怪物と呼ばれた私たちでも人間側につくんです。ヘレティクスなど、所詮は明確な人類の敵、必要悪に過ぎない。」
「ッ……!」
ぞわりと身の毛がよだった。
異質な雰囲気に、押しつぶされそうになる。
「人間は弱いですがしぶといですからねぇ。だったら、最初から人類の味方でいた方がいいでしょう?私はただ、正当な理由で殺せる存在がほしいだけです。じゃなきゃ、私を殺そうとした人間の味方などするはずないじゃないですか。」
「白、そろそろ行かなきゃ遅刻しちゃうよ。」
「あ、はい!お兄様!」
吐き気がするような気配は、赦無の一言で消え失せた。
白理は子犬のように駆け寄って、赦無たちと一緒に教室の中に入っていった。
「…なんなんだ、いったい…過去に何があったんだ…?」
人間を恨んでいるわけではない、憎んでいるわけでもない。
白理は他人に興味がない、だから自分が殺されても、それは"起こったこと"とだけ処理されるのだろう。
そして、興味がないからこそ、人型のヘレティクスを殺害しようと、胸が痛まないのだろう。
だが、アヤカは知らない。
白理は決して、最初から強かったわけではない。
枉徒の紹介も終えて、昼休み。
今日は教員が揃って会議で出張るため、この後は掃除をして帰ることになる。
「…!お弁当、美味しい…!」
「それはよかった、俺と白だけじゃあ食材が中途半端に余って仕方がなかったんだ。」
「これ、誰が作ったんですか?」
「白に食材を切ってもらって、俺が作ったよ。」
「私、細かい作業が苦手なんです。なので、食材を切るのが主な役割になります。」
「そうなんですか?」
枉徒はロールキャベツを一つ口に入れて、咀嚼し、飲み込む。
「私はてっきり、白理さんの方が器用だと思っていました。」
「昔は人並みに器用だったんですけどねぇ、流石にお兄様には敵いませんが。今はてんでダメです。」
白理は手首をぷらぷらと揺らして、動きにくいんですよ、と不満げに言った。
ふむ…と枉徒は頷き、口を開く。
「お二人は、どういう経緯で領域に行くことになったんですか?」
「元は、白が家の中に入ってきた強盗に撃たれたことが始まりなんだ。頭を撃たれてね、奇跡的に生きていたんだけど、全身麻痺で話すことも、眼を開けることも出来なくなった。」
「それで、アウトサイダーとの契約で、遊ぶ代わりに体を治すという条件で、私は領域に向かったんです。」
「その強盗さんたちはどうなったんですか…?」
「まだ捕まってないみたいですよ。どこかでしぶとく生き残っているでしょう。」
「だ、大丈夫なんですか?見つかったらまた…」
「平気ですよ、頭を撃ち抜かれたくらいでは死にませんから。」
白理は枉徒を安心させるように頭を撫でた。
「まぁ、今度見つけたら殺しますけどね。私を殺せなかったことを悔やみながら死んでいけばいいのです。」
「ひぃ…」
「白、逆効果。」
頼もしい反面、恐怖を覚える。
そして、心の底から『この人たちが敵じゃなくて良かった』と安堵する枉徒。
そんな空間に不釣り合いな電子音が、ふと響いた。
おや?と首を傾げて、白理と枉徒は赦無の隣に集まる。
「メール、ですね。」
枉徒がそう言う。
隣では赦無が心底嫌そうな表情をしていた。
「ミカゲ…って誰でしたっけ?」
「誰だろう、間違いメールじゃないかな。」
「もう、新しい上司さんですよ!あの、ホストみたいな方です!」
本気で忘れていた白理と、知らないふりをしていたかった赦無。
だが、残念ながら枉徒が覚えていたようだ。
「まーた歓迎会の招集ですか?」
「…いや、今回は違うみたいだ。」
嫌そうにしていた赦無の表情が、ふと険しくなる。
「S.0を…連れてこいってさ。」
「情報収集でしょうか?」
「それで済めばいいけど…あいつらのことだ、拷問でもする気かもしれない。」
「えぇ…!?だ、だったらダメです!ゼロさんという方が可哀想です!」
「俺も反対だ、ロクなことにならない。」
「私はどちらでもいいんですけど…でも、ゼロにはお世話になっていますし、少しくらいは表世界を案内してあげたいです。」
