甲斐犬黒蜜のお使い

牛耳

第12話

この話しは蜜が人化して数年経ち魔女以上に魔力を使いこなし強大魔法を何と無く使えて仕舞いそれを見た地上の人々が蜜の事を”黒い天使”と呼び始めた頃の話し。

ある年の年末。
「蟹食べたいなぁ。蜜ちょっと本場に行って何杯か買って来てくれる?」
黒蜜おばばの何気無い言葉から始まる。

ここで詳しく話せば良かったのだが、黒蜜おばばと蜜の認識が大分違った。

おばば=北海道で蟹を三〜四杯買って来て。
蜜=この前BS放送で見た蟹の本場、ベーリング海で蟹を取る鉄の網三〜四杯。

蜜は、買い物籠にガマ口財布を入れた後に金網に何杯かの蟹では持っているお金では足らないかと思い自分の部屋に戻る。
机の引き出しの中に仕舞ってあった魔王様達が世界の美味を届ける度にコッソリお駄賃だよとくれる地獄の宝石を何粒か半紙に包み冬用着物の袂に入れた。

蜜はオヤジキラーである。
貰った宝石一粒が地上では数億の価値が付くだろう。それが浮き輪の絵が描いてある泉屋クッキーの一番大きな四角い缶にドッサリ。

白足袋に黒塗りの下駄、黒い下駄カバー。
矢立の柄の着物にストールを羽織ると買い物籠を持って食器棚の間にある暗闇に下駄の黒を馴染ませる。

次の瞬間、嵐のベーリング海で波に揉まれ転覆しそうな蟹取り船の甲板に出た。

深紅のチョーカーに付いている牙の加護が働き濡れたり寒さも感じない。

キョロキョロと誰かと交渉をしようと辺りを伺っていると高波に襲われ甲板に居た何人かが船外に連れて行かれる。

それを見た蜜「波よ止まれ!」と念じた。
ピッタリと波の動きが止まる。

買い物籠から以前奪衣婆の所でバイトしていた若い鬼から貰った角を3個取り出し
「お願い鬼さん達」
と言うと海に角を投げ込んだ。

止まった波の上に角が変化した真っ黒な鬼の影が現れる。

鬼の影達が海に落ちた蟹漁師達を拾い上げ舟に戻って来た。

舟に残っていた漁師に
「これで全員?」
と聞くと茫然としながらも頷いている。

「波よ戻れ!鬼さん達ご苦労様」
と言うと波が元に戻る。

それと同時に蜜の掌に鬼の角が飛び込んで来た。

掌の角一つ一つに”チュッ”とお礼の口付けをすると角が震える。

それを見て微笑んだ後に買い物籠に大事に仕舞った。

その様子を見ていた船長が代表して蜜に話しかける。

「ありがとうございます。貴女のお蔭で仲間が助かりました。何かお礼出来る事はありませんか?」

「それなら蟹を譲って下さいな。その為に私はここに来たの」
とニッコリ微笑む蜜。

それからもう今回は十分に蟹を取ったので帰る所だったがシケが酷くて帰れそうも無い蟹でお礼は出来そうに無い貴女だけでも逃げて下さいと船長が言う。

それを聞いた蜜は買い物籠に話しかける。
「この船の港の場所が解る?」
すると買い物籠がプルプルっと震える。
籠の持ち手から港の場所のイメージが送られて来た。

船のマストを掴み近くのロープの束裏の暗闇に黒塗りの下駄を入れながら
「皆んな船に掴まって」
と叫んだ次の瞬間、青空の下穏やかな海。
港の直ぐ目の前に移動していた。

腕輪の魔力を使い熟せる様になっていた蜜には漁船位移動させるのは簡単な事。

「帰って来れたぞ!やった!生きてる!」と歓声を上げている。

港に到着して酷いシケの情報に船の帰還を諦めていた漁師の家族が無事に帰ってきた船を見て大喜び。

そんな中で早速蟹を譲って貰う交渉を始めた蜜に。
「命と船を救って貰った恩人からお金を取るわけにいかない。今回取って来た蟹を全て差し上げる」
と蟹漁師さんや港の人々が譲らない。

仕方無く着物の袂から半紙に包んだ地獄の宝石をまた蟹を買いに来る時の手付けとして置いて行くと説得して船長さんに渡した。

船に積んであった蟹は大きな四角い鉄の籠に二十一個。
後で籠を返しに来ると蟹漁師さんに断り片手に一つづつ籠を掴み黒塗りの下駄を近くの荷物裏の暗闇に紛れさせる。

余りに量が多いのと魔王様達から貰った宝石で蟹を分けて貰ったので先ずは地獄へお裾分け。

奪衣婆さんに一籠の蟹を届ける。
バイトリーダーさんが蟹の量を見て腰を抜かす。

急ぐからまた後で籠を回収しに来ますと言うと片手に籠を持ちながら地獄門の門番さんの元へ。

こちらも蟹の量を見て腰を抜かす。
「まだまだ有るからね〜」
と言うと姿を消した蜜。
蟹の大きな籠をマジマジと見た後門番さん。
「緊急!緊急!全魔王様と地獄全体に緊急連絡!蜜ちゃんが蟹を馬鹿みたいな量持って来た。まだまだ増える模様!今夜は亡者を含めて地獄全体で蟹パーティーだ!」
それから全部で十籠の蟹を地獄門に届けた蜜。
その夜地獄では亡者を含めた全員で蟹を楽しみ殆どの亡者が蟹を食べ終えた後に昇天して仕舞う。
この夜の事を”蜜ちゃんがくれた奇跡の夜”と末長く地獄で語り継がれる。

