霊祓い師 ––Fantome relief––

弥久間 蓮斗

第Ⅰ章 sleeping Princess

        霊祓い師 ––Fantome relief––


         プロローグ


「なんでですか⁈どうして神崎なんだよ ︎」
 とある中学校の吹奏楽部。そこでは今、二人の生徒が対立していた。
「彼の方が技術面において優れていると感じたからだ。それに比べて君は、彼に勝つことしか見えていない。考えていない。だから、こんな風な単調なメロディーになるんだよ。水無月 美月くん?幸い、君はまだ二年生だ。来年のチャンスを掴んでくれ」
 先生はそう言って去って行く。
 しかしその陰で、美月は悔しさに満ちたその拳を強く握りしめていた。
 そして翌日。
 部室に来た生徒達が息を呑み、涙する者までも出る事に。
「ひどい………」
「一体誰がこんな事………」
 部室は荒れており、椅子は散らばり、譜面台や楽器は無残な姿に変貌していた。
「誰ってそんなの一人しかいないだろ。今ここに居なくて、昨日のコンクール出場者オーディションで、散々悔しがってた奴………水無月しかいないだろ」
 男は拳を血が出るほど強く握り、激怒する感情を必死に堪えていた。
 するとそこへ、彼がやってくる。
「おい、一体なんの騒ぎ……って⁈なんだよ……コレ……」
「神崎か………。昨日の爪痕だな。だが、お前のせいではない。コレは水無月の暴走だ。アイツは元々、あ〜ゆう奴なんだよ。幼馴染であるお前が、一番よく知っているはずだ」
 そう言って男は彼の肩を優しく叩くと職員室へと向かった。いや、そこへ足を運ぶものは、彼だけではなかった。
 その後、神崎 焔は悩みに悩み決断する。
 放課後、職員室へ向かうと、彼は吹奏楽部との距離を絶った。
 沈んだ想いで階段を登り荷物を取りに行くと、大量の荷物を抱えた黒髪ロングの少女と出会う。
 彼女は前が見えておらず、階段から転けそうになるが、焔がそれを支え抑えた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとう………」
「それ文化祭のやつだろ?なんで志崎一人で運んでんだ?他の係りの奴は?」
「別にいいのよ。これくらいなんてことないわ。それに、やる気のない者達に時間を割くだけ無駄よ。私は私のために仕事をこなす。それだけのことよ」
 彼女はそう言って去っていった。
「………アイツ、推薦でも狙うつもりなのか?」

 これが、後に俺の人生を変える。いや、世界にあるただ一つの概念を覆す事となる。大きな出会いだった。


      第Ⅰ章  sleeping princess


 とある高校の吹奏楽部。
「ごめんね。部室の掃除手伝ってもらっちゃって」
「いいですよこれくらい」
 そんな二人の横で、もう一人の女子生徒がほうきを床に立ててガッツポーズで音楽室全体にその声を轟かせた。
「いよいよ明日は新入部員の勧誘 ︎お前ら!他の部に取られないようにガンガン勧誘するからな ︎」
『イェス!マーム ︎』
「部長、相変わらずですね………」
 焔は呆れたように言った。
「まぁ〜ね。私達は今年で三年。最後くらいは人数揃えてコンクールに出たいから」
 騒ぐ部長を見ながら彼女は笑った。
「………コンクールか」
「神崎くんも、コルネット。腕前は確かなものだって聞いたよ?まだ、入ってくれないの?」
「悪いですけど俺、コンクールって大っ嫌いなんです。………それじゃあ俺、待たせている人がいるのでこれで失礼します」
「うん。手伝ってくれてありがとね」
「いえ、また困ったことがあればいつでも言ってください。力になるので」
「うん……」
 そうして、焔は音楽室を後にした。
 下駄箱に行くと、黒髪ロングの可憐な少女が立っている。
「待たせて悪いな。冥(めい)」
「別に………。それより、なんで此の期に及んで吹奏楽部の手伝いなんてしたの?」
「いや、別に吹奏楽部だからってわけじゃなくて、俺さ、人の役に立つことをしたいんだよ」
 その言葉を聞いた冥は思い返す。この男は、人の期待に答え、何も裏切らない人間だった。だからこそ彼女は–––––––––。
「そうだったわね。そんな焔だったからこそ、私は好きになったんだ」
「なんだよ……急に」
 なんだか照れくさくなり頬をかき出す焔。
「別に〜」
 その言葉は、少し揶揄うような笑みで放たれた。
 すると冥は焔の手を引いて行く。
「それより行くよ。久しぶりの、放課後デート」
「………ああ」
 彼女のその姿に、焔は安心したように笑った。

