氷の涙と魔女の呪い

叶 望

王子の帰還



 すでに春の季節であったはずの期間も終わろうとしている。混乱するフェアリーランドの民もいよいよこのままでは生き抜くことが難しいと冷静に事態を呑み込み始めた。
 国王は緊急事態であると城の備蓄していた食料を配給として民に配ったりして急場を凌いできたがそれも長くは続かないことは目に見えていた。
 国の重鎮たちを集めて何度も会議を開き、冬が終わらない理由とその原因を解明しようと様々なことを試した。


 だが手がかりさえ一向に掴めなかった。


 それもそのはず、精霊は普段から目に見えるものではないし、不思議な力を持つという魔女や魔法使いたちは変わり者が多く、こちらへ協力しようとはしなかった。
 精霊の姿を見た者も言葉を交わした者もいたが、冬が終わらない理由を知る精霊はいない。
 四季の塔へ何度も使者を遣わしたものの、精霊が姿を見せることは無く、また塔の中へ侵入することも出来なかった。


「春の女王は一体何をしているのだ。」


 国王の質問に塔へ向かった使者が何とも言い難い微妙な表情を浮かべ、非常に躊躇いながらそれを口にした。


「その、精霊と言葉を交わした者が言うには、春の女王はおそらく迷子になっているのだろうと…。それに移ろいやすい性格なので目的を忘れてしまっているかも知れないらしく。」


「な、なんだそれは…。では夏や秋の女王はどうなのだ?」


「他の季節の女王は精霊の制約があるため動けません。また、冬の女王以外の精霊が迎えに行くことは禁じられており、春の女王が自力で塔へ来ることは困難かと。」


 季節を越えて迎えに行くことは出来ない。冬から春へ廻る。それは決められた季節の流れだ。
 とうとう国だけでは対処が出来ないと判断し、民へ協力を求めるために国王はお触れを出すことにした。


【冬の女王を春の女王と交代させた者には好きな褒美を取らせよう。】


 これを受けて多くの民が志願し四季の塔へ赴いたが結果は惨敗。誰も塔はおろか精霊に出会うことさえなかった。塔を破壊しようとした者もいたが、不思議な力に守られた塔は傷一つ付かない。大声で叫んでいた者、ただ塔の扉の前で座って待つ者など様々だった。
 中には他の季節の精霊を頼る為に、まずは精霊を探そうとした者もいたが結局、終わらない冬が始まって3年経とうとも、誰一人として冬を終わらせることが出来る者は居なかった。
 長い冬が始まり一年目は多くの民が嘆き苦しむだけだった。二年目になるといよいよ自分たちで何とかしようと工夫を始めた。
 そして、三年にもなればもはや季節が冬であることは当たり前になっていた。そんな厳しい環境の中で人は懸命に生きることを覚えた。自分たちがどれほど精霊に頼りきっていたかを実感したのだ。
 建物の中で作物を育てる方法を生み出し、生き物を囲い育て増やすことを覚えた。今まではその場凌ぎでこの国では食肉用の生き物を育てるという概念が無かったのだ。


 人は逆境に耐えてより賢く強くなっていった。


 寒さの中で育った作物は今まで食べた作物と比べれば甘く、そして濃厚な味をしていた。冬は作物が育ちにくくはあるが、腐りにくい利点もある。今まで冬はただ耐えるだけの季節だった。
 それが今では、外に出るのは当たり前になったし、他の季節と変わりなく過ごすようになっていた。地面を掘り進み地下通路を作り雪が吹雪いていても移動できる手段が出来た。人は環境に適応する力があった。
 それでも多くの者が求めるのは春の訪れだ。一刻も早く冬が終わって欲しい…そう願っていた。そんな願いの中、一人だけ冬の女王を心配する声があった。シューメル王子だ。
 彼だけが冬の女王であるスノウの身を案じていた。


 必ず助けると言って消えたスノウ。


 あれから3年が経ち王子は驚異的な回復力を見せていた。寝たきりだった彼が今では剣の素振りをするまでに回復している。彼は今や屋敷の中を自由に動き回り、あの重い淀んだ空気が立ち込める屋敷の気配はどこにもなかった。


「殿下、本当によろしいのですか?回復したことを城に伝えないで。」


 素振りを続ける王子の傍で側近であり護衛の騎士ソードが声をかけた。シューメルは剣を振る手を下ろしてソードに向き直る。15歳になったシューメルは顔立ちも少々大人びてきており、療養生活が長かった為、色白の肌ではあるが健康的な色を取り戻していた。


