冷寧である俺は戦争に行かないし、救護手当てもしない。~完結済み~

青篝

冷寧である俺は

「…俺が、朱空に何も
してやれなかったから、
一番近くにいた俺が、
何もしなかったから…」

体の震えと、流れる涙を
止めることが出来ない昴は、
先程から何度もこのような
独り言を続けている。

「…昴君。楽はね。
あなたがいてくれて、
本当に嬉しかったと思うわ」

パトカーに乗ってから
一時間は過ぎているだろうか。
不意に朱空の母親が
昴に話しかけてきた。
しかし、その声に震えは無く、
真っ直ぐに昴の心に入ってくる。

花音かのんおばさん、よしてください。
俺は、所詮何も出来ないんです」

「そんな事ないわ」

昴の言葉を最後まで聞かずに、
朱空の母親―花音―は
昴の言葉を切り捨てて
力強く話を始めた。

「楽はね、私達にいつも
昴君の話をしてくれるの。
最初はクラスの男の子が
有名な小説家で、
その子と音楽を作るんだって
喜んでただけだったんだけど。
その子と過ごすうちに、
一緒にいるだけで幸せだなって
思うようになったんですって。
それからはその子の色んな
話を聞かせてくれたわ。
基本的には冷たい性格だけど
実は凄く丁寧な裏の顔が
たまに見え隠れしてねって。
楽はそんな君のことを
冷たいけど丁寧って意味で
『冷寧』って呼んでたわ。
それからね────」

そこから先の花音の話は
昴の耳に届いていない。
いや、届いてはいたが
ほとんど覚えていない。
花音の言った『冷寧』という
キーワードが昴の脳を
支配していたからである。
生前、朱空は漢字を組み合わせて
新しい熟語を作るのが好きだった。
こうやって新しい言葉を
考えていると楽しいんだと、
朱空はそう話していた。

「昴君…これを」

そう言って花音は
昴に一枚の紙を差し出した。
その紙は何度も何度も
読み返されたようで、
しわくちゃになっていた。
昴はそれを無言で受け取る。
紙は、かすかに濡れていた。
字も滲んでいた。

『お父さん、お母さん。
先逝く不幸をお許し下さい。
それと、今まで我が儘な僕を
育ててくれてありがとう。

僕は小さい頃から髪が赤くて、
周りの子から悪意みたいだと
よくイジメられてました。
でも、その度に両親に
励まされ、勇気をもらいました。

ある日、僕が音楽を創りたいと
急に言いだした時も、
頑張れと応援してくれました。

それでもイジメは無くならず、
もう死にたいと何度も思いました。
そんな時、彼に出会い、
僕は彼に救われました。

当初、彼は僕のことを
あまり良く思って
いないようでしたが、
なんとか打ち解けることができ、
今では僕の一番の友達です。

昴、僕は君と出会えて、
本当に良かったよ。
入学式の日、
クラスで何があったのかって
昴は何度も聞いてくれたよね。
でも、僕は君に迷惑は
絶対に掛けたくなかった。
だけど、君に嘘をついて
何度も誤魔化したことは、
とても心苦しかった。

ねぇ、昴。
僕は本当に我が儘なんだ。
だから、最後に僕の我が儘、
聞いてもらいたいな。

実は、僕は一つだけ
心残りなことがあるんだ。
それはね、昴の書いたうた
聞くことが出来なかったことだよ。
昴ってば、小説は上手いのに
歌詞を書くセンス無いんだ。
だから、昴の成長した姿を
見れないのって凄く残念。

だから、いつか昴の
創った歌が聞きたいな。

僕の夢は、僕の音楽で
一人でも多くの人を救うこと。
この夢を昴に叶えてほしい。
それが、僕の最後の我が儘だよ。

そうだ。愛花と和斗にも
お礼をしておかないと。
二人は何も知らなかった僕に
色んなことを教えてくれて、
本当に助かったよ。


最後に言わせて下さい。
お父さん、お母さん、
昴、愛花、和斗。

皆さん、こんな僕と
一緒にいてくれて、
ありがとうございました。


朱空楽』

昴は、溢れる涙を
拭うことさえできなかった。
朱空の遺書を持つ指に力が入り、
しわくちゃの紙に
更にしわが走る。
昴の涙もその上に落ち、
鉛筆で書かれた字も
昴が読む前より滲んでいた。
何度も繰り返し読み返す。
涙は依然として止まらず、
今度は昴の泣き声も響く。
何度も読み返した後、
昴は遺書を西難に渡した。
西難がそれを受け取ると、
より一層しわが走り、
字も滲んでいった。



午後7時半頃、
南関も合流し、昴達は
警察と話をすることになった。
最近の朱空の様子、
イジメはあったのか等。
三人は、いや主に昴は
警察の質問に誠実に答えた。
もう帰っていいよと、
警察に言われたのは、
それから2時間後のことである。

「昴君」

もう帰ろうと思っていた昴を
花音は呼び止めた。

「受け取ってくれるかしら」

花音の手には一本の
シャープペンシルが握られていた。
それは昴にとっても
見覚えのある物だった。

「楽はあなたに夢を託したわ。
その夢はこれで叶えて」

そのシャーペンは、
どこにでも売っていそうな
安っぽいシャーペンである。
青色なのだが、表面の色は
かなり薄くなっていて、
随分使い古されている。
それは朱空が作詞をする際に
いつも使っていた物で、
中学の入学祝いで
買って貰った物だそうだ。
朱空はそのシャーペンでなければ、
本領を発揮出来ないのだと、
そんなことも言っていた。

「…分かりました」

そっと差し出されたシャーペンを
昴はしっかりと受け取った。
そして昴はそのシャーペンを
朱空の形見として
一生大切にすることに決め、
朱空の夢を叶えることを
夜空の彼方に約束した。



━━━━━━━━━━━━━━━
あとがき



どうも、夢八です。
読んで頂き、感謝します。



今回で回想は終わりです。
もっと短く済むと思ってたんですが、
いやー長かったですね。
長かったですけど、
作者的には満足してます。

作品はまだまだこれからなので
この先も宜しくお願いします!


それでは、アディオス!

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品