オレの幼馴染が嫁候補!?

古民家

許嫁なんですが……

大学2年の春。
桜の花も散り、新年度の熱も落ち着いた頃。

オレは校庭の休憩スペースのベンチで、昼飯のパンを齧りながら、昨年の今頃を思い出していた。

楽しい大学生活を夢に見て、一生懸命勉強し、なんとか志望の大学に合格したはずだった。

ところが、いつの間にか大学に合格する事が目標になっていたオレは、目標が無くなる事で、冷たい氷水に手を入れるように一気に熱が冷めていった。

冷め切ったあとは、もう時間の問題だった。

講義にも出なくなり、大学の自主退学が頭を過ぎるようになる。

辞めて何をする訳でもなく、ただそこの環境に居続ける事が嫌になっていた。

「悠ちゃん…お昼?」

いつの間にか美咲が隣に立っていた。

「………先輩やろ?」

「あ、ごめん…。ここ座ってもええ?」

「まあええ。好きにしよし。」

オレからの許可を聞いた美咲は、ニコニコしながら、反対の席に座る。

まあ美咲こいつのとの一件があってから以降、不思議と前のような鬱蒼とした気分は少なくなり、大変ながらも講義にも出るようになっていた。

「なあ、美咲。」

「何?」

「一人暮らしは慣れたか?」

「うん。最初は大変やったけど、今はだいぶ落ち着いて来たで。」

「夏帆さんも心配してんちゃうん?」

「おかあはんも、最初はそうやったけど、悠ちゃんのこと話してからは大丈夫やて。」

何が大丈夫なのかはわからないが、夏帆さんが良いというなら良いのだろ。

「そう言えば悠ちゃん。もう直ぐ5月やけど、GWは実家に戻るん?」

「うーん、どないしよう…」

「もし、戻るんやったら一緒に帰らん?それに、おかあはんも会いたがってたし。」

そういえば美咲と許嫁の仲になってから、一度も葛籠屋には顔を出していない。

「なあ、悠ちゃん…」

「ん?どないしたん?」

「その……ウチとの……」

「なんやな、はっきり言いよし。」

「やっぱいい…」

「なんやねそれ。」

引っ張っておいて、やっぱりいいとは、逆に気になってしまう。

美咲が言いかけた事を、問い詰めようと思ったが、向こうの方から知っている人がやって来るのが見えた。

「ようやく見つけた!」

「あ……水沢。」

「あ……水沢、ちゃうわ!小鳥遊くん私に恨みでもあるん?」

ああそういえば、歓迎会を打ち壊した後、水沢には誤ってなかった事を思い出した。

「ごめんなさい、水沢先輩。あの後、私も会場から出て行っちゃって。」

「あなたは…葛籠屋さんだったっけ?こちらこそ不快な思いをさせてしまって、本当にごめんなさい。」

美咲も水沢もお互いに頭を下げて、自分達の行いを謝罪した。

「それで小鳥遊くんと葛籠屋さんは、どういう関係なん?歓迎会の時も随分と親しげに話てたし……」

「ああそっか、そう言えば全然話してへんかったな。美咲は、オレの幼馴染やねん。」

「幼馴染?ホンマなん?」

なんでそこで不信がるんだよ。
水沢はオレと美咲を何度も交互に見合う。

「あ、あの…水沢先輩…」

たまらず美咲が声を掛ける。

「あ、ごめん。まさか小鳥遊くんに、こんな可愛い彼女がおるなんて思わなくて。」

「か、彼女!?」

「ちゃうちゃう、ただの・・・幼馴染や。」

そう咄嗟に言い訳した瞬間、美咲の顔が陰った気がした。

「ふーん…まあ、小鳥遊くんがそう言うならそうなんやろね。」

「水沢、あんまり勘ぐると下衆になるで。」

「役割放り出して、イベントぶち壊す小鳥遊くんには言われたない!」

「う…痛いとこつくなや…。それは謝っとるやん。」

「そんなん言葉だけやん。誠意が感じらへん、誠・意・が!

