色災ユートピア

0名

4.遭遇

「…ん?」

ハクリが寝ていた病室で目を覚ましたシャナ。
部屋はほの暗い、夕方近くになってきているようだ。
体を起こし…ふと、異変に気が付く。

「ハク…?ハクは!?」

握っていたはずの手は、体は、どこにもない。
部屋が開いた痕跡もない。
ただその場から、忽然と姿を消していた。

「そんな…!」

ベッドの下にもいない。
まるで肉体だけがどこかにいってしまったかのようだ。

『ねぇ、今は何時?』

ふと、背後で子供の声が聞こえた。
そう、それが普通の子供の声なら、シャナはそれどころじゃないと無視していただろう。

「ハク…?」

背後にいたのは、ハクリだ。
立って、ニコニコと笑っている。
一瞬安堵したが、どこか違和感がある。
言葉に言い表せない不気味さを感じる。
まるで別人のような感覚だ。

「違う、誰だ。妹の体で何をしている?」

『あはは、気付いちゃうんだ。気付かない方が楽だったのに。』

エコーがかった声が聞こえた。
キッとシャナは睨み付ける。

『君の妹なら、僕たちのところに来たよ。兄弟想いのいい子だよね。』

「ハクを帰せ。」

『僕たちはゲームをしてるんだ。でも、帰してあげる気なんてさらさらないけどね。』

「……。」

『心配なら君も来てよ。ここよりずっと、平和で幸せだよ?君はお父さんもお母さんも大嫌いでしょ?』

ニヒルに笑い、ハクリ(?)は煽る。
確かに、悪い提案ではない。
ハクリが無事で、元気に動き幸せなら、どんな世界でもかまわない。
それがシャナの考えだ。
だが、目の前の存在が、本当のことを言っている確証など、どこにもないのもまた事実だった。

「どうして母さんじゃなかったんだ、どうして…父さんじゃなかった。なんで、よりにもよって僕の妹を…ハクを連れていった!」

『焚き付けたのは僕たち。でもそれを選んだのは君の妹だよ。』

「世界中で起こっている失踪事件、あれはお前たちの仕業か?」

『せいかーい!さすが、僕たちが見込んだだけあるね。』

「どうしてそんなことを…。」

『君はさぁ、外の世界を見たことある?』

何が聞きたいのか分からない、それが率直な意見だった。
どうすることもできない現状、話を聞くことしか出来ないのが、とても歯がゆい。

『僕たちはないよ。色を知らないんだ。明るいことも、暗いことも、幻想的なことも、何も知らない。だから攫うんだよ。色を知らない僕たちが、世界を彩るために、色を知る君たちを攫うんだ。』

「……?」

それは、憧憬のようで、嫉妬のようで、恨みのようで、悲しみのようだった。
言い表せない感情が、言葉と一緒に零れ落ちていく。

『まぁ、僕自身は嫌というほど知ってるんだけどね。さぁ、どうする?お兄様。僕たちの世界に来るか、妹を見捨てるか。』

だが、それはほんの一瞬だけだった。
ほんの一瞬垣間見えた、人間性だった。

赦無は睨み付けたまま、強気な態度を崩さない。

「僕はお前の世界に行くし、妹を見捨てたりなんかしない。だけど、条件がある。」

『条件?』

「僕と妹を知るこの辺りの人間を、全て連れていけ。母さんと父さんだけは、何が何でもだ。」

『へぇ?じゃあ、君の同級生も、君の先生も、近所のおばちゃんも、病院の先生たちも連れていっていいんだ?』

「興味ない、妹が無事なら誰が消えようがかまいやしない。」

『…あっははははは!!!!』

ハクリ(?)は急に、腹を抑えて笑い出した。
ひとしきり笑い終えると、近付いてきた。

『ほんっと、君って恐ろしいよ。怪物になった方が楽なんじゃないの。』

無表情でそう告げた。
赤い目が、らんらんと輝いている。

『決定は覆らない。だから僕は何が何でも君を引きずり込む。約束は守るよ、君と妹を知る人間は、きちんと何年かかっても引き込んであげる。だが…君のようなイレギュラーは僕たちの害になりかねないね。』

「”害になりかねない”?笑わせるな、”害になる”んだ。僕たちに手を出したこと、それを呪って死んでいけ。」

シャナも無表情で告げた。
少しの間睨み合っていた二人だったが、先に動いたのはハクリ(?)の方だった。

『負け負け、僕のま〜け〜!ほんと君怖いよ、怖すぎる。』

手を挙げて、降参の意を示した。
ハクリ(?)はおどけて笑い、離れた。

『約束通り、君を連れていくし、君の両親も連れていくよ。だけど、僕は僕たちの中でも賢い方だからね。もう少し長く生きていたいから、君にとっておきの情報をあげよう。』

「なに…?」

『僕たちのいる領域は脱出が不可能だ。でも、君や君の妹が怪物なら別。僕たちは人間を攫うのであって、怪物には興味がない。勝手に出ていったらいいよ。別に僕の担当じゃないしね〜。』

「領域…?何の話だ。」

『夢で見ただろう?あそこが僕たちの領域。引き込まれた人間で脱出したものはいない。みーんな飽きられて作り替えられてしまうからね。』

「……。」

下手をすれば、ハクリともども作り替えられてしまう。
そうなれば、もしかしたらハクリのことすら忘れてしまうかもしれない。
そう考えれば、すぐに頷くことは難しかった。

だが、それを悟ったのか、ハクリ(?)は口を開いた。

『でも…君たちなら、あるいは。君たちは強いよ。精神が屈しない。それではどうしようも出来ない。きっと、外に出られるだろう。』

それは、ほんの少しの期待だった。

『君の妹は、僕たちに殺されても、未だ死んでない。いや、君の妹はそもそも…人間として生きるのは難しい子だ。それは君も充分に理解していると思う。』

どこか懐かしむような表情に、シャナは思わず首を傾げた。
それを見たハクリ(?)は、少し笑って話し始める。

『僕にも妹と弟がいたんだ。僕は二人が大好きで、守りたかった。でも…守れなかった。僕の目の前で死んじゃった。』

「………。」

『だから…僕は君に期待しているんだと思う。迷惑な話だろうけど。』

「全く持って迷惑だ。」

『だよねぇ…。』

あはは、と力なく笑う。
その顔からは、後悔を強く感じ取れた。

『君の妹は、今精神体だから、精神が屈しない限り死なない。でも、君は違う。これから君は、生身で領域に向かう。死ねば僕たちに引き込まれ、永遠に囚われることになる。僕と同じになるか、人形になるか。その二つの選択肢しかない。』

「どうしたら死ぬことになる?」

『そのあたりは僕も分からない。でも領域内に長く留まらない方がいい。君が妹と同じ怪物になりたいって言うのなら話は別だけど。あそこは人間にとって害にしかなり得ないよ。』

「…分かった、連れていけ。」

『うん。そうそう、君の妹さんの肉体も一緒に持っていくといい。脱出できる可能性が出てくるから。』

そう言うと、ハクリ(?)は急に倒れる。
はっとして、慌ててシャナはハクリの肉体を抱きかかえた。

『それじゃあ行こうか。道案内はセンチネルがやってくれるよ。』

空間が歪み、穴が開く。
視線の先には、真っ黒い塊と、禍時の空が見えた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品