貞操観念逆転世界におけるニートの日常

猫丸88

After12 たぶん勇者より勇気出した





 黒崎加恋視点


 木枠の窓から夕焼けが差し込んできた。
 陽の光が喫茶店内を照らしている。
 こういう時は、もう一度深呼吸だ。
 ついでに手のひらをにぎにぎする。

「あれ? 何かカナデこっちに来たよ?」

 そう言われて振り返ると、確かにカナデさんがスマホ片手にこちらに近付いてきた。
 ほんとだ。聞かれてないよね……?
 咄嗟に声を抑えた。

「どうした?」

 晶が声をかける。
 オフ会も終わりが近づいてきた頃。カナデさんが不意に言ってきた。

「クロロンさん。少しだけ付き合ってもらえませんか?」

「なっ、え――ハッ!? ちょ、よ、ふぁ!?」

「落ち着けって……どっかついて来てほしいところがあるってことだろ?」

 呆れたような晶の言葉。ああ、そういうことかと私も落ち着きを取り戻した。

「はい、そうですけど……どうかしました?」

「あーごめんね? ちょっと今クロロンはね……過敏になってるんだよね」

 優良の説明に、過敏? と首を傾げるカナデさん。
 確かに今のは過剰反応だったかも。
 不審がられない内に、カナデさんを見て続きを促す。

「どこに行くんですか?」

 私の問いかけにカナデさんは外を見る。
 行きたいところでもあるのかな?
 でも、カナデさんはこの近辺に住んでいるわけではないので、詳しくはないはずだし……

「お店の前で大丈夫ですよ。ちょっとだけ話したくて」

「なるほど、分かりました。先に行っててもらってもいいですか? 私もすぐに行きますので」









「カナデさんも私のことが好きだったのかな?」

 3人から一斉に「狂ったのか?」みたいな目を向けられる。
 失礼な。
 友人たちの視線に胸を張って答えた。

「いや、根拠がないわけじゃないよ? 今更改まって言うことって告白以外にありえなくない?」

 完璧な理論な気がする。
 私だけを呼んだというのはそういうことなのだろう……たぶん。

「加恋にとってはそうだろうけど、もっとあると思うよ?」

「だいぶ視野狭まってるな」

「これだから恋愛脳は」

 一斉に否定される。でも、実際問題告白の可能性がないわけじゃない気がする。
 そもそも二人きりで話したいなら真面目なことだと思うし。
 ……さすがに都合よく考えすぎだろうか?

「なんにせよせっかく向こうから二人になりたいって言ってくれてるならチャンスだと思う。伝えるならここだよね」

 優良の言う通りだ。
 勇気を出すなら今しかない。
 私はカナデさんの待っている喫茶店の外に向かうため友人たちに背を向ける。
 いよいよ告白。時間的にも最後のチャンスだ。
 最後に後ろの皆にちょっとした頼み事をする。

「みんな、ちょっと気合い入れてもらっていい?」

「いいの?」

「うん、本気でおねが――『ズトッ!!』


 …………


 ……………………


 ………………………………


 扉を開けると、オレンジ色の光が視界に広がった。
 喫茶店の前の通りでは同じような飲食店や色んなお店が立ち並んでいる。
 いつもは人通りの多い夕方の時間。だけど今は偶然なのか人は少ない。
 物寂しい夕日に照らされながら、傍にあるベンチに座ったカナデさんを見る。
 近くの自販機で買ったのか飲みかけのジュース缶を片手に持っていた。

「ぅ、お……お待たせしました」

「……背中どうかしました?」

 ヨロヨロと背中を抑える私を見て心配してくれた。
 ダメージが大き過ぎてしばらく動けなかったんだけど……こういうのはムードが大事なので言わなくてもいいことだろう。
 というか晶の一撃は本気で死ぬかと思った。
 川の畔が見えた気がしたよ。
 カナデさんの隣に少しだけスペースを空けて座った。
 なんか距離が近すぎてソワソワする。
 チラチラ隣を見ていると、カナデさんが何かに気付いたように言ってくる。

「クロロンさんも飲みます?」

「えっ……の、飲みますっ!」

 食い気味に答えていた。
 カナデさんのガードが緩いことは今までで散々理解してきたけど、まさか間接キスを許してくれる男性がいたとは。
 内心の驚きを隠しながら努めて冷静な振りをして答える。
 カナデさんは、どうぞと言って缶ジュースを渡してきた――未開封の物を。