                ※

「もう泣くなって……」
「だって………これで卒業なんだよ?」
「別にもう会えなくなるわけじゃないだろ?」
 ある春の日。胸元に華を添えた学生が、その門出を祝われる日。
 校庭や門の前で色んな人達にお別れを告げる中、ある朱色の髪をした男は階段を駆け上がり屋上へと足を踏み入れる。
「………もうみんな後輩達に挨拶して帰る頃だぞ?お前もこんな所に居ないでさっさと下に降りないと……」
「私には、そこまで親しい後輩は居ないわ。だから挨拶なんてする必要はないのよ」
「だとしても、卒業生がこんな所にいるのはどうかと思うぞ?」
「そうよね。もう卒業。ここに居るのは不自然。じゃあなんで、あなたはここに来たの?」
 いつまで立っても振り返らず、どこか遠くに視線を向ける少女に、彼は答える。
「そんな不自然な子が、一番最初にここに居たからだろ?」
 すると彼女は微笑む。
「そう……よね。あなたはそういう人だったわ。どんな時でも、誰であろうとも、決して目を逸らさず見てくれる。寄せられた期待にも、ちゃんと答える」
「………?志崎だって、偏差値七十のすごい学校に入学決まったじゃないか。あれは、ご両親の期待に応えたってことじゃないのか?」
 彼はそう、眉を上げて尋ねてくる。しかし少女は切なそうに胸元を抑える。
「あれは期待じゃない。それが普通なの。私たちの世界じゃ、それが普通なの。それができない者は期待なんてされず放って置かれるもの………。だれも私に、期待なんてしてなかった。不良品を良品に変える事だけを考えられた。それなのに貴方は––––––––」


「志崎は真面目すぎだ。一人でなんでもこなすのはすごい事だが、抱え込みすぎは良くない」

 一人だった私に、そう声をかけてくれた。

「大丈夫か?だから無理するなって言ったろ。ほら、保健室行くぞ?立てるか?」

 失敗しても蔑まず、目を逸らさず手を差し出してくれた。

「帰るぞ?志崎」

 誰も居なかった私に、ただひたすらに声をかけて、寄り添ってくれた。


「だからこそ、これから先、貴方から離れると思うと、胸が苦しくて、どうしようもなく、嫌な気持ちになるの」
 彼女は振り返り、涙を浮かべた瞳で訴えてくる。
「これが、恋……なのかしら」
 きっとそれは、今まで他人に関心を持たなかった、全てにおいて愛を持たなかった彼女の、初めて抱いた特別な思い。
 彼女の苦しそうな姿にかられた少年は、一歩を踏みだす。

 俺がお憧れたもの。俺を変えたもの。その大切なものにこれ以上の雨を降らせるのならば、今の俺はきっと、その全てを晴らす日差しとなるだろう。

「それは……愛だよ。志崎が他人を、初めて愛したからこそなる感情だ」
「愛………?」
 少年は涙の浮かんだ彼女の瞼を指で優しく撫でるように拭き取る。
「俺はね、志崎に憧れてたんだ。一人でなんでもこなす志崎がどこかかっこよく見えた。それでも、だからこそ志崎が孤独そうに見えた。………今まで何となく生きてきた俺は、そんな志崎を見て、悩み苦しむ人に、無償で手を差出せる人間になりたいと思ったんだ。………俺は、志崎が好きだ。俺を変えてくれた、俺に生きがいをくれた志崎が大好きだよ」
 彼の言葉と共に心動いた少女は、顔を上げる。
「この感情が貴方のいう通りならば、きっと私も、神崎 焔くん。貴方のことが大好きです!」
 気がつけば、彼女の表情からは暗がりの涙が晴れ、満面の笑みへと変わっていた。

