霊祓い師 ––Fantome relief––

弥久間 蓮斗

第Ⅲ章 Childhood friend

     霊祓い師 ––Fantome relief––


    第Ⅲ章  Childhood friend


 数時間前。
 志崎 冥の入院している病院が、霊祓い師 狩霊組(しゅりょうぐみ)異端小隊(いたんしょうたい)と名乗る者達が押しかけ、眠り続ける冥を攫っていった。
 病院内は多少荒れたものの、死傷者ゼロ。
 そして、この事を焔が聞いたのは近衛 彼無(このえ かなむ)の除霊後すぐの事だった。
 本部に戻った社畜小隊に度重なる事件が巻き起こる。
「冥が攫われたってどう言う事だ ︎異端小隊ってなんなんだ ︎」
「おい神崎!落ち着け ︎」
「これが落ち着いてられるか ︎」
 本部の司令室で、状況を説明した隊員が焔に胸ぐらを掴まれている。
「志崎 冥?」
 彼女のことを、沙琳と環は知らなかつた。
「ああ。コイツの恋人で陰禰の呪縛によって今なお眠り続けている女だ」
 富義が説明すると、沙琳が前に焔の言っていた事を思い出す。

『大切な人ですら、突然の理不尽によって危機的状況にさらされる』

「あの言葉、彼女さんのことだったんだ………」
 その傍で、口論する焔達。
「私たちも、異端小隊の事は知らないんです。病院からそんな連絡がありまして、警察にいる我々の隊員が裏のルートから知らせてきたんです。ですが、既にに志崎さんを取り戻すため、猟豹小隊を向かわせました。あなた方も援護に向かってはどうですか?」
「くそ ︎」
 社畜小隊はすぐに猟豹小隊と連絡を取り、志崎 冥奪還の援護に向かった。
「こちら社畜小隊。富義だ。状況報告頼む!」
『こちら猟豹小隊。工藤。数分前に奪還は成功している。あとは本部の施設に連れて帰るのみだ。本部の現在ゲートは?』
「千代田の神田明神だ」
『了解。では護衛を頼む』
「了解」
 霊祓い師の本部は時空隔てた先にあり、それは地球の時点と共に日々場所を変えている。
「と言うわけだガキども。手分けして車を護衛する。俺と神崎で車本体の護衛。藍那木と近衛は建物屋上から見渡し敵襲を知らせろ」
『こちら猟豹小隊。そろそろ指定座標ポイントに到着する。護衛を頼む』
「こちら社畜小隊。了解した。じゃあ行くぞ」
 焔達の前に現れたのは白い車。
「連係はさっき言った通りだ ︎」
 そう言って、富義と焔が車の上に乗っかる。
 すると次の瞬間。環から通信が入る。
「前 ︎」
 二人は咄嗟に振り向くが、既に前方に現れていた敵は先手を打ち発砲。富義の額をかすった。
「あんた、大丈夫か⁈」
「ああ。掠っただけだ、にしても、部が悪いな。異端小隊とか言うやつら、全員銃装備かよ」
 気がつけば焔達は囲まれていた。
「おい!一旦曲がって細い道に入れ ︎」
 富義の指示で、車は左折し、姿をくらます。
 空から現れた敵は、建物の上に構え、再び出てくるのを伺った。
 だが次の瞬間、出て来たのは富義だけだった。
 すぐに銃を構える隊士だが一歩遅く、投げナイフで腕をやられ、動揺しているうちに富義は地面を蹴って、素早い動きで首を絶った。
「なっ⁈」
 躊躇なく隊士の一人を殺した富義。そんな彼にもう一人の敵隊士が銃口を向ける。しかし彼は殺した死体を盾にし走り込む。そして大剣の大振りで一気に二人、計三人を惨殺した。
「今だ ︎行け ︎」
 富義がそう叫ぶと、焔が物陰から飛び出した。
「奴を追え ︎」
 異端小隊はそう叫び一斉に彼を追い始める。
 小隊の全員が銃に、空間を足場とする特殊なブーツをつけている。
「ったく、アイツら本気で殺しにかかってやがる。大方、霊安寺の次の肉体である志崎の娘をここで殺しとこうって言う、言わば魔女狩りだろう。藍那木、近衛。その娘はお前らに任せる。俺は囮になるが、お前らのところにも敵は行くだろう。奴らは躊躇なく発砲してくる、お前らも殺せる時は殺せ。いいな?」
 そう言って彼も走り去っていく。
