この声が届くまで、いつまでも叫び続けたい

@tsushi

33.最後の仕事

「誰を探してるの?」




ハッとして振り返ってみると、隣には総ちゃんが座っていた。


気付いた時には、俺はジェンダー論の講義が行われる教室にいた。
坂本講師の姿はまだなく、辺りは何も知らない喧騒に包まれている。


探している?
誰を?
もちろん、彼女をだ。




「いや、別に?いつも通り可愛い子いないかな~って思って」


「相変わらず好きだなぁ。で、今日の収穫は?」


「な~んも。もう学校中の可愛い子をチェックし尽くしちゃったみたい」




得意の軽口とは裏腹に、俺の視線は目標を捕らえるためのレーダーと化していた。


それでも彼女は見当たらない。


必死に彼女の面影を探した。
しかし俺の網膜に焼きついたあの顔を、この教室内で合致させることがどうしてもできなかった。
もしかしたら、今日は休みなのかもしれない。


でもどうして?
先週のあの引き合わせの時に、俺は確かに「来週、俺の書いた論文を見せます」と言ったはずだ。
彼女は約束を破るような人じゃない。
それとも、本気にされていなかったのだろうか。


彼女との約束を守るため、俺は例の二つの論文と、一週間かけて書き上げた手紙を持ってきていた。
もしかしたら迷惑になるかもしれないと思いつつも、あんな中途半端な形で終わることには納得がいかなかった。
もう一度だけでも、彼女との接点が欲しかったんだ。






俺はまだ君に、何も伝えられていない。








だけど肝心の彼女がいないのでは、どうしようもない。


東京ドーム二つ分はあるこの広いキャンパスでは、偶然遭遇することさえもなかなか適わない。


どうすればいい、どうすればいいんだ。








そもそも、俺の行動は本当に彼女のためになるものなのだろうか。
彼女からすればただのお節介かもしれないし、俺自身もただの自己満足にしか過ぎないのかもしれない。


そういえば彼女も、一目会えればそれでいいと言っていた。
それ以上俺に望むことなど何もなかったのかもしれない。


それじゃあ、今行っている行動の意味は何もないのだろうか。


意味?
意味って何だ?


彼女のため?
笑わせる。




自分のためだろう?




当たり障りのない綺麗事ばかり並べたって、彼女の傷は癒せないんだ。


もう偽善なんてたくさんなんだよ。
誰でもいい。
彼女を救ってくれ。
俺だけじゃ無理なんだ。


俺は彼女にとって、傷を治す治療薬の原材料の一部でしかないんだ。
それでもいい。


ただ彼女を救えれば、それでいいんだ。
俺にしかできないことだってある。








まだ、最後の仕事が残っている。

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