色災ユートピア

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10.謎の少女

あれから、はや数日。
腕は完全に繋がり、傷も塞がった。
白理と赦無は別の仕事に追われ、学園に行けずにいた。
つまりそれは、あの時の誤解も解けていない、ということになる。

「…でさぁ、なんで当たり前のように居着いてんだよ。」

「お嬢、坊ちゃん!お帰りなせぇ!」

「ほらもう、こんなのホームじゃん、おかしいだろ。俺言ったじゃんか、もう二度と来るなよってさぁ。あんなカッコつけて言ったのにさぁ、俺が恥ずかしいだろうが。」

訪ねてきた白理と赦無に、S.0は聞かれることのない文句を垂れる。
S.0がいない間に二人は何度も訪れており、いつの間にかS.0以外のセンチネルともかなり仲良くなっていたようだ。

「通信でやりとり出来るんだから、もう通信だけでいいじゃん。なんで来るんだよ。」

「こっちは居心地がいいんですよ。アットホームな雰囲気ですし、ナナちゃんは最近構ってくれませんし。」

「最近はずっと外でヘレティクスの対応に追われてたからね、たまにはこっちで遊びたくなるんだよ。」

「もうやだこのイレギュラー双子…。」

S.0はうなだれていた。
そして、コーヒーを飲んでいたセンチネルの一人が何かを思い出したように、顔を上げた。

「そーそー、お嬢、面白い話を聞いたんですけどね。最近、この領域から脱出したやつがいるみたいっすよ。」

「ほーう?中々悪運が強いようですね。」

「ただ、それが人間なのか、はたまたヘレティクスなのかが分かんねぇって話なんですって。」

「ふむ?人間の脱出ならまだしも、ヘレティクスであれば異常ですね。」

「でしょ?面白いと思いません?」

ヘレティクスの場合は侵攻となるため、脱出というのはおかしい。
仮にセンチネルだったとしても、危険があるわけではないので、外の世界に逃げる必要はない。
むしろ領域内にいた方がずっと安全だ。

「面白い話です。こちらでも調べてみることにしましょう。」

白理は笑って頷いた。
その様子を見ていたS.0が、ふと尋ねる。

「ところでお前たち、ちゃんと上手くやれてるのか?」

「…まぁまぁかな。人間の同意は得られそうにないよ。」

「虐殺は良心に響くから、そうだろうさ。ディープ・ネロってのも、結局は異常を隠蔽ためのミスディレクションだろう。」

「…悪いこと?」

赦無は、幼子のように首を傾げて聞いた。
S.0はふっと笑みを浮かべた。

「いいんじゃないのか?お前たちがそれで納得してるなら。こんな世界じゃ、法も道徳のあったもんじゃないだろう。」

「ゼロはおかしいよ。」

「おかしいですね、ゼロは。」

「揃いも揃って俺を異常者扱いすんなし。お前たちよりはずっと健全ですぅー。」

「むしろ健全すぎて困るっすよね。」

「うるさい仕事に戻れ。」

「でもですねぇ、ゼロ、あなたは自分で気付いていないだけで異常ですよ?」

「どこが?どう見ても俺、一般的ピーポーじゃん。」

「センチネルは人間じゃないよ。」

「私たちを赦している時点で、あなたは異常なんです。確かに、今のこの世界では、法や道徳など道端の小石以下の価値かもしれませんが。」

「言い過ぎでは?」

「ですが、それを重んじるのが人間です。ヘレティクスの正体を知らないあなたではないでしょう?」

白理は、いつものように笑っている。
その赤い目に射貫かれて、S.0はため息を吐いた。

「俺は人間が好きじゃない。大人だとなおさらな。だから、力に溺れて憎悪に囚われるような弱いバカは、死んじまった方がいいと思ってる。お前たちがヘレティクスを殺してくれる分、俺はすごく清々してるよ。」