                 ※

 黄昏の空に、茜色の光が高積雲に差し掛かる時間の境界。
「………ここは?」
「この時間。すごく綺麗よね。前に一人で来た事があって、いつか、焔とも来たいなって思ってたの」
 そこは、土手に佇む一輪の大樹。それを取り囲むようにしてコンクリートが円状に備え付けられていた。
 そのすべてをまた囲むようにして照らす街灯以外、ただ茫漠としただけの地。
 この時間は特に絶景だった。
 黄昏色が大樹を照らし、その木漏れ日は優しく地面に差し掛かる。
 川から吹き付ける風が、草木を鳴らし、少女の滑らかな黒髪を揺らした。
 その少女に目を奪われた焔はなんだか懐かしい気持ちに誘われる。
「あの時は驚いたよな」
「あの時?」
「入学式で、冥が新入生代表を担った時の事。此処よりももっと頭の良い学校から受けてた推薦を蹴って此処に来たって。冥の将来を考えればそれを聞いて心配にもなった。でも、なにより嬉しかった。また冥と同じ場所に居られる事が………」
 その言葉を聞いて照れくさくなったのか、顔を背ける冥。するとふと微笑んだ。
「………変わらないのね。焔は」
「何がだ?」
「そうやって、思ったことをすぐ口に出すところ」
 冥はそう言いながら、後ろで手を組み大樹の下へと歩いていく。
 それを追うようにして焔も足を進めた。
「そうか?あんま自覚ないな……」
「まぁでも、焔の場合。悪口とか言うような人じゃないから、逆にそのままでもいいんじゃない?私は少し、人への接し方を変えた方がいいかも。今まで近寄るもの全てを薙ぎ払ってきたから」
「それは、関わろうとした人も災難だな……」
 苦笑を浮かべて言う焔。
 そして木漏れ日が差し掛かる大樹の下で足を止めた二人。互いに大樹を挟み込むようにして振り向いた。
 すると冥は焔へ自分の右手を差し出す。
「それで、今日は私達が結ばれてようやく一年目。あっという間に高校二年生に進級した訳だけど、これからも、末長くお願いするわ」
「ああ、こちらこそ。よろしく」
 互いに手を取り吹きつける風を共にした二人。
 あっという間に、境界の時間は過ぎ、それを超えた招かねざる客がこの世を彷徨う。
 二人はその後、駅で別れ自宅へと戻った。
 途中、冥の身に災厄が訪れる事を焔は知らなかった。
「二年か、実感わかないな〜。でも、後輩の見本となれる先輩にならなきゃいけないな」
 そんな事を呟きながら呑気に闇夜を歩く焔。
 しかし、彼の知らない遠くで、闇夜に誘われる、可憐な少女が居る。
「………なに?あれ」
 暗がりの街。
 彼女の支線の向こうに見えたのは、それに紛れる異様な光景。
 次の瞬間、それはとてつもない勢いを持って爆煙のように襲いかかった。
 自分の彼女が危険な目に遭っているとは知らずに、家の前へと辿り着いた焔。
 門を潜る直前。彼は嫌な気配を感じ、背後へ振り返る。
 茫然と、支線の先に映る街の姿を夜風と共に眺めると、気の抜けた表情で自宅の門を潜っていった。
 その頃、既に冥の身は悪夢によって犯されており、焔がそれを知ったのは翌日のことだった。
「…………っ⁈」
 病院に辿り着いた焔は息を呑んだ。
 眠り続ける少女の姿。
 それは、傷一つなく、クリームのように滑らかな肌。鮮やかな黒髪は、変わる事なくその鮮度を保っている。
 一体何処が悪いと言うのか。それほどまでに彼女の身体は健康だった。
「原因はわかりません。しかし、時間が過ぎるにつれ、彼女の心拍数や脳波は少しづつ薄れています」
 医者慈は悲深くそう言った。
「そんな………」
 ショックのあまり、焔は瞳孔を縮めた。
「直す方法は………?」
「………残念ながら」
 知れた事だった。
 原因不明なのに治療法などあるわけがない。それでも焔の中にはそんな霞んだ期待があった。
 凍らせた心で、焔は面会時間が終わるまで眠り続ける冥の傍に居続けた。
 ただ一人。静寂の病室で彼は、他愛の無い独り言を喋り続ける。
 当然学校は休んだ。
 今の彼にとって学校なんて果てしなくどうでもいい事。
 そして面会時間が終わるなり、彼は病院を後にした。
 病院を出ると外は大量の雨粒が自然の音を掻き乱している。
 強く激しく焔の体に振り付ける雨は、彼の曇り切った心を更に濁らせていく。
 すると何処からか、彼の名を呼ぶ声がする。
「神崎 焔」