今日はやけに水沢がからんでくる。

美咲の方を見ると、水沢に頭をペコペコして、オレの分まで謝ってるようにも見える。

「わかった。水沢の言うこと一つ聞くし、もうオレや美咲のことも許してくれや。」

「葛籠屋さんの事は別に怒ってなし、それに葛籠屋さんが美術部に入らへんことも気にしてへんよ。」

「え!?美咲、美術部入らんの?」

「う、うん。」

あんな事があった後だし、改めて入部するのも気が引けるのだろうな。

「それでやね小鳥遊くん…」

水沢の顔を見ると恐ろしいまでな笑顔になっている。
その表情にデジャヴを感じ、オレは僅かに身震いした。

「な、なんでそんな笑顔なん、水沢?」

「小鳥遊くん、なんでも言うこと聞くんやろ?」

「おい、なんでもなんて言うてへんで!勝手に解釈広げんなや!」

「ちぇ…そのままいけるかなと思たけど、2度は無理か。」

水沢は頬を膨らましながら残念がっている。

「ほな、小鳥遊くん連絡先教えてくれん?」

「は?」

「今すぐ小鳥遊くんにして欲しいこと思いつかんし、思いついたら連絡するわ。」

きっちりしてると言うか、恐ろしいと言うか、後々難題を言われても嫌なので、オレは水沢の提案に同意し、連絡先を交換した。

水沢はバイバイと手を振ると、そのまま部室等の方へ歩いて行った。
その足取りは何やら軽やかに見えた。

「悠ちゃん。」

美咲を見ると不安気な表情をしている。

「どないしたん美咲?」

「えっと…一つ確かめておきたい事があんねんけど良え?」

「なんや?」

「あ、あの…ここやとちょっと…」

歯切れが悪い美咲を鑑み、オレ達は今日の講義が終わった後に、校門の前で待ち合わせることにした。

そして講義が16時に終わり、オレは校門に向かう。

ああ、やっぱり1年間のロスは大きい。

1年時と2年の必須科目をこなすだけでも、かなりの詰め込みだ。

少し前まで、まさか大学生活を続けるとは思わなかった。

親同士の決めたこととは言え、幼馴染の美咲と許嫁の仲になるなんて、誰も考えないだろう。

まあ、久しぶりに美咲に会った時も、内心では可愛いと思ったし、美咲はオレのことを好いてくれてるなんて正直嬉しいと思った。

そんな事を考えながら、いつの間にか校門の所にまでやって来た。

校門の方へ目線をやると美咲が立っているのが見えた。

「みさ…」

声を掛けようとした時、美咲が誰かと話しているのがわかった。

ゲートの影で見えなかったが、美咲に何かを話している男子がいた。

何を話しているかはわからなかったが、男性が美咲の腕を引き、美咲は後退りしているのを見て、オレはゲートへ走り出した。

「なあ、そんな事言わずに行こうぜ。オレ、君が好きそうな所知ってるし、少しだけだから。」

「あ、あの、わ、私、此処で待ってなきゃいけないので…」

「でも、もう随分と待ってるじゃん?」

「美咲〜、待たせた。」

オレはわざとらしく大きな声で美咲を呼んだ。

「あ…」

オレの姿を見た美咲は安堵しながら、オレの方へ走ってくると、オレの背中に隠れた。
「ち、なんだ、彼氏持ちかよ。そんなら早く言えよな。」

着崩した服装に、頭の所々にアッシュを入れたいかにも軽薄そうなその男は、オレを睨むと悪態をついて歩き去った。

「なんでオレ睨まれなあかんねん。すまんな美咲遅くなって……美咲?」

背中越しに美咲がオレの服を掴みながら震えていた。

「おい、大丈夫か美咲?さっきのヤツになんかされたんか?」

「う、ううん。ごめんな悠ちゃん、あの人ちょっと怖かってん。」

そういえばさっきのヤツ、随分待ってたとか言ってたな。

「美咲、ここでどのくらい待っとったん?」

「え、えーと、5分くらい?」

「…………」

オレは美咲に無言のプレッシャーを与える。

「2、20分…」

「…………」

「15時の講義が終わったら、ここに…」

「はあ……1時間も待ってんやん。なんで連絡せんねん?」

「こ、講義の邪魔したらあかんと思て…」

「いや、メール打ったらええやん?てか、食堂とか図書館とかで時間潰しても良かったんちゃうん?」

「あ、思い付かへんかった。」

オレはガクっと肩を落として、美咲の天然成分を思い出した。

「でも、おおきに悠ちゃん。私、あんなん初めてやったし、あの人強引やったさかい、怖なってしもて。」

「美咲…これから初体験する度にそれやと、いろいろ大変やで。」

「悠ちゃんのスケベ!!」

美咲は、オレの背後でバンバンと背中を叩いて来た。

いや、そう言う発想するお前がどうなんだと突っ込みたくなったが、オレはそれを引っ込めた。

「それで昼間の続きやけど、美咲。何を確かめたいんや?」

美咲が背中を叩くのやめると、オレは後ろを振り向く。

すると、美咲はもじもじとしながら、上目遣いでこちらを見てきた。

「と、とりあえず出よか。大事な話なんやったら静かなところの方が良いやろ。」

「うん。そしたら、悠ちゃんの部屋でもええ?」

「は?」

「え!?あかんの?」

「あ、いや、そう言うわけやないけど…
ほな行こか?」

「うん。」

先に歩き出したオレの後を、美咲が神妙顔つきでついて来るのを、横目に見えた。

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