白理のその言葉を聞いて、赦無の肩がピクリと揺れた。
白理の言う通り、赦無にもS.0に遊びに来てほしい、という気持ちはある。
「…まぁ、来るかどうかはゼロ次第だ。とりあえずゼロに聞いてみよう。」
「そうですね、忙しくないといいですけど。」
白理は嬉しそうに笑った。
「枉徒、終わったら君は白理と一緒に先に本部で待ってて。俺は領域に行ってくる。白、枉徒をよろしく。」
「分かりました、吉報を待っています。」
「き、気を付けてくださいね。」
S.0に会えば、枉徒について、何か分かるかもしれない。
三人は弁当を片付けて、教室に戻った。
目立った仕事もなくなった赦無と白理は、再び学園に通い始めることになった。
そして、その中には新たに、枉徒も加わっていた。
「うわぁ…とても大きいですね…。」
呆気に取られ、枉徒は目を丸くしてそんなことを呟いた。
枉徒は学園や学校というものを見たことがないらしく、いや、そもそも表世界にあるもの、そのほぼ全てが、枉徒にとっては新しいものばかりだった。
「枉徒ちゃんは私たちと同じクラスですよ。」
「俺たちも最近編入したばかりだから、席も隣になると思う。」
「良かったぁ、分からないことばかりだからありがたいです。」
「それじゃあ行きましょうか。」
「はい!」
白理と赦無は枉徒を連れて教室前まで向かう。
ふと、教室前に人影があった。
自衛団 隊長のアヤカだ。
アヤカはこちらに気が付くと、歩み寄ってきた。
「おはようございます、隊長さん。」
「…おはよう。」
「教室前に立ってどうしたんですか?待ち人でも?」
「あぁ、君たちを待っていたんだ。まずは礼を言わせてほしい。私たちをヘレティクスから助けてくれたこと、深く感謝する。」
アヤカはそう言って、深く頭を下げた。
「当時は元々仲間だったこともあって、君たちの邪魔をしてしまった…。君たちの言う通り、私たちでは人型には勝てない。私たちは君たちに礼も言わないまま、君たちを酷いやつだと認識した。」
「いや、間違ってませんけど。」
「だが、君たちがいなければここは壊滅状態になっていただろう…、君たちには感謝してもしきれないくらいだ…。」
「話を聞いてください隊長さん、お願いします。」
「どうか私たちを許してほしい…。君たちの言うことは間違ってなかった…。」
「隊長さん、おーい。」
「はっ!な、なんだ?」
ようやく我に返ったのか、アヤカは顔を上げた。
「いえ、ですから間違ってないと言いました。」
「えっと…どのあたりが?」
「酷いやつ、のところがです。」
「……。」
「……。」
少しの、無言。
何とも言えない微妙な空気である。
「相手が敵であっても虐殺には変わりありませんし。酷いやつ、冷酷、それは決して間違いではありません。私たちもそう思いますよ。」
「なら…何故…?」
「だって、目の前に敵がいたら普通殺すでしょう?ゲームと同じです。和解なんて出来るわけないじゃないですか。」
「それは…そう、だな…。」
「それに、人間だって力を持つものにすがります。人間は弱いんですよ。いくら核兵器を作ろうと、結局は何かにすがって、救いを求めて。救われなければ嘆く。精神が弱いんです。」
白理は嘲笑うかのように、口元を歪めた。
とても人間とは思えない。
「ですが、それが人間というもの。どれほど愚かだろうと、人間というだけで正しい。そう認識する。最後に残って笑うのは人間ではないですか。だから、怪物と呼ばれた私たちでも人間側につくんです。ヘレティクスなど、所詮は明確な人類の敵、必要悪に過ぎない。」
「ッ……!」
ぞわりと身の毛がよだった。
異質な雰囲気に、押しつぶされそうになる。
「人間は弱いですがしぶといですからねぇ。だったら、最初から人類の味方でいた方がいいでしょう?私はただ、正当な理由で殺せる存在がほしいだけです。じゃなきゃ、私を殺そうとした人間の味方などするはずないじゃないですか。」
「白、そろそろ行かなきゃ遅刻しちゃうよ。」
「あ、はい!お兄様!」
