甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第61話

びふぉあー2


「さあ!ズボンとパンツを脱ぎなさい!早く」
私は先程会ったばかりの男性の下半身に近くに有った水差しの水を掛けながら命令をした。

昭和三十二年夏。

日本がようやく戦後の混乱から立ち直り始め行楽に出掛ける人々が増え始めた頃のとある海岸の海の家にて。
私達が座っていた席の目の前で海の家の従業員の男性が運んでいた出来立てのラーメンを落とし隣の席に座っていた眼鏡の男性のズボンの上にブチまけた。

ラーメンスープの熱さに飛び上がる眼鏡の男性。
私は近くに有った水差しの水を男性のズボンに掛け買い物籠からバスタオルを引き抜きまだ熱がっている男性に先程の台詞を叫んだ。

火傷してズボンやパンツが皮膚に張り付くと厄介になる。
私は男性のズボンのベルトを外しポタンを外しチャックを下ろしパンツごとズボンを下ろし火傷の状態を確認してからバスタオルで男性の下半身を包んだ。

びっくりしている男性のズボンとパンツをきちんと脱がせ近くの椅子に置く。
一緒に来ていた妹の餡子に魔道具の買い物籠から外傷用塗り薬の魔法薬を出させ右手掌に塗り薬をだして男性が腰に巻いているバスタオルの中に右手を突っ込み火傷した皮膚に塗り込み始めた。
今塗り込んでいる魔法薬を早期に火傷した皮膚に塗り込めば先程見た火傷の状態からすると跡も残らず立ち所に治るだろう。
しかし時間が立って悪化した皮膚にはもっと高度な魔法薬が必要になる。
一刻を争う必要が有った。

下腹と股間、内腿からお尻に掛けて念入りに魔法薬を塗り込む。

満遍なく塗り込んだ後にバスタオルの中に顔を突っ込んで火傷の状態をじっくり確認すると綺麗に治っていたので一安心。
「これで大丈夫。良かったわね貴方、跡も残らずに治ったわよ」
私は男性を見上げながらニコリと微笑みながら言った。
「ぼ、僕の股間やお尻の穴まで中学生位の女の子が・・・薬を塗る為とは言え汚してしまった。公衆の面前で傷物に。これは責任を取らなければ」
眼鏡を掛けた学者風の腰にバスタオルを巻いた男性が薬が付いたままの蜜子の手を取り。
「貴方を僕がお嫁さんに貰いますから安心して下さい。もう大丈夫。将来を悲観する必要は無いよ」

魔女の修行で人体を学んだり戦争中に魔法薬の実験で解剖や治療で人体に慣れていた蜜子は何が傷物か分からなかった。

呆気に取られている椅子に座っていた小学生にしか見えない妹の餡子と餡子と同い年に見える餡子の息子の時雨しぐれ君に白龍さん。
漸く中国から家族に合流した震電さん大福さんに向かって。
「やあ、ご家族の方々ですね?娘さんは僕が責任を取って娶りますので安心して下さい」
それを聞いた震電さんは考えた。
時雨君と言う息子のいる未亡人の餡子さんや台北に翡翠君がいる白龍さん。
この二人に比べ実年齢三十三歳で相手がいない長女に頭を悩ませていた震電さんと大福さん顔を見合わせ。
「「ドウゾドウゾ。このまま持ってって下さい。返品不可です」」
夫婦息の合った台詞を言う。
餡子さんや時雨君に白龍さんも頷いていた。
その場で本人抜きで話しが進み何故かそのまま男性にお持ち帰りされた蜜子。
生活魔法で綺麗になったズボンとパンツを履いた男性に手を引かれ海の家近くの逗子のお屋敷に。

男性の親族は皆空襲で亡くなっており唯一の生き残りが逗子にいる祖父だけだとか。
男性の祖父に会うと。
「ワシが死ぬ前にお前の嫁が見れるとは・・・少し若いが何、戦前ならよく有った物だ」
男性の祖父より結婚の許しがアッサリ許可され蜜子はその日から屋敷に住むことに。
男性に聞くと母親の震電さんがこのまま連れてって貰い子供が産まれるまで顔を見せに来なくて良い荷物はそちらに送るのでよろしくお願いしますと言っていたと。

何時迄も実家にいる見た目は若いが三十路過ぎの小煩い碌に家事をしないで魔法薬を作っている長女の蜜子は震電に程の良い厄介払いをされたのだ。

餡子と孫の時雨が世田谷に魔道具作りの工房兼自宅を建て移り住み。
フラリと出て行き帰って来ない寿甘。
美味しい物を送れとイギリスから手紙を送って来る位の水無月。
時折物陰から視線を感じ存在を思い出す長男の蜜丸。
黒田の自宅近くに震電の建てた中国風の屋敷が気に入り使用人と住んでいる義母と夫の大福。
高齢だが世界中を飛び回り日本にいない義父。
ようやく日本に来た震電だったが戦後混乱を逃れ台北に拠点を移した徐仙道家。
政情不安な台湾に戻り兄の紫苑の代わりに率いて行かなければ成らない事になり家族を残し台北に帰る日が近づいていた。

その夜、これも何かの縁だろう。
この時代親の決めた結婚相手と結婚式当日に初めて会うなんてまだざらに有る。
そう思い敷かれた布団の横で正座して三つ指を付き。
「改めまして黒田蜜子です。私の様な三十三歳にもなる行き遅れの魔女を貰って頂きありがとうございます。旦那様」
「うぇぇ?僕よりも五つも年上で魔女?嫌、これで引き下がる訳には行かない・・・僕は石動金剛いするぎこんごう大学で鉱物学を研究している二十八歳だ。これからよろしく頼むよ蜜子さん」

この後に産まれた娘の名前を琥珀と名付けた。
産まれた娘の目の色が綺麗な琥珀色で。
黒田家の子供に甘味に纏わる名前を付ける習慣から目玉が琥珀色の飴玉みたいだったのと鉱物学者でダイヤモンドを意味する旦那様の金剛と言う宝石を意味する名前から琥珀としたのだ。

しかし、幸せは長くは続かなかった。
娘を出産するまで無かった事だったが。
母親の震電の様に嬉しかったり興奮して人に抱き付くと相手に電撃を落とす様になった。
自分や弟、妹は父親から魔族の血を受け継いでいて父親の様に電撃を受けても大丈夫だったらしいが娘の琥珀は電撃を受けると意識を失い慌てて反魂丹で息を吹き返させるを繰り返す内に自分や他人の魂を自由に身体から出し入れ出来る魔女の能力を一歳にして発現してしまった。
更に二人目の子供を作ろうと旦那様に蜜子が抱き付くと電撃で旦那様が気を失うを何度も繰り返す。
これも反魂丹を急いで飲ませ何とかなったが母親の震電が魔族の血を引く父親に目を付けたのが漸く解った。
先に子供を産んだ餡子の旦那さんは餡子の妊娠中に亡くなったし息子の時雨も運良く雷に耐性があるようだ。
末の妹は普通の魔女とは違うので大丈夫そう。

ちょっとした時の気持ちの高ぶりから弱い電撃がでても抱いていた娘の琥珀から魂が抜けでるのを何度も見た夫の金剛は娘の身と自身の体調を考え蜜子と離婚を決意する。

それから既に亡くなっていた金剛の祖父の位牌に手を合わせ逗子の石動家を蜜子は出て行った。

          

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