「ゼロは変なところでおかしいですねぇ。憎しみが薄いと言いますか、もしかして、口だけで感情がないのでは?」

「失礼な、あるっての。面倒臭いから表に出さないだけだ。」

「やっぱりゼロは異常だよ。ようこそ、俺たちの輪へ。」

「やめろ!俺を入れるな!お前たちみたいなマジで手に負えない異常者と一緒にするんじゃない!」

「え〜、そんな寂しいこと言わないでくださいよ〜。」

わっちゃわっちゃと二人はS.0を取り囲む。
こうしてみると、まるで家族のようだ。

「つーか白理、お前なんでそんなでかい太刀なんか使ってるんだ?お前なら銃でも思う存分虐殺出来るだろう?」

「ゼロが使ってたからですよ?」

「俺が使っててどうしてそうなる?」

「かっこいいし、便利だから使ってるんです!とある人から、変形自在の武器を貰ったので、太刀にしたかったんです!」

白理が太刀を使うのは、そうやらS.0に影響されたかららしい。
それを知ったS.0は、ふと気付く。

「じゃあ、そのマフラー 兼 顔隠しもか。」

「そうです!」

むふー、と満面の笑みを浮かべる白理に、S.0は無性に照れくさくなって顔を逸らした。

「ゼロが照れてる。」

「可愛いですね〜。」

「からかうなっての!あぁもう、お前たちもさっさと仕事に戻る!つーか何で俺なんだよ!」

「ゼロはお人好しだから、絶対構ってくれると思って。」

「そんなこと言ったって何も出ないからな。この天然タラシたちめ。」

「ダメか。」

「ダメに決まってるだろう。そのナナちゃんってやつはよくやれてるよ、お前たち相手に。」

「ナナちゃんは俺たちの誇りだから。」

ふふん、と珍しく自慢げな笑みを浮かべる赦無。
よほど気に入られているのだろうと、S.0は呆れ笑いを浮かべた。

「離れていかなきゃいいけどな。」

ぽつりと零れたその言葉を、赦無は無言のまま聞いていた。




その後、領域から帰還した赦無と白理は、本部に戻ってくる道を歩いていた。
無機質なコンクリートは、整備が間に合わないのかところどころ穴が空いてぼこぼこしている。

「白、貧血は治った?」

「はい!多分!目眩もないし大丈夫だと思います!」

「そっか、よかった。白は働き者だね。でも、俺たちしかヘレティクスは殺せないから、無茶しちゃダメだよ。」

「はい、お兄様!」

白理は嬉しそうに返事をした。
すると突然、近い場所から銃声が響いた。
そして、続けざまに助けを呼ぶ、少女の声が聞こえた。

「ヘレティクスに襲われているのかもしれない、行こう。」

「はい!」

二人は声が聞こえた方向に走って向かう。
近付くにつれて、声も次第に大きくなる。

「なんで、なんで私がこんな目に…!誰か…助けてよぉ…!」

少女は白理や赦無と同じくらいの身長だった。
白理は一足先に、少女とともに安全な木の上に転移する。

「ひゃあああ!?きゅう……」

「おや、気絶してしまいました。」

どうしようかと眺めていると、銃声が鳴り響く。
視線を向ければ、数匹いたヘレティクスは頭だけを器用に撃ち抜かれて、塵となって消えた。

赦無はハンドガンをしまい、白理に視線を向けた。

「やっぱり襲われてたみたいだね、でもかなり数が減っていたみたいだ。」

「普通の人間…ではないですよね。顔に痣があります。私たちと同じ帰還者なのでしょうか?」

「ただの帰還者だったらいいけど…。とりあえず、報告しないと。」

「そうですね、戻りましょう。」

このまま放っておけばどうなるか分からない。
二人はそう判断し、意見は一致したようだ。
白理は少女を背負い、赦無とともに本部に向かった。




本部に戻ってきた二人は、謎の少女を連れて、ナナキのいる総司令室に訪れていた。
部屋の中はダンボールがいくつか積み重なっており、まるで引越しのような感じがした。

「ナナちゃん、このダンボールどうしたんですか?」

「あれ、言ってなかったか?俺、異動することになったんだよ。」

「え……?」

赦無と白理は唖然とした。

「そういうことだから、お前らとはお別れだな。俺は別に礼儀とか好きじゃないから好き勝手させてたけど、今度からは俺がいないんだからちゃんと言うことを聞くんだぞ。」

「で、でも、それじゃあこの女の子は…?」

「もうすぐ次の担当が来るから、その人に判断してもらえ。」

それじゃ、とナナキは別れを告げて出ていってしまった。
白理は理解が追いつかないのか、未だ突っ立ったまま。
先に動いたのは赦無の方だった。

「白、その子を連れて先に戻っててくれる?少し寄らなきゃいけない場所があるんだ。」

「え?あ…はい、分かりました…。」

赦無は白理と少女を先に戻らせて、ナナキの後を追った。
部屋の扉を開けると、ナナキが驚いたような表情をしていた。
赦無はハンドガンを構える。

「おい、銃をおろせ!いくらディープ・ネロとはいえ───」

言い終える前に、赦無は周りにいたボディーガードに向けて、戸惑うことなく引き金を引いた。

「こ、殺したのか!?」

「ただの睡眠弾だよ、それよりなんだ?あんたのさっきの態度。」

「な、なんだよ!?何に怒ってるんだよ…!?」

「実に残念だ、あんたは違うって思ってたのに。白はあんたに懐いてたよ、俺だって…あんたが"唯一頼れる大人"だった。なのに、あんな素っ気なく別れることってある?」

赦無は珍しく怒りを露わにしていた。
白理がショックを受けていたことに対して、…そして、まるで清々すると言わんばかりにさっさと消えようとしたナナキに対して、怒りを抱いたのだろう。