「まさか、霊を祓う仕事で、人を殺さなきゃ行けないなんて……」
「仕方ないよ。考えてみれば、確かに危険な存在だもん。霊安寺の子孫なんて」
 弱音を吐く環と沙琳。
「でも守るよ!だって、私たちの仲間の大切な人なんだから ︎それに私、焔くんのこと信用していいと思う。だからこの子も信用できる。行くよ⁈環くん ︎」
「うん………」
 そうして、別ルートから本部を目指す環と沙琳。
 その頃、焔達は街中を巻き込み逃走していた。
 銃声が響き渡り、民衆は甲高い悲鳴を上げて逃げ惑う。
 その渦中で、焔は見境なしに放たれる銃弾を器用に躱して行き、建物やビルの外壁を足場としながら、飛び回って行く。
 地を駆け壁をつたる焔に、敵は容赦なく弾丸を放つ。
「くそッ ︎当たらねぇ〜 ︎どんだけ撃ってると思ってんだ ︎」
「そうだなぁ〜。ざっと数千発か?」
「なっ⁈いつの間に⁈」
 飛び回る異端小隊の隊士の更に上へ入り込んだ富義は、手に持つ大剣で容赦なく彼らの身体をぶった斬っていく。
 一人を斬って、落ちる前にそれを足場とし、隣にいるもう一人を貫く。
 すると建物の影から焔を追う、また新たな隊士が五人ほど現れる。
「神崎 ︎」
 富義の呼びかけで新たな敵に気づいた焔は、ステップを決めてターンし、方向転換すると裏路地へと入っていった。
 しかし彼らはそんな彼を上空から見下ろし銃を乱射する。
 焔は壁を蹴って地面を転がり、体制を立て直すと、地面を強く踏み込んだ。
 そして路地から飛びだし、再び地面を蹴って転換、建物を蹴りながらその間を通過し一つのファミレスへと突っ込んだ。
「おい。ファミレス入ったぞ?どうする?」
「馬鹿か、隊長から出来る限り一般人は巻き込むなと言われてるだろうが」
「あ〜そうだった。にしても、よくあんな俊敏な動きが出来るよな。アイツ。結構リズミカルだったし、まるでダンスでもしてるかのようだった。一体どんなファントム宿してんだ?」
 そんな風に話し合う彼らの背後に再び彼が現れる。
「さぁーな ︎」
「貴様ッ⁈」
 発砲する前に一人。
 弾丸を横目に発砲直後にまた一人と斬り裂いた。
「ったく、油断すんじゃねぇ〜よ」
 顔についた血を拭う富義。
 まだ敵は多数いる。
「焔。お前殺せるか?」
 通信を使って対話する二人。
「いや、無理だろ。どう考えても。てかアンタ、なんでそんな躊躇なく人を殺せんだよ。イカれてるよ」
「………かもな。だが今お前は外から囲まれいる。飛びだし一人を殺し、それを盾にして行けば脱出できるが………」
 富義のそんな提案に、焔はもちろん断る。
「いや、そんな倫理の外れたこと、俺には出来ない」
「なら。あとは俺が………⁈」
「ん?どうした………?」
 次の瞬間、ファミレスの入り口を蹴破って一人の男が来店した。
「…………?」
 物陰に隠れながら様子を伺う焔。
 すると男は銃を天井に放って叫んだ。
「か〜んざ〜きく〜ん。久しぶりぃ〜。何年ぶりかなぁ〜?あ、一年ぶりか〜」
 その声を、焔はよく知っていた。
「水無月……美月⁈」
「あ、どうも」
 その瞬間。彼の中で全てがひっくり返った。
「ねぇ〜、神崎。甘っちょろい考えじゃ、彼女は救えないよ?」
「ああ。そうだな。だから今変わったよ」
 刹那、銃を前方に掲げる美月の前に、店内の椅子が飛んでくる。
 咄嗟に発砲して防ぐ美月。
 店内が悲鳴に包まれる中。美月の視界が煙で見えなくなった数秒間の間に、焔は地面を蹴って壁をつたり、美月に刀で斬りかかった。
「っぐッ………⁈」
 美月はすんでのところで銃を盾に防ぐも、刀の鋭さ故にそれはおしゃかとなってしまう。
「ちッ……… ︎」
 もう片方の銃を構えるが、ターンを踏んだ焔は彼のサイドへ回り込み、二丁目を破壊。
 直後、すぐに店を飛び出し、疾風の如き速さで上空に待ち構える隊士を、その隣に構えていた隊士に向かって蹴り飛ばし、退路を開く。
 その後富義と共にその場を立ち去って行った。
 ファミレスから出てきた美月は仲間の生き残りから銃をもらい彼ら追っていく。

