Dream of a Cradle外伝 幸運ヒツジ

叶 望

Dream of a Cradle外伝 幸運ヒツジ

 むかしむかし、あるところに、とても幸運なヒツジがおりましたとさ。
 そうは言ってもヒツジが幸運だった訳ではありません。
 なぜなら幸運を受けるのはヒツジではなく、その主人だったからです。
 その主人の名は喜兵衛といいます。
 この主人の住んでいる所は、二つの山と二つの谷の間に川が流れていてとても綺麗な場所でした。
 そこにある村の名前は双間岳村といいます。今日も主人が幸運のヒツジの所へやってきました。


【喜兵衛】
「よう、俺のかわいいおヒツジちゃん。今日も、たんまり幸運を運んでくれよな。がはははは!」


 この喜兵衛という男は幸運のヒツジに出会うまで今とはまるで違った性格をしておりました。
 どんなに貧しくても、それはとても優しい人でした。困ったことがあれば、すぐに飛んできて力を貸してくれます。


 村でも評判の良い人でした。


 年寄りが困っているのを見れば、助けに飛んできます。大の男が三人がかりでも動かせないような大きな木が倒れていれば、それを一人で持ち上げて道の端へとどかしてやりました。
 貧しくとも、彼は幸せに暮らしていたのです。
 ある時一人の老婆が、杖を失くし困っていました。喜兵衛が老婆の側を通りがかり尋ねました。


【喜兵衛】
「お婆さん何かお困りの様子だが手伝えることはあるかい?」


 すると、老婆が言いました。


【老婆】
「おやお若いの。助かるねぇ。」


 その老婆は背が曲がり背丈は喜兵衛の半分もありません。白髪はザンバラで例えるなら山姥のような風貌でした。


【喜兵衛】
「杖を探せばいいんだな。」


【老婆】
「この年になると、物忘れが多くてねぇ。」


 道の途中で杖を忘れるなんて事があるのだろうかと喜兵衛は疑問に思いました。
 忘れたのなら、どうやってここまで歩いてきたのかとか、杖がなくても平気なのか?
 そういった疑問も浮かんできます。
 喜兵衛は、そんな疑問もすぐに忘れて老婆と共に杖を探しました。
 山に入り、木々の間を探し、
 野に入り、草をわけて探し、
 川を攫い、清水の中を探し、
 泉を攫い、緩やかな水を掻き分けて探しました。
 しかし、杖は夕方になっても見つかりませんでした。喜兵衛はそれでも諦めることなく探します。
 夜になり虫がコロコロと鳴き出しました。
 喜兵衛は不意に探す手を止めました。周囲の虫の音が消えて辺りはしんと静まり返っていました。
 そして後ろにいる筈の老婆の方へ振り向きました。


【喜兵衛】
「!!!」


 探し疲れて岩の上に座って休んでいたはずの老婆の姿が忽然と消えていました。
 喜兵衛は慌てて辺りを探し回りました。


【喜兵衛】
「おぉい!お婆さんよ。一体何処に行ってしまったのか…。」


 その声に応えるように風もないのに草木が揺れ、喜兵衛は身震いをしました。


【喜兵衛】
「どうなっているんだ?こりゃ。」


 そう呟いた時にふと顔を上げると、木の枝に何かが絡まっているのが見えました。


【喜兵衛】
「杖だ。こんな所にあったのか。」


 木に絡み付いていた杖を木の枝から外して拾いあげました。


【喜兵衛】
「!!!」


 手にとった杖見た時に喜兵衛は、ギョッとして杖を放り投げてしまいました。
 あまりの驚きに思わず腰を抜かして地面に座り込んでしまう程でした。喜兵衛が手に取ったのは木で作られた杖ではなかったのです。


 それは生きたヘビでした。


 ヘビが二匹絡みあって、一つの杖のように見えたのです。


【老婆】
「あぁ、やっと見つかった。」


 突然後ろに気配が生じたかと思うと、老婆が喜兵衛の背後に立っていました。


【喜兵衛】
「なっお婆さん……?」


【老婆】
「見つけてくれてありがとうよ。」


 喜兵衛が今まで何処にいたのかと問う間も無く老婆は言いました。


【老婆】
「ほうら、見てみぃ。坊が腰を抜かしておるわ。」


 先ほど投げた二匹のヘビがぬっと鎌首を持ち上げて、にぃっと笑ったように見えました。


【喜兵衛】
「!!!」


 喜兵衛が口をパクパクさせている内に、老婆の姿はみるみると変化しました。
 それはまるで巻き戻されていく時間のようでした。
 老婆の姿はあっという間に若返り、美しい女性の姿へ変貌しました。
 髪の色も灰のような白から、ぬばたまの黒へとみるみる変わり、しわしわの肌は、白く透き通りみずみずしい肌に変化していきます。
目は切れ長で唇は潤い、美しくなりました。
服も年若い女性が着る物に変わっていきます。
 老婆であったはずの女性は妖艶な気配を放っていました。
 それは、とても麗しく人とは思えない妖しさを持って、喜兵衛の前に立っていました。