「あぁ、知らせるつもりはない。確かめたいことがあるからな。」


「確かめたいこと…ですか?」


「そうだ。体も問題なく動かせるようになってきている。だから、そろそろ動こうと思う。」


「では、城に?」


 シューメルは頷いて、止まない雪の降る空を見上げた。


「秘密裏に潜りこむ。信頼できる者だけで向かうつもりだ。準備を始めろ。」


「はっ!すぐに。」


 敬礼してソードはすぐに信頼できる者の選り分けと準備を始めた。シューメルが屋敷を出たのはそれから一週間後のこと。僅かな側近と移動に必要な人員を連れてシューメルは城に戻るべく移動を開始した。冬の雪深い季節の為、移動には時間がかかる。
 それでも驚くほどの速さで城に潜り込んだシューメルは秘密裏に国王と会っていた。


「なんだと?呪いであったというのか。」


「はい。彼女が教えてくれました。」


「彼女だと?誰だそれは。」


「スノウ。冬の女王です。」


 国王は座っていた椅子からガタリと立ち上がって驚いた。


「馬鹿な、お前は出会ったというのか?冬の女王に。」


「彼女が私の呪いを解くと約束してくれました。そして、こうして元気になった。」


「では、冬の女王がお前の呪いを解いたということか。」


「おそらくですが。そして、何かが起こったのでしょう。冬が終わらないのはきっと魔女に何かされたに違いありません。」


 国王は頭を抱えた。冬の女王が魔女に呪いを解かせた。
 そして何か問題が起きた可能性があるのだという。いや、問題はそれよりも息子が呪われたという事実だ。呪いを魔女にかけるように望んだのは誰か。あまり考えたくない問題だ。認めてしまえばそれはあまりに罪深い。


 すぐに思い浮かぶのは一人。


 息子が秘密裏に城に入り自分と会っているという時点で相手はほぼ確定しているも同然だ。


「なぜすぐに知らせなかった。」


「回復したと情報が洩れて別の呪いをかけられてはたまりませんから。それに弱った身体を治すには時間が必要でした。」


「…それで、どうしたいのだ?」


「勿論、事実を確かめてから魔女の居所を突き止めてスノウを助けに行きます。」


 それからのシューメルの行動は早かった。早いというよりも側室であったユベリアが愚かであっただけだ。
 冬を越せないと言われていた王子。あれからすでに3年も経っている。だから油断していたのだろう。死んだという知らせを聞いていないはずなのにユベリアの中でシューメルはすでに死んだ者という扱いになっていたのだ。


「ひぃ!どうしてお前が…呪いで死んだはずでは。」


 こんなあからさまな動揺をして言葉を口にすれば呪いをかけたのだと自白したも同然だった。出会った瞬間にこれでは流石にシューメルもあまりの呆気なさに言葉を無くしてしまったほどだ。


「病で療養していたという情報しかないはずなのに、どうして貴方はあれが呪いだと知っているのですか?」


「あっ…そ、それは。」


 慌てふためくユベリアだったがもう遅い。シューメルの後ろから現れた国王と王妃の姿を見てがっくりと膝をついた。


「お前さえ居なければ息子が王に成れたのに!お前さえ、お前さえ居なければ。」


「その為に呪いをかけたのか。一体誰に頼んだのだ!答えろ。」


 すぐに騎士たちによってユベリアは拘束され尋問を受けた。尋問の結果、北の魔女に呪いをかけるように依頼をしたことが分かった。ユベリアが自供した途端にその姿は老婆のような姿へと変化して城は大騒ぎになってしまった。
 シューメルは魔女の居場所を聞き出してすぐに北の森へと軍を引き連れて向かった。しかし、森の中に入ろうとしたがシューメル以外は皆弾かれてしまう。シューメルは一人で乗り込むことを決めた。


「お前たちは森から人が出ないように見張っていろ。ここは私一人で行く。」


「いけません王子!」


 側近として傍に仕えていたシェルマーが叫んだがシューメルは一人で森の中へと入っていった。暗い森の中をひたすら進むと一軒の家を見つけた。木造りの家の周りには雪がない。まるで雪が家を自ら避けているかのようだった。
 シューメルが家に近づくと戸は自然と開く。まるで家に招かれているかのような奇妙な感覚を覚えた。暗い部屋の中へとシューメルは足を踏み入れた。



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