冷寧である俺は戦争に行かないし、救護手当てもしない。~完結済み~

青篝

秘密を聞いた俺は

キーンコーンカーンコーン…

「本日はここまでだが、
次回小テストを行うので
復習をしておくように」

チャイムと共に
昴は現実に引き戻された。
あの日のことは、
今になっても夢に見る。
夢に見なくとも、
思い出そうと思えば
簡単に思い出せるのだが。
余談だが、先程の数学の授業は
全くもって聞いていない。
小テストか…
ちゃんと勉強しておかないとな。
といっても、昴はそこそこ優秀で、
高校3年分の勉強は
一通り済ませてある。
しかし、ここは商業高校なので
普通科の内容と比べると、
少し簡単ではあるのだが。

六時間目の授業を終えると、
今日は部活をサボって
真っ直ぐ家に帰った。
東雲小町のことを考えていると
部活にも支障が出そうだからだ。
家に帰ると玄関に
見覚えのあるハイヒールが
その赤い艶を主張していた。

「…ただいま」

小さな声でボソッと
昴は言ったつもりだったが、
彼女には聞こえたらしい。

「あら、おかえりなさい。
今日は早いのね」

リビングから顔を覗かせ、
昴達の義母―岡崎おかざき  早江さえ―は
昴を出迎えた。
あの化粧顔を見る限り、
早江は今日もまた
外へ出かけるようである。

「今日も行くんですか?」

実の話、早江には男がいる。
その男がどんな人なのかは
全くもって興味はないが、
聞くところによると
昴達を引き取る前からの関係で、
かれこれ5年の付き合いらしい。

「えぇ、今日も遅くなるから
ご飯は二人で食べてね」

そう言って早江は
昴に千円札を渡してきた。
昴はそれを無言で受け取り、
他に何か言われる前に
2階の自室へと上がった。



「マジで東雲小町よくね?」

「それな!なんつーかさ、
可愛いし、カッコイイよな!」

窓から空を眺めながら、
貴様らの語彙力は小学生並だな、
なんて昴は思っていた。
彼らはこのクラスの
上位カーストの連中で、
千岡せんおか梨花りか秋雨あきさめ真司しんじなど、
常に誰かが隣りにいて、
話の話題が尽きることはない。
ああいうのを陽キャといい、
昴のようなのを陰キャというのだろう。
昴とは正反対の存在である。
しかし、昴は今が好きなのだ。
一人独りで誰にも気を使わなくていい、
そんな今が好きなのだ。
独り一人なら自分の存在を
守るという領域戦争をしなくていいし、
何かしらの戦争で
周りの誰かが傷付いた時、
慰めるなんて救護手当てを
しなくてもいい。
そんなのって心が
暖かい奴がするものだろ?
ほら、俺って冷たいから。



そして放課後、昴は図書室に来た。
言うまでもなく、東雲小町から
昨日の答えを聞くためである。

「あっ…来てくれてた…」

今日も図書室には
東雲と昴しかいない。
彼女は、マスクも付けているし、
あの滲み出る清楚感も
そのままであった。
もちろん、あのパッチリ目もだ。
昨日と違う点でいえば、
昨日は入り口に背を向けていたが、
今日は顔を向けていることだ。

「放課後に聞くって言ったからな。
俺は約束は守る性格でね。
…まぁそんなことはいい。
さて、そちらの答えは?」

昴は彼女の向かいに腰掛ける。
そして、真っ直ぐに見つめた。
いくら崖っぷちでも、
人に頭を下げてまで、
ましてや自分の事務所の
秘密を明かしてまで
コラボを望まないだろうと
昴は踏んでいたので、
強気で東雲に聞いた。

「えと…結論から言わせてもらうと…」

すると、彼女はおもむろにマスクを外し、
その幼さ残る可憐な顔を
昴の前に晒した。

「桝北昴さん。いえ、北極うさぎさん。
コラボの件、よろしくお願いします」

「え?」

昴の予想は見事に外れた。

「すまないが、
それはコラボをしてくれって
意味で受け取っていいのか?」

「はい、そうです」

念の為に聞いた昴だったが、
満面の笑みと共に即答されたので
思わず怯んでしまった。

「…企業秘密と最低限の代物の件は?」

そこで昴は意識を
すぐさま切り替え、確信に迫る。
もし、これに答えられなければ昴の勝ち。
仮に答えられても、
昴の満足に達しなければ、
これも昴の勝ちである。
特に企業秘密の内容は、
なぜ『北極うさぎ』が昴だと
知っていたのか、
ということだけでなく、
東雲の情報網が
どれ程の物なのかという
意味も含まれている。

「はい。まずは秘密の方ですが、
パパの事務所には『スパイ係』
という部署があって、
犯罪の一歩前までなら
何をして情報を仕入れもいいと、
各々の自由にさせているので
彼らは簡単に情報を入手できます。
今回の件、つまり『北極うさぎ』が
誰なのかという案件は、
ほんの2日で割り出したらしいです。
何でも、ラジオを徹底的に
洗い出したようです。
次に最低限の代物については、
パパと話した結果あなた方に――」

東雲が続けて話をしていたが、
昴の耳には届かなかった。
それは東雲の言葉が
昴の予想を遥かに上回っていたからだ。
昴達は出来る限り、
メディアへの出演を避けていた。
今回はそれが裏目に出たらしい。
現にこうして昴の中身が
割れているのだから。
その後、どう行動したのか、
昴はあまり覚えていなかった。
ただ、東雲と少し話をして
家に帰っただけのような。
そんな気がしていただけなのだ。
もちろん、今日も部活はサボった。

そういえば、東雲の野郎、
普通に喋れるんじゃねぇか。


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