貞操観念逆転世界におけるニートの日常
第6話 黒崎姉妹
大鳥奏視点
『ボイスチャットしませんか?』
新しいフレンドの【さっきー】さん。クエスト報告を終わらせて小休止を挟んでいた時の言葉だった。
音声通話に抵抗のない僕としては、その提案に乗ってもいいかな? なんて思ったんだけど。
『ボイチャか』
『んー』
少し前に【クロロン】さんこと、加恋さんにあまり男だと周囲に知られるのは不味いって言われたばかりなのを思い出した。
そうなんだよね。貞操逆転してるんだよねこの世界。ネットも怖いところあるからねー……
【さっきー】さんのことは短い時間だけど仲良くなれたこともあり、信用している。
それでも長い付き合いになった友達の助言のことが頭を過ぎった。
答えに窮していると【さっきー】さんが言ってくる。
『私チャットが遅いので、お二人ともっとちゃんと話したくて、駄目ですか?』
うーん、困った。
そこまで言われたらちょっとくらいならいいのかな? なんて思っちゃうんだよね。
【さっきー】さんは良い人だ。良識のある人だと思っている。
周りに言い触らすなんてしないだろうし、ボイチャした時に御願いすれば大丈夫かもしれない。
というか実際に僕のことをどっちだと思ってるんだろう。ネナベやネカマみたいな人たちはいるとは言ってもこちらの一人称はずっと【僕】だし。
【ラブ】さんを見る。彼女はボイスチャットは抵抗ないんだろうか?
『ん? アタシか……あー』
しばらく悩むように間が空く。その後に――
『いいぞ』
微妙に乗り気じゃない感じを察したけど、【さっきー】さんが喜んでくれたので水を差すのはやめておいた。
【ラブ】さんだって慣れたらきっと楽しんでくれるはずだ。いざ何かあれば僕が上手い事フォローしてみよう。
『ああ、だけど待ってくれ。マイクがねーんだ。今度中古でもなんでも適当に買ってくるからよ。その時にやろうぜ』
『マイクが必要なんですか?』
ん、なんだ【さっきー】さんは知らなかったのか。
ネットに慣れてない彼女が音声通話を知ってたのは確かにちょっとした違和感があったけど。
きっとボイチャの事も知ったばかりだったんだろう。それならどっちにしろ今日の通話は無理だったかな。
と、その時だった。一人のギルドメンバーが目に入る。
スケイプに必要な機材を説明する【ラブ】さんと、スケイプ初心者の【さっきー】さんの話がひと段落するのを待ってから提案した。
『もう一人呼んでもいいですか? ちょっと久々な人がインしてまして』
『いいですよ。お友達ですか?』
『ギルドの友達です。誘ってみますね』
◇
黒崎加恋視点
『何だクロロンか』
PTに入った直後【ラブ】の発言がPTチャットでやってきた。
久々になるゲームへのログイン。奏さんに『お久しぶりです』なんて言われて思わず顔が緩んでしまう。
いつもならここでこのまま遊びに行くんだけど、今は勉強期間中。そんなに長くは遊べないし、今回の本題は別にあった。
『はじめまして、クロロンさん』
この人だ。キャラクターネーム【さっきー】さん。
夕食時の妹の発言を聞くに【さっきー】=私の妹『黒崎美咲』の可能性があった。というかたぶんそう。
【さっきー】って咲のことだよね。我が妹ながら似たようなネーミングセンスだった。
それにキャラクターのメイキングも何処となく本人の面影が見える気がする。
軽くチャットをして何人姉妹ですかーみたいな感じの話題に持っていった。
『いきなりだな。アタシは一人っ子だぞ』
『僕も一人っ子ですね』
『姉が一人います』
うわー……やっぱり確定っぽい。
完全に咲じゃん。どうするかなー……奏さんにこの人妹です。と暴露するのは簡単だけど、そうなると奏さんが男だってバラしちゃう気がする。
奏さんとはこれでも仲良く出来ていると思ってる。
私への信用度がそのまま妹への信用度になって、僕男なんですよ。ってぽろっと言っちゃったりとか……考えすぎかな?