                ※

 路地裏で倒れこむ沙琳。
「おい!しっかりしてくれ ︎」
 彼女の脇腹に敵の銃弾が命中し、そのまま眠る冥を抱えて落ちてしまった。
 心配する環。
 敵が追ってくるのも時間の問題。
 そして同時に、沙琳の体も刻一刻と出血を続けている。
(ど、どうしよう。このままじゃ死んじゃう。なんとか、何とかしないと ︎)
 環は自分の頭に巻いているバンダナを取り、それで沙琳の腹を覆った。
 きつめに結び目を縛り、出血を止めるようと試みる。
「お願いだ ︎止まれ止まれ止まれ ︎」
 荒く重苦しそうに喘ぐ沙琳。
 そしてついに、彼らの元へ敵が追いついてしまう。
「見〜つけたぁ〜 ︎」
 敵は一人。
 手分けして探していたのだろうか。
 彼は銃を発砲し、環らを追い詰める。
 必死に冥と沙琳の二人をおぶって路地を抜けるも、足がもつれ転倒。
「ゔぁっ⁈」
 もう後がなくなってしまう。
「あははは ︎袋の鼠ってヤツだな」
 もはや環は沙琳と冥におぶさり、盾になることしか出来なかった。
「あ〜?なんだ?お前。戦わねぇ〜のか?」
 そう環に戦う意思はない。
(当たり前だ。臆病な俺が、ただでさえレヴナント相手にするのも怖いのに、人を殺すなんて出来るはずがない ︎)
 ゆっくり、ゆっくりと追い詰められていく中で、彼はその現場から目を伏せる。

 元々呪子だった俺を、家族は受け入れてくれる事なく、無責任にも捨てていった。
 養子として別の一家に引き取られたけど、俺の厄災が止まる事はなく、その一家を経済破綻に導いた。
 爺さんの会社は倒産し、そこで爺さんはその借金と共に、全ての責任を負わされた。
 婆さんは癌の進行が進み、刻一刻と命が蝕まれて行く。
 就活で失敗した姉貴は、毎日パートの掛け持ち。
 何としてでも、借金や治療費を稼がなくてはならない。
 俺のせいで、そんな辛い生活をしいてしまった。
 でもあの家族は、俺が呪子と知って居ながらもなお、俺を捨てたりはしなかった。
 俺はその暖かさに救われた。
「霊祓い?」
「うん。危険な仕事ゆえに、すっごい量のお金がもらえるんだ ︎俺ここで金稼いで、必ず婆さん爺さん。そして姉貴に恩返しするから ︎」
 俺はそんな啖呵を切って家を飛び出して行った。