「ですよねー……」

「もしかしてリンゴジュース苦手でした?」

「いえ……まあ、いえ……ありがとうございます……」

 まさか飲みかけを期待していたとは口が裂けても言えず、私はカナデさんからジュースを受け取った。
 プルタブを開けてちびちびと中身に口をつけた。
 冷たくて美味しかった。喉が潤ったところでさっそく本題に入る。

「そ、それで、話というのは……」

 上擦った声で、期待半分に聞いてみる。
 本当に告白だったら嬉しいけど――

「改まって言うのもなんか気恥ずかしいんですけどね、ずっと言いたかったんです」

「ほ、ほぅ?」

「あのゲームで初めて出来たフレンドがクロロンさんなんですよ」

「……そうなんですか?」

 思っていた話とは違ったけど、意外な事実に一瞬呆気にとられる。
 カナデさんならもっと沢山フレンドがいると思ってたのに。
 でも嬉しくないわけがなかった。
 この人の初めてが自分というのは、それがどんなことであってもなんだかニヤニヤさせられる。

「お礼を言いたくてですね。ありがとうございます。嬉しかったです……本当に」

 想像通りではなかったけど、カナデさんの嬉しそうな表情を見ていると、不思議と水を差す気にはなれなかった。

「いえ、そんな……私の方こそあの時は嬉しかったですっ!」

 お礼を受け取るとカナデさんは「それとですね――」と、続けた。

「真面目な相談があるって言ってましたよね? もし他の皆に聞かれたくないことならって思ったんですけど」

 ……どうやら気を遣われてしまったらしい。
 相変わらず優しい人だなと思った。

「……もう少しだけ話しませんか?」

「いいですけど、何をですか?」

「ほら、ビギナーの頃に色々手伝ってもらったじゃないですか」

 カナデさんが懐古するように表情筋に嬉しそうな笑みを浮かべた。
 それを見て色々な光景が脳裏に浮かんだ。
 
「あの頃はずっと一緒に遊んでましたよね」

「そうですね。お互いフレンドも少なかったでしょうし」

「ギルドに誘ってからは二人だけで組むことは減りましたね」

「ですね~」

 友達のギルドに入ってからメンバーも増えた頃を思い出す。
 教室の隅にいた晶や薫を誘ったりして……そのギルドにカナデさんも誘って……懐かしいなぁ。

「あの頃はボスが怖かったです」

「そうなんですか?」

「はい、でもカナデさんはボスに行きたがらない私とも毎日遊んでくれましたよね」

 他にも色々遊びはあるって言ってくれて……それがきっかけでいつかはこの人と行ってみたいって思うようになったんだ。

「深緑の聖剣を作るときに場所間違えてたこと覚えてます?」

「あーありましたね。結構探したのに出なくておかしいなーってなってましたよね」

「ですね。ネットで調べたら隣のエリアだったとか」

「ははっ、あれは面白かったですね。笑っちゃいましたよ」

 本当はあの時怒られるんじゃないかって怖かった。
 アイテムの出現場所を調べたのは私だったし。
 だけど、カナデさんは怒らなかった。草を生やして笑ってくれた。それが何だか嬉しくて私も一緒に笑ったんだっけ。

「最近だと炎帝装備も作りましたよね」

「ああ、炎の魔龍ですか。ずっと通いましたね」

「いつも周回に付き合ってくれましたよね」

「こう考えるといっぱい遊びましたねー」

「……私はまだ遊び足りませんよ?」

「お、今日の夜もやります? なんでも誘ってくださいよ」

 男の人だって分かってからも色々あった。失礼なこともしちゃったけど、この人はそれも許してくれたんだ。
 貴方にはまだいっぱい話したいことがあるんです。
 色んなことを伝えたい。沢山の話題が浮かんでくる。
 ずっとずっと一緒にいたい。ゲームでも、リアルでも。
 グッと高鳴る鼓動を抑え込む。

「カナデさん。それなら――」

 名前を呼んで立ち上がる。
 空き缶がカランと音を立てて転がった。
 カナデさんが身を屈める。その缶に向けて伸ばされた手の先を私の両手が握り締めた。

「クロロンさん……?」

 感情をのせた言葉。それを、一息に伝えた。


「わ、私と付き合ってもらえませんか?」







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