吐き気がするような気配は、赦無の一言で消え失せた。
白理は子犬のように駆け寄って、赦無たちと一緒に教室の中に入っていった。
「…なんなんだ、いったい…過去に何があったんだ…?」
人間を恨んでいるわけではない、憎んでいるわけでもない。
白理は他人に興味がない、だから自分が殺されても、それは"起こったこと"とだけ処理されるのだろう。
そして、興味がないからこそ、人型のヘレティクスを殺害しようと、胸が痛まないのだろう。
だが、アヤカは知らない。
白理は決して、最初から強かったわけではない。
枉徒の紹介も終えて、昼休み。
今日は教員が揃って会議で出張るため、この後は掃除をして帰ることになる。
「…!お弁当、美味しい…!」
「それはよかった、俺と白だけじゃあ食材が中途半端に余って仕方がなかったんだ。」
「これ、誰が作ったんですか?」
「白に食材を切ってもらって、俺が作ったよ。」
「私、細かい作業が苦手なんです。なので、食材を切るのが主な役割になります。」
「そうなんですか?」
枉徒はロールキャベツを一つ口に入れて、咀嚼し、飲み込む。
「私はてっきり、白理さんの方が器用だと思っていました。」
「昔は人並みに器用だったんですけどねぇ、流石にお兄様には敵いませんが。今はてんでダメです。」
白理は手首をぷらぷらと揺らして、動きにくいんですよ、と不満げに言った。
ふむ…と枉徒は頷き、口を開く。
「お二人は、どういう経緯で領域に行くことになったんですか?」
「元は、白が家の中に入ってきた強盗に撃たれたことが始まりなんだ。頭を撃たれてね、奇跡的に生きていたんだけど、全身麻痺で話すことも、眼を開けることも出来なくなった。」
「それで、アウトサイダーとの契約で、遊ぶ代わりに体を治すという条件で、私は領域に向かったんです。」
「その強盗さんたちはどうなったんですか…?」
「まだ捕まってないみたいですよ。どこかでしぶとく生き残っているでしょう。」
「だ、大丈夫なんですか?見つかったらまた…」
「平気ですよ、頭を撃ち抜かれたくらいでは死にませんから。」
白理は枉徒を安心させるように頭を撫でた。
「まぁ、今度見つけたら殺しますけどね。私を殺せなかったことを悔やみながら死んでいけばいいのです。」
「ひぃ…」
「白、逆効果。」
頼もしい反面、恐怖を覚える。
そして、心の底から『この人たちが敵じゃなくて良かった』と安堵する枉徒。
そんな空間に不釣り合いな電子音が、ふと響いた。
おや?と首を傾げて、白理と枉徒は赦無の隣に集まる。
「メール、ですね。」
枉徒がそう言う。
隣では赦無が心底嫌そうな表情をしていた。
「ミカゲ…って誰でしたっけ?」
「誰だろう、間違いメールじゃないかな。」
「もう、新しい上司さんですよ!あの、ホストみたいな方です!」
本気で忘れていた白理と、知らないふりをしていたかった赦無。
だが、残念ながら枉徒が覚えていたようだ。
「まーた歓迎会の招集ですか?」
「…いや、今回は違うみたいだ。」
嫌そうにしていた赦無の表情が、ふと険しくなる。
「S.0を…連れてこいってさ。」
「情報収集でしょうか?」
「それで済めばいいけど…あいつらのことだ、拷問でもする気かもしれない。」
「えぇ…!?だ、だったらダメです!ゼロさんという方が可哀想です!」
「俺も反対だ、ロクなことにならない。」
「私はどちらでもいいんですけど…でも、ゼロにはお世話になっていますし、少しくらいは表世界を案内してあげたいです。」
白理のその言葉を聞いて、赦無の肩がピクリと揺れた。
白理の言う通り、赦無にもS.0に遊びに来てほしい、という気持ちはある。
「…まぁ、来るかどうかはゼロ次第だ。とりあえずゼロに聞いてみよう。」
「そうですね、忙しくないといいですけど。」
白理は嬉しそうに笑った。
「枉徒、終わったら君は白理と一緒に先に本部で待ってて。俺は領域に行ってくる。白、枉徒をよろしく。」
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