色災ユートピア

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3.色災

「ここは…?」

暗い世界。
空は黄昏時の色をしており、遥か遠く天上には、何かどす黒い塊が蠢いている。

「私…死んじゃったのかなぁ。」

ふわふわと、体が漂う。
そのまま飛んで移動を続けていると、ふととある人物が目に入った。

「お兄様?」

まぎれもない、シャナの姿だ。
背を向けて、何処かに歩いて行こうとしている。
ハクリはぱぁっと笑顔になる。
話しかけようと、その後を追おうと踏み出して───誰かに腕を掴まれ、引き留められた。

「そっちじゃない。」

「だれ…?」

「それ、お前の兄さんにも聞かれた。」

引き留めたのはS.0だ。
何やら、怒ったような顔をしている。

「あれはお前の兄さんじゃない、ついて行くのはやめときな。」

「でも」

「いいから。」

そのまま、ぐいぐいと引っ張ってシャナ(?)と反対方向に歩き出した。
ちらっと視線を向けると、シャナ(?)は不機嫌そうに舌打ちをして、黒い塊になって消えてしまった。




引っ張られるがままやって来たのは、建物が密集した場所だ。

「ここまで来たら大丈夫だろ。」

S.0は一息ついて、手を放した。

「ねぇ、結局あなたはだれ?ここはどこ?私は死んだの?」

「一気に質問するな、こんがらがるぞ。俺はS.0(センチネル・ゼロ)。」

「せんちねる、ってなに?」

「監視者だ。お前たちの世界でいう、お巡りさんみたいな仕事をしている。」

「へー?なんで私はここにいるの?」

「それは俺が聞きたい。お前、ここに来る直前何を考えていた?」

「私は頭の中に声が聞こえてきたから、それに答えただけだよ?」

「声…?」

「うん、子供の声。お花の色を教えてほしかったんだって。」

「答えたのか?」

「うん。だってお願い叶えてくれるって言うんだもん。」

「願い?何か願いがあるのか?」

「うん。私、体が動かないんだ。脳が壊れたの。かろうじで生きてるけど、早く動けるようにならないとお母さんたちに殺されちゃう。」

ハクリは何でもない風に告げたが、それを聞いたS.0は怒ったような顔に戻ってしまった。

「…ごめんな。」

「どうしてあなたが謝るの?」

ハクリは首を傾げた。
確かに、S.0が謝ることなど何一つないのだから、ハクリの反応は至って普通なのだ。

「いや…なんでもない。それで?お前はどうするんだ?」

「私は体を治すためにここに来たから、体を治して帰るよ。」

「帰る…って、どうやって?」

「んー、分かんない!」

あはは、とハクリは笑った。
無鉄砲だ…とS.0は頭を悩ませるが、ふとハクリがまた口を開いた。

「でも、お兄様が待ってるから行かないと。私とお兄様は双子だから、欠けちゃいけないんだよ。それにお兄様は寂しがり屋なんだ。だから帰るの。」

「…そうか。」

少しの間黙っていたS.0だったが、何かを決心したかのように顔を上げた。

「お前がついて行こうとしていた方向に、お前をここに引き込んだ奴がいる。どんな方法でもいい、勝て。お前の兄さんみたいに夢を見ているだけならまだ帰せたが、お前みたいに存在そのものがこっちにいるなら無理だ。戦って勝て、まずはそれからだ。」

「えー、私死なない?」

「お前が屈しない限りは死なない。」

「そっか!じゃあ楽しょーだね!」

「惑わされるなよ、奴らは精神に浸けこんでくる。」

「分かった!」

「それと、これを持っていけ。」

S.0はハクリに何かを手渡した。
それは小さなナイフだった。

「ここにはお前みたいに引き込まれた人間もいる。無差別に襲いかかってくる可能性もある。心もとないだろうが、ないよりはマシだろう。」

「ありがとう!」

「…気をつけてな。」

「うん!行ってきます!」

ハクリはナイフを握りしめて、S.0に手を振って別れを告げた。
S.0も少し笑って手を振り返す。
そして、来た道を戻り、シャナ(?)がいた道を、真っ直ぐ突き進む。

黒く蠢く何かに、徐々に近付いていた。




一人、道を歩き続けていると、ふと視線を感じた。
辺りを見回すが、建物があるだけだ。

気のせいか、と思い再び歩き出す。

だが、二、三歩進んだところで、銃声が聞こえ、凄まじい衝撃が走り、転んでしまった。
だが、血は飛び散らない。

「………?」

体に穴が開いたわけでもない。
いや…実際は、開いたものの瞬時に再生されている、と言うべきだろう。
ハクリは転がった体を起こして、また歩き始める。

その後、何度か銃声が聞こえ転んだが、傷はなく痛みも感じなかった。
やがて奥に着くと、黒い何かが蠢き、天上からは液体が滴り落ちていた。

『来た!来た!』

『ねぇ、遊ぼう!』

エコーがかった嬉々とした子供の声が聞こえ、天上から手が伸びてきた。

「悪いけど出来ないよ、早く私の体を治してくれないかな?」

『どうして?あっちにいたって面白くないでしょ?』

「お兄様が待ってるもん。」

『君のお兄ちゃんを連れてきたら、遊んでくれる?』

「あはは、ダメー。私は体を治すために来たんだよ。あなたの質問にも答えた。それなのにあなたは私のお願いを聞いてくれないの?」

『こっちにいた方が楽しいのに。』

『僕たちと一緒にいたら幸せなのに。』

「うーん、平行線。じゃあさ、こうしよう。私が勝ったら、私の肉体を治してほしい。負けたらあなたたちとずっと遊んであげるよ。」

『いいよ!何して遊ぶ?』

「あなたたちが私を死なせたら勝ち。でも私があなたたちの誰かか、あなたたちが用意した誰かを殺せたら、私の勝ち。」

『あはは!いいよ!』

『じゃあ、それで遊ぼう!』

次々と生み出される異形の怪物たち。
嬉々とした声が響く。
ハクリはナイフを握りしめて、笑っていた。

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