【妖艶な女性】
「喜兵衛や杖を探してくれた礼じゃ。これから言う事をよくお聞き。」


 喜兵衛は頷きました。


【妖艶な女性】
「ここから真っ直ぐ進んだ先に、二股に幹が分かれ一つになった柳の木がある。その根元に小指一本分の穴が二つ。その左の穴に稲の穂を垂らし、月が頭上に来る時、鳥の鳴く声が聞こえれば引け。月が頭上に来る時、狼の鳴く声が聞こえれば穂を離し、右の穴に麦の穂を垂らせ。また、狼の鳴く声が聞こえれば引け。」


 そう言い終わるか終わらないかする内に
女性の姿が段々と薄くなり霞のように消えたのです。
 そして、言葉が頭に直接響いてきました。


【妖艶な女性】
「どういう結果がでるのか楽しみじゃ。」


 くすくすと笑い声を響かせて、女は温い風を残して去っていきました。
 喜兵衛は女性に言われたとおり柳の木に向かって、小指一本ぶんの穴に稲の穂を垂らしました。
 そして月が頭上に来た時に、喜兵衛は狼の鳴き声を聞きました。
 そこで垂らしていた稲の穂を穴に落とし右の穴に麦の穂を垂らしました。
 そして、狼の鳴き声と共に、その麦の穂をするすると引き抜きました。


【喜兵衛】
「???」


 すると、その麦の穂の先には銀色に輝く指輪が結んでありました。
 それを持って喜兵衛は家に向かって歩き出しました。
 途中で荷車を引いてくる者がいました。どうやら旅の商人のようです。
 喜兵衛は、手に入れた指輪がどれほどの価値があるものなのか調べたくなりました。
 そこで、旅の商人を呼び止めて言いました。


【喜兵衛】
「よう、お前さん。旅の商人か何かかい?」


 旅人は、荷車を止めて言いました。


【旅の商人】
「あんちゃん、何か入用なのかい?」


【喜兵衛】
「実は見て貰いたい物がある。この指輪なんだが…。」


【旅の商人】
「これは銀メッキの指輪だな。」


 旅の商人は指輪をじっくりと眺めながら言いました。


【旅の商人】
「この指輪で買えるのはこれくらいだな。」


 そういって、旅人は荷車に乗せた商品のいくつかを選びだしました。
 喜兵衛はがっかりしました。手に入れた指輪は、ただのメッキの指輪だったのです。
 それならと指輪は商品と交換してしまいました。
 喜兵衛が手に入れたのは上質の肉や保存食などです。
 それをもって、喜兵衛はまた家に向かって歩き出しました。
 山を降りて坂を降りると、道の途中に誰かが倒れていました。喜兵衛は慌てて駆け寄りました。
 倒れていたのはお爺さんでした。


【喜兵衛】
「おい、お爺さん、大丈夫か?」


 お爺さんは、揺り動かされて気が付いたらしく弱々しい声で返事をしました。


【お爺さん】
「すまん空腹でな……。」


 どうやら、ここ数日何も食べておらず、とうとう力尽きて倒れてしまったそうです。
 喜兵衛は先程交換した食べ物をお爺さんに分けてあげました。
 お爺さんは、ありがとうと何度もお礼を言って、代わりに森の中で拾った不思議な玉をくれました。
 その玉は森の中で、月の光が絶えない場所で、光り輝いていたそうです。
 喜兵衛は家に帰るとその不思議な玉を窓の傍に置いて眠りに付いたのでした。


 次の朝、喜兵衛は不思議な声で目が覚めました。


【???】
「メー」


【喜兵衛】
「???」


 昨日窓の側に置いていたはずの玉が消えて、変わりに羊が家の中にいたのです。


【喜兵衛】
「!!!」


 喜兵衛はビックリしてまた、腰を抜かしてしまいました。
 しかし、そのヒツジを得てからというもの喜兵衛の生活は一変しました。というのは、なぜか不思議なほど富が転がり込んでくるようになったからです。
 喜兵衛は幸運を運んでくるそのヒツジを大切にしました。
 しかし、その運んできた幸運によって裕福になり、妻を得てだんだんと喜兵衛は変わってしまいました。
 昔のひたむきさや優しさを忘れてどんどん欲張りになっていったのです。
 喜兵衛の暴挙は次第に酷くなっていきました。
 貧しい者に金を貸しては、無情な取立てをし、苦しめるようになって村一番の優しい男は、今では村一番の嫌われ者となってしまったのです。