 その声に耳を傾けた焔は辺りを見渡す。すると右後方に、風土を被った男が棒立ちしていた。
「………あんた、誰?」
 多少の警戒心と共に自分を知っている人物である為、一様、身元を訪ねた。
「お前に話がある」
 彼は焔の質問には応じず、ゆっくりと近づいてくる。
 近くで見れば見るほど、男の不気味さが伝わってくる。
 大きなコートの中。何やら黒く光沢感のある服を着ている。
 青白い光のラインがコートの外からでも見える。
「誰だと聞いている!」
 再び尋ね、一歩後方に下がる焔。そんな彼に、男はあの名を口にする。
「志崎 冥。彼女の昏睡。その原因を知りたいのならば………お前は。俺の話を聞くべきだ」
「なっ……⁈お前、一体なんなんだ⁈」
 汗をかき始めるほどに、今の焔には緊張感があった。
「レヴナント……と呼ばれる存在をお前は知っているか?」
 男はそう尋ねてくる。
「悪霊………の事か?」
「ああ。奴らは生前の怨念と共にこの世を彷徨い人にあだなす。しかし記憶を継いでいない為、その被害は無差別に拡大する。そんな存在が、今の世には信じる者と信じない者で大きく分かれている。だが結論から言えば、レヴナントは存在する。それも千年前からな。何も最初から居る存在では無い」
「千年て……平安京か?」
「ああ。ではなぜその時代に生まれたのか、それと、志崎 冥の昏睡原因。そしてそれを救う方法を知りたくばついて来い」
「…………」
 どうにも信用していい存在とは思えない。だが今の焔はそんな怪しげなものにすら霞んだ期待を寄せてしまう。
 辿り着いた先は時空から切り離され孤立した空間。
「此処は………?」
 その不可思議な光景に焔は唖然とした。
「俺たち霊祓い師(れいばらいし)  狩霊組(しゅりょうぐみ)は、空間を操る技術を持っている。ここは三次元世界から空間を抜き取った孤立の地。中洲(なかす)。川に一つ孤立する中洲のようだと言う理由でつけられた名前らしい」
 それよりも焔が気になったのはもう一つの聞きなれない単語。
(霊祓い師  狩霊組?)
「ついたぞ」
 そこは中洲の空間の一つ。
 茫漠とした部屋。白い壁に白い天井。まるで実験室のようだ。
「今からお前へレヴナントに関する情報を教える。そこの機会に左腕を通せ」
 風土の男はそう言って部屋の中央を指差した。
「…………」
 大人しく従う焔。
 言われた通り、左腕を機会に通すと、勢いよく噛み付くようにして機会に繋げられる。
 そしてその瞬間。腕を通って回路の様な物が体全身に流れ、焔の意識は別次元へと誘われた。
 目を開けると、九人の幽霊に囲まれている。
「なんだ……これ?」
「此処は四次元世界。私たち幽霊が住まう場所。レヴナントや他の霊達は、此処から逢魔に誘われてあなた達のいる三次元世界に辿り着くの。そして私たちはレヴナントではない。ファントムと呼ばれる人を助ける存在」
「………?」
 困惑する焔。
 自分の前に現れた急展開に、頭が追いつかない。
 ファントム?レヴナント?四次元?
 意味がわからない。
 これと冥の容体に何の関係が………。
 だが次の瞬間。その考えは覆される。
 彼らの言葉によって。
「志崎 冥。彼女のことはすでに知っています。死霊という概念を作り出した、霊界の原郷。霊安寺 陰禰の九十代目ですものね」
「は………?」
 何を言っている。コイツらは。
 冥が、霊界の原郷?
「霊安寺 陰禰は、平安時代にて世間を騒がせた最低最悪の呪術師。彼の悲願は不老不死。しかしそれは失敗に終わり、生まれたのは、死んでもなおこの世に留まり続ける力。それが死霊」
「彼は死んだ後。不老不死の未練から怨霊となった。そして彼が見つけたものは、生きた人間に憑依し肉体を得ること。これが彼が最終的に得た不老不死の成り損ない」
「それからと言うもの彼は、その体が死を遂げる度に、憑依と肉体の略奪を繰り返した。そして彼が憑依してきた人間。いや、彼が憑依できる人間は限られていた。その限られた人物達はみな………」
「彼の子孫だったのよ。霊安寺の子孫はその血を止めることなく、彼の器となるべく、優れた才能を持つよう教育されています。そして霊安寺の子孫。その現在の苗字が“志崎”」
 ファントムらはみな、焔の周りを円形に歩きながら喋っていた。
 そしてその話が進む度に、彼の顔は青ざめていく。
 思い返してみれば、中学の卒業式に彼女が言っていた言葉。

