この声が届くまで、いつまでも叫び続けたい

@tsushi

26.邂逅

そこで俺の目と耳に飛び込んできたのは、予想を覆すほど広い部屋と、意外なほどの喧騒だった。


講師室、というぐらいだからもう少し厳粛な雰囲気を想像していた。
しかし蓋を開けてみればただのおじさんおばさんの溜まり場で、何人かの生徒もウロウロしている。
歩いて一周するのに一分ぐらいかかってしまいそうなその部屋の中では、それぞれの講師がそれぞれ自由なことをしている。
お茶を飲んでいる人、本を読んでいる人、生徒とおしゃべりをしている人もいる。


俺は正直、体育教官室のような場所をイメージしていた。
一つか二つほどの机が置かれた十畳ほどの個室。
会議室のように、おもわず声のトーンを落としてしまう雰囲気。
人を引き合わせるならそのぐらいの気遣いが必要だろう。
こんな場所を選ぶなんて、相変わらずあの先生の考えていることは理解に苦しむ。








半歩踏み込んで周りを見渡すが、坂本講師の姿は見当たらない。
まだ講義が終わってからたいして時間が経っていないので、どうやら俺の方が先に着いてしまったらしい。


自分の居場所を確保できないでいる俺は、周りを見渡すことでなんとかその居心地の悪さを取り繕おうとした。
視界はなぜか、生徒らしき人達だけを捕らえる。












この中に、彼女はいるのだろうか。




そう思うだけで、なんとも言えないような落ち着かない気持ちになる。
お互い面識がないので顔も特徴もわからない。
だけどこれから話すかもしれない相手がこの中にいる可能性は否定できない。
そんな確信のない疑念が、俺の心を揺さぶる。
もし彼女がこの中にいるとしたら、きっと俺と同じことを考えているに違いない。




「遅れてごめんなさいねっ!」




心臓が、一瞬にしてその鼓動を早めた。
振り向くとそこには、若干息を切らした坂本講師が立っていた。




「相手の方はまだ来てないみたいね。次の講義までに
間に合うといいんだけど…」




その言葉を聞いて、俺はなぜか安心した。
少なくともまだ彼女とフライングで顔を合わせていないと知れただけで、無意味な気まずさを持つ必要性がなくなったからである。




その時、部屋の中に小走りで入ってくる人の影が見えた。
少し焦りながら辺りを見渡し、こちらの方で視線を止めたその女性は、なぜか自分に向かって歩み始めた。

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