喜兵衛の欲は止まる事はありませんでした。


 お金の魔力にとり憑かれ、心を失った亡者のように考える事は金儲けのことだけになったのです。
 自分が良ければ、他はどうなっても構わないのだと考えるようになりました。
 その目はぎらぎらと光り、恐ろしい闇が奥に潜んでいました。とうとう喜兵衛は、ヒツジの運ぶ幸運でさえも、満足できなくなってしまいました。


 人の欲望は留まることがありません。


 喜兵衛はとうとう我慢できなくなってしまいました。
 大切にしてきたヒツジの何処に幸運を運ぶ秘密があるのか知りたくなりました。
 そして、とんでもない事を考えたのです。
秘密はヒツジの中にあるはずだと考えたのです。
 そして、とうとう喜兵衛は幸運を運ぶヒツジを殺してしまいました。
 しかし、その身体をどれだけ調べても幸運を運ぶ秘密など分かるはずがなかったのです。
 喜兵衛は、その身体から何も出てこなかったのに腹を立てました。
 そのとき喜兵衛の脳裏に恐ろしい情景が浮かびました。
 昔の喜兵衛なら恐れ決してそんな事はしないはずの事です。
 しかし、喜兵衛はそれこそが求めていた事だと渇望していたものだと口の端を歪め嗤いました。
 そしてヒツジの毛を剥ぎ、皮を剥ぎ、肉を剥ぎ、臓物を抜き取り、引き裂いては喰らいます。
 がつがつ、ばりばりと、音を立てて脳みそをじゅるじゅると吸い上げました。
 そして、骨の髄までしゃぶりあげ、からからになったヒツジの骨を、森のなかに打ち捨ててしまいました。
 するとどうでしょう。今までそのヒツジが運んでいた幸運は全て消え去ってしまったのです。
 ヒツジを喰らってもその幸運も手に入る訳がなく、喜兵衛の異常なまでの富への渇望は
その姿を真に鬼へと近づけていきました。
 いいえ、すでに鬼と化していたのかもしれません。
 喜兵衛の髪の毛は逆立ち、目はぎらぎらと輝いて、血に塗れたその姿を見れば鬼という言葉がよく似合うと誰もが思ったでしょう。


あれは鬼だ!人の皮を被った化生だと。


 ただでさえ嫌われていたのです。
 そうして、喜兵衛は妻も金も家さえも全てを失ってしまいました。
 喜兵衛はふらふらと虚ろな目でどこへ行くとも知らず歩いていました。
 そして、全てが始まった場所ともいえる柳の木の前で立ち止まりました。


 …一度堕ちれば、戻ることは難しい。


 風が、そう囁いたかと思うと喜兵衛の前に、一人の若者が現れました。


【喜兵衛】
「お前は!!あの時の。」


 そう、彼は喜兵衛が出会った旅の商人。


その姿が目の前にありました。


【旅の商人】
「こんにちは、久しぶりだね。」


 彼は人懐っこい笑顔で言いました。


【旅の商人】
「後悔はないか?」


 商人は唐突にそう告げた。


【喜兵衛】
「…………」


【旅の商人】
「お前のその姿、何とも思わないのか?」


【喜兵衛】
「…………」


 旅人は、静かに言葉を紡ぎました。


【旅の商人】
「お前に残された最後の良心に問うているのだ」


【喜兵衛】
「!!!」


 喜兵衛の目に涙が溢れました。


【喜兵衛】
「…あっ……。」


 それをみて、旅人は頷いて言いました。


【旅の商人】
「よく見てご覧。これはあの時の銀の指輪だ。」


【喜兵衛】
「!!!」


 銀色の指輪が旅人の手の中にありました。 銀色の指輪は突然、牙をむいた蛇に変わって喜兵衛の首を噛み切ろうと飛び掛ってきました。


【喜兵衛】
「うひゃぁあ!?」


 喜兵衛は、驚いてその場から飛び退りました。
 旅人は蛇の目を隠すように掴んで、喜兵衛の髪の一房を切り取って、紙にくるみました。
 そして喜兵衛の手の甲に小刀で小さな傷をつくり、髪を包んだ紙にその血を染み込ませて、手に持った蛇の口に咬ませたのです。
 すると、その蛇は姿がすぅっと消え去り、後には聞き覚えのある声が、ぬるい風と共に聞こえてきました。