『それが普通なの。私たちの世界じゃ、出来て当然』

「しかし、彼らに霊安寺の子孫である自覚はありません。最初に憑依した時に彼の施した呪縛。それによって子孫たちは優れた人間とならねばと、意味もなくそんな強迫観念に取り憑かれてきた。そして志崎冥は霊安寺の次の肉体。彼女を救いたければ、今現在レヴナントとして彷徨っている彼を倒す他ありません。私達ファントムはその為に今まで彼の観察を続け、人々に手を差し述べてきました。私達の願いは、怨念によって死んでもなおこの世を彷徨い続けなければならない悲しき人々を救い出すことです。貴方も愛しき彼女を救いたいでしょう。ならばこそ神崎焔さん。手を貸してくれますか?」
 そこで焔は一つ。疑問に思った。
「どうして、あんた達がやらないんだ?目には目を、霊には霊を。次元が同じ方がいいんじゃ………」
「霊安寺は四次元の起源なのよ。つまりは王。アタシ達が直接やりあっても到底勝てる相手じゃないわ。でも、三次元ならできる。それは霊祓い師達が使っている特殊兵装。時空切断兵装。彼らは長い研究の中で空間を操るすべを科学的に生み出した。そしてレヴナントを空間ごとぶった斬って消す。でも三次元の武器をアタシらは扱えない。そこで霊安寺が使う憑依!アタシらは霊祓い師と今のアンタみたいに契約して、アタシらが持つ技能を憑依させるのよ。そうすればただの人間でも超人的な戦闘力を得られる。つまり、人間とファントムの共闘 ︎」
 と、赤毛の子は自慢げに話す。
「あんたらには、それだけの技能があるってことか?」
「あれ?言ってなかったかしら?アタシらは生前。ただの人間じゃないのよ?多彩な戦場をくぐり抜けた英雄なんだから ︎」
「つまり、私達は“英霊”と呼ばれる存在なんです」
「あ〜、ちょっと、アタシの台詞横取りしないでよ ︎」
 ここでようやく焔の中で整理がついた。
「つまり、あんたら英霊と契約して、霊と言う名の概念を作り出し、死んだ者達に呪縛をかけた霊安寺 陰禰。奴を倒す。そして奴の子孫である冥は奴の次の肉体として選ばれ、今は意識がない」
「そうです。彼女と霊安寺の間には、遺伝子の波数によって霊脈の波が繋がっています。そのパスを通じて霊安寺は自分の魂を送り込むつもりなのでしょう」
「その霊安寺を倒せば、パスは切断され、冥は助かる」
「そう言う事よ。やっと理解したわね?このアホんだら!」
 二人のファントムが主となって説明は終わった。
「それで?どうすんのよアンタ。やるの?やらないの?」
 その答えはもうすでに決まっている。
 真剣な眼差しで、一切の迷いなく、焔は答える。
「俺が、霊安寺 陰禰を倒す!」
「そうこなくっちゃね ︎じゃあ今から、アタシ達の霊脈をアンタの体に流す。アンタがちょっと力むだけで、その霊脈は起動してアタシらの持つ知識や技能がアンタの手足となる」
「ちょっ?待って?」
「なによ。この期に及んで」
「アンタら九人全てと契約するのか?」
「そうよ。アタシらは九人揃って一つの英霊なの。いいから黙ってなさい」
 そして、九人のファントムは、焔の体に触れ、その霊力を促す。

『異界と繋げし扉 そこへ吹き込むは九つの命 我らはμ’s(ミューズ) ギリシャ・ローマ神話の女神にて、司りし英雄譚を其方に宿す 我らの願いを、其方の願いを、これを行使し叶えたまえ ︎』