 でもだからって人と殺し合えって言うのか………⁈
 そんな時、吐血する苦しそうな沙琳が、環の瞳に映った。
「–––––––––––っ⁈」
 次の瞬間、敵が弾丸を環めがけて放った。
 刹那、耳を貫くような金属音と共に弾が弾かれる。
「なっ………⁈」
 敵の瞳には、煙を纏った妖刀を頭に構える環の姿だった。
 そして、人が変わったかのように環はゆっくりと立ち上がり、敵の前に立ちはだかる。
「なんだよ!やっとやる気になったってのか⁈けど遅え〜んだよ ︎」
 敵の男は再び発砲。次から次へと何十発も連射する。
 しかし、その全ての弾丸が、左右にブレて残像を作り出す環によって掻き消されてしまう。
「なっ………ちっくしょう ︎」
 腰に備えたマガジンを再び装填しようとする敵に、環は雄牛の構えで切っ先を向ける。
「夢幻屏風(むげんびょうぶ)」
 そう口ずさむと彼は残像と共に地面から翔び立つ。
「くそっ……⁈」
 彼の凄まじい速度に臆した敵隊士は空を駆けて逃げ回り、無造作に弾丸を放ち続ける。
 環はその全てを、埃でも払うかのように、軽々と斬り刻んでいく。
 秒速、五十連撃。
 その異常な剣戟で敵を疾風の如く速さで追って行く。
「このッ………チートがああああああああああああ ︎」
 ヤケクソになった敵隊士は引き金を引くも、弾が尽きていることに気付いてなかった。
「ちょっ………⁈待って⁈お願い ︎もう勘弁してください ︎」
 断末魔をあげながら地面へと落下する敵隊士。
 迫り来る斬撃の波に向かって、無様な姿で命乞いをし始めた。
「ごめんさい ︎ごめんなさい ︎ボクが悪かったから、殺さないでエエエエエ ︎」
 そして天から降り注ぐ妖刀が、彼の心臓を貫く。
 という幻覚を見せられ、敵隊士は泡を吹いて倒れた。
「はぁ……はぁ……」
 環は荒い息をこぼしながら術を解く。
 一度術に取り込まれた敵隊士の体には、網目状の不気味な模様が現れる。
 ドーマンと呼ばれる模様。
 これが環の宿す英霊ファントムの本来の力。
 呪いや幻覚による呪術。相手が人間だったからこそ効いた術だ。
 霊安寺に似てきなる力でもある。
 そして重たい体を起こした環は沙琳と冥を抱えて走り出す。その時だった。
 建物の影から飛び出してきた富義、焔と合流する。
「環 ︎」
 彼の名を口にして転がり落ちる焔。
「近衛……撃たれたのか………。敵は?」
 立ち上がった焔は環にそう尋ねた。
「倒した……と思います」
「そうか……」
 そんな時に、あの男が上空から姿を現す。
「あ〜居たぁ〜 ︎神崎〜 ︎」
「美月⁈」
 焔を捉えた美月は遠慮なしに発砲。対し焔はこれを刀で防ぐ。
「環たちは二人を抱えて本部に向かってください ︎」
「馬鹿か ︎てめぇ〜みてぇ〜なガキにこの戦場を任せられるか ︎」
「いいんです ︎これは、俺が戦わなきゃいけない。俺のケジメだから ︎」
 いつになく真剣な顔で富義に反発する焔。
「………わかった。だが死ぬなよ?」
 そう言って富義と環は沙琳と冥の二人を抱え走り去って行く。
「お別れはすんだかなぁ〜?」
「今からおさらばすんのは、お前とだバ〜カ」
 美月の煽りに強気な姿勢を見せる焔。
 そこへ、美月の仲間らが現れる。
「援護します ︎水無月隊長 ︎」
「いやいい。お前らは志崎を追え。これは僕と神崎の戦いだからね。この日のために僕は今ここにいるんだから………」
「了解!」
 美月の指示で富義たちの後を追っていく敵隊士達。
 彼らの銃声と見境なしに放たれた弾丸によって、一般人は逃げ去り、閑散とした空気が漂う秋葉原。
 神田まではあと少し。
(富義らが追いつかれず間に合うのを祈るしかないな………)
