この声が届くまで、いつまでも叫び続けたい

@tsushi

30.君に伝えたい言葉がある

「雨宮さん?」


「え、あ、すいません」


「大丈夫ですか?えっと、雨宮さんは文章とか書くのお好きなんですか?」




気付いたら、俺達は既に講師室を後にして廊下を一緒に歩いていた。
一体どれだけの時間、混乱の最中にいたのだろうか。




「そ、そうですね。好きというよりも、得意という感じでしょうか。昔からある程度周りには評価されてきたので。高校生の時に『幸福の方程式』という論文を夏休みの宿題で書いたり…大学に入ってからも、一年の時に『愛とは何か?』というテーマで書いた論文がたまたま教授のお眼鏡に適ったのか、妙に絶賛されたりしましたけど…」


「え~、そうなんですかぁ!それ、是非見てみたいです!」


「あ、じゃあよかったらお見せしますよ。来週の講義の時にでも持っていきましょうか?」


「本当ですか!じゃあお願いします~!」




彼女に言ったことは本当だった。
確かに、俺には昔からある程度の文才を持っていたと思う。


しかし、それはあくまで「ある程度」にしか過ぎない。


有名な賞などを取ったわけではない。
ただ、滅多に褒めない父親が唯一認めてくれたものが俺の文章力であり、学校の先生にも何度か褒められたというだけだ。
ただそれだけのことだった。


だからこそ、わざわざ他人に、しかも昔書いたものを引っ張り出してまで見せる必要性などまるでなかった。
それではただの自信過剰の勘違い野郎ではないか。


なのに俺はその恥ずかしい行為をわざわざ実行しようとしている。
断ればいいものを、なぜか快く承諾してしまった。
もしかしたら、俺自身他人に評価されることを求めていたのかもしれない。




それほど彼女の一言は、俺の心を貫いていた。




「じゃあ私はこれから、三号館の方なので」


「あ、はい」




彼女が別れの挨拶の体勢に入る。
それまで笑っていた表情が、突然神妙な顔つきに変化した。




「…今日は本当にありがとうございました。私はこの日を、ずっと忘れないと思います。私にとってはそれほど意味のある時間でした。雨宮さんは私の恩人です。本当に本当にありがとうございました」


どうして。


「いえいえ!本当、たいしたこと言えなくて申し訳ありませんでした。それでもこんな俺が少しでも矢田さんの力になれたのなら光栄です。あ、論文は来週持っていきますね。またキャンパスで会ったりしたら声かけてください」


どうして。


「こちらこそ。それでは、今日はこれで失礼します。本当にありがとうございました!」








どうして、そんな悲しそうな顔をするの?








「さようなら」




きっかけは、彼女の悲鳴にも似たたった一つの文章だった。
自分の体験を書いたことなんて、本当にただの気まぐれに過ぎなかった。
だけど俺達は出会った。


こんなにも自然で。
こんなにも偶然で。
こんなにも必然で。


こんなにも、運命で。














書こう。
もしも俺の紡ぎ出す言葉にそんな力があるのなら、書こう。
彼女だけではなく、世界中の弱き被害者のために。
陳腐な正義感や、お人好しな好奇心などではなく。




『助けたい』
ただ純粋に、そう思えた。
それは自分にしかできないとさえ思った。

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