まあ、そっちは今は置いておこう。私が言わなければ知られるはずもないし。
問題は咲の方だ。まさかこの広いゲームの中でこの二人と知り合うとは思わなかった。
どんな確率だろうか。ちょっとした奇跡だ。
この人を男だと知ったら咲はどんな反応を――なんて分かり切っている。
この子は私の妹だ。と、思ってもらえたらきっと誰でも分かるだろう。
うーん、と、考えている私を尻目に他の3人のチャットが盛り上がる。
『へぇ、姉さんいるのか』
『羨ましいです』
二人のチャットを受けて【さっきー】が言う。
『自慢の姉です』
心にも思ってなさそうな事を言ってきた。
絶対思ってない。嬉しくない訳じゃないけど、妹のことを知ってる私からしたら違和感が強い。
以前、出涸らし扱いされた時のことを思い返しながら、ふと好奇心から聞いてみた。
『どんなお姉さんなんですか?』
ちょっと気になったんだよね。なんて言うんだろう。
咲が普段から私のことをどう思っているのか。外面を気にして当たり障りのいい言葉を言うだろうけど、それでもちょっとした興味はある。
さて、なんて答えるのか。
『最近好きな人ができたらしいんです』
……あ、あれ。なんで知られてるんだろう。
驚きで隣の部屋の方を見てしまう。壁越しに同じゲームをしているだろう妹の姿を思い浮かべた。
『凄いですよ。毎朝ヨダレ垂らしながら寝言で好き好き言ってるんです』
『いtt』
い、言ってないし! いや、言ってるかもしれないけど、聞かれてたの……?
チャットで否定しそうになったのだけれど、咄嗟に踏み止まった。打ち込む前のチャット文字を削除する。
涎は垂らして……どうだろう。寝てる間だから分からない。分からないけど、真偽に関わらずこの人に知られるわけにはいかなかった。
だけど奏さんが言ってくる。
『へーなんか可愛い人ですね』
『ありがとうございます』
反射的にお礼を言った。
私のタイピングも随分と滑らかになったものだ。
嬉しいけど、ストレートな賛辞が何だかむず痒かった。
『クロロンじゃねーぞ』
『さっきーさんのお姉さんですね』
一斉にツッコミがやってきた。
奏さんに可愛いと言われて、つい無意識に打ってしまった。
思わぬ褒め言葉に口元が緩む。
『だけど歳の近い家族っていいですね。友達と一緒に居られるみたいな感覚ですか?』
『そうでもないですよ。ずぼらなところも多いので苦労させられます』
『ずぼらというと?』
『いつもジャージだったりします』
部屋の壁を殴った。
隣から「どうしたのー?」と、壁越しでくぐもった声が聞こえてくる。
「……ごめーん! 足当たっちゃったー!」
ジャージでいることは否定しないけど。というか今もジャージだけど、何も奏さんの前で言わなくても……知らないから仕方ないけどさ。
それでも恨みがましい視線を隣の部屋にいる咲に送った。
今度会った時どうしてくれようか。
『ジャージいいじゃないですか。というかジャージ着てる人ってなんだか見てて和みません?』
『ありがとうございます』
『だから、オマエじゃねーぞ』
もうずっとジャージで過ごすことを決意した瞬間だった。
今日から私の普段着はジャージになるのかもしれない。
『結構前になるんですけど、お気に入りのエロ画像が消えて泣きそうになってたり』
いやいや、あれ消したのは咲じゃなかったっけ……?
奏さんと知り合うよりもずっと前の出来事だ。パソコンを貸したら画像データが消えていたのだ。
姉妹喧嘩が勃発して数日は口を聞かなかったんだけど、懐かしいな。
結局その後はデータが移動してただけで、無事に見つかって事なきを得たわけだけど。
そうじゃなかったらどれだけ喧嘩が続いたのか見当もつかない。思春期女子のエロの恨みは恐ろしいのだ。
というか奏さんが男の人だと知らずに話を猥談に持っていった咲は哀れだった。
奏さんはどういう感情か分からないけど『www』と、草を打っていた。
『そういやクロロンも妹いなかったか?』
『そうなんですか?』
『そうなんです。笑うとラフレシアのように醜悪な笑みを浮かべる子でして』
せめてもの仕返しとして、そんな悪口を挟んだ。
『www』
奏さんが草を生やした。
咲からは『クロロンさんみたいなお姉さんもほしかったです』と、言われた。
まさか本人だとは思っていないのだろうけど、本当に外面の良い妹だった。
けど、どうしたものだろうか。
後で誰かに相談しようかな。
あるいは奏さんにそれとなく注意してあげた方がいいのかもしれない。
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