 焔の中には仲間の心配があったが、それは彼らへの信用ですぐにかき消えた。
 すると美月が地面へと降りてきた。
「ねぇ〜神崎。どうして僕たちが彼女を狙うのかわかる?」
「…………」
「……魔女狩りだよ。彼女は霊安寺の次の肉体。そして奴を倒せるものは今この地にはいない。となれば今僕たちにできる事は、後継者を消す事だ。僕だってね、人々のためを思ってやってるのさ。現に今回の襲撃は、一般人への被害はゼロだ。だから神崎も協力してくれないかな。人々のために………」
 そんな提案を持ちかけてくる美月。
 だが当然。焔がこれに応じる事はなく。
「断る。俺たちはどちらも助かる方法をとる」
「そんなの無理だよ。霊安寺を祓えば志崎は死ぬ。確実にね」
 彼の言っている言葉が、ただの挑発でしかないと、この時の焔は思っていた。
 だがのちに気づく。彼はあらゆる情報を持った上でこの言葉を放ったことに。
「君たちってさ、本当に愚かだよね?」
「…………」
 またもや挑発か。
「吹奏楽の連中だってそうだけどさ。絶対に自分たちのしていることが正しいと思ってるんだもん。何も起こらない。大丈夫だ。そんな安心感に浸っちゃってさ、世間を信用しすぎてる。平和ボケしすぎなんだよ。どいつもこいつも。そしてそんな連中よりも僕が最も嫌いなのは、神崎!お前なんだよ ︎」
 次の瞬間。彼は地面を踏み込み、焔の間合いへ一気に攻める。
 至近距離からの発砲。
 柔軟な対応力でこれを回避した焔は上空に身を委ねた。
(至近距離での攻撃。確実に弾を当てに来てる?てことは、残弾はわずか。時間を稼げば–––––––)
「時間を稼げば傷つけずに済む………とか思ってる?」
 思考が読まれた?
 着地した焔は焦り始めた。
「甘いんだよ。神崎。吹部を潰した僕にさ、なんの恨みもないわけ?悲しんでた奴らのために、君は僕を倒す義務があるでしょ」
 美月の勝手な言い草に焔は反発。
「………ないよ」
「どうして?どうしてそう言い切れるの?少なくともアイツらは今の君を見たら同じことを言ってくると思うけどね」
「それは………」
 口ごもる焔に、美月は唇を噛みしめる。
「そうやってさ、本心を隠して良い子ちゃんぶるところだよ。僕がお前を嫌いなのは、本当は不満なんてないよって、最後まで偽り続けるところが、ムカつくんだよ ︎」
 再び至近距離に回り込んでからの攻撃。
 だが今度は躱そうと動いた焔の移動先を予測し、もう片方の銃から一発放った。
「ぐゔぁッ⁈」
 太ももに直撃し転倒する焔。
「………ゔっ」
 立ち上がろうとする彼に美月は呆れた表情で歩いていく。
「わかったよ。神崎に戦う気がないのなら、僕は僕の役目を果たすまでさ」
 そう言って焔を超えて本部へと向かおうとする。
 だが次の瞬間、焔はそんな彼の襟を掴み、反対方向に投げ飛ばす。
 地面を転がり立ち上がる美月。
「はっ……!なんだ、戦う気満々じゃん。そうだよ神崎、それで良いんだよ。お前を殺さない限り、僕の蟠りも晴れないからねえええええええええ ︎」
 その叫び声の直後、刹那の斬撃が、彼の頬を擦り、彼の銃と焔の刀が競り合う。
「冥は……必ず救う!」
「へぇ〜、できると良いね!クソあまあああああ ︎」
 至近距離からの弾丸の連射。焔はこれを、身を左右に捻っては、銃口に刀をぶつけ軌道をそらしたりと、あらゆる方法で回避する。
 その間に、美月は自分と焔との間に次元爆弾を落とす。
 空間ごと爆破し、肉片すら残らない兵器を自爆覚悟で落とした。
「っ⁈」
 焔は咄嗟に美月の腹部を蹴り飛ばし足場として後方に回避。この反動で、必然的に美月も助かった。
「チッ⁈」
 なぜ美月は、こんなにも焔に対抗心を向けるのか。
 
