オレの幼馴染が嫁候補!?

古民家

夢に見た大学生活は、やはり夢だった。

めんどくさい…

単調な講義の中、頬杖を突きながら窓の外を見ると、青い空が広がっている。

だけど、今のオレにとっては心が晴れることはない。

小鳥遊 悠人たかなし ゆうと  〇〇大学 社会学部 1年目の冬。

 大好きなゲームや漫画を我慢して、睡眠を削りながら、勉学に励み、その努力の結果何とか補欠合格という形で入ることが出来たこの大学だったが、既に無気力人間の仲間入りだ。

「五月病やね。」

友人と呼ぶには、まだ交流の浅い時期にクラスメイトからそう言われてから半年以上が経つ。

流石に冬の五月病はありえない。

既に必須科目以外の講義に出ることはなくなり、1週間の半分以上はアパートの部屋にイモリ状態である。

以前、ネットで検索した時に自分の状態をググってみたことがある。

蔑みやダメ人間扱いのコメントが多い中、よく書かれているのは大学に合格することが目標だったことで、目的を見失ってしまい気力が無くなるということだ。

わかってはいたけど、改めて書いてある事を読むと苦痛でしかない。

「はあ……なんでオレ、ここにいてんのやろ。」

無意識に言葉が出てくる。

そして、寒さが厳しくなると必須科目の講義にすら出なくなっていた。

「学校出てこんの?」

「合コンあんねんけど、一緒にいかん?」

当初は、クラスメイトから心配や遊びの誘いのメールが来ていたが、年が明けると返信をしなくなり、そうなると連絡が来なくなるのは必然だった。

近くのコンビニに行くと、近くの神社やお店には新年を祝う人達で溢れ、なんだか自分だけが取り残された気さえしてくる。

アパートに戻りソファに腰を下ろすと、ガサッとコンビニ袋をテーブルを置く。

買った時は熱いくらいだった缶コーヒーは、一口飲むと既に緩くなっていた。

「辞めよ……」

入学時に購入した最新機種のスマホを取り出し、画面を開くと、登録数の少ない連絡先を検索する。

連絡先「実家」を開き電話番号をタップすると、耳元にコール音がしばらく鳴る。

「はい、小鳥遊です。」

懐かしいお袋の声を聞くと、胸の奥がチクリとする。

「もしもし?」

「…悠人やけど……」

「なんや悠人かぁ、あんた全然連絡よこさんで何しとんのや。」

「オトンもおるんか?」

「克さん?おるよ、変わろか?」
「悠人か〜?元気しとんのか?」

奥の方で親父の声が聞こえ、余計に話辛くなってきた。

「……オレ、そっちに帰ろ思とんや。」

「そうなん!?それやったら丁度ええわ。」

「え?な、なんで?」

息子の消沈気味の声も気に留めず、妙に明るいお袋の声に、少し怒りを感じたが、お袋は言葉を続けた。

「いつ帰るん?明日?あ、せやけどあっちの都合も聞いとかんと…」

勝手に喋るお袋の口調は、どことなく嬉しそうにしているのが気になる。

「なあ、オレ大事な話があんねん。」

「あんたもなん?そんなことより、こっちの方が大事やから、はよ帰ってきいや。」

そんなこと呼ばわりされ、怒りが込み上げてきた。

「オカン!明日帰るし、大事な話あるからオトンにもれ言うといてな!」

「明日ってあんた…」

咄嗟に明日帰る事を伝えると電話を一方的に切り、とっくに冷え切ったコーヒーを一気に飲み込む。

次の日、快速電車に乗り、10時に京都駅の改札口を出る。

底冷えする京都の冬は、住む人間には当たり前だが、外から来た人にとっては厳しく感じる。

久しぶりに帰って来ると、その寒さが懐かしく感じる。

市バスに乗り、30分ほど揺られながら窓の外をぼんやり見る。

鴨川の河川敷が目に入ると、小さい頃年下の幼馴染みと良く遊んだ事を思い出していた。

(あいつ今頃何してんやろ?)

出町柳の停留所が見えてくると、降車ボタンを押し、バスを降りる。

叡山電鉄の駅前は特段変わりはなく、懐かしい景色が目に入る。

「はあ…気ぃ重いわ…」

テクテクと歩く足取りは、実家が近くに連れて重みが増していく。

実家に着いた頃には昼前の時間になっていた。

表札に「小鳥遊」の文字、その下にインターホンのボタンがあるが、押さずに玄関の扉を引く。

ガラガラと玄関戸が音を上げて、人の来訪を告げる。

広めの玄関には女性モノのパンプスが一足。

最初はお袋の物かと思ったが、やけに若者向けのデザインだ。

そうこうしていると、廊下の奥からパタパタとスリッパの音が近づいてくる。

「なんや悠人やない!?あんた、帰る時間ぐらい、ちゃんと言いや。」

オレの顔を見るとお袋は驚いた顔をして近づいて来るが、やけにめかし込んでいる。

「オカン、何なんその格好?これからどっか出かけんの?」

「あんたこそ、何なんその格好!?ヨレヨレのシャツにジーパンて!?」

「ジ、ジーパンって、今はジーンズとかデニムパンツって言うて…」

「ああもう、そんなんどうでもええから、早よあがりよし!」

捲し立てるようにお袋がオレの腕を引き、そのせいでつんのめる。

グイグイと応接間に引っ張っていくオカンは、何処か興奮していて、これまで見たことのない表情していた。

(何なんやいったい。オレ、大事な話せんとあかんねんけど…)

応接間の中を見ると、そこにはビシッとスーツでキメたオトンが正座していた。

そして、上座にも1人。

花模様のステッチが入った白いブラウスに、若草色のカーディガンを羽織り、ややショートの黒髪に縁なしメガネを掛けた、見るからに頭の良さそうな女性が、同じく正座していた。

(何やろ、保険屋さんにしては歳が若そうやし、ゆーてもオレと同いくらいちゃう?)

「おお、悠人!帰ってきたか。はよここ座りよし。」

「オトン、誰なんこの人?」

親父が驚いた顔をする。

「なんやお前、さっちゃんのこと忘れたんか!?」

「さっちゃん?」

キョトンとしながら、さっちゃんと呼ばれた女性の方を見る。

「久しぶりやね悠ちゃん。だいぶ背ぇたこうなってて、びっくりしたわ。」

クスクスと笑う彼女を見て、記憶が呼び覚ます。

「み、美咲!?」

「うん。」

葛籠屋 美咲つづらや みさき  お互に家が近く、保育園から中学まで同じ学校に通っていた1つ下の幼馴染み。

2人とも両親が共働きということもあり、お互いの家に出入りすることも多く、小さい頃から良く遊んだ仲だった。

中学になるとお互いに疎遠になり始め、オレが進学高校に入学した事を切欠に、交流がパタリと絶えていた。

「そんで、なんで美咲がウチに居るん?」

親父とお袋がお互いに見合うと、コホンと咳払いをした親父がとんでもない事を口にした。

「悠人。葛籠屋 美咲さんと結婚しなさい。」

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