地獄へお裾分けした後に蜜は考えた十籠の蟹を黒蜜おばばの部屋に持って行けない。
暫し考え横浜にある人狼族である旦那さんの実家近く中華街の薔薇飯店に持って行けば料理して貰えるだろう。
オーナーさんも義父達の事を良く知っていて何か一族で集まりがあると必ず使われる店だ。
自分達の結婚式も薔薇飯店で行われそれ以来自分も可愛がって貰っている。

あそこなら旦那様や義父義母に人狼一族の皆。
黒蜜おばばの所へお手伝いをしに来ている間旦那様の実家で預かって貰っている男の子と女の子の双子の可愛い自分の子供達も一緒に蟹を食べられる。

方針が決まった蜜は中華街の薔薇飯店裏の食材搬入口に蟹の籠を並べ始めた。

その蟹の量を見たマネジャーさん急遽オーナーと人狼族の族長である蜜の義父に連絡を取る。

急いで駆けつけた二人がその蟹の量を見て口を開ける。

横浜中華街の商工会会長でもある薔薇飯店のオーナーさん。
「これ冷凍したら折角の鮮度の良い蟹が台無しになるから中華街の店中に配りそれぞれの店で蒸すか焼くか料理して貰い道行く人々に無料で配って蟹祭りにして仕舞おうか?」

その提案に笑顔で頷く人狼族長。

人狼族の手が空いている者を掻き集め蟹が中華街中に配られる。

そんな事を知らない黒蜜おばば。
「蜜ちゃん遅いねぇ。お使いに行く前に自分の部屋に入って何か持って行ったけど自分のお財布を持って北海道でバター飴でもついでに買っるのかな?」

買い物籠だけを持って食器棚の間から出て来た蜜を見て。
「蟹は?」
と呑気に聞く黒蜜おばば。

蜜の腕輪の魔力のお蔭で東京にある黒蜜おばばの実家である古い洋館に居を移していたが今から中華街まで移動するには時間がかかる。

黒蜜おばばの手を取った蜜は食器棚の間に黒塗りの下駄を滑り込ませた。

そこは、薔薇飯店の広い宴会場。

蜜の旦那さんである大神人郎君その横に双子の子供達。
それどころか人狼一族の殆どが集まっている。

一体何の集まりかと族長さんに聞く黒蜜おばば。
「貴女が蜜ちゃんに買いに行かせた蟹が余りにも上質で量が馬鹿みたいに多く中華街中に配り蟹祭りを始めた所です。我々も蟹を堪能しましょう」
「私は、蟹の本場、北海道で蟹を二〜三杯買って来て貰い蟹すきにと・・・蜜や一体何処へ買いに行ったんだい?」

それを聞いた蜜がBS放送で見たドキュメンタリーに出ていた嵐のベーリング海の蟹漁師の船に行き波に飲まれた漁師を助け港まで送りお礼に蟹を貰い。
半分を地獄にお裾分けして来たとサラリと何事も無かった様に語った蜜にそこにいた全員が腰を抜かす。
まだ何も解っていない蜜の双子を除いて。

手付けとして置いて来た宝石が気になり黒蜜おばばが宝石を見たいと言う。
東京の黒蜜おばばの実家で蜜に与へられている部屋に移動し泉屋のクッキー缶を皆の前に持って帰って来た。

蓋を開けると色取り取りの地獄の宝石がギッシリ聞くとまだ数缶あるとか。

毎回地獄へ行くたび魔王様達に
「アーンして」
と買って来た世界の美味を食べさせてあげると物凄い迫力のある笑顔で
「他の魔王には内緒だよ」
と全魔王様がコッソリ着物の裾に宝石を入れてくれるとこれも天然オヤジキラーの笑顔で蜜が言う。

話しを聞いた皆が額に手を当て溜息をつく。

人狼一族の系列会社で古物商を営む人狼の老人が缶の中から一番小さな宝石を取り目に嵌めるルーペを付け光にかざし宝石を鑑定する。

「これ一つで数億円缶一つで数百億。まだ数缶あるとなれば数千億・・・」

蟹の宴会が終わった後に宝石の入った缶は人狼一族の持つ銀行の大金庫に仕舞われた。

中華街で突如行われた蟹祭りは大盛況の内に終わり。
今度は日を決めて宣伝しもっと大々的にと商工会で話しが付いた。

後日、籠を返しに行く蜜に次回の買い付けを頼んだ商工会会長。

籠を返しに来た蜜は、蟹漁師達に大歓迎されあれから街に宝石を鑑定して貰いに行ったら新しい船が三船も買える額になり驚いていていると。

年に数回蟹を無料で渡しても貰った宝石の価値に釣り合うには数百年経っても返せない。

「命を掛けて漁をしている蟹を分けて貰っているのだから差し上げた宝石は受け取って下さいな」
と船長の手を握り上目遣いで言う蜜に漁師達がやられた瞬間であった。
その後全員の漁師達の手を握りお礼を言った蜜。
それからこの港の漁師達は荒れた海に落ちても自力で船に戻り
「港に帰ったら蜜ちゃんに手を握って貰えるんだ!」

と奇跡の生還率を誇る蟹漁師になった。
ここでも恐るべきオヤジキラー振りを発する蜜であった。

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