 いつだって神崎は僕の隣にいた。
 僕は神崎に劣ることが何より嫌だった。
 だが僕よりも、あらゆる面で神崎は優れていた。
 僕が神崎をライバル視しても、神崎はそんな事に気づいちゃいない。
 神崎を越えようと励んで失敗した俺に、手を差し出しては情けをかける。
 僕は神崎の強さが、優しさが、人を慈悲深く見下すその姿が…………。

「気にくわねんだよおおおおおおおお ︎」
 両者一気に地面を踏み込み、四車線の道路に沿って飛び立つ。
 そして交差した瞬間、互いに斬撃と発砲を繰り出し、その攻撃は両者の頬をかする。
 すかさず焔はステップを踏み体制を持ち直すと、地にそって刀を振り上げた。

 俺が初めて美月の思いを知ったのは、中学の吹奏楽だった。
 お互い、あまり関わりたくないはずなのに、俺と同じ楽器を選んだ事や、ソロパートでの宣戦布告。
 今まで幾度となく彼の失敗に手を差し伸べてきたけど、それが彼にとっては屈辱であったことに、その時始めて気づいた。
 だがそれでも––––––––。

 焔の斬撃を後転して躱した美月は飛爆弾を銃口から放った。
 それは空気を切り裂き一直線に穿たれ、焔が躱す直前にその場で爆破。
 彼を上空へと吹っ飛ばす。
「くっ………⁈」
 煙の名から身を放り出した焔目掛けて飛び立ち、追い討ちをかける美月。
「お前の優しさが、俺にとって鬱陶しかったんだよ ︎」
 放り出された後方にあった建物を足場とし、美月を迎撃する焔。
 二人は互いに道路を挟み込むようにして上空で対戦。
「わかるよ。お前の思い。だがな………」
 焔は左手に握る刀を右肩から入って首の後ろに構えた。
 対して美月も通常弾の装填された銃を掲げる。
「だがな、それでも、吹部のみんなの思いを、積み重ねた努力を踏み躙った事は、絶対に、許さない ︎」
 そして美月の銃口から弾丸が放たれる。
 彼はこれを刀で弾かれ防がれると予測し、あらかじめその後の準備をしていたのだが、なんとこの瞬間、焔は刀を消して兵装を解いてしまった。
「なにっ⁈」
 動揺した美月は弾丸を放つも、首を傾けた焔に躱されてしまう。
 そして焔は右手拳を目一杯握る。
 空中での交差。
 その対局で焔の怒りがぶつかる。
「これは、俺と吹部のみんなが徒労に終わらせてしまった努力の結晶 ︎そして俺の怒りだ ︎」
「………っおのれ神崎いいいいいいいいいいいい ︎」
「歯を食いしばれ……… ︎美月いいいいいいいいいい ︎」
 焔の重い拳が美月の左頰に直撃し、顔の形が変わるほど、焔は拳を押し込んだ。
「うおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ ︎」
 殴られた勢いに乗って、そのまま直下する美月は真っ直ぐ勢いよく地面へ叩きつけられた。
 その衝撃で道路全体の地盤を破壊し罅を入れ、その場にあるどの建物よりも大きな煙を吹き上げた。
 しかし時を待たずに、その煙は瞬時に晴れ、姿を現したのは、互いに銃口と切っ先を向け合う焔と美月だった。
「はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