【???】
「やったやった。
家族の仇、討ち取ったり。」


 甲高い声が聞こえて、その声はだんだんと遠くに消えました。


【喜兵衛】
「この声は、あの時の。」


【旅の商人】
「あれは、蛇の化生。君は、恨みをかったんだよ。」


【旅の商人】
「もし、あの指輪を家に持って帰っていたのなら、次の朝には死んでいただろう。」


【喜兵衛】
「!!!」


【旅の商人】
「あぁ、なんで恨みを買ったのか分からないって顔をしているね。」


 旅人は小さく笑って、言った。


【旅の商人】
「この場所に心当たりはないかい?」


【喜兵衛】
「???」


 喜兵衛は暫く考えて、あっ!と声を上げました。
 しかし、それでも分からない事があります。ここは以前、巨大な木が倒れていた道の傍でした。木が邪魔だったので道の脇に木をどけたのです。


【旅の商人】
「思い出したみたいだね」


【喜兵衛】
「はい。思い出しました…。」


 そう言って、喜兵衛はどかした木の方へ歩いていきました。
 道の端にどけたその木を持ち上げて、草木が全く生えていない場所へそっと降ろしました。
 そして、その木があった場所を見てみると二匹の白い蛇が絡まって一つになり、身体の半分から押しつぶされて、息絶えておりました。
 そしてその下には丸い卵が二つあり、一つの卵はすでに割れていました。
 もう一つの卵はまだ孵っていないようでした。
 喜兵衛は頭を振り蛇の亡骸の前に跪いて心から詫びました。そうしてその亡骸と割れた卵を丁寧に埋葬して、無事な卵をそっと抱きあげました。


【旅の商人】
「その卵を大切に持っていなさい。心から大切にしている気持ちが伝われば、きっと……。」


 旅人はそっと目を伏せて顔を上げると喜兵衛を見て言いました。


【旅の商人】
「柳の木の根元にある二つの穴。」


【喜兵衛】
「???」


【旅の商人】
「子を失い柳の木の根元で命を絶った者がいる。掘り起こして、埋葬せよ。さすれば、汝が罪は浄化されよう。」


 喜兵衛はこくりと頷き、尋ねました。


【喜兵衛】
「貴方様は、いったい……。」


【旅の商人】
「我は、この柳より生れし精霊。名は、双間柳の神という。」


【双間柳の神】
「我が柳の下で、悲しき魂と蛇たちの交わりによって、悪しき化生と変じてしまったのを見て思わずこうして、出てきたのだ。」


 喜兵衛は、深く頭を垂れました。
 そうして顔を上げた時には、神の姿はなく、ただ柳の木がさわさわと音を立てて揺れているだけでした。
 喜兵衛は、言われた通りに、その柳の根元にある穴の辺りを掘りました。出てきたのは、白骨化した女性の骨でした。
 その洒落頭には大きなムカデが住み着いており、頭の骨には鬼のような角が二本生えていました。
 それを蛇の隣に丁寧に埋葬して、割れていない蛇の卵を持ち帰り、肌身離さず大切に持っていました。
 ある日の朝、喜兵衛が目を覚ますと白い蛇がとぐろを巻いて目の前におりました。
 その蛇は、喜兵衛に頭を垂れてするりするりと、家から出て行きました。
 次の日の朝、喜兵衛が目を覚ますと玄関の前に昨日出て行ったはずの白い蛇がちょこんと待っておりました。
 くいっと頭を森のほうに向け、ついて来いというように、ゆっくりと移動し始めました。
 森へ喜兵衛がついて行くと、森の中に一頭のヒツジが、太陽の日が決して絶えることのない場所で、座っておりました。
 そのヒツジは喜兵衛の前に金色の指輪を落として、空に翔けて行ってしまいました。
蛇が指輪を口で咥えて喜兵衛の手にポトリと落としました。
 そして森の中にスルスルと消えていきました。
 それ以後、喜兵衛は裕福ではないけれど生活に困ることはなく、かつての心を取り戻して幸せに暮らしたといいます。
 そして、空に翔けたヒツジは人々に幸せを運び、幸せヒツジと呼ばれました。
 森に消えた白い蛇は、時に家に憑き、その家に富をもたらすモノとなりました。


-END-



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