この声が届くまで、いつまでも叫び続けたい

@tsushi

21.夢、それは忘れたい記憶

目を覚ました時には、シーツがぐっしょりと湿っていた。






またあの夢か…と半ば諦めた気持ちで汗を拭う。


どうして最近になってまた、この悪夢が再発しだしたのだろう。
とっくの昔に、記憶の奥に沈めたはずなのに。
中学を卒業した辺りからは、思い出すことすらなかっ
たのに。










そう、これは遠い昔の記憶。


中学一年、まだ十三歳だった頃の自分の身に起きた事実だ。
全速力で交番まで駆け抜けた俺は、警官に自分の保護と犯人の確保を求めた。
最初は冗談だと思って笑って聞いていた彼等も、俺のあまりの形相にその一大事さを悟り、現場近辺をパトロールしてくれた。


だけど結局犯人は捕まらなかった。


いや、犯人が捕まらなかったのは別に良かった。
奴に刑罰を与えたところで俺の身体の汚れが洗い流せるわけではない。
それにもう一度奴の顔を見たら俺は壊れてしまうかもしれなかった。
だから捕まらなくてもいいから、この世から消えて欲しい。
いや、いっそ自分がこの世から消えてしまいたいとさえ思った。


しかしそれ以上に許せなかったのは、俺の話を笑って聞いていた警官、そして家まで送っていってもくれなかった彼等の無神経さだ。


俺が女だったらもっと大事に扱われたのだろうか。
男だからと言って、安心できるわけじゃない。
刃物という絶対的な凶器の前ではひれ伏すしかない。
ましてやまだ、たったの十三歳だ。
そんな弱く、不安定な頃にあんな…。


全速力で家まで突っ走った俺は、玄関を開けると同時に泣き崩れた。
慌てて抱き起こす母親。
泣き叫びながら、なんとか事情を伝えようと必死だった。
恐い、恐い。恐い。
もう家から出たくない。
もう外になんか行きたくない。
恐い、恐い、恐い。




外の世界、全てが敵だった。




それでも三日後ぐらいからは、普通に学校に登校することができた。
なぜあの時もう一度外に飛び出す勇気を持てたのかは、もう覚えていない。


ただ、幸か不幸か俺の家はちょうど二つの駅の中間地点にあったため、それからはもう一つの方の駅を利用するようになったことは覚えている。






あれから七年…か。




よくよく考えると、まだそれぐらいの時間しか経っていないのかと不思議な気持ちになる。
もう十年、いや二十年は経ったかのような遠い記憶の感覚だ。
そもそもあの出来事が本当にあったことなのか、それすらも曖昧だ。
ひょっとしたら本当にただの夢だったのかもしれない、と自分の記憶に自信がなくなってくる。




あの経験を自分の過去として認めるには、あまりにも非現実的過ぎた。




リビングに足を運び、冷蔵庫からお茶を出して喉の渇きを潤す。
ゴクッゴクッという小気味の良い音が俺の鼓膜を刺激した。


彼女の存在が、俺の傷をえぐるのだ。
それしか原因が見つからなかった。
俺の記憶の封印を、彼女のあのコメントが解いてしまったのだ。
もう大丈夫だ、と思っていたはずなのに、あれからというもの俺の傷のかさぶたは日に日に剥がれていった。


彼女が何も悪くないことはわかっている。
むしろ、同じ被害者がこんなにも近くにいることに気付けたのだ。
そういう意味では、感謝するべきなのかもしれない。


だけど、せっかく忘れていたのに、という想いを拭い去ることはどうにも難しかった。
彼女の存在は俺にとって、犯人との再会に等しいほどの意味を持っていたのだ。
もし彼女と会ってしまったなら、自分がどうなってしまうかも想像できない。




ただそれが、恐かった。



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