 互いに荒く乾いた息をこぼし向き合う。
 そして、この二人の前に、思いもよらぬ事態が巻き起こる。
「まったく醜いね〜。いつの時代も人間は………」
 その声がビルの上から聴こえ、振り向く焔と美月。
 瞬間、ただならぬ憎悪と嫌悪。そして恐怖の重圧が二人に襲いかかる。
 その男が抱えている黒髪の少女。
 可憐で美しいその姿は、紛れもなく。
「………冥?」
 すると男は美月に言い放った。
「ありがとうね。水無月くん。ここまで奴らを追い詰めてくれて。本当はもっと穏やかに行きたかったんだけど、しょうがないね。今の時代の警備体制を甘く見てたよ」
 美月を知っているその人物、しかし美月は。
「はぁ〜?意味わかんないんだけど。それよりその女は僕たちが殺さなきゃいけないんだ。誰だか知らないけど、返す気がないなら力づくでも………」
「うん、君は上からの命令でこの少女を捉えたんだよね?その命令って確か……」
 次の瞬間、彼の声が変わる。
「霊祓い師 狩霊組 異端小隊。霊安寺 陰禰の子孫である志崎 冥を捉えて指定位置まで運んだ末に、始末しろ。だったよね?」
「なっ……その声。僕たちの組長?」
「うん、悪いけど、通信に割り込んで彼の声を借り、君に依頼を出したのはこの私だよ」
 この時。焔の中で解釈がついた。
(やっぱそうか。美月一人でこんな大それたことが出来るはずないとは思ってたが、これはなんかまずい状況なんじゃないか?)
 男はその後も美月を見下ろし喋り続ける。
「結論から言うと私は君を利用させてもらった敵だね。ではなぜ私が君を選んだかわかるかい?どうして他の小隊でもよかったものを、いちいち君の小隊にしたのか……」
「は?なんだよ……それ」
「答えはね、志崎 冥と言って、まず最初にその人物像が浮かび、かつ知人である君ならば熟し易いと思ったからさ。志崎くんとは中学の同級生だもんね。あと、そこの神崎くんともか………」
 男はそう言って焔に視線を向ける。
 すると次の瞬間。体全身傷だらけの富義が上空から男に斬りかかった。
「おやおや、穏やかではないね〜」
 男は富義の攻撃を冥を抱えた状態で、ただの一度も表情を変えず笑みを浮かべたまま避ける。
 そして富義の腹部を軽そうに蹴り飛ばすと、それとは比にならないほどの勢いをつけて富義が地面に叩きつけらる。
「あ、アンタ……何があったんだ⁈」
 焔の問いかけに、富義は血を吐きながら答える。
「奴は組長になりすまし、異端小隊を利用して小娘を奪い去るよう仕向けた……レヴナントだ ︎そしてその正体。小娘を必要とするレヴナントなんざ、ただ一人しかいねぇ〜だろ………」
「まさか………⁈」
「あの男こそが……お前の宿敵、霊安寺 陰禰だ」
 衝撃の事態に、焔は驚愕。言葉を失ってしまった。
「悪いね。もう時間もないんだ。神崎 焔くん?君の彼女はこれから私の体となる。でも嬉しいよ。こんな美しい少女が次の肉体なんて………」
 そう言って陰禰は姿をくらました。
 まんまと騙された美月。
 そして呆気なく大切な人を奪われた悲しみと絶望感に浸った焔は、本部へと帰還する。
                ※