 この瞬間、彼女達九人の名と役目。そしてそれらが持つ知識、技能が焔の体へと流れ込んでくる。
「これで、あとはアンタ次第よ」
 赤毛の女神。メルポネペ。(悲劇)
「お願いするわね。焔くん」
 黒髪の女神。カリオペ。(叙事詩)
「ほんと、これで失敗したら承知しないんだからね?」
 銀髪の女神。ポリュヒュムニア。(音楽、幾何学)
「よろしくお願いします」
 金髪の女神。テプシコラ。(舞踏)
「よろしゅうお多能します」
 青髪の女神。ウラニア。(天文、占星)
「がんばってね!」
 桃髪の女神。エウテルペ。(抒情詩)
「頑張るのだよ〜 ︎」
 茶髪の女神。エラト。(恋愛詩)
「きっと、叶えてね」
 紫髪の女神。クレイオ。(歴史)
「さ!いざファイトだよ!」
 そして山吹色の髪をした女神。タレイア。(喜劇)
 九人の女神に見送られた焔は現実世界へと戻った。
 気づけば機会は腕から外れており、景色があの白い部屋から景色のいい外へと変わっていた。更に周りには二人の少年少女がいつの間にか焔と同じ、おとぼけ顔で突っ立っていた。
 すると影からあの男が出てくる。
「やぁ〜っと終わったか〜。もう夜明けてるぞ?」
「え⁈あ、そういえば。そんなに長い間話してたのか………」
 長かった。その間に、この二人も契約をしてたのか。
「まぁ〜、急な事でテンパってるとは思うが、いずれ慣れる」
 慣れて良いのだろうか。この歪な環境に。
「とにかく、この三人。いや、俺を入れて四人が、霊祓い師  狩霊組  社畜小隊だ!」
 いやなにそれ。
「指示に従ってただひたすら人々のために戦う。故に社畜」
 そう言って彼は風土を取り、焔達に始めて顔を見せた。
「俺は富義(とみよし)。色々あって苗字はない。司るファントムは、のちにわかる。じゃあ、そこの、紅色ツインテ、自己紹介しとけ」
「は、はい!えっと、近衛 沙琳(このえ さりん)。どうぞよろしく」
「じゃあ次。そこのバンダナ」
「お、俺は藍那木 環(あいなぎ たまき)。よろしく………」
「はい。朱色の髪」
「神崎 焔。よろしく頼む」
 耳糞をほじりながら聞いていた富義はその指に息を吹きかける。
「よし終わったな。じゃあ今度はここだ」
 富義がそう言って指を鳴らすと、また空間が変わる。
 不気味な大広間に、何十という種類の武器が収められている。
「ファントムとよく対話して、その技能に合う兵装を選べ。隊服は今製作中だぁ〜。なんせお前らの個人情報を漁ってサイズとか知ったばっかだからなぁ〜」
 コイツ、予備軍なのでは?
 と思いながらも、焔達は広間の中央に赴き、ファントムとの対話を始める。
『私たちはその知識からあらゆる英雄。神々の技能を有しています。どんな武器でも良いのでは?』
『いや、応用性も考えなくては………』
『ウチはカマがええ〜 ︎』
『もうなんでもいいわよ』
『うん。なんでもいんじゃない?』
 と、九人の意見を聞いていては拉致があかない。そこで焔はヤケクソに選び抜いた。
「日本人たるもの、やっぱこれだろ ︎」
『日本刀⁈ですか⁈』
『日本刀だ〜 ︎』
『カマ………』
『アンタはもう諦めなさい』
『まぁでも、いいんじゃない?』
『そうですね』
 ミューズも納得したようだ。
 焔は引き抜いた刀を鞘に収め、富義の元へと戻ると、他二人もほぼ同時のタイミングで戻った。
「ふん。やはりここは、それぞれの個性が出るな。焔が刀。環は妖刀。沙琳は細剣か。じゃあその兵装はこれを使って虚数空間にしまっておけ。自分の意思でいつでも顕現することができる」
 そう言って投げ渡されたのはいたって普通の腕輪。目立たないためだろう。デザインは地味だ。
 するとまたもや空間が変わった。
 今度はしっかり下界だ。
「じゃあ今日はもう帰れ。隊服が届き次第任務開始だ」
『はい!』
 そうして、俺たちはそれぞれの過去(想い)と共に帰路に着いた。
 ここにいる誰もが、何かを想って此処にいる。
 俺はまだ、その事に気づけてはいなかった。

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