「酷いよ、そんなに俺たちのことが嫌いだったの?初めて会った時は、あんなに心配してくれたのに。嘘でもいいから、少しくらいは必要とされたかった。」

おそらく、赦無は自分自身も傷付いていることを知らない。
ナナキは赦無を睨みつけて叫ぶ。

「俺はお前らみたいな怪物じゃないんだよ!お前らみたいに痛みに強いわけじゃない、頭がいいわけでもない、人望があるわけでもない!お前らみたいな天才の価値観なんて…分かるわけないだろ…!」

「…理解してくれとは言わないよ。」

「そもそも、お前だって俺を利用するつもりだったんだろ!?なのに今さらどういう了見だよ!」

「酷い言われようだな、否定しないけど。確かに最初は利用するだけの存在だった。あんたも、俺の親や大人たちと同じだと思ってたから。それは、間違ってない。」

「だったら…!」

「ねぇ、俺たちが最初に会った時、あんた聞いたよね。両親は行方不明になったのか、って。俺はそうだと答えたよ。」

赦無は目を伏せる。
そして、紡がれた言葉にナナキは戦慄した。

「だけど、本当は違う、俺が殺したんだ。このハンドガンはその時のもの。」

「なんで…そんなこと…」

「白はさ、強盗に頭を撃ち抜かれたんだ。でも生きてた。奇跡的にね。全身麻痺でさ、寝たきりな状態で…そうなると、お金がかかるから殺そうとしたんだよ。俺の親は、白を。」

「ッ…!?」

「だから殺したんだ。覚えているでしょ?そういうのが当たり前だった頃のこと。白は両親からの愛情を知らない。だから、おかしくなってしまうのは時間の問題だった。」

赦無は力なく笑っていた。

「けど、それでも白はいい子なんだよ。いい子なんだ。俺はずっと、白だけがいればよかった。ずっと二人だけの世界だって…そう思ってたよ。あんたと出会うまでね。白はあんたが大好きだった。俺もあんたが大好きだよ。今でも。」

「なんでだよ…いっその事嫌いになってくれよ…、俺は臆病で、大した才能もない、弱っちい人間なんだよ…。怖いから言いなりになって…生きたいから、死にたくないからお前らを利用してた、どうしようもない奴なんだぞ!」

「それでも、心配してくれたから。」

「たったそれだけで…?」

「俺たちが一番欲しいものは愛情だよ。でも、俺たちはそれを理解出来ない。どうやったって、疑ってしまうから。お互い利用するだけの関係なら、それはそれでいい。でもね、あんたがお人好しで、バカで、いつだって心配してくれたから、俺たちはそれにすがってしまったんだよ。」

「…俺は」

あまりにも痛々しい笑みを浮かべる赦無が、見るに堪えないナナキは、目を逸らした。

「俺は…お前らが怖いよ。いつか殺されるんじゃないかって、ずっと怯えてた…。だって、普通そうだろ…俺は非力な一般人だぞ…。誰かがいないと何も出来ないような奴で…。」

「うん。」

「頼むから…そんな顔するなよ…、怪物のままでいてくれよ…。もう嫌なんだよ…ありもしない希望にすがって、絶望するのは…。」

「うん。」

「そんな顔されると罪悪感がわくだろ…やめてくれよ…!俺だって…俺だって、お前らみたいな子供が戦わなくてもいいならどれほどよかったか…!」

ナナキから告げられた本音。
赦無はナナキの本心が聞けたことを嬉しく思った。

「それは違うよ、ナナちゃん。俺たちは"
今"でしか生きられないんだ。ナナちゃんがいたから、俺たちは正義でいられるけど、そうじゃなかったら、俺たちは怪物扱いされておしまいだった。」

望んで戦ってるんだよ、と赦無は微笑んで告げた。
その言葉がどれほどナナキを救ったのか、それを赦無は知らないだろう。

「対処法が普及して、撃退が容易になれば、俺たちは用済みだ。"今"この時が、戦いと恐怖で不安定なこの世こそが、俺たちが自由に生きられる世界なんだ。理解してくれとは言わない、怖いなら怖いままでもいいよ。嫌いになってくれても構わない。でも…少しだけわがままを聞いて欲しい。」

赦無はナナキに背を向ける。
どんな表情をしているのか、ナナキからは見えない。

「どうか、こんな救いのない世界でも生きていて。俺たちには"あなた"が必要だから。」

「ッ赦無───」

手を伸ばすが、そこには誰もいない。
行き場のない腕は、力なく地面に落ちていった。

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