「よし、陰禰の霊波は、追えてるか?」
 帰還直後、富義が司令室に指示を出し始める。
「はい。ですが、時間の問題で霊眼に気づかれると思います」
「構わん。ある程度の座標さえわかれば、あとは無作為に探せる。なにせ今まで姿形も分からなかったんだ、このチャンスを逃すわけには行かねぇ〜だろ」
 そんな忙しそうにしている富義へ焔は尋ねる。
「何やってんだ?」
「ああ?……こっちだって、なんも対策してたわけじゃない。いざという時に備えて、奴の霊脈を辿れるよう色々作ってたんだよ。それがこの霊眼だ。特定の霊脈に対して、その位置座標を知ることができる。千里眼みたいなもんだぁ〜」
 この組織の凄さを改めて身にしみた焔は、一つの希望を抱く。
 まだ、冥が助かる可能性はある。
 しかし、今まで、どんな時でも、彼のそんな希望は幾度となく裏切られてきた。
「神崎、お前も準備しとけ。こっちも準備が出来次第すぐに奇襲をかける。少なくとも、隊服くらいは持ってこいよ?近衛の時もそうだが、せっかくの隊服を無駄にすんじゃねぇ〜」
 そういえば、今まで焔は隊服を着て戦った試しがない。
 いつも突然に起こっていたため、そんな余裕がなかった。
「ああ。わかった」
 そう言って焔は自宅へと戻り、隊服を持ってもう一度本部へと向かう。
 いよいよこれから、最後の戦いが始まる。そして同時に冥を助けられる。
 そんな期待を胸に寄せながら本部へ向かう。
 入り口である神田明神にたどり着いた焔の前に、謎の老人が尋ねてくる。
「お主、そこの朱色の髪をした坊主 ︎」
「……俺?」
「お主以外に誰がおる。こんな夜更けに」
 この時焔は、この老人に見覚えがあった。
(この人、どっかで………)
 しかし思い出すことはできない。
 そんな時、老人は彼に告げる。
 とても大事な事を。
「お主に言っておかねばならぬことがある。とても大事な事じゃ、急いでいるであろうがよく聞いてくれ。お主はいま、霊安寺 陰禰によって眠らされた志崎 冥を救おうと動いておるな?」
「え?はい……」
(どうしてその事を………?)
「ならばこそ言っておく。志崎 冥の昏睡。あれが何を意味するのかを」
「なにって、あれは霊安寺の呪いで……憑依の準備なんじゃ………」
 首をかしげる焔に老人はとんでもない真実を告げる。
「その通りじゃ。しかし、ではなぜ彼女は眠る必要があるのか。今まで疑問に思わなかったか?」
「………なにが言いたい!」
 突っかかる焔。
 そして––––––––––。
「もう既に、あの娘に魂はない」
「……………は?」
 唖然として立ち尽くす焔。
 そんな彼に老人は次々と真実を告げていく。
「魂を抜き取り、脳を壊死させを自分のものに置換する。そして最後に自分の魂を入れ込む事で憑依略奪は成功する。人間、全く別の組織を体に取り込むのは不可能。だから一度魂を抜き取り殺す必要がある。つまりもう既にあの娘は死んでおり、肉体が腐らぬよう、置換が成功するまで、霊安寺の霊脈パスによって今の娘が成り立っている。そして脳内置換は刻一刻と進んでいる。今までの例からすると、おそらくあと二日。その日数が経てば、あの娘は霊安寺 陰禰と化す。そこで、お主にできる事は一つじゃ。今から二日以内に、霊安寺を祓うこと。出なければ、あの娘はこれから先霊安寺として生き、あらゆる人々を苦しめる存在となる。だが奴を祓うと言うことは同時にそのパスは途絶えさせることになる」
「そんな………。じゃあもう、なにをどう足掻こうと……」
「志崎 冥は救えない。奴を祓えばパスは途絶え、奴を生かせば、望みもしない運命の中で、娘は永遠に苦しむこととなるだろう」
 衝撃の事実だった。
 いや、思えばそれらしいことは何度もあった。
 冥の脳の異常。
 美月の言っていた助からないと言う言葉。
 彼は最初からこの事を知っていたのかもしれない。
 もはや今の焔に救いはない。
 そして志崎 冥にも。
 全ての希望を砕かれた焔は震えた足の力を抜き、膝から崩れ落ちる。
 メモリーアルバムのように、冥と過ごした日々が頭の奥底から掘り起こされてくる。
 そして凍りついた心は溶けだし、雫となって溢れ出した。
「お主は皆のために、そして何より娘のために、霊安寺 陰禰を祓うのじゃ」
 掘り起こされたアルバムから焔は老人の存在を思い出す。
 今となっては最初で最後の出来事だった。
 冥の家に入った時、リビングに飾られていた歴代の写真。その一枚に老人の姿があった。
 咄嗟に老人を訪ねようとするも、彼の姿は既になかった。
 あそらく彼は、時のお告げを焔へするため、境界を渡って舞い降りた一種のファントム。
 

 未来の(希望)のない奇跡に縋るのはもうやめよう。
 世界は混沌で理不尽。
 何をどう足掻こうが、俺たちはいずれ終わりゆく運命。
 だがそれでも俺は、自分を正義をつらぬく。
 たとえそれが、自分を壊してしまうものだとしても…………。


 なんでも一人でこなしてしまう少女がいた。
 それは可憐で美しい、けれど人あたりが悪く、それが原因でいつも一人だった。真面目な少女。
 それが一人の少年にとっては、憧れるべき姿だった。
 いつか俺も、こんな風に色んなことが出来るようになって、いずれそれが、皆んなのためになれたなら。

 ならば、少年の答えは既に決まっている––––––––––。

 俺に出来ることはただ一つ––––––––––。

コメント

コメントを書く

「現代アクション」